菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

1 居酒屋で

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◆◆◆◆◆

 行方不明になっているハミルの奉公先の主人マルツェルの目撃情報があったという。
 場所はテジット金鉱山。
 あんな荒くれ者の男たちが集まる場所に、美しい奥様を行かせるわけにはいかない。
 ハミルは自ら志願して、金の採掘所まで護衛を伴い主人を探しに行く運びとなった。

 ハミルは混乱していた。
 この男たちはいったいなんなのだ。
 奥様がなにかあってはいけないからと、自分には勿体ないくらい大勢の男たちを護衛に付けてくれたが、金鉱山の麓の街ペニーゼに着くなり、男たちは居酒屋に入って酒を飲みまくっている。
 
「あんたも飲みなよっ」

 唯一ハミルよりも背の低い男が、酒を勧めてくる。
 その隣では対照的な大男が、陶器のジョッキでガバガバと水のようにビールを飲んでいる。

「あなたたちは護衛でしょう? そんなに飲んでたら仕事に支障をきたしたりしないんですか?」

 今日のおすすめとしてメニューにあった作りたての茹でたソーセージを食べやすい大きさに切りながら、ハミルは男たちを睨んだ。

「今は時間外だからいいんだって」

 赤毛の男が骨付き肉に齧り付きながら、とても護衛だと思えないことを口にする。

「そんなこと言ってると、後で責任者に言いつけますよ」

 ソーセージをフォークでぶすりと刺して男に言い返す。

「細けぇこと気にすんなって」

 ハミルは強気に言ったつもりだが、男たちは一向に気にする様子もない。

「お姉さんっ、フライドポテト追加で~」

 追加注文しているハミルと同じ身長くらいの褐色の髪の護衛は、まだ十代にしか見えない。

(——こんな子供みたいなのが護衛なんて務まるのだろうか?)

 ハミルはますます心配になってきた。

 そして奥の席に座っている美男ばかりを集めたような一角では女たちを交え、まったく違う話で盛り上がっている。
 その中に場違いなほど綺麗な美青年が一人混じっていた。
 自分よりも背は高いが、華奢な身体つきで、とても護衛には見えない。

(あんな青年が役に立つのだろうか?)

 ハミルの心配は増すばかりだ。


◆◆◆◆◆


 レネは困った事態に陥っていた。
 金鉱山の麓の街ペニーゼで今日は宿泊することになったのだが、ここは金鉱山のお膝元とあって、色街が栄えている。
 食事のために普通の居酒屋に入ったつもりが、次々と女たちが寄って来た。
 それもそうだ、今回の仕事は(レネの選ぶ)美男三大巨頭が全員集合している。
 女に囲まれても、ゼラとバルトロメイは勝手にやってればいい。

 だがボリスだけは駄目だ。
 姉の恋人が他の女とベタベタするところを黙って見ていられない。

「ねぇお兄さん、サービスするからお店のお風呂に入りに来てよぉ~」

 甘ったれた声を出して、女の一人がボリスの横へと座りベタベタと身体を触ってくる。
 先ほどからこの黒髪の女は、自分が勤めるいかがわしい風呂屋に来ないかとボリスを誘っている。それも牛のように大きな胸を腕に押し付けているではないか。

 いつもは飲まないのだが、今日は気温も上がったし、レネも冷たいビールで皆と一緒に乾杯していた。
 だからふだんより頭のネジが少し緩んでいた。

「ねえ今日は暑かったから汗掻いたでしょぉ? お風呂で私が綺麗にしてあげるわよぉ~」
 
 一緒に風呂なんて、入らせてたまるか。

(あれ……こんな時に使えるとっておきの言葉があっただろ……この前ゼラが……)

 レネは記憶のノートを頭の中でパラパラと音をたてて開く。

(え~と……ここは自分に合わせて応用するんだっけ……)

 誰が注文したかはわからないが、茹でたてのソーセージが先ほどからチラチラと視界の片隅に入っていた。バルトロメイがうっとりしながらピンク色のソーセージを食べている。きっと好物なのだろう。

 記憶のノートが先かこのソーセージが先かは、今となってはわからないが、色々と条件が重なった。
 たぶん、いま使わなければ一生使うことなどない。
 レネは意を決して、ボリスを押しのけ女の間に割って入った。


「じゃあオレが一緒に入ってやる。茹でたてのピンク色のソーセージが食いたくなるぞっ!」
 

 シン……——と一瞬にして辺りが静まり返った。

「きゃあ、可愛い♡ この子……自分でなに言っちゃってるの? そんなにピンクのソーセージをお姉さんに食べてもらいたいの?」

 追い払うつもりで言ったのに、なぜか女が喜んで今度は自分に抱きついてきている。
 他の女たちもきゃあきゃあ騒いで、嫌がるどころか喜んでいる。

(……どうしてだ?)

 他の男たちはあの時のドプラヴセのように黙り込んでいるのに、女には有効ではないのか?

 ボリスが「お前はそんな奴じゃなかっただろう?」とでも言いたげに、女たちに抱きつかれているレネを、信じられないという顔をしながら凝視している。
 バルトロメイとヴィートは完全に思考停止して固まっていた。
 ゼラに至っては眉間に皺を寄せて俯いていた。もしかしたらこんなに困ったゼラの顔を見たのは初めてかもしれない。

「はいはい、お姉さんたちちょっとゴメンナサイね~」

 カレルからむんずと首根っこを掴まれ、まるで猫のように引き摺られて連行された。

「おい聞いたか? なかなかの大技だな……」

 ヤンが笑いを堪えながらベドジフにコソコソと小声で囁く。

「あんな言葉、自分で思いつくわけないだろ。誰が仕込んだんだよ?」

 団員たちの真ん中に座らされ、レネは急にいたたまれなくなる。

(あれ? オレなにか失敗した?)

「お兄さんたちに正直に答えなさい。そんな殺し文句を、猫ちゃんはどこで覚えたのかな?」

 カレルがレネの肩を抱き揺すった。
 団員たちの目線が痛い。

(これは正直に答えないと離してもらえなやつだ……)

「——前にゼラが言ってたから……」

 レネはいたたまれなくなり、俯きながら答える。

「……は? 誰だって?」

「……ゼラ」

「嘘言うなよ」

 信じられない顔をしてカレルがレネに言い返す。
 ふだんゼラは、カレルの前ではほとんど喋らないので疑っているのだ。

「いや本当だって、『極太のブラッドソーセージが食いたくなるぞ』って言ったよな?」

 レネはゼラの方を見るが、ゼラは大勢の前では喋ろうとしない。

 極太のブラッドソーセージ——

 レネの口から吐かれた言葉は、あまりにもリアリティがありすぎた。
 猫の乏しい語彙力から出てくる言葉ではない。

「きゃあ、お兄さんエッチぃ♡ アタシも極太のブラッドソーセージ食べたいわぁ~」

 そばで聞いていた女たちが今度はゼラをターゲットに定めたようだ。

「……もしかして……この前、二人で仕事してた時か?」

 ヤンがぼそりと呟くと、なぜかバルトロメイとヴィートが凄い形相でゼラを睨んだ。
 ふだんはあまり喋ろうとしない二人が肩を寄せあい、なにやら囁きあっている。

「あいつ……自分のをレネに食わせようと……?」
「……とんでもねえやつだ……」
 
 レネには二人がなにを喋っているのか聞こえなかったが、きっと女たちを独占しているゼラに嫉妬しているのだろう。

 そして依頼主のところの使用人ハミルは、呆れた顔で護衛たちを見ていた。
 完全に自分たちのことを仕事のできない奴らと思っているに違いない。
 レネだってふだんなら、任務中に酒など飲まない。


 だが今回はいいのだ。
 まだ任務中ではないのだから。

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