君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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君の手を握る時に想うこと

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 氷雨茉宵はもういない。
 計画が達成されれば、もう二度と会えない。
 ただそれだけの、ありふれたはずの別れを僕は痛感した。

「警察は、どうしてる?」

 かろうじて出した言葉は、すでに絞りカスみたいにかすれていた。

「どうもこうもねぇよ。あっちこっちで聞き込みしてるぜ」

 若は咥えタバコに火をつけながら、僕を見る。

「お前なんだろ」

 すっかり暗がりに包まれた山中で、呼吸する火口だけが僕らを照らす。
 そろそろ、手品のタネを話してもいい頃だ。

「そう、僕が盗んだ」
「何考えてんだよ。ポリはヤベェだろ」

 若は眉間に皺を寄せて言った。
 僕は「そうだね」と笑ってみせた。
 眉間に刻まれた皺は一層深く、困惑しているように歪んで見える。

「なあ、お前何がしたいんだよ?」
「さあ、何がしたいんだろうね」

 根本的なところで、僕は僕のしていることを上手く理解できないでいる。
 まるでそうするのが常識だと思っていたことの、意図と由来を問われた時みたいに。その真意を説明する言葉を、僕は持っていなかった。
 氷雨と再会して、その先。僕は一体どうしたいたのだろう?
 何も思い浮かばない。もう一度だけ再会できれば、そして氷雨が愛結晶の呪縛のない、幸福な余生を過ごすことが出来れば、それでよかった。
 それが答えだったのかもしれない。

「たぶん、多くの人が望んで得られるようなものじゃないかもね」
「どういうことだよ。わかるように言え」

 苛立つ若を、僕は初めて滑稽だと思った。
 こみ上げる笑いを数秒堪えてから、僕はようやく若に微笑みかける。

「僕の望みは、氷雨と再会して死ぬことだよ」

 心のずっと奥底では、自分が何の為に行動しているのかわからなかった。
 けれど僕が彼女に抱いた願いを言葉にしてしまえば、目的なんて簡単に見つけられる。
 それはそれ自体を手に入れる手段の重要性に比べれば、ずっと些末なものだった。

「警察が今、本当に探したいのは氷雨だよ。牟田が階段から突き落とされて大怪我を負った事件の、犯人としてね」

 理解し難いものと遭遇したときのように固まる若に、僕は続ける。

「でも警察は、僕を探すしかないんだ。だって僕は、彼らのを盗んだんだから」

 懐に忍ばせた道具に、服の上から手を添える。
 こんなにも現実を置き去りにした状況の中で、ゴツゴツとした無機物だけが、現実の強度を確かなものにしてくれる。

「それだけじゃない。牟田の手駒だったやつを脅して、僕が牟田を突き落とした犯人だと噂を流させた」

 今頃は情報がごちゃついて、警察も慌ただしくなっていることだろう。
 僕の行動の全ては氷雨との再開のためにあって、そしてその再会の結末は僕の寿命が尽きることにある。

「お前が殺す予定だった女に、そこまで肩入れするとは思わなかったぜ」
「ああ、まったく僕も同意見だよ」
「じゃあ、なんでお前はこんなことしてんだ」
「簡単だよ、氷雨も愛結晶を持ってるんだ。彼女はそのせいで、自分の人生を諦めようとしている。僕はすべて終わった後の氷雨が、愛結晶を忘れて生きられるくらい幸せになって欲しいんだ」

 「だから」と前置いて、呆然と僕を見つめる若に一番の笑顔を作る。

「もう、帰ってくれないかな。僕とは違って幸せな君たち二人に、いつまでも醜くしがみついていたくないんだよ」

 直後。頭内に何かが割れる音が鈍く響く。
 殴られた。それはわかっていた。
 けれど教室で殴られたときよりもずっと大きな痛みに、ボヤけた視界は何も見えなくなっていく。
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