上 下
19 / 30

19話 カード戦士、王女と対談する

しおりを挟む
まさか、依頼主が王族だったとは。
ハルヒトさんが学園の正門で、質問を投げかけるわけだ。
あそこで、冒険者達を篩に掛けていたのか。
平民が、おいそれと対談できる人物ではない。

俺は急いで直立不動の体勢をとり、フィリアナをソファーから立たせる。
彼女は名残惜しそうに、菓子と紅茶を見つめている。

「フィックスと申します。こちらは、仲間のフィリアナです」
「フィリアナ…です。宜しくお願い…します」

王女がいるせいか、彼女も言葉遣いを変化させた。
緊張感が、ぐっと増していく。

「ふふ、そう緊張しないでください。立ったままではなんですから、ソファーに座ってくださいな」

マフィン様は対面のソファーへと座り、ハルヒトさんは彼女用の飲み物を用意すべく、奥のキッチンへと入っていく。俺もフィリアナも二人が移動したところで、席へ着く。

「早速で申し訳有りませんが、単刀直入に言わせて頂きます。フィックス、あなたの所持品であるこの辞書を買い取りたいと思っております」

いきなり本題に入ってきたぞ。
彼女は、《極小生物辞典》を相当気に入ったようだ。

「マフィン様、あなたの抱える事情をお伺いしても構いませんか?」

王族の抱える事情だから、一平民に教えてくれないだろうけど、信頼を得るためにも、一応聞いておこう。

「勿論、お話しします」

おいおい、話してくれるのかよ!

「ただ、これからお話しする内容については他言無用でお願いします。表向き、私の職業は【内科医】と言ってますので」

それって、《貴方達が他者に話した瞬間、抹殺しますよ》と脅しているような?
それに、何故豊富な專門知識を必要とする医者にしたんだ?
王族である以上、下手に問いただせない。

「ふふ、顔に出ていますよ。私は小さい頃から、医学に興味を持っていました。八歳の頃から医学関係の専門書を読み漁っていたので、内科医と言っても誰も怪しまないのです。だから、この辞典の内容も理解し易っかたの。少ししか読めていませんが、これこそが私の求めていたもの」

ということは、《細菌》《ウイルス》《微生物》って医学関係の言葉なのか。内容自体も理解できるのなら、彼女にとって【極小生物辞典】は、喉から手が出る程の代物なわけだよ。

「改めて言わせてもらうわ。私の本当の職業は【細菌学者】、スキル【善玉悪玉】に関しては、私自身ある程度試したことで、効果も知っています。ただ…細菌学者という職業自体を、これまで聞いたことがないのです。王城の図書館にも一切の情報が記載されておらず、様々な業種の人達にそれとなく聞いても、誰一人情報を持っていませんでした」

つまり、職業【細菌学者】を持つ人は、マフィン様しかいないということか? 
女神様は、どうしてそんな職業を彼女に与えたんだ? 
というか、それを言うんだったら俺もか。

「女神様から贈られた以上、私はこの職業について知りたい。この二ヶ月、あらゆる伝手を使いましたが、手掛かりはありませんでした。しかし、この《極小生物辞典》を見て驚愕しました。これは、私のために存在しているんです!」

凄い、ガッツポーズしながら言い切ったよ。

「フィックス、お願いです。この辞書を譲っていただけませんか?」

アレは、カードガチャで得たものだ。
俺の物であって、絶対に譲渡できない仕組みとなっている。
可能なのは、あくまでレンタルのみ。

「マフィン様、残念ですが《とある理由》で譲渡できません」
「その理由をお伺いしても?」

予想していたのか、彼女の目が冷たく俺を見つめてくる。
こればかりは、俺の事情を全て打ち明けるしかない。
王族なら、俺の職業やスキルを話しても、内密にしてもらえるだろう。

俺が、カード戦士・カード化・カードガチャの詳細を話していくと、先程まで感じていた冷たい眼差しも少しずつ緩んでいくのを感じる。

「《カード戦士》、《カード化》、《カードガチャ》、どれも聞いたことがありませんね。あなたも、私と同じ立ち位置にいるのですね。譲渡できないのは残念ですが、あなたの許可があれば、一週間単位でレンタルできるのですね?」

良かった、きちんと理解してくれたようだ。盗難、殺人といった手段を用いても、カードは相手の物にならない。カードガチャで得たものである以上、効果欄に記載されている内容に遵守すること、これこそが一番の近道となる。

「はい、おまけに紙への複写も可能ですから、まずは全てを複写するべきかと思います」

一年は十二ヶ月、一ヶ月は三十日、一週間は六日を指す。三百ページ以上あるし、文字のサイズも小さいから、一週間で全てを複写させることは無理だろう。とりあえず、レンタル期間は一ヶ月かな? 

