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10章 運び屋を護衛せよ
18 お前はがんばった
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◆◆◆◆◆
「おいレネ、愛人ってなんだよ」
崖の下に置いている馬の所まで戻ると、ドプラヴセが興味津々で質問する。
(あーーー面倒くせえ。疲れてる時にそんなこと訊いて来んなよ……)
レネは心の中で毒づく。
「愛人なんて俺は言ってねえよっ。『仕事は?』って訊かれたから『ある方の元でお世話になってます』って答えただけだからな。勝手にあっちが思い込んでただけだ」
鐙に足を掛けながら、レネは言い返す。
職業を知られたくない時にはそう言えと、以前ロランドから教えられていたことを言ったまでだ。
(横でゼラが顔を背けて肩を揺らしているが、どうしてだ?)
「それより、あれはどういうことなんだよ? お前は国に背く行為をしてたから鷹騎士団に追われてたんじゃないのか? あいつら、あんたがなにか見せたとたんにいきなり手を引きやがった……」
「そんなことより、領主の追手が付くかもしれねーから、さっさとずらかるぞ」
ドプラヴセはまったくとりあってくれようとしない。
「なんだよ、少しは教えろよ。本当は戦える癖に弱いふりして、俺たちが徹夜で見張りする必要もなかったじゃないか……」
今回の仕事は、この厄介な依頼人にペースを乱されっぱなしだ。
「グチグチうるせーんだよ。詳しいことは帰って師匠に訊け」
レネは、恨みがましい目でドプラブセを睨んだ。
ルカーシュが質問したらすぐに答えを返してくれるような、単純な性格ではないことをこの男だって知っているはずだ。
「まずはパソバニ領をさっさと抜けることが先決だ」
ゼラからも釘を刺され、レネは黙り込む。
(——そうだ……まずは海岸線を抜けてプートゥまでたどり着かないと)
夜通し走り続け、追手が付くこともなく、日が昇るころにはプートゥへと辿り着いた。
もう人も馬もヘトヘトだ。
コンラートたちがドプラヴセの人相書きを持って宿屋で訊き込みを行っていたせいで、プートゥの宿屋ではドプラヴセはお尋ね者になったままだ。
三人はプートゥの町外れにある、なにも事情を知らなさそうなリンゴ農家の納屋を借りて、身体を休めることにした。
ゼラは昼間なのに真っ暗な中の様子を、夜光石を取り出しざっと見ると、後ろの二人を中に入れる。
「はぁ~さすがに疲れたな……」
早速ドプラヴセは置いてあった長椅子の上に当たり前のように陣取る。
レネは壁に背を預け、顎を上げるとズルズルと床に座り込んでしまう。
顔に出したくないのに、どうしても眉を顰めずにはいられない。
「腕を見せてみろ……やっぱり出血してるな」
(ああ……気付かれた……)
動けないでいるレネの外套を脱がせると、血の染み込んだシャツを見て、今度はゼラが眉を顰める。
いくら縫ったといっても、その後に剣を持って戦えば傷に響かないわけがない。
移動中も手綱を握るのでさえ苦になっていた。
「お前も休め。このままだと倒れるぞ」
レネも倒れたらゼラに迷惑をかけることはわかっている。
他の二人と違い、二晩続けて眠っていない。
ぶり返した傷の痛みと疲労で身体は限界なのだが、感覚が研ぎ澄まされて、引き締めた空気を緩めることができないでいた。
「……でも……ゼラに頼ってばっかりだ……」
ルカーシュが一人でこなすはずの仕事を、レネは怪我をしてゼラに助けてもらってばかりだ。
そんな弱い自分が許せなかった。
ゼラは新しい包帯を巻き直すと、もう鼾をかいて爆睡しているドプラヴセを一瞥する。
「あいつを見習え」
(もう寝てやがる……どこまでもふてぶてしい奴だ)
「……無理言うなよ……」
