菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

17 本当の目的

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◆◆◆◆◆


 コンラートは三人を追いかけたが結局間に合わず、二階のバルコニーに登って行ってしまった。
 しばらくして、ヒネクも坂の上へと息を切らしながら登ってきた。

「あー間に合いませんでしたか……」

 仕方ないので岩陰へと身を寄せ、二人で指を咥えて見ているしかなかった。

「あっ!?  下におりてくる」

 三人がバルコニーから下りて来ると、十数名の男たちが彼らを取り囲む。

「あの男たちは領主の私兵ですかね?」

「やっぱり『運び