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18話 カード戦士とフィリアナ、依頼主と出会う

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何か裏がありそうだけど、ここは極小生物辞典に載っている内容を正確に話そう。

「スキル《善玉悪玉》、体内の各臓器に存在する善玉菌と悪玉菌の比率(1~9:一桁表示)を、自由に調整することができます。例えば、腸内に存在する悪玉菌を善玉菌に変化させれば、腸内環境が清浄となり、便秘や下痢に悩む人が救われる…かもしれません。腸だけでなく、血液、骨髄、胃、筋肉、脳といったあらゆる箇所に潜む悪玉菌を善玉菌と入れ替えることで、菌に侵されている患者の体調が劇的に回復する…かもしれません。」

実際に試していない以上、断定はできない。極小生物辞典の記載通りなら、これで正解のはずだ。俺が答え終わると、警備の男性が驚愕しているのが手に取るようにわかった。

「馬鹿な…スキル所持者でもないのに…何故あの方よりも知って……ゴホン……君…どうしてそこまで正確に答えることができるのかね?」

へえ、俺の持つ知識は、スキル所持者つまり《依頼主》よりも深いのか。そうなると、その人は《極小生物辞典》を欲しがるかもしれないな。俺達の目的は、フィリアナを殺したあの女に会うことだ。匿名希望の依頼人からは、早い段階で信頼を得て、あの女のことを聞き出せるかもしれない。

「これを持っているからですよ…《解除》」

俺は左ポシェットから、あのカードを引き出し、カード化を解除させる。

「今のは…アイテムボックス? これは本…辞書の部類かな?」
「ピンクの付箋を挟んでいる箇所を見てください」

警備員でもあるハルヒトさんに、極小生物辞典を手渡す。彼は目次を見て目を見開くと、勢いよく栞のあるページを開き、スキル《善玉悪玉》の箇所を読んでいく。読み進めていくうちに、彼の両手がプルプルと震え出す。

「こ…こんな辞書がこの世に存在していたとは…フィックス君、フィリアナ嬢、少し待ちなさい」
ハルヒトさんは急ぎ足で警備員用の狭い部屋へ入り、二枚のカードと首に掛ける用の紐を持ってきた。

「入場許可証だ、これを首に掛けておきなさい。今すぐ君達を少人数用のサロン部屋へと案内しよう。遮音魔法が壁に付与されているため、この辞書の件も外に漏れることはないから安心しなさい」

御茶会部屋って…貴族用の部屋だよな?
やっぱり、依頼者は貴族か。

「依頼人は、お偉い方だ。決して粗相のないように」

俺達はハルヒトさんと共に、学園内へと入っていく。現在、運動場…いや訓練場というべきか、三十人程の生徒が魔法の訓練を実施しているようだ。俺から見える範囲では、三人が所定の位置につき、十メートル程離れた場所に置かれている的に向けて、何らかの魔法を放とうとしている。一人は男子、二人は女子、女子側は氷魔法の構築を早々に終わらせ的へ命中させたが、男子が苦戦しているようだ。

「ふうむ、あの学生、体内魔力の練り方が荒いの。あれでは魔法を具現化できたとしても、制御が大変じゃろうに」

俺とフィリアナの見ている男子学生は、眉間にシワを寄せながら、必死に魔法を練ろうとしている。右手の掌付近に大きな氷らしきものが現れたが、十秒程で消失してしまう。周囲にいる者の中でも、何人かは彼を見て嘲笑っている。彼はそんな奴等に気づくことなく、自分の不甲斐なさが悔しいのか、俯きながら両拳を強く握る。

「なるほど、原因がわかったぞ。あの笑われている男子学生、かなりの潜在能力を秘めておるが惜しいのう。体内魔力の流れが滞っておる。あれでは、どれだけ修練を積んでも無駄じゃな。《聖魔法》や《仙術》で体内の淀みを浄化せんと、魔法面においては一生成長せんぞ」

