【完結】消えた一族の末裔

華抹茶

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 学園でも隣国のことばかりが聞こえてくる。
 帝国となるということは、周辺国を配下に置くということ。つまりは戦争が始まるってことだ。
 王宮で殿下にお会いした時も、くれぐれも気を付けてくれって言われた。情勢がかなり良くないらしい。殿下も公務が異常に忙しくなったことで学園には通えなくなってしまった。月一のお茶会もしばらくは難しいそうだ。

「え!? 父さん、また討伐なの!?」

 学園から帰るとメルルさんが、父さんから送られた手紙を渡してくれた。中には討伐でしばらく帰れなくなったと書かれている。
 つい先日も討伐に出かけていて帰って来たばかりだ。なのにまたすぐに討伐だなんて……父さんは大丈夫なんだろうか。
 隣国のこともそうだけど、大型魔獣の襲来が物凄く増えてて父さんはずっと討伐に出かけている。本当に休む暇が全然ない。

「シモン様のことですからきっと大丈夫ですよ」

「うん……」

 父さんは国一の魔法の使い手だ。危険な大型魔獣も父さんがいるから、魔法騎士の人達は皆無事で帰ってきている。だけど今回ばかりは嫌な感覚がずっと付きまとっていた。

 それが抜けないまま数日。ヴィーと共に学園で昼食を食べていた時だ。
 バタバタと大きな足音が聞こえてくるなと思ったら、食堂へと数人の衛兵が入ってきた。
 
「リューク・マスターソン! いるならば返事をしろ!」

「ぼ、僕です……」

 突然僕の名前が呼ばれて恐る恐る返事をすれば、衛兵たちは僕達の元へとやってきた。

「リューク・マスターソンの身柄を拘束。反逆の恐れがあるため、このまま王宮へと連行する!」

「え? な、なに? え??」

「おい! 一体どういうことだ!?」

 ヴィーが衛兵から引き離そうとするも数人で取り押さえられ、そして僕は両腕を後ろに拘束されてそのまま問答無用で連れ出された。
 なにより反逆ってどういうこと? 全然意味がわからない。混乱する頭じゃ何も考えられない。

「さっさと歩け!」

「い、痛っ……!」

 力も強く、僕は引きずられるようにして歩かされた。後ろからは僕の名前を叫ぶヴィーの声が木霊していた。

 無理やり馬車に乗せられ王宮へと連れて行かれる。馬車から下りるとまた強い力で引っ張られるように歩かされた。そのまま僕が歩いたことのない場所をずんずん進んでいき、やがて大きく豪奢な扉の前へと辿り着いた。

「逆賊リューク・マスターソンを連行しました」

 扉が開き中へと入る。たぶんここは謁見の間だ。奥にある玉座だろう席に座っているのは陛下。そしてその隣にはレイン殿下の姿もある。それだけじゃない。周りには知らない人がたくさんいる。多分大臣や力を持った貴族の人達なんだろう。その人たちの目が怖い。僕を汚いものを見るような目で、鋭く睨みつけている。
 玉座へ上がる階段の前で、僕は突き飛ばされ倒れこんだ。両腕が縛られていて身動きが取れない。そんな僕の髪を掴むと、強制的に膝を立たせるように座らされた。あまりの痛さに目に涙が浮かぶ。
 
「シモン・マスターソンの養子、リューク・マスターソンで違いないな?」

「……はい、そうです」

 カツカツと靴音を鳴らして近づいてきたのは、燃えるような赤い髪を短く切りそろえた鋭い目つきの男性だった。

「お前の養父であるシモン・マスターソンが我が国を裏切り、隣国アリミルスへ寝返った。私の息子であるブラント・ラフヘッド魔法騎士団副団長からの報告だ」

「え……裏切った……?」

 そんな馬鹿な。父さんが国を裏切って隣国へ行ったなんてそんなわけがない!

