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夏の残骸

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 氷雨は普段より疲れて見えた。
 瞳の周りは赤く腫れていて、肌は何日も寝ていないかのように荒れている。
 このタイミングで家に来たということは、氷雨は拡散された写真を知っているのだろう。

「夏休みの課題、どれだけ進んだ?」

 だから僕は、毒にも薬にもならない話を続けた。
 慰めるつもりはない。どんな言葉も、傷付心は追い打ちになる。
 氷雨は唇を尖らせて言う。

「それ夏休み後半に聞くやつじゃないっスかー。もうちょい遊ばせて下さいよ~」
「早めに終わらせてたら、遊べる時間も増えるだろう?」
「そりゃそっスけど……」

 薄い苦笑をコピーした表情が一瞬床を向いて、それから重たく持ち上がる。
 すべての傷を無理やり隠しそうとした笑顔だった。

「もしかして、よぎセンどっか連れてってくれるんスか?」

 僕は一度だけ強く目をつむってから微笑む。

「ああ、君が付き合ってくれるなら、どこへでも」

 しばらく考え込んでから、氷雨が言う。
 その表情は、まるでヒーローに憧れた幼い子供みたいに、明るい顔をしていた。

「あっ、じゃあじゃあ。アタシ、バンジージャンプしてみたいっス!」
「いいな、それ」

 と、僕はうなずく。

「あと、遊園地! ここら辺で一番でっかい観覧車があるんスよ」
「遺書の準備はしておこう」
「だ~いじょぶっスよー。アタシが隣にいるんスから」

 それからも氷雨は話し続けた。
 行きたい場所や、見たい景色。そのどれもが一日を使って楽しむようなスポットで、その度に僕は相槌を打つ。
 七つ目から氷雨は声に涙を滲ませて、声も時々かすれて聞き取れなくなり始めたた。

「夏だけじゃ終わらないなぁ、アハ」

 氷雨は最後に、懐かしい夢を思い出すようにうっすらと笑った。
 そうして僕の肩に預けた頭は、微かに震えていた。
 自由な手で氷雨の頭を抱いて、僕は提案してみる。

「今日はもう、泊まっていきなよ」

 その一言を伝えるのが、こんなにも怖いことなのかと今更ながら気付いた。
 もしかすると、その臆病心が声に出ていたのかもしれない。氷雨はその日初めて楽しげに笑うと、

「……スケベ」

 と僕の鼻先をちょんと突いた。
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