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帰還編

違うと言いたいが否定できない

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 しんと静まっている広間。魔力だだ漏れして一歩も引かないマチルダ。治療を終わらせたのか貼り付けた微笑のまま立ち上がってたバーバラ。その二人に対して涼しい顔のままの官服おっさん。
 警備隊の人の真っ青な顔色を見てしまえばこれが相当まずい状況なのだと嫌でも認識せざるを得ない。ここは私が収めるしかないか? この世界の一般常識が完璧ではないから出来れば避けたかった。ああ、でも、仕方ない。

「マチルダ、落ち着いて。バーバラも」

 そう声をかけた私にマチルダは顔をおっさんに向けたまま苛々とした視線を寄越した。

その目が語ってる言葉は「黙ってろ」である。

わお、こりゃヤバい。まあ大人しく黙ってる訳にはいかないよね。流石にイラっときたわ。
 バーバラのおかげで痛みもなくさっと立ち上がって、おっさんとマチルダの間に無理やり入ってマチルダにお返事する。
  
「マチルダ、《黙って大人しくしてろ》」
 
 乱暴にそう言霊を使えばマチルダは一瞬目を見開いて、すぐに怒りに顔を歪めると舌打ち一つ。さっきまで私が居た椅子に荒々しく座ると乱暴に足を組み前髪を掻き上げた。その様子を見届けて私はおっさんに向き直る。
 選手交代、背後サポートはバーバラ続投。回復術ありがとう!  

「仲間が失礼しました、朝から異様な状況に巻き込まれて気が立っているもので。それで衣服の確認なんですが、同性の方を呼んで調べて貰ってもいいですか?」 

 おっさんの主張まるっとガン無視で言ってやる。おっさんが少し面食らった顔したのがいい気味である。警備隊の人は明らかにホッとした表情だ。でも一呼吸置いてもおっさんから返答がないので追撃。

「私こう見えても女なんです……、それとも認識不足でしたら申し訳ないのですがこちらの世界は女性に対しての人権は認められてないのでしょうか?」

 後半は声を潜めて言えばおっさんは明らかに顔を顰めた。勿論ワザとだ。二年も居れば分かる、この世界は女性に対して良い意味で優しく甘い。だから皮肉る、迷い人は人間ではないのか、女性ではないのか、と。
 あとはおっさんの出かた次第だなとこちらも沈黙を貫く。張りつめた空気の中、先に根を上げたのは警備隊の人だ。
 
「適任の者を呼んできますが宜しいですね? 管理官殿」

 伺う言葉を使いながらも警備隊の人は有無言わさぬ言い方だった。返事を待たずに警備隊の人が動き出そうとすると、おっさんが「いい、私が行く」と言うと同時に広間から歩き去って行った。
 おっさんの背中が出入り扉から去っていくのを見届け終わった瞬間、警備隊の人と同時に盛大なため息を吐きだした。そうか、あのおっさん管理官なのか。そりゃ迷い人に当たりが強いのも頷ける。

「管理官殿が失礼しました。まさかあんな態度を取るとは至らず、対処が遅くなり申し訳ない」 
「いえ、こちらこそ色々と失礼を重ねて申し訳ないです。迷い人課の人ならまあ、あの態度も分かるっちゃ分かるので」
「そう言っていただき痛み入ります」
 
 おっさんが居ないだけで一気に和やかに会話が進む。警備隊の人によればおっさんが言い出した服装の確証が取れれば騒動の聞き取りは終了らしい。こちらの緩い空気が伝わったのか静かだった広間は徐々に賑やかさを取り戻していった。あの静かさはビビった。

 流石に疲れたと椅子に座ろうと顔を向ければマチルダのにっこり笑顔を貰った。だめ、自力で解け、と意味を込めて私もにっこり笑顔を返して隣の席に座る。マチルダは小さく肩を諌めると、目を閉じて集中し出す。マチルダの周りに柔らかい風の様なうねりが回る。これが魔力というものらしい。魔力適正が高ければ様々な色や形として認識できるらしいが私にはそよ風吹いてる? 程度。誤解無きよう言うと迷い人でも適正は個人差である。導かれる答えは私は適正なし。某魔法使い映画の様なド派手なファンタジーを感じさせてくれ。

 びーどろに似た、ぺきんという音が私の中で小さく鳴り、弾けた感覚がした。どうやらマチルダが無事言霊を解除したらしい。強く掛けていないからと言ってもこうも簡単に解かれると悔しい。まあだからこそ自主的に掛かってくれてたんだろうなあ。

「……はあ。流石に疲れた」

 ため息混じりの疲れが滲む低い声が聞こえた。まだマーティンかよ、やっぱり全力でやるべきだった。舌打ちしたい心境の中、バーバラがおや、と少し驚いた声を出す。
 
「珍しいですね。マチルダが意図的ではなく素声で話すなんて」
「……この事については流石にちびちゃんに悪いと思ってね。せめてもの罪滅ぼしに労わっている最中だ」
「わたしもそれには同意致しますが、なぜマチルダの態度がちびさんを労わる事になるのですか?」

 分からないとバーバラが聞く。一緒に聞いていた私もさっぱり分からない。え、労ってたの? 嫌がらせじゃないの? バーバラと二人首をかしげてマチルダの言葉を待てば、当の本人はにっこり笑って言い放った。それは愉しそうに。

「ちびちゃんの世界では女性は、男性に<ちやほや>されると嬉しいんだろう?」

 ちやほやの意味がこちらと一緒だといいんだが、と付け加えられたが私はどうか違っていてくれと祈りながら頭を抱えた。

 ああ、小鳥ちゃん。今度会ったら覚えてろよ……!!
  
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