「大型魔獣の討伐の際、味方である魔法騎士を抹殺。そのまま隣国へと姿を消した。生き残ったのはブラント・ラフヘッド副団長ただ一人だ」

 この人が言うには、父さんは大型魔獣の討伐遠征に出向いた。場所は隣国との国境付近。
 そこには大型魔獣が三体暴れていて、それを全員で討伐した。だが討伐完了のその瞬間、父さんは攻撃魔法を味方の部隊に向かって放つ。ラフヘッド副団長だけはなんとか攻撃を躱し命拾いした。
 父さんは殺した味方の死体を見てにやりと笑い、「これでやっと反撃できる」と隣国へと姿を消したそうだ。
 一人生き残ったラフヘッド副団長は急ぎ王都へと戻り報告。そして養子である僕が何かを知っているはずだとここへ連れてきた。

「さぁ言え。逆賊シモン・マスターソンがいつから隣国と手を結び、此度の計画していたのかを」

「知りません! 父さんはそんなことをしない! 絶対に裏切ってなんかいない! 絶対に何かの間違っ――うぐっ!」

「黙れ! さっさと吐け! 薄汚い平民が!」

 赤い髪の男は、鞘に入ったままの剣を僕の頭に叩きつけた。物凄い衝撃で眩暈がする。殴られた勢いで倒れこむも、また髪を掴まれ強制的に顔を上げさせられた。

「さっさと申告した方が身のためだぞ。殺されたくなければ正直に答えろッ!」

「父さんはっ……父さんはそんなことを絶対にしない! うぐっ……! がはっ!」

 また何度か殴られる。でも絶対負けるもんか。父さんが、あんなに優しい僕の父さんが! 国を裏切るはずがない! 仲間を殺すはずがない! 僕はそれを信じてる。

「まだ隠し通すか!」

 カラン……と地面に鞘が転がった。ちらりと目線を上げれば剣を掲げた赤い髪の男。それで僕のことを斬るのか刺すのかするのだろう。例えそうされたとしても、僕は同じことを言うだけだ。だって父さんはそんなことをしていないのだから。

「さっさと真実を吐け!」

「っ……!」

 赤い髪の男が剣を振り下ろす。次に来るであろう痛みと衝撃を堪えるためにギュッと目を瞑った。だけど。

「そこまでだ!」

 レイン殿下の鋭い声が響き、恐れていた痛みは襲ってこなかった。

「宰相。確たる証拠もない中、私の庇護下にある人物をそれ以上拷問することは許さん」

「殿下! 平民に慈悲を与えるからこんなことになるのですよ! これはあなたの失態だ!」

「ほう? 私の何が失態だと? 平民であるというだけで逆賊と決めつけるお前のその判断が失態ではないのか?」

「何を仰るのですか? 此度の報告は、共に討伐遠征に出向いた息子が命を懸けて持ち帰った報告です!」

「その息子が真実を言っているという証拠はあるのか?」

「なっ……!? 我が息子を疑うと仰るのですかッ!?」

「ただ一人生き残っていたというだけで、怪しいということに変わりはない。よって、これ以上リュークへの拷問は中止だ。彼の身柄は私が預かる」

「殿下! いくら王太子といえども、越権行為ですぞ!」

「それを言うならお前のやっていることも越権行為だ。リュークとシモンを裁きたいのなら、然るべき証拠を集めてからにしろ」

 ぼんやりとする頭の中で、二人の言い争う声をぼんやりと聞いていた。レイン殿下は僕と父さんのことを守ってくれてるんだ。周りが冷たい目で見る中、殿下だけは僕たちの味方でいてくれる。それが嬉しくて、涙が零れ落ちた。

「リューク、大丈夫か? すまなかったな」

 殿下は僕の腕を縛っている縄を解くと、そっと横抱きに抱き上げてくれた。そのまま謁見の間を出て、どこかへと運ばれていく。
 ほっとしたのと体の痛みとで、僕はいつの間にか意識を失った。

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