ただで貸すのもなんだし、俺としてはいくらかのお金を貰いたい。新たにフィリアナを仲間にした以上、生活費も倍近く必要となるはずだ。王族相手なら、少しばかり吹っかけてもいいよな? 一週間で銀貨三枚もらえれば、俺としても助かる。

「それが、一番現実的ですね。フィックス、レンタル代ですが一週間につき、金貨三枚でどうでしょう?」

は、金貨三枚!

「あのマフィン様、俺は守銭奴じゃありません。紙に書き写すだけの作業ですから、銀貨三枚でいいです」

これは、本当の気持ちだ。
単純作業だけで、金貨三枚は貰いすぎだろう?

「いえ、この価格が最適です。私としては、金貨五枚でも良いと思っているわ。他者にとってはどうでもいい本でしょうけど、私にとっては自分の人生を大きく左右させる程の逸品なのよ。あなたは、もっと欲を持つべきね。王族を相手にしているのだから、もっとふっかけてもいいのよ?」

いやいや、王族相手だからこそ、大金なんて請求できませんよ!
一平民の俺がそこまで言ったら、完全に脅しだろ?
本当に、そんな大金を貰っていいのか?
う…この人の目は真剣だ、下手に逆らえない。

「一ヶ月は借りておきたいのですが、宜しいですか?」

一ヶ月…てことは三十日で、金貨十五枚!?
二等星冒険者が、貰える額じゃないぞ!


○○○


交渉は成立した。

結局、レンタル期間は一ヶ月、費用は金貨十五枚で押し切られることになってしまった。その場で支払われることになったので、今俺の目の前に金貨十五枚が並べられている。ちなみに、フィリアナはお菓子と飲み物に夢中で、交渉の場には一切立っていない。

「こんな大金、貰っていいのだろうか?」

あ、いかん。
素の言葉が出てしまった。

「私が納得しているのですから、構いません。あなたの場合、カード化もありますから、盗まれる危険性もないでしょう」

さすが王族、これだけの金貨を見ても平然としている。平民の平均月収は金貨五枚前後、俺はその三倍の報酬を得てしまったのか。

「そして、こちらが報酬の金貨十枚よ。全て、私の個人資産なので安心してください」

ハルヒトさんが丁寧な所作で、金貨十枚をテーブルに置いていく。
俺の金銭感覚が狂いそうだ。

「あ、ありがとうございます。あの…俺の許可も得たので、今後《極小生物辞典》に限り、マフィン様自身が《カード化》と《解除》の宣言が可能となりました。ただ、材質が上質な紙製なのため、火魔法にだけは注意してください。俺のカードガチャでも、同じアイテムを入手出来るとは限りませんから」

燃やされた場合、そのアイテムは消滅してしまう。俺自身、カードガチャで得られるアイテムを選択できない以上、全てのアイテムがこの世で一つしかないと思った方がいい。

「そこが難点よね。私にとって、この辞典は国宝と同じ扱いにしておくわ。複写する部屋も、きちんと精査しないといけないわね。《カード化》……驚いた…本当にカードになったわ。しかも、重さも軽くなっているわ。ふふ、これは便利な力ね」

さっきまで緊張感に包まれた場ではあったものの、マフィン様が柔らかな笑顔をとったことで、部屋の雰囲気が軽くなっていくのを感じる。

ふう~、これで全て終わりだ。
いきなりの王族との対談は、もうコリゴリだ。

「フィックス、終わった?」

フィリアナがいつの間にか、俺の方を見つめている。
そうだ、ここからは彼女の件を話さないといけない。

「ああ、終わったよ。あの女の件か?」
「そうそう」

王族のマフィン様なら、あの女のことを知っているはずだ。
名前は…そうだ、マリエルだ!
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」  ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。  どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。  国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。  そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。  国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。  本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。  しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。  だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。  と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。  目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。  しかし、実はそもそもの取引が……。  幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。  今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。  しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。  一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……? ※政策などに関してはご都合主義な部分があります。

処理中です...