(——この前みたいに息が止まって……そのまま動かなくなればいいのに……)
レネは疲れているせいか、いつも以上に辛辣だ。
そんな思いに駆られていてはますます眠れない。
「……っあ!?」
ぐらりと身体が揺れたかと思うと、いきなりなにかにすっぽりと包まれた。
ココヤシとシナモンの甘い香りが鼻の奥を刺激する。
◆◆◆◆◆
「お前、自分が弱いと思ってるだろ?」
ゼラは座ったまま後ろからレネを抱き込むと、きっと葛藤しているであろう心の内を言い当ててやる。
(こいつはいつもそうだ……)
「……うん。オレだってゼラみたいに強い男になりたい。だからこんな女みたいな扱いをされると嫌だ……」
レネはゼラの腕の中から抜け出そうと藻掻く。
「じっとしてろ。くっついてた方が温かいだろ。ヤン相手でも同じことをしている。別に女扱いなんかしてない」
半分は出任せだ。
さすがにヤンと抱き合ったりはしない。
レネは怪我したところを、加虐趣味の気があるドプラヴセにいびられて、少しおかしくなっている。
いつもはもう少し素直なはずだ。
ずっとあの男と一緒で、気が立っているのだ。
本当ならば眠り草でも飲ませて強制的に眠らせたいのだが、いつ敵が現れるかもわからない。
でもなんとか気を緩めて休ませないといけない。
「お前は弱くない。俺がカマキリと戦ってたらたぶんもっとやられてた。お前だからその怪我で済んだんだ。それにもう、二日寝てないだろ? 囮役にもなったし俺より疲れるのは当たり前だ。このままだと本当に置いていく羽目になるぞ」
「…………」
(お前はその身体でじゅうぶんがんばった……早く眠れ……)
レネの自尊心を傷付けるので決して口にはしないが、それがゼラの隠しようのない本心だった。
灰色の髪を撫でると、手の平で顔を覆って目を閉じさせる。
レネの身体から徐々に力が抜けてきた。
先ほどよりも懐が温まり、ゆっくりと体重が後ろのゼラへとかかってくる。
頬に落ちた灰色の睫毛を確認すると、ゼラも息を吐いて身体を弛緩させた。
「おいレネ、愛人ってなんだよ」
崖の下に置いている馬の所まで戻ると、ドプラヴセが興味津々で質問する。
(あーーー面倒くせえ。疲れてる時にそんなこと訊いて来んなよ……)
レネは心の中で毒づく。
「愛人なんて俺は言ってねえよっ。『仕事は?』って訊かれたから『ある方の元でお世話になってます』って答えただけだからな。勝手にあっちが思い込んでただけだ」
鐙に足を掛けながら、レネは言い返す。
職業を知られたくない時にはそう言えと、以前ロランドから教えられていたことを言ったまでだ。
(横でゼラが顔を背けて肩を揺らしているが、どうしてだ?)
「それより、あれはどういうことなんだよ? お前は国に背く行為をしてたから鷹騎士団に追われてたんじゃないのか? あいつら、あんたがなにか見せたとたんにいきなり手を引きやがった……」
「そんなことより、領主の追手が付くかもしれねーから、さっさとずらかるぞ」
ドプラヴセはまったくとりあってくれようとしない。
「なんだよ、少しは教えろよ。本当は戦える癖に弱いふりして、俺たちが徹夜で見張りする必要もなかったじゃないか……」
今回の仕事は、この厄介な依頼人にペースを乱されっぱなしだ。
「グチグチうるせーんだよ。詳しいことは帰って師匠に訊け」
レネは、恨みがましい目でドプラブセを睨んだ。
ルカーシュが質問したらすぐに答えを返してくれるような、単純な性格ではないことをこの男だって知っているはずだ。
「まずはパソバニ領をさっさと抜けることが先決だ」
ゼラからも釘を刺され、レネは黙り込む。
(——そうだ……まずは海岸線を抜けてプートゥまでたどり着かないと)
夜通し走り続け、追手が付くこともなく、日が昇るころにはプートゥへと辿り着いた。
もう人も馬もヘトヘトだ。
