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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル
シルクロードの巡礼 1552年 コーチンからゴア(インド)
しおりを挟む〈フランシスコ・ザビエル、ベルナルド(河邊成道)、アントニオ、マテオ(日本人)ら同行者、ディエゴ・ペレイラ、アントニオ・ゴメス、アントニオ(中国人)〉
たいへん押し迫った日程で港から港へ駆け足で向かった私たちは、1552年の1月24日にインドのコーチンにたどり着くことができた。前年の11月15日に豊後を出たことを思えば、よくやったと船を誉めてやりたいほどだ。
しかし、コーチンでその喜びに浸っている暇はまたもやなかった。私がもっとも関心を寄せていた二つの事柄ーーすなわち、聖パウロ学院の院長人事と、明国(中国)渡航の準備だがーーをなすためには、すぐさまゴアに向かわなければならなかったのだ。そのわずかな滞在の間にもしなければならないことはたくさんあった。
まずは、何通も手紙を書かなければならなかった。できる限り早い船便に載せなければならなかったのだ。
イニゴ(イグナティウス・ロヨラ、イエズス会総長)、ヨーロッパのイエズス会員あて、ポルトガルの国王ジョアン3世、ポルトガルにいるシモン・ロドリゲス、そしてゴアのミセル・パウロ司祭あてである。ヨーロッパの会員あてのものがかなり長大だった。何しろ日本に到着してから去るまでのいきさつをすべて書いたのだ。ダンテの『神曲』ほどではないが、これは口述筆記だったので私ではなく筆耕者の労力を称えるべきだろう。私は話し過ぎて喉が痛くなったぐらいだが、筆耕者の手の痛みに比べれば、ものの数ではないだろう。
イニゴ宛ての手紙だけは自筆で書き起こした。遠慮なくスペイン語で書けるのは楽しいことだった。
同行者のうち、山口で信徒になったマテオが少し体調を崩しているのが気がかりだった。病気ではないのだが、ぐったりして疲労も激しいようだ。それは自然なことだと思う。私たちもインドで何年も過ごした後、日本に行って凍えるほどの思いをしたのだ。その逆だと思えば容易に想像がつく。
早く彼の身体が気候に順応してくれるよう、祈っていたよ。
コーチンに滞在していたのは10日ほどだっただろうか。私たちはまた船に乗り込んで、1552年の2月中旬に、やっとゴアに着いた。ベルナルドやマテオにはヨーロッパまで向かってもらいたいと思っていたので、聖信学院で学んでもらうつもりだった。コーチンでわざわざミセル・パウロ司祭に手紙を書いたのは、ゴアに私たちが赴いたときのために十分な準備と報告を受けたいと願ったからだった。
コーチンで聞いた断片的な情報だけでも、そうしなければいけないと強く感じさせる話ばかりだった。
〈私は数々の辛酸をなめたのち、ここでは慰めを見い出すものと思い続けて帰ってきました。しかし、ここでは慰めの代わりに、(宣教師と)人びとのあいだの論争や対立のために、少しも模範にならないさまざまな苦労を見い出し、悲嘆にくれています〉(※1)
豊後で、商人ディエゴ・ペレイラが説明した言葉では私は世界を股にかけて勇ましく進む冒険者のようだったが、実のところ、そのような要素はほとんどなかったように思う。私が先導する一行のなかでは、人間的な軋轢(あつれき)というものは生じなかった。かの地で起こる為政者たちの政争や紛争に巻き込まれることはしばしばあったが、宣教者どうしの結束は固かった。それなのに、私がいない場所ではどうして面倒なことがいくつも起こっているのだろう。
強圧的だったり、敬虔さを著しく欠いていたりする聖職者の話がいくつも耳に入ってきた。私は該当する人に必要な対処をしなければならないと考えた。その筆頭がゴメス院長だったのだよ。
なので、ゴアの町を久々に見たとき、懐かしいというよりは少々気が重くなっていたのだ。
このような時にこそ、皆で静かに祈り瞑想することが必要なのだろうが、やはりそのような暇はなかった。私は必要で十分な情報をかき集めて、イエズス会インド管区長として人事の刷新にとりかからなければならなかった。
さてアントニオ、あなたと会ったのはゴアだった。
あなたは聖信学院で学んでいて、私が明国(中国)で宣教活動をするので通訳として付いてきてほしいと告げたとき、実に素直にうなずいてくれた。私はとても心強く感じたのだ。
いつか、ディエゴ・ペレイラから聞いた話をあなたにしたことがあったが、覚えているだろうか。ペレイラは、明国から遠くイェルサレムにまで至る「陸の道」があるのだと言っていた。12世紀頃、いにしえの隊商たちがラクダに揺られてはるばる旅をした道のことだ。
するとあなたはすかさず、こう言った。
「司祭さま、それは『絲綢之路』(絹の道、シルクロード)と言います。かつて西洋の商人もその道を辿って、はるばる元(中国の元王朝)までやってきたのです」
そしてあなたはすらすらと、その道について知っていることを話してくれた。
長く中国の都である長安(北京)から西に進み敦煌へ。そこから広大なタクラマカン砂漠のオアシスを通ってパミール高原(現在のタジキスタン)に達する。高い山々を登リ下りしながら乾いた大地を気が遠くなるほど延々と行くと……そこにアラビア半島がある。私の頭でおぼろげに想像できるのはそれぐらいだが、実際はもっと奥深く、困難を伴う旅路だろう。その経路はいくつもあって、オアシスや湖が干上がってなくなってしまうとうねうねと変わっていく。
あなたが言っていた西洋の商人とはマルコ・ポーロのことに違いない。彼は距離にしたらどれほど移動したのだろう。片道で2000レグア(約1万km)を超えただろう。
壮大な、見当もつかないほど長い道だ。
ああ、陸の道をいにしえの隊商のように旅して、イェルサレムにたどり着けたらどんなに素晴らしいことだろう。イェルサレムに辿り着ければ、ヨーロッパには何らかの手段で行くことができるはずだ。
私はそんな思いに激しく胸を焦がしていた。
「おまえは……本当にイェルサレムに行きたいのだな。かわいそうに」
ふいに、セサルの言葉が頭の中で響き渡る。
ああ、セサルは分かっていた。私の本当の、心の奥底に大事にしまっている思いを承知していた。そうだ、私はイェルサレムに行きたい。それを心がずっと求めているのだ。
明国の宣教活動に必要な環境を整えたら、私はそのままイェルサレムに向かいたい……。
そのように物思いに耽る私にあなたは不思議そうな顔をして尋ねたのだが、覚えているだろうか。
「司祭さま、今の隊商は皆海に出ます。海が道になっているのでしょう。もちろんご存じでしょうが……」
「そうだな……アントニオ、船はどれほど長い距離でも進むことができる。でもたった今は、自分の足で一歩ずつ進む旅に私はひどく惹かれているのだ」
「そうなのですか」とあなたはまだ不思議そうな顔をしている。
私は微笑んで思っていることをそのままあなたに告げた。
「私は、聖地を目指すひとりの、小さな巡礼でいたいのだよ」
ゴアで手を付けなければならないことはたくさんあった。だからこそ、そのような願いを抱いたのかもしれない。しかし、それはアントニオ、あなた以外には告げていない。新たな出発の地に立って希望に燃えているベルナルドやマテオの表情を見たらとてもそんなことは言えないだろう。それに、海を渡ってインドに続々とやってくる使徒たちの姿を見たらなおさらだ。彼らの多くは、私の報告を知って、憧れてこの地に脚を踏み入れたのだから。
背の高いヤシの木が風に葉を踊らせているのを眺めながら、私はただ黙って微笑むだけだった。これからやってくる嵐のような日々をどこかで予感しながら。
そう、まさに嵐のような日々だ。
※1 『聖フランシスコ・ザビエル全書簡3』河野純徳訳 東洋文庫(平凡社)
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