透視スキルを持っているからか、一目見ただけで男子学生の欠陥を見破った。それに百年以上生きているからか、俺の知らない言葉も出てきた。

「フィリアナ、《仙術》ってなにかな? 基礎属性の回復魔法じゃあダメなのか?」

「身体的な傷ならば、普通の回復魔法でも問題ない。じゃが、体内魔力で生じた特殊な淀みは、大気に漂う魔力の根源《マナ》でなければ浄化できん。そのマナを操る方法が《聖魔法》と《仙術》じゃ。《聖魔法》を扱える者は世界中に極小数しかおらんが、職業【仙術師】を持つ者なら一国内にも少数おるはずじゃ。かなり珍しい職業じゃが、これだけ規模の大きい学園なら一人くらいおるじゃろ。その者が良心的な平民もしくは貴族ならば、あの男の抱える悩みも、すぐに解決するじゃろうて」

へえ~魔力の淀みを浄化させるマナ、それを扱う仙術師か。
そんな職業もあるんだな。

フィリアナも彼を治療させることは可能だけど、王族のいる学園で聖魔法を使ったら騒がれてしまう。今話した内容も前方にいるハルヒトさんがしっかりと聞いているだろうから、彼には悪いがこのまま素通りさせてもらおう。


○○○


俺達は貴族の小規模なお茶会で使用されているサロンへと案内された。貴族用だけあって、内装に使用されている壁紙や家具、調度品類が一際豪華なものとなっている。正直、俺にとって、この空間は落ち着かない。ハルヒトさんは、ダイニングで飲み物を用意してくれているのだが、所作の一つ一つがとても丁寧で手慣れたものを感じる。

「私は依頼主を呼んできます。お二人はお菓子を自由に食べて構いませんので、飲み物を飲みながらごゆっくりと寛いでいて下さい。それと、この辞書をお借りしても宜しいですか?」

辞書自体は、いつでもカードとして俺の手元に引き寄せることができる。

「ええ、構いませんよ」

彼は礼儀正しく気品溢れる所作で、俺達の前に飲み物と豪華なお菓子を置くと、そのまま部屋を出て行った。

「あの男、只者ではないの。多分、この学園の警備員とかではなく、依頼主の執事か護衛じゃろう」

俺も、そう思う。醸し出される雰囲気が、ただの警備員とは思えない。俺達以外にも、報酬欲しさに大勢の冒険者達がここへ訪れたと言っていたから、彼がずっと対応していたのだろう。彼なら、簡単に追い返すこともできそうだ。

「ぬお、この紅茶、美味いぞ!フィックス、お前も飲んでみるのじゃ!」
「あ…ああ」

俺はお菓子をがつがつ食べるフィリアナをそれとなく観察していたが、どう見ても十二歳くらいの子供にしか見えない。百年以上生きている聖獣から、気品を感じさせないのは何故だろう?


……部屋で待たされること十分


突然、扉がバ~~~ンと開き、一人の女性が入ってくる。種族は人間、淡青色の長い髪、大きな黒色の瞳、俺よりも少し小柄で体型も細い。ただ、さっきの訓練場で見た学生達よりも、この女性の方が存在感を強く感じてしまうのは、何故だ?

やや焦っているような様子が伺えるものの、なびく髪がそよ風のように揺れ、仄かに甘い匂いを感じる。その佇まいから、只者ではないことがわかる。

「マフィン様、迅る心もわかりますが、些か失礼が過ぎますよ」

ハルヒトさんがゆっくりとドアを閉め、彼女を軽く叱責する。彼女の右手には、あの辞典が握られている。この様子から察するに、彼女の求める情報が記載されていたのか?

「ごめんなさい…私の求める物を持つ方がやっと現れてくれたから、つい…。私はマフィン・サディアス・ブルセイドと申します。あなた達がこの辞典の持ち主であるフィックス様とフィリアナ様で間違いないかしら?」

え…ブルセイド?
それって国名…まさか依頼人は王族か!
ということは、この人は王女様!?
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