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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ
2 洪水で橋が……
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一行は食事を終え、押さえておいた宿屋で女将からテジット金鉱山までの状況を確認していると、思わぬ事態が判明した。
「えっ……橋が壊れてんのかよ……」
ベドジフが苦い顔で唸る。
「そうなのよ。十日くらい前に大雨が降って上流から来た流木が橋に当たったのが原因みたいでね……今は渡し船で川を渡るしか方法がないから徒歩でしか行けないみたいよ」
「ゲェ……マジかよ……歩きとか勘弁してくれよ……」
「だけど徒歩でも丸一日で着く距離なんだろ?」
出発前の打ち合わせで見た地図では、ここからテジット山までの距離はそんなになかったはずだ。
「でもね、途中にある森で熊が出て何人も襲われてるのよ……」
心配そうな顔で女将が呟く。
「熊!?」
ハミルが女将に聞き返す。
メストで安全に暮らしていると、そんな危険に遭うことなどまずない。
「そうなの。ここら辺の熊は大きくてね、手に負えなくて困ってるの。馬や馬車だと熊もそこまで向かって来ないんだけど、徒歩だとね……」
「熊ならここに一頭いるじゃないか」
カレルが笑いながらヤンの背中をばんばん叩く。
「お前の仕事が一つできたな」
ベドジフも笑っている。
レネは、仕事先の貴族の屋敷で剥製になった熊しか見たことはないが、あの獣はヤンよりもずっと大きかった。さすがに一人では無理だと思う。
「おい、俺だけに仕事を回すなよ。お前らも手伝えよな」
「おまえ以外無理だろ。俺だって槍折りたくねぇし。無理な時はゼラに手伝ってもらえよ……って……ゼラはどこ行ったよ?」
店を出る時にボリスがゼラを引っ張ってどこかに連れて行ったまま、戻ってこない。
レネはずっとそれが気になっている。
「熊って意外と美味いって知ってたか?」
とつぜん隣にいたバルトロメイが喋りかけてきた。
「え? 熊って食えるの? なんか獣臭そう……」
いきなりそんなこと言われても、あまり食指は動かない。
「そう思うだろ? でも意外と臭みも少なくて美味いんだぜ」
「……へえ……」
今はセラとボリスの姿が見えないことの方が気になって、半分うわの空で応える。
「あっ、そうだったな……お前って肉より魚が好きだったよな」
この前オレクに手紙を届ける時に、バルトロメイに魚好きなことがバレていた。
「でも……ゼラが料理してくれるなら食べてみたいかも……」
この前は、せっかくゼラと一緒だったのに美味しい料理を食べる機会がなかった。
「……ゼラ?」
一瞬にしてバルトロメイの顔が曇る。
「ああ見えても、ゼラって滅茶苦茶料理上手なんだぞ。お前とヴィートはまだ食ったことないだろ。せっかくだから熊倒して料理してもらえよ」
自分の名前が出たのでヴィートもこちらを振り向く。
「いいなそれ。ゼラに料理させようぜ」
そしてカレルも話に乗ってきた。
団員たちが熊料理の話で盛り上がっている中、ハミルだけが醒めた顔でこちらを見ている。
まるで遠足へ行くようなノリの団員たちに呆れているに違いない。
「あんた、浮かない顔してるけど、まさか熊が神の使いとか言い出さないよな?」
ベドジフがあの白鳥の悲劇のことを思い出したのだろう、ハミルに一応確認している。
「そんなことないですけど……熊を狩るなんて……あまりにも現実離れしているので」
そうこうしているうちに、ゼラとボリスが宿の受付へとやって来た。
「二人でどこ行ってたんだよ?」
レネはボリスを睨みつける。
先ほどの店で二人はずっと女たちに囲まれていた。こっそり抜け出して二人で女たちの店に行ったのかもしれないと、レネは疑っていたのだ。
