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夏の残骸
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「今日はもう帰って、決行に備えよう」
僕は若の目を真っ直ぐ見据えて話を切り上げた。
若はうなずきながら、赤い自販機からコーラを受け取る。
「こんなことなら、もっと早く芽衣花に告白してりゃよかったな」
「なんだ、結局告白は若からだったんだな」
「そりゃあな」
言いながら、大きな背は遠ざかっていく。
「そうだ。よお、夜霧」
足音が遠のいて少ししてから、若は振り返っていった。
久しぶりに名前で呼ばれた気がして、僕は下げていた視線を戻す。泣き出しそうな雲の下で、肩越しに振り返った若が笑っていた。
「面会には、何を持っていけばいい」
僕はしばらく考えて、
「タバコを頼むよ。とびきりキツイ、そうだな、ジタン辺りを」
と返した。
刑務所にタバコの差し入れは出来ない。いつか逮捕される日のために調べたから、それは知っている。
けれど僕らは明日、非現実的な計画を実行するのだ。妄想の一つくらい許されたっていい。
僕らは救えないお互いを鼻で嗤い合って、それから二度と振り返らなかった。
いよいよ雨が降ってきた。
アスファルトと雲を繋いだ透明な線は草葉を叩いて、見る間に視界を奪っていく。
その向こうにある夜空が信じられないような土砂降りの雨だ。
家につく頃には僕もずぶ濡れになっていた。
鍵を出しながらアパートの階段を駆け上がると、扉の前でワインレッドの髪が濡れていた。
「氷雨」
無感情な声が出た。
それは頭ではなく、胸の内から転げ落ちた言葉だった。
「あ、よぎセン……」
氷雨もきっと、同じだったのかもしれない。
けれど彼女の言葉は、傷だらけの胸に滲んだ血のように、泣き出しそうな音色をしていた。
僕は慌てて微笑み、何でもないように扉を開ける。
「入りなよ。傘、ないんだろ?」
「あっはは……スイマセン、今度はちゃ~んと忘れちゃって。こりゃ雨が急すぎるのが悪いな~、こりゃこりゃ」
偽物臭い声で、氷雨はうんうんとうなずいて見せた。
僕は何も言わずに氷雨の肩を持つ。その手は肩の拍動と同時に払われて、吹き込んだ雨が手の甲を濡らしていく。
氷雨はすぐにハッとして、僕の手を握りしめる。
それから子供みたいに震えた声で「ごめんなさい」と言い残して、握った手を引き部屋に入った。僕は、鍵を閉めなかった。
「おっ、ちゃんと片付いてるっスねー。えらいえらい」
「いつも綺麗にしてるつもりだよ」
「制服、脱ぎっぱなしじゃありませんでしたっけ?」
「あれはたまたま」
他愛もない話をしながら、びしょ濡れの僕らは隣り合って座る。
つないだ手は、ずっと離さなかった。
僕は若の目を真っ直ぐ見据えて話を切り上げた。
若はうなずきながら、赤い自販機からコーラを受け取る。
「こんなことなら、もっと早く芽衣花に告白してりゃよかったな」
「なんだ、結局告白は若からだったんだな」
「そりゃあな」
言いながら、大きな背は遠ざかっていく。
「そうだ。よお、夜霧」
足音が遠のいて少ししてから、若は振り返っていった。
久しぶりに名前で呼ばれた気がして、僕は下げていた視線を戻す。泣き出しそうな雲の下で、肩越しに振り返った若が笑っていた。
「面会には、何を持っていけばいい」
僕はしばらく考えて、
「タバコを頼むよ。とびきりキツイ、そうだな、ジタン辺りを」
と返した。
刑務所にタバコの差し入れは出来ない。いつか逮捕される日のために調べたから、それは知っている。
けれど僕らは明日、非現実的な計画を実行するのだ。妄想の一つくらい許されたっていい。
僕らは救えないお互いを鼻で嗤い合って、それから二度と振り返らなかった。
いよいよ雨が降ってきた。
アスファルトと雲を繋いだ透明な線は草葉を叩いて、見る間に視界を奪っていく。
その向こうにある夜空が信じられないような土砂降りの雨だ。
家につく頃には僕もずぶ濡れになっていた。
鍵を出しながらアパートの階段を駆け上がると、扉の前でワインレッドの髪が濡れていた。
「氷雨」
無感情な声が出た。
それは頭ではなく、胸の内から転げ落ちた言葉だった。
「あ、よぎセン……」
氷雨もきっと、同じだったのかもしれない。
けれど彼女の言葉は、傷だらけの胸に滲んだ血のように、泣き出しそうな音色をしていた。
僕は慌てて微笑み、何でもないように扉を開ける。
「入りなよ。傘、ないんだろ?」
「あっはは……スイマセン、今度はちゃ~んと忘れちゃって。こりゃ雨が急すぎるのが悪いな~、こりゃこりゃ」
偽物臭い声で、氷雨はうんうんとうなずいて見せた。
僕は何も言わずに氷雨の肩を持つ。その手は肩の拍動と同時に払われて、吹き込んだ雨が手の甲を濡らしていく。
氷雨はすぐにハッとして、僕の手を握りしめる。
それから子供みたいに震えた声で「ごめんなさい」と言い残して、握った手を引き部屋に入った。僕は、鍵を閉めなかった。
「おっ、ちゃんと片付いてるっスねー。えらいえらい」
「いつも綺麗にしてるつもりだよ」
「制服、脱ぎっぱなしじゃありませんでしたっけ?」
「あれはたまたま」
他愛もない話をしながら、びしょ濡れの僕らは隣り合って座る。
つないだ手は、ずっと離さなかった。
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