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1章 昇竜

第23話 真相

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 いよいよ訪れたバケモノ発生日。当該地域の市民の避難は完了し、残りはバケモノを倒すだけだ。
 もちろん、ヒーローは僕達だけじゃない。各々の市区町村にある地球防衛放送局支部のヒーロー達が守るようになっている。僕達は湘南区の担当だ。
 だけど、テイラは尻尾が再生するまでは活動不可能となり、戦えるヒーローはプレイアさんと少女だけだ。僕は現場の総指揮をとることが役割だ。
 まだ戦闘になるまでには時間があるらしいから、少し休憩のためと思って、いつもの場所に来て静かな街の様子を見下ろしていた。

「ハァ~……。そういえば、この後ろってなんだっけ?」

 ふと思うと、正面の街並みばかりを見て、真後ろが何かって気にしたことがなかった。
 なんとなく気になって振り向くと、そこはただの茂みだった。いや、茂みには少し隙間が見えた。その向こうは、何やら道らしきものが見える。
 まだ時間はあると思って、僕は興味心でそこへ進む。バキバキと茂みを少し荒らしてしまったが、やはり道だ。しかもただの道じゃない。途切れ途切れだが、土に紛れて石畳が続いている。

「この感じ……お寺?」

 ほぼ森と同化してしまっているが、ようやくこの道が何かを示すものが現れた。

「これ……山門だよね?」

 瓦は崩れ、木は腐っているが、それが織りなす形はどう見てもお寺の山門だ。

「やっぱり、ここお寺だったんだ……じゃあ、もしかして!」

 もしかしたら、ここもバケモノ大量発生の原因になるかもしれない。その危険性を踏まえて、山門を越えると、不思議な光景を目の当たりにした。
 あんなに道はくたびれていたはずなのに、山門の向こうは人でいっぱいで、本殿へ続く石畳、それを囲む砂利、砂利、池には鯉が泳ぎ、ガランガランと鈴を鳴らす音が響く。
 あの道が嘘みたいに思えて、僕は山門の向こうをもう一度見る。やはり山門の向こうは小汚く、この光景とは天と地の差がある。

「ど、どうなってるの……?」

 わけも分からずにただ茫然とこの光景を見つめていると、寺院の柱にお札の貼られた跡があるのを見つけた。
 そこへ駆け寄り、それを右手で触れた瞬間。嘘のようなこの光景が、雨で絵の具が落ちるかのように溶けていく。
 そして現れたのは、山門の向こうと同じ、くたびれた景色と廃墟となっているお寺だ。

「これに触れたら元に戻った……。お札に残っていた力が見せた幻影とかなのかな?」

 お札跡を優しく撫でると、右手の痕が眩く輝いた。その眩しさに目を細めると、また声がした。

『ここは、わらわが生まれた地。この寺院の法力は強く、ここらの亡霊の力を弱めていた』

 目を閉じているのだが、瞼の奥でアゲハ蝶が歩んできたであろう今までが見えた。
 その光景は、さっきと似ている。色々な人が参拝に訪れては、鈴を鳴らし、蝋燭を灯し、読経して帰っていく様。その信仰力を栄養として、成長していく様を。

「もしかして……お前、仏様?」
『……妾は、秩序を保つもの。信仰力なき今では、これ以上の力は出せんが、お主の欲が妾を起こした。このさびれた寺院に眠っていた妾をな』

 僕は、もしかしたらすごいものを手に入れたのかもしれない。バケモノを鎮めていた寺院の信仰力の塊となれば、それだけですごい。
 でも、そうなると謎が残る。

「そんなお寺なのに、なんでさびれたわけ?」
『封印札が破れたせいだ。あの札がなくなり、バケモノ共がこの寺院を襲い、ほんの数時間でこの様だ』
「封印札が破れた理由……知ってたりは?」
『知れることなら。見せてやろう』

 アゲハ蝶が瞼の奥で輝きを放つ。瞳の奥が痛いが、それをこらえた先に待ち受けていたのは衝撃どころじゃ言えない事実だった。
 封印札を、爪を立てて無理矢理剥がす後ろ姿が映っている。その人物には尻尾があり、髪がなく、よく見ると鱗のようなものがあった。夜中の光景のせいで肌の色までは分からないが、その手荒さと尻尾の動きで察しがついてしまった。

