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戦争編〜第一章〜

第122話 国の価値観

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 あいててて。
 ミミズ腫れが膿まないように傷の手当てをしながら大広間を眺める。

 クラップから開放された私ですが、監視らしいのか大広間の壁側で後方彼氏面しながら腕組んでクラップがずっとこっちを見ている。べっ、と舌を出して威嚇した。鼻を鳴らされた。

「リィンちゃん怪我大丈夫かい?」
「へーき! です!」

 雑用リーダーのミイナさんが問いかけてくる。私が痛みを我慢した笑顔を演出して答えると、興味なさそうに視線を変えた。

「厨房に人手が足りないんだ、今日は指示はいいから手伝っておくれ!」
「は、はい!」

 ありゃ。思っていたより心配されないな。
 首を傾げる程では無いにしろ違和感。

 ……まぁいいや。
 どうせ怪我も大したことないし、仕事サボれたと思っとこ。

「監視するなればしっかり監視するですよ?」

 私はクラップを見ながら誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。恐らく聞こえたのだろう。片眉を釣り上げたクラップと目が合う。

「あ、リィンこっち! 一緒に芋剥いて!」
「はぁい!」

 厨房に入った瞬間呼ばれたのでそちらに寄る。ナイフ置き場からナイフを取り出して皮をしゅるしゅる剥く。
 ミアは大量の芋に囲まれて困っていたのか私の手つきを見てほっとため息を吐いた。

「それにしてもリィンやるじゃん、クラップ様に近付けるなんて」

 チラッ、と後方を見る。
 決して逃しはしないという目でずっと見ている。毒物仕込む暇もないじゃないか。まぁ、毒物なんて微塵も持ってないんですけどね。

「御遠慮願うですたけど」
「またまた~! 連れてかれたって聞いた時はびっくりしたけど、やっぱり幹部位強い人はお近付きになっとかないとね。私たちみたいな弱い人が生き延びるなんてそれくらいしか無いよ」
「そう、なのです?」

 幹部は神聖視されているのだろうか。
 もう一度クラップを見ると、彼ら壁にもたれずっとこちらを見ながら兵士に指示を出している。片手には書類。名前を呼び、命令をだし、の繰り返しだ。

「そういえばこの前も丁度幹部が4人揃ってたじゃない。やっぱ4人の中じゃ1番強いクラップ様が1番かな~って」
「えーー! ミアの意見は最もだけどやっぱフロッシュ様じゃん?」

 芋剥きの後ろで芋をタンタン切っていたかマリアが反論した。

「あの、4人って?」
「あれ、リィン知らなかったっけ?」
「タイミング悪きだったかもしれぬです」

 幹部が4人揃った。もし、もしかして。

「べナード様とルナール様だよ。もしかしたら隣にいたフード被ってた人も幹部だったかも!」
「ああそれ! 確かその人今もこの基地内に」

「──雑用共」

 噂話をしていた雑用がビクリと肩を震わせた。
 低い威嚇するような声色でクラップが言葉を発したからだ。

「余計な話をしている暇があるのか?」
「「ご、ごめんなさい!」」

 私は雑用の2人を庇うようにクラップを睨んだ。

「あーあ、そのルナール様とべナード様はどっかのおじさんと違うして優しきでしょうねー」
「……姫さ」
「さーてお仕事ぞしよー! いたたたたた、あーー傷ぞ痛むなー、作業に支障ぞ出るなー! 誰だろ、余計な真似ぞして余裕ぞ無くさせたのー!」

 特別意訳:余計な拷問したせいで作業に遅れが出たんだからお前の判断ミスだぞ★

 拷問、甘かったとは言えめちゃくちゃ痛かったんだから。胃が。

「ひぇ……リィンの度胸って何」
「私、頭おかしき鶴って幹部に『(逃げないのが)おもしれー女』って言われるくらいには度胸ぞある故に」

 ただクラップが本気で殺しに来たらお互い手負いでも私が負けるんだよね、確実に。
 ほら、監視するなら見ててよ。スパイがこんな見るからに怪しい事なんてしないからさ。

「……チッ。ネス、例の用意は出来てるよな。ハーバート、補給物資は奥だ。ブラウェル、装備の強化を……──」

 そうしてクラップまた指示を出し続ける作業に戻って行った。


 キラキラした目を向けているお嬢さん達には悪いけど、ちなみにその4人の幹部、優しさで言えばどっこいどっこいだからね。

 ひたすらアイボー騙し続け本気で殺してくるのがルナール。
 貴族から金を巻き上げ少女監禁するのがべナード。
 普通に弁明を与えずに下手くそな拷問するのがクラップ。
 止める素振りを見せても結局傍観するのがフロッシュ。

 どいつもこいつも。クソばっか。
 でも分かった、この基地にルナールが現れたってことは。

 ここに来てからエリィが姿を見せないのは不安だけど、情報を集めよう。ルナール側のどこに向かったのか。そこへの行き方を。

 ナイフを構えて芋を剥く。



 さて、ライアーもといルナールを一口で昏倒させたなんかよく分からん料理技術、お見舞いしてやるぜ……!