「ちょっと二人で話しておきたくてね。まさか……二人でいかがわしい店に抜け駆けでもしたと思った?」
ボリスに図星を突かれ、レネはうっと息を詰まらせる。
ゼラに目を向けるが、こちらは相変わらずの無表情だ。
「それよりもさっきの店で言った台詞は女性にも失礼だし、だからといって男相手にも絶対使っちゃいけないよ」
レネの頬を撫で、諭すようにボリスが言い聞かせる。
その仕草と表情は慈愛に満ちていて優しいのだが、いつも薄ら寒く感じて動けなくなってしまう。
「でも……ゼラはああ言ってオレを助けてくれたから……オレだってボリスを女たちから守りたかった……」
「——うん、わかってるよ。ありがとう。でもお前はあんな言葉を使っちゃ駄目だ」
そう言いながら両手でレネの顔を包むと、額に口付けを落とす。
ボリスは大きくなった今でも幼い子供のように接するが、今さら止めてくれとも言えない。
周りも慣れっこになって茶化す者もいないので、大人になった今でもこの行為は続けられている。
「……っ!?」
バルトロメイがその様子を見て、あんぐりと口を開けたまま固まっている。
「おい、あそこは気にすんなって。いつもああだから。あれはお兄さんからの教育的指導が入ったな」
カレルが固まる男の頭をパシンと叩いて、正気に戻らせる。
「あっ……そうか。あんた知らないんだよね~ボリスとレネの関係……」
ヴィートがまるで煽るかのように、思わせぶりにバルトロメイに言った。
「コラッ! お前も挑発するんじゃない。俺たちからはなんも言えねぇけど、そのうち本人から説明があるんじゃねえ?」
カレルは気にするなとばかりに、バルトロメイの髪をクシャクシャとかき混ぜた。
意外とこの男は全体の空気を読んでバランスをとっている。
ボリスなんかよりもずっとまともだ。
やっと全員揃ったので女将が部屋の鍵を渡す。
「全部で九人だね。部屋はこの廊下の一番奥だよ。他のお客さんに迷惑かけないように、あんまり騒がないでおくれ」
「はいはい」
ベドジフが鍵を受け取り、一行はゾロゾロと廊下を移動する。
「えっ……橋が壊れてんのかよ……」
ベドジフが苦い顔で唸る。
「そうなのよ。十日くらい前に大雨が降って上流から来た流木が橋に当たったのが原因みたいでね……今は渡し船で川を渡るしか方法がないから徒歩でしか行けないみたいよ」
「ゲェ……マジかよ……歩きとか勘弁してくれよ……」
「だけど徒歩でも丸一日で着く距離なんだろ?」
出発前の打ち合わせで見た地図では、ここからテジット山までの距離はそんなになかったはずだ。
「でもね、途中にある森で熊が出て何人も襲われてるのよ……」
心配そうな顔で女将が呟く。
「熊!?」
ハミルが女将に聞き返す。
メストで安全に暮らしていると、そんな危険に遭うことなどまずない。
「そうなの。ここら辺の熊は大きくてね、手に負えなくて困ってるの。馬や馬車だと熊もそこまで向かって来ないんだけど、徒歩だとね……」
「熊ならここに一頭いるじゃないか」
カレルが笑いながらヤンの背中をばんばん叩く。
「お前の仕事が一つできたな」
ベドジフも笑っている。
レネは、仕事先の貴族の屋敷で剥製になった熊しか見たことはないが、あの獣はヤンよりもずっと大きかった。さすがに一人では無理だと思う。
「おい、俺だけに仕事を回すなよ。お前らも手伝えよな」
「おまえ以外無理だろ。俺だって槍折りたくねぇし。無理な時はゼラに手伝ってもらえよ……って……ゼラはどこ行ったよ?」
店を出る時にボリスがゼラを引っ張ってどこかに連れて行ったまま、戻ってこない。
レネはずっとそれが気になっている。
「熊って意外と美味いって知ってたか?」
とつぜん隣にいたバルトロメイが喋りかけてきた。
「え? 熊って食えるの? なんか獣臭そう……」