「もしかして……テイラ⁉︎」
『まずい、近づいてくる。一旦離れよう』

 一瞬で姿を消したアゲハ蝶。視界は元に戻る。耳を澄ますと、誰かがこちらに向かってくる足音がした。隠れ場所という隠れ場所がなく、本殿の片隅にいることにした。

「ふぅ、ふぅ~……」

 ここに立ち寄ったのが誰かだけ確認したくて、僕は本殿の扉の隙間からその人物を確かめた。
 オレンジ色の肌に、切れた尻尾。やはり来ていたのはテイラだった。

「よし……おっ始めるか」

 テイラはニヤリと笑って、ジーンズの後ろポケットから、紫色の棒を取り出した。
 そして、それを地面につけて、何かを描き出す。何を描いているのかまでは見えないが、明らかにこの騒動にテイラが関わっているのは確実だ。
 こんなとき、ヒーローだったらどう行動しているだろうか。
 テイラと戦う? それじゃあ突発的すぎる。
 テイラと話す? どうやってこの状況から話そうか。
 色々考えても、良い案が出てこない。でも何かしなきゃ。そんな僕が閃いたのは、単純なことだった。

「……? な、なんだこりゃ⁉︎」

 僕は封印札を書いてテイラの目の前に実現化させた。その反応で、黒白ハッキリさせるためだ。

「た、たしかにこの前全部破ったはずだ!」
「全部……破ったんだ」

 返ってきた言葉に、僕はゆっくりと本殿の扉を開けながらそう呟いた。

「なっ、お前⁉︎」

 冷や汗を垂らしながら、テイラは僕の方を見る。その目は、焦りと驚きで満ちていた。

「ガッカリ。家族のように話してくれたとか聞いたから、もう全部許そうと思ったのに」
「こ、これは違う!」
「違う? 何が?」

 いつも通りのテイラの口調に、僕は呆れながら質問していく。

「お前だって分かってるだろ? ヒーロー界の黒さ! 成体が溢れかえることしか教えねぇ、何かやらかしてもヒーローはやめられねぇ! これ全部、政府がやってることだ。その政府を丸ごと変えちまえば、お前の悲劇も全部報われるんだぜ!」
「全部……報われる?」

 両手をギュッと強く握りしめ、僕は今ある感情を全部歯に噛んだ。

「ふざけないで!」
「っ⁉︎」

 この森となった寺院に、僕の声が響く。それに驚いたのか、木々の中にいた鳥達が羽ばたく音がする。
 僕がこんな大声出したの、多分今が初めてだろう。

「関係ない人まで巻き込んで……しかも、人の笑顔を守るヒーローが、何をやってるわけ⁉︎」
「俺が本当のヒーローを教えてやってんだ!」
「本当のヒーロー……? 本当のヒーローは、どんなに苦しくても痛くても笑える強さがあるやつだよ! 今のテイラは、ただの悪者だよ!」

 たしかに僕も一瞬政府のことを悪く思った。でも、今ある幸せを考えれば、そんなのどうだって良くなった。
 それくらい幸せだったのに、全部が偽物だったのなら、僕の感じた幸せも偽物なんだろうか。
 いや違う。絶対違う。周りにヒーローがいて、僕は本当に幸せだった。そしてこれからも。そう信じなきゃ、僕はヒーローなんだ。

「テイラ、言ったよね。僕はヒーローだって。だったらさ、ケンカしようっか」
「あぁ、良いぜ。ちょうど描き終わったしな!」

 円の中に変な星のようなものが描かれている。どこかで見たような、そんな模様だった。

『あれは霊呼陣れいこじん! 亡霊を呼び出す魔方陣! この土地に封じられている亡霊は他の土地とは比にならない。そんなのを呼ばれたら、今度はこの光景が街全体に……!』

 頭の中にアゲハ蝶の声がする。だけど、それを気にする前に、魔方陣が発動されてしまった。
 大きく地面が揺れ、黒い光が地中から飛び出てはテイラの中へと入っていく。

『ここは危険だ、逃げなければ!』
「でも、テイラが!」
『負の亡霊に取り憑かれた以上、救いようはない。今は逃げることが最優先』

 聞きたいこと、言いたいこといっぱいあるのに。何もかもを無視して突っ走る、テイラの悪い癖がここにまで影響するなんて。
 逃げたくはない。でも逃げなきゃ全部が終わる。見捨てるわけじゃない。僕が言い出したケンカだ。二言はなしにしよう。
 僕は急いで、全員の待つ事務所へと駆けていく。真暗になっていく空。消えていく太陽の光に怯えるように。
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