「──姫さん何しやがった!」
「ご覧ぞ通り材料切るしかしてませんけど!?」

 私の担当した料理を選んだ人間はもれなく食中毒で昏倒しました。


 ==========



 バリバリに疑われた私ですが、証拠もなければ芋剥きしかしてない私は直接味付けもできない。なので罪に問えないクラップは歯ぎしりをした。

 ふっふっふっ、分かるまい、このトリック。
 いや私にもわかんないです。もし解明出来るならして欲しい。

「ハー、いいお湯ですた」

 魔導具文化が発展しているこの国はこんな国境だろうとお風呂が湧かせる。女湯では拷問の視界を一緒に見てしまったペインへのご褒美のつもりで湯けむりの中サムズアップをした。クアドラードで『よくやった』って言ってるペインがいる気がする。多分正解だろう。

 女湯で『見てる』か分からないけどペインにメッセージを送った。水滴と結露で、『大丈夫、無事』って書くだけの簡単なメッセージ。


 ふと、一緒にお風呂に入っていた雑用の1人が集団から離れていくのが見えた。こそこそとしている。
 スパイ……? いや、それにしては隠れきれてない。

「モニカ?」
「ひゃあ!? あ、リィン」

 背中から声をかけるとびっくりして飛び跳ねていた。

「どこ行くです、そっちは雑用部屋じゃなくて兵士さんの宿舎ですぞ」
「わぁ! 恥ずかしいから言わないで言わないで!」

 湯上りの火照った頬、とは違い羞恥に赤く染めた頬。
 しーっ、と言いたげに口元で人差し指を立てた。

「じ、実はね」
「うん」

 きょとん、とした顔をする。……けど、無邪気な雑用リィンちゃんの中身は記憶は無いけど転生者で貴族様なので実はちょっと予想が付いている。

「フロッシュ様に、呼ばれて……」

 はい、夜伽でーーーす!
 知ってた。

「『身を清め私の部屋に』ってすれ違いざまに言われたの……。きゃー! うそうそ嬉しい! どうしよう」

 ………………じゃあ私帰るわ。

「すっごく名誉あることなんだよ!? リィンはまだ小さいから関係ないことだろうけど」
「誰の胸がちっさきぞ! 将来は大きくなるです!」
「年齢のことだけど」
「えっ」
「えっ」

 無言の時間が続き、その空間に耐えきれなくなった私は思わず蹲った。
 殺してくれ。どんな拷問より辛い。

「あ、はは! うん、えっと、どんまい」
「慰めるすてよそこは!」

 はい絶望したー!

 ぐすんぐすんと泣く。モニカはアワアワとしていたが頭を撫でてきた。

「あー、それでね。リィンは世間知らずみたいだから教えておくけど、武力の優れた人は何よりも優先されるべきなのよ。逆に私たちみたいな弱者はなぁんにも出来ない。こうやって危険な前線に行かないといけないくらいには」

 クアドラード王国とは正反対だ。
 国のための盾となり、民のための剣となれ。それが私の国の教え。
 優れた者、恵まれた者は、弱者を守るためにある。そのための力だ。──逆に言えば努力した分だけ抱えるものが多くなる。

 誰かのために強くなるクアドラード王国と、自分のために強くなるトリアングロ王国。

 それは二国で最も顕著な国民性だろう。

「だけど私やリィンみたいな弱い子でもね、強い人に取り入ることは出来る。その恩恵にあやかれる強さがある。だから、フロッシュ様に選ばれた私の強さは絶対なの」

 そう言ってモニカは女の私でも惚れ惚れする程綺麗に笑った。



 これが、弱肉強食。
 強くあろうと努力したものがのし上がれる国。



「がん、ばるしてね」
「うん!」

 1番の武器まほうを失っている私では辿り着けない強さの頂き。
 その頂点に点在するのが──幹部。

 ルナールもそこにいる。
 私よりずっと上に。

 頑張らなきゃ、努力しなきゃ、辿り着けない。
 魔法を使えたのにルナールに敵わなかった。1度だって触れることすらできなかった。
 完治してない怪我がずきりと私に何度も教えてくる。

 私は、自分が思うよりずっと弱い。異世界転生なんてアドバンテージに胡座かいて座っているだけで、この世界で弛まぬ努力を続けた彼らに敵う訳がない。

 私は、決して物語の主人公じゃないんだ。
 この世界は物語じゃなくて、私の人生なんだ。

 都合よく行かないし、立ちはだかる壁は大きい。

「……ぁ」

 モニカがパタパタと去っていく。
 後ろ姿では私の顔を見られない。溢れ出る気持ちのままに顔を歪めた。


 その時。

「──何他人事みたいに言ってんだ、姫さん」

 背後で声がした。
 思わず警戒心を露わにして振り返る。だってその声には聞き覚えしかないもの。

 胃痛の気配を察知。


 あの、今だけはご都合主義が発生して欲しい所なんですけど、どう思いますかね神様。


「お前は俺のところで夜伽だ」


 しれっと告げたクラップを、消えかかった月が照らしていた。あとついでに胃痛に襲われた私も。

 神様、私の事嫌いだな。
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