コンラートたちがドプラヴセの人相書きを持って宿屋で訊き込みを行っていたせいで、プートゥの宿屋ではドプラヴセはお尋ね者になったままだ。
三人はプートゥの町外れにある、なにも事情を知らなさそうなリンゴ農家の納屋を借りて、身体を休めることにした。
ゼラは昼間なのに真っ暗な中の様子を、夜光石を取り出しざっと見ると、後ろの二人を中に入れる。
「はぁ~さすがに疲れたな……」
早速ドプラヴセは置いてあった長椅子の上に当たり前のように陣取る。
レネは壁に背を預け、顎を上げるとズルズルと床に座り込んでしまう。
顔に出したくないのに、どうしても眉を顰めずにはいられない。
「腕を見せてみろ……やっぱり出血してるな」
(ああ……気付かれた……)
動けないでいるレネの外套を脱がせると、血の染み込んだシャツを見て、今度はゼラが眉を顰める。
いくら縫ったといっても、その後に剣を持って戦えば傷に響かないわけがない。
移動中も手綱を握るのでさえ苦になっていた。
「お前も休め。このままだと倒れるぞ」
レネも倒れたらゼラに迷惑をかけることはわかっている。
他の二人と違い、二晩続けて眠っていない。
ぶり返した傷の痛みと疲労で身体は限界なのだが、感覚が研ぎ澄まされて、引き締めた空気を緩めることができないでいた。
「……でも……ゼラに頼ってばっかりだ……」
ルカーシュが一人でこなすはずの仕事を、レネは怪我をしてゼラに助けてもらってばかりだ。
そんな弱い自分が許せなかった。
ゼラは新しい包帯を巻き直すと、もう鼾をかいて爆睡しているドプラヴセを一瞥する。
「あいつを見習え」
(もう寝てやがる……どこまでもふてぶてしい奴だ)
「……無理言うなよ……」
(——この前みたいに息が止まって……そのまま動かなくなればいいのに……)
レネは疲れているせいか、いつも以上に辛辣だ。
そんな思いに駆られていてはますます眠れない。
「……っあ!?」
ぐらりと身体が揺れたかと思うと、いきなりなにかにすっぽりと包まれた。
ココヤシとシナモンの甘い香りが鼻の奥を刺激する。
◆◆◆◆◆
「お前、自分が弱いと思ってるだろ?」
ゼラは座ったまま後ろからレネを抱き込むと、きっと葛藤しているであろう心の内を言い当ててやる。
(こいつはいつもそうだ……)
「……うん。オレだってゼラみたいに強い男になりたい。だからこんな女みたいな扱いをされると嫌だ……」
レネはゼラの腕の中から抜け出そうと藻掻く。
「じっとしてろ。くっついてた方が温かいだろ。ヤン相手でも同じことをしている。別に女扱いなんかしてない」
半分は出任せだ。
さすがにヤンと抱き合ったりはしない。
レネは怪我したところを、加虐趣味の気があるドプラヴセにいびられて、少しおかしくなっている。
いつもはもう少し素直なはずだ。
ずっとあの男と一緒で、気が立っているのだ。
本当ならば眠り草でも飲ませて強制的に眠らせたいのだが、いつ敵が現れるかもわからない。
でもなんとか気を緩めて休ませないといけない。
「お前は弱くない。俺がカマキリと戦ってたらたぶんもっとやられてた。お前だからその怪我で済んだんだ。それにもう、二日寝てないだろ? 囮役にもなったし俺より疲れるのは当たり前だ。このままだと本当に置いていく羽目になるぞ」
「…………」
(お前はその身体でじゅうぶんがんばった……早く眠れ……)
レネの自尊心を傷付けるので決して口にはしないが、それがゼラの隠しようのない本心だった。
灰色の髪を撫でると、手の平で顔を覆って目を閉じさせる。
レネの身体から徐々に力が抜けてきた。
先ほどよりも懐が温まり、ゆっくりと体重が後ろのゼラへとかかってくる。
頬に落ちた灰色の睫毛を確認すると、ゼラも息を吐いて身体を弛緩させた。
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