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第四章

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「昨日はすごかったですわね」
「あんなに迫力があるなんて」
「間近で見たのは初めてですわ」
朝から女生徒たちが、昨日の剣技大会の話題で盛り上がっていた。
「優勝したのは一組の方でしょう」
「一年生が優勝するなんて珍しいそうね」
一、二年合わせて四十名ほどの出場者の頂点に立ったのは、漫画同様ダミアンだった。
昨日の試合の様子を見るに、領地で騎士団と訓練していただけあって、ダミアンの力は抜き出ているようだった。

「レアンドロ殿下も残念でしたけど、格好良かったですわ」
「本当に」
レアンドロは準決勝で二年生に敗退していた。
その対戦相手は近衛騎士の息子なので、やはり相当の実力者なのだろう。
敗れたレアンドロがとても悔しそうにしていたのが印象的だった。

「そういえば、王太子殿下は大会には出られませんでしたわね」
話をしていた一人がブレンダを見た。
「ブレンダ様は何か聞いておられますの?」
「あ……ええ。去年参加した時に対戦相手が萎縮してしまって、試合にならなかったそうで……。だから参加しないと仰っていましたわ」
これは本当のことを言ってもクリストフのイメージに影響はないだろう。
そう思い、ブレンダは答えた。
「まあ……そうなんですの」
「確かに、王太子殿下に剣を向けるのは恐ろしいですわね」
納得したようにクラスメイトたちは頷いた。

「でもあんな恐ろしい王太子殿下と一緒で、ブレンダ様は大丈夫ですの?」
「昨日もずっと隣にいらしたでしょう」
「同じクラスの方が話しかけただけで睨まれたそうですわ」
「ええと……いつも恐ろしいわけではないので。生徒会の時は普通ですし」

昨日の大会中、ブレンダは生徒会のメンバーと貴賓席にいた。
クリストフの隣に座っていたのは、闘技場にいた全員に見られていたことになる。
「そういえば、王太子殿下がブレンダ様に笑いかけていらっしゃいましたね」
一人がそう言うと、他の人たちが驚いたように目を丸くした。

「まあ、あの王太子殿下が?」
「笑えるんですの!?」
「……ええ」
(よく笑いますけど!)
そう大声で主張したいのを我慢してブレンダは笑顔で肯定した。

「まあ……やはりブレンダ様は特別なのですね」
「本当に」
クラスメイトたちは顔を見合わせて頷いた。
(そんなこと……ないと思うのだけれど)

生徒会の他の二人とも、クリストフは笑顔で接している。
ベネディクトとは幼馴染で、クラウディアも早くにベネディクトと婚約したので三人で遊んでいたという。
(でも……クリストフが素を出せるのは三人だけと思うと……特別なのかな)
孤児院でもクリストフは素の顔でいるが、子供たちは彼が王太子であることを知らないからだ。

(わずかな人の前でしか素を出せないなんて……)
クリストフはそれが当然と思っているようだけれど、辛いと思う。
(恐れられる王様よりも、慕われる王様の方がいいだろうに)
クラスメイトたちの反応を見ながらブレンダはそう思った。

  *****

「うーん、慕われる国王か……。それは難しいかもな」
この日の生徒会は、公務があるからとクリストフが不在だった。
ブレンダがクリストフの評判について思ったことを伝えると、ベネディクトはそう答えてため息をついた。

「どうしてですか」
「クリストフが正妃の産んだ弟を差し置いて王太子になったのは知っているだろう」
「はい」
「理由は知ってる?」
「……クリストフの方が優秀だったから……?」
「それもあるけど、レアンドロ殿下は王になるには心が弱いと言われているんだ」
「心が弱い……」
「それ以外、そこまで優劣がある訳ではない。だからクリストフは弱みを決して見せてはならないんだ」
「そうなんですか」
ブレンダは首を傾げた。
「そうやって殻を被ってまで、国王になりたいものなんでしょうか」

「あいつがなりたがっているかは知らないが、王太子に選んだのは国王陛下だ。選ばれたならその責務を全うしないとならないと思っているんだろう」
「……責任感が強いのですね」
「そういうこと」
ベネディクトは笑みを浮かべた。

「だからさ、ブレンダがあいつを支えてやってよ」
「支える?」
「クリストフが自分らしくいられるのはブレンダの前だけだから。あいつの安らげる場所として側にいてやって欲しいんだ」
「安らげる場所……」
「頼むよ。俺も卒業したら次期公爵として領地の仕事があるし、結婚式の準備もあるから色々と忙しくなるんだ」
そう言うとベネディクトはクラウディアと視線を交わした。

「分かりました……ところで、結婚式はいつなんですか?」
「まだ決めていないけど、領地と王都の両方でする予定よ」
クラウディアが答えた。
「ブレンダも来てね」
「はい、是非」


「結婚といえば、どうしてブレンダはしないんだ?」
「え? ええと……」
この二人にならば言ってもいいだろうか。そう思いブレンダは口を開いた。
「私はシスターになるんです」

「シスター⁉︎」
二人は同時に声を上げた。
「え、なんで?」
「孤児院で働きたくて」
「働く? どうして?」
「孤児たちを支えて、自立できる手助けをしたいんです」
「だからシスターになるの……?」
ベネディクトとクラウディアは信じられないという表情で顔を見合わせた。

(やっぱり、貴族の娘がそう考えるのは変わっているのかな)
貴族の女性が仕事を持つことは滅多にない。
落ちぶれたり、家が貧しかったりなどという事情があるときくらいだ。
裕福な侯爵家のブレンダが働くことは、理解されないのだろう。


「……ブレンダって、本当に人がいいというか……」
クラウディアが息を吐いた。
「自らシスターにならなくても、他に色々あるでしょうに」
「そうなんですけど……私は自分でやりたいんです」

「――それって、クリストフも知ってるのか?」
ベネディクトが尋ねた。
「はい、知り合ったのも孤児院ですし」
「そうか」
「うーん……でも、ブレンダがシスターになる必要はないんじゃないかしら」
首を捻りながらクラウディアが言った。
「……そうでしょうか」
「ブレンダだったら、シスターになるよりもっと多くの子供を救うことができると思うのよね」
「もっと多くの……」

「ええ、ねえ」
クラウディアが視線を送るとベネディクトも頷いた。
「そう。シスターって外の世界と遮断されるんだろ。それより貴族社会の中で、権力使ってできることやった方がいいと思うけどな」
ベネディクトの言葉にクラウディアも大きく頷いた。
「クリストフ殿下に頼めば協力してくれるでしょう? 何せ未来の国王なんだし」
「バルシュミーデ侯爵は資産も豊富だし、国への貢献度もある。その娘だっていう権力をなくさずに使った方が、絶対いいと思うんだよな」
それが貴族としての役目だと、ブレンダも分かっている。

(やっぱり……それが普通なのかな)
「……そうですね」
二人の言葉にブレンダは頷いた。
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