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君の手を握る時に想うこと

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 必死に両目を拭う僕に、若はゾッとするほど冷たい声で吐き捨てる。

「お前が何をしようが今さら止めやしねぇよ。死にたきゃ勝手に、黙って、一人で死ね。その時俺が一緒にバカする相手がほしいと思ってたら、勝手に止める」

 やっと夜の輪郭を捉えた視界が、急速に若の顔に引き寄せられる。
 胸ぐらを握りしめる拳が気管を圧迫して、かすれた呼吸が喉を突く。

「けどな、いいか。勘違いすんなよ」

 若の瞳は腹立たしいほどに強く、僕を捉えて離さなかった。
 荒い呼吸を噛み殺す若が、その手に込めた力とは不釣り合いに静かな声で言う。

「俺たちはお前に利用されてるとか、足を引っ張られてるとか思ったことは一度だってねぇよ。それが普通なんだ、ダチだからな」

 怒りと、それすらちっぽけに見えてしまうほどの深い悲しみに沈んだような声が、腹の底を揺する。
 耳を塞ぎたかった。けれど出来なかった。
 身じろぎすらも取れない気勢の前で、僕は胸を刺す言葉を聞き続けるしかなかった。

「それでもお前が自分を卑下して、俺たちの足を引っ張ってるって思い込んでんならな。それこそが俺たちにとっての裏切りなんだよ」

 若の掌は、血液の流れる余地すらないほど白く握りしめられていた。
 けれど強い熱を持っていた。
 瞳も同様に、どれだけ明かりの乏しい夜の中でも、決して僕から目をそらさなかった。
 そこに見えてしまったものが優しさという奴なのだと言われても、僕は信じない。
 それを信じてしまえば、僕はすぐにでも山を降りてしまいそうだから。

「ありがとう」

 だから僕は、必死に明るく振る舞った。
 けれどその半分は、例えばどうしようもなく笑顔の形に歪んでしまう口元なんかは、誤魔化しようのない本心だった。

「言葉は伝えるためのものだ。僕は君にそう言ったけど、今ここでこの気持ちを言葉にすることは出来ないんだ。
 でも君に感謝してることだけは覚えていてほしい。今も、これからも」

 微かに背けていた顔を戻して言うと、若の拳が僕を開放する。
 僕はその瞬間を見計らって、若から飛び退いた。

「でも、だからこそなんだ」

 懐に手を入れ、隠し持った道具に指を這わせる。
 返ってきた固く冷たい感触を握りしめて、僕は、そこで初めて、を抜いた。

「頼むよ、若。僕に、これを使わせないでくれ」
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