101 / 119
君の手を握る時に想うこと
2
しおりを挟む
氷雨茉宵はもういない。
計画が達成されれば、もう二度と会えない。
ただそれだけの、ありふれたはずの別れを僕は痛感した。
「警察は、どうしてる?」
かろうじて出した言葉は、すでに絞りカスみたいにかすれていた。
「どうもこうもねぇよ。あっちこっちで聞き込みしてるぜ」
若は咥えタバコに火をつけながら、僕を見る。
「お前なんだろ」
すっかり暗がりに包まれた山中で、呼吸する火口だけが僕らを照らす。
そろそろ、手品のタネを話してもいい頃だ。
「そう、僕が盗んだ」
「何考えてんだよ。ポリはヤベェだろ」
若は眉間に皺を寄せて言った。
僕は「そうだね」と笑ってみせた。
眉間に刻まれた皺は一層深く、困惑しているように歪んで見える。
「なあ、お前何がしたいんだよ?」
「さあ、何がしたいんだろうね」
根本的なところで、僕は僕のしていることを上手く理解できないでいる。
まるでそうするのが常識だと思っていたことの、意図と由来を問われた時みたいに。その真意を説明する言葉を、僕は持っていなかった。
氷雨と再会して、その先。僕は一体どうしたいたのだろう?
何も思い浮かばない。もう一度だけ再会できれば、そして氷雨が愛結晶の呪縛のない、幸福な余生を過ごすことが出来れば、それでよかった。
それが答えだったのかもしれない。
「たぶん、多くの人が望んで得られるようなものじゃないかもね」
「どういうことだよ。わかるように言え」
苛立つ若を、僕は初めて滑稽だと思った。
こみ上げる笑いを数秒堪えてから、僕はようやく若に微笑みかける。
「僕の望みは、氷雨と再会して死ぬことだよ」
心のずっと奥底では、自分が何の為に行動しているのかわからなかった。
けれど僕が彼女に抱いた願いを言葉にしてしまえば、目的なんて簡単に見つけられる。
それはそれ自体を手に入れる手段の重要性に比べれば、ずっと些末なものだった。
「警察が今、本当に探したいのは氷雨だよ。牟田が階段から突き落とされて大怪我を負った事件の、犯人としてね」
理解し難いものと遭遇したときのように固まる若に、僕は続ける。
「でも警察は、僕を探すしかないんだ。だって僕は、彼らの道具を盗んだんだから」
懐に忍ばせた道具に、服の上から手を添える。
こんなにも現実を置き去りにした状況の中で、ゴツゴツとした無機物だけが、現実の強度を確かなものにしてくれる。
「それだけじゃない。牟田の手駒だったやつを脅して、僕が牟田を突き落とした犯人だと噂を流させた」
今頃は情報がごちゃついて、警察も慌ただしくなっていることだろう。
僕の行動の全ては氷雨との再開のためにあって、そしてその再会の結末は僕の寿命が尽きることにある。
「お前が殺す予定だった女に、そこまで肩入れするとは思わなかったぜ」
「ああ、まったく僕も同意見だよ」
「じゃあ、なんでお前はこんなことしてんだ」
「簡単だよ、氷雨も愛結晶を持ってるんだ。彼女はそのせいで、自分の人生を諦めようとしている。僕はすべて終わった後の氷雨が、愛結晶を忘れて生きられるくらい幸せになって欲しいんだ」
「だから」と前置いて、呆然と僕を見つめる若に一番の笑顔を作る。
「もう、帰ってくれないかな。僕とは違って幸せな君たち二人に、いつまでも醜くしがみついていたくないんだよ」
直後。頭内に何かが割れる音が鈍く響く。
殴られた。それはわかっていた。
けれど教室で殴られたときよりもずっと大きな痛みに、ボヤけた視界は何も見えなくなっていく。
計画が達成されれば、もう二度と会えない。
ただそれだけの、ありふれたはずの別れを僕は痛感した。
「警察は、どうしてる?」
かろうじて出した言葉は、すでに絞りカスみたいにかすれていた。
「どうもこうもねぇよ。あっちこっちで聞き込みしてるぜ」
若は咥えタバコに火をつけながら、僕を見る。
「お前なんだろ」
すっかり暗がりに包まれた山中で、呼吸する火口だけが僕らを照らす。
そろそろ、手品のタネを話してもいい頃だ。
「そう、僕が盗んだ」
「何考えてんだよ。ポリはヤベェだろ」
若は眉間に皺を寄せて言った。
僕は「そうだね」と笑ってみせた。
眉間に刻まれた皺は一層深く、困惑しているように歪んで見える。
「なあ、お前何がしたいんだよ?」
「さあ、何がしたいんだろうね」
根本的なところで、僕は僕のしていることを上手く理解できないでいる。
まるでそうするのが常識だと思っていたことの、意図と由来を問われた時みたいに。その真意を説明する言葉を、僕は持っていなかった。
氷雨と再会して、その先。僕は一体どうしたいたのだろう?
何も思い浮かばない。もう一度だけ再会できれば、そして氷雨が愛結晶の呪縛のない、幸福な余生を過ごすことが出来れば、それでよかった。
それが答えだったのかもしれない。
「たぶん、多くの人が望んで得られるようなものじゃないかもね」
「どういうことだよ。わかるように言え」
苛立つ若を、僕は初めて滑稽だと思った。
こみ上げる笑いを数秒堪えてから、僕はようやく若に微笑みかける。
「僕の望みは、氷雨と再会して死ぬことだよ」
心のずっと奥底では、自分が何の為に行動しているのかわからなかった。
けれど僕が彼女に抱いた願いを言葉にしてしまえば、目的なんて簡単に見つけられる。
それはそれ自体を手に入れる手段の重要性に比べれば、ずっと些末なものだった。
「警察が今、本当に探したいのは氷雨だよ。牟田が階段から突き落とされて大怪我を負った事件の、犯人としてね」
理解し難いものと遭遇したときのように固まる若に、僕は続ける。
「でも警察は、僕を探すしかないんだ。だって僕は、彼らの道具を盗んだんだから」
懐に忍ばせた道具に、服の上から手を添える。
こんなにも現実を置き去りにした状況の中で、ゴツゴツとした無機物だけが、現実の強度を確かなものにしてくれる。
「それだけじゃない。牟田の手駒だったやつを脅して、僕が牟田を突き落とした犯人だと噂を流させた」
今頃は情報がごちゃついて、警察も慌ただしくなっていることだろう。
僕の行動の全ては氷雨との再開のためにあって、そしてその再会の結末は僕の寿命が尽きることにある。
「お前が殺す予定だった女に、そこまで肩入れするとは思わなかったぜ」
「ああ、まったく僕も同意見だよ」
「じゃあ、なんでお前はこんなことしてんだ」
「簡単だよ、氷雨も愛結晶を持ってるんだ。彼女はそのせいで、自分の人生を諦めようとしている。僕はすべて終わった後の氷雨が、愛結晶を忘れて生きられるくらい幸せになって欲しいんだ」
「だから」と前置いて、呆然と僕を見つめる若に一番の笑顔を作る。
「もう、帰ってくれないかな。僕とは違って幸せな君たち二人に、いつまでも醜くしがみついていたくないんだよ」
直後。頭内に何かが割れる音が鈍く響く。
殴られた。それはわかっていた。
けれど教室で殴られたときよりもずっと大きな痛みに、ボヤけた視界は何も見えなくなっていく。
2
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

薔薇の耽血(バラのたんけつ)
碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。
不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。
その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。
クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。
その病を、完治させる手段とは?
(どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの)
狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる