16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第12章 スペードの女王と道化師

『予言集』とノストラダムスの不安

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 為政者が変わると国の流れや雰囲気も変わっていく。
 そもそも為政者の政治の評価は一面からでは見分けがつけられないものである。戦争をしていたからただちに悪いと断定するものではない。国内が比較的安定していれば評価はまず佳しとされるし、戦争など起こしていなくとも国内が荒れれば糾弾されるというのもある。16世紀半ばの西ヨーロッパ各国においては、その後の何世紀かと比較すればまだ安定していたといえるかもしれない。ひとつボタンをかけ違えればもっと大きな戦乱が起こる可能性も考えられたからである。例えばハンガリー侵攻やウィーン包囲(1529年)のあと、オスマン・トルコがさらに軍を進めたらどうなっただろうか。また、神聖ローマ帝国皇帝がローマを壊滅状態にし、フィレンツェを包囲し共和国政府を降伏(1530年)させたあと、さらにイタリア半島全土を手中にしようとしたらどうなっていただろう。実際、フランシスコ・ボルハは戦闘に従軍した際友人の戦死を目の当たりにしたし、ローマで略奪の上殺された人も多くいる。カトリーヌ・ド・メディシスは共和国政府の吊し上げに遭うところだったし、ヴェネツィアからイェルサレムへの巡礼船が出せなくなったり、ミケランジェロが何ヵ月もメディチ家礼拝堂の小部屋に隠れていなければならなかったーーなど本話の登場人物が被った損害も枚挙に暇がないが、全体を見るなら戦禍が全土に及ばなかったという意味で「それで済んでよかった」といえるのだろう。
 そのような分析はマキアヴェッリのような人がした方がよいが、彼はこのような事態が来るほんの少し前にこの世を去っていた。
 彼の著した『君主論』は残っている。

 フランス南部サロン・ド・プロヴァンスで医師をしている著述家、ミシェル・ノストラダムスはまた執筆していた。
 ノートルダムという生来の苗字を著述名としてラテン語表記にしたことはさきにも書いた。
 彼は脱稿から3年待って『化粧品とジャム論』という本を上梓するや否や、次の著作を1555年の7月に刊行した。『ジャム論』の刊行を待つ間、同時に準備をしていたはずだ。それが『予言集』で現代までよく知られているものである。

 『ジャム論』が化粧法や料理などの実用的な内容と、旅行記や体験談など誰にでも分かりやすく書かれていたのに対して、『予言集』はまったく次元の違う(と思わせる)本だった。それは、4行詩の集まりで解説などはついていない。象徴的な言葉を使っているため、具体的に何を指すのか分からない。古くから吟遊詩人(トゥルバトゥール)による詩と音楽に触れていたプロヴァンス地方では馴染みのある詩の形式だったが、内容はまったく難解としかいえないものだった。特定の事物を出すことの危険を考えてあえて難解にしたのである。
 もともと彼は、手がけていた『アルマナック』(年間の暦)にも抽象的な言葉で運勢を書くことをしていた。多くの人に当てはまる内容でなければならないからで、『予言集』もその延長線上にある。そして、それらは常識的に使われていたラテン語ではなく、すべてフランス語で書かれていた。ラテン語でも書けるが自国語を使っているのである。それはこれまでにも書いた通り、フランソワ・ラブレーの『パンタグリュエル物語』に倣っている。流れとしてはエラスムスやトマス・モアに属しているが、方法としてはダンテやボッカチオ、チョーサーのそれで、母国語の文学というくくりになるだろう。

 彼は現代でいえばベストセラー作家といえる。アルマナックは人気で毎年発行されていたし、『化粧品とジャム論』も版を重ねる。そこに満を持しての『予言集』である。難解な内容にも関わらずこちらも人々の口の端にのぼる話題となっている。そして、話題になるとつきものなのが批判や誹謗中傷である。そこは改めて述べるが、ラブレーへの異端訴訟騒ぎを知るミシェルが最も気を配ったのはそこかもしれなかった。
 彼はサロンに拠点を置き、アンヌと結婚して以降はつとめて土地への貢献につとめていた。サロンの水利事業に出版で得た収入を投資したのが最も大きなものだ。その根底には篤志家としてサロンの地で死ぬまで幸せに暮らしたいという願いがあっただろう。社会生活の基盤があってこそ、執筆活動に打ち込めるという思いがミシェルにはあった。
 アヴィニヨン大学がペストで閉鎖されて以降、ミシェルはひとつとことに落ち着くことがなかなかできなかったし、実家に戻ることもなかった。エクスでペストの治療に尽くしてやって来た彼を温かく迎えてくれたのはサロンだった。彼はそこを「終の棲家」と定めたのだ。

 まだアルマナックしか刊行していなかった数年前から、フランス王妃のカトリーヌはミシェルを王宮に招いていた。アルマナックの記述によほど感じ入ったらしい。しばしばパリ方面から来る要請に「執筆があるからお待ちください」と答えて延期してきたが、本が出たのは誰の目にも明らかなのだし、そろそろ赴かなければならない。
 しかし、それにもいろいろ問題があった。まず、王宮から旅費は出ない。サロンから同じ地方であるリヨンに行くのも遠いのに、パリに行くとなったら何日かかることか。若い頃ならばいざ知らず、ミシェルは壮年な上に痛風を発症していた。皇帝カール5世も痛風だったし、ヘンリー8世もそうだったといわれる。現代とあまり変わらないのかもしれない。ただ、カール5世退位のひとつの理由でもあったが、痛風の痛みが出ているときは歩行もつらくなる。それで世界を股にかけて遠征するなど、当の本人にとってはとんでもない話だろう。
 ミシェルにも同様の事情があった。
 それに加えて、彼ならではの事情もあった。
 遅くに結婚したアンナは次々と子を産んだ。このときも乳飲み子が列をなしている状態で、家はまるで泣き声合唱隊のようになっている。痛風の痛みがないとき育児の責務を果たしているミシェルにとっては、家を出ることはたいへんな困難だと感じていた。
 ただ、「赤ん坊の世話に追われているので」とはさすがに正当な理由とはならない。「王妃も7人子を産んだというから、分かってくれないだろうか」とミシェルは一人ごちる。肝心の妻は十分な財政基盤の担保と手伝いの人を雇ってもらうという条件で夫を快く送り出すことに決めていた。暗黙の了解としてたくさんの土産物を買ってくる条項もあるようだ。ミシェルはふうとため息をつく。
 彼は乗り気でないのでこのような反応に終始しているが、たとえ自腹を切っても王宮に招かれるというのはたいへんな名誉である。そこはここで強調しておきたい。実際妻もたいへん誇らしく感じているようで、「いつか家族全員で王さまと王妃さまにお会いしたいわ」とうっとりつぶやいている。ただ、招かれるというのが本当に誇らしいものになるかについて、ミシェルは慎重に受け止めていた。誰もがミシェルをサロンの名士、ペストの治療にあたった医師、知恵を惜しげなく万人につまびらかにする著述家と捉えていないことも分かっている。

「王政に対して批判的である」、
「怪しげな風説を流布しようと企んでいる」、
「異端である」。
 それらの批判はたとえ僅かでも、彼の生活・生存基盤を脅かしかねない。偉大な先達だったフランソワ・ラブレーがどれほど大学やら一部の聖職者に叩かれたか知っているミシェルは、そのような仕打ちを絶対に受けたくなかった。王宮に行くのをためらっていた本当の理由は痛風でも赤ん坊でもなく、弾劾されるのではないかと心底恐れていたからだった。

 逆にいえば、特に新しい著作が刺激的な内容であると自覚していたーーとも受けとれる。

 いずれにしても、腹をくくったミシェルは王宮に向かう旨手紙を出して、1555年7月にサロンを出発していった。およそ1カ月の旅程を見込んでいた。
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