いきなりそんなこと言われても、あまり食指は動かない。
「そう思うだろ? でも意外と臭みも少なくて美味いんだぜ」
「……へえ……」
今はセラとボリスの姿が見えないことの方が気になって、半分うわの空で応える。
「あっ、そうだったな……お前って肉より魚が好きだったよな」
この前オレクに手紙を届ける時に、バルトロメイに魚好きなことがバレていた。
「でも……ゼラが料理してくれるなら食べてみたいかも……」
この前は、せっかくゼラと一緒だったのに美味しい料理を食べる機会がなかった。
「……ゼラ?」
一瞬にしてバルトロメイの顔が曇る。
「ああ見えても、ゼラって滅茶苦茶料理上手なんだぞ。お前とヴィートはまだ食ったことないだろ。せっかくだから熊倒して料理してもらえよ」
自分の名前が出たのでヴィートもこちらを振り向く。
「いいなそれ。ゼラに料理させようぜ」
そしてカレルも話に乗ってきた。
団員たちが熊料理の話で盛り上がっている中、ハミルだけが醒めた顔でこちらを見ている。
まるで遠足へ行くようなノリの団員たちに呆れているに違いない。
「あんた、浮かない顔してるけど、まさか熊が神の使いとか言い出さないよな?」
ベドジフがあの白鳥の悲劇のことを思い出したのだろう、ハミルに一応確認している。
「そんなことないですけど……熊を狩るなんて……あまりにも現実離れしているので」
そうこうしているうちに、ゼラとボリスが宿の受付へとやって来た。
「二人でどこ行ってたんだよ?」
レネはボリスを睨みつける。
先ほどの店で二人はずっと女たちに囲まれていた。こっそり抜け出して二人で女たちの店に行ったのかもしれないと、レネは疑っていたのだ。
「ちょっと二人で話しておきたくてね。まさか……二人でいかがわしい店に抜け駆けでもしたと思った?」
ボリスに図星を突かれ、レネはうっと息を詰まらせる。
ゼラに目を向けるが、こちらは相変わらずの無表情だ。
「それよりもさっきの店で言った台詞は女性にも失礼だし、だからといって男相手にも絶対使っちゃいけないよ」
レネの頬を撫で、諭すようにボリスが言い聞かせる。
その仕草と表情は慈愛に満ちていて優しいのだが、いつも薄ら寒く感じて動けなくなってしまう。
「でも……ゼラはああ言ってオレを助けてくれたから……オレだってボリスを女たちから守りたかった……」
「——うん、わかってるよ。ありがとう。でもお前はあんな言葉を使っちゃ駄目だ」
そう言いながら両手でレネの顔を包むと、額に口付けを落とす。
ボリスは大きくなった今でも幼い子供のように接するが、今さら止めてくれとも言えない。
周りも慣れっこになって茶化す者もいないので、大人になった今でもこの行為は続けられている。
「……っ!?」
バルトロメイがその様子を見て、あんぐりと口を開けたまま固まっている。
「おい、あそこは気にすんなって。いつもああだから。あれはお兄さんからの教育的指導が入ったな」
カレルが固まる男の頭をパシンと叩いて、正気に戻らせる。
「あっ……そうか。あんた知らないんだよね~ボリスとレネの関係……」
ヴィートがまるで煽るかのように、思わせぶりにバルトロメイに言った。
「コラッ! お前も挑発するんじゃない。俺たちからはなんも言えねぇけど、そのうち本人から説明があるんじゃねえ?」
カレルは気にするなとばかりに、バルトロメイの髪をクシャクシャとかき混ぜた。
意外とこの男は全体の空気を読んでバランスをとっている。
ボリスなんかよりもずっとまともだ。
やっと全員揃ったので女将が部屋の鍵を渡す。
「全部で九人だね。部屋はこの廊下の一番奥だよ。他のお客さんに迷惑かけないように、あんまり騒がないでおくれ」
「はいはい」
ベドジフが鍵を受け取り、一行はゾロゾロと廊下を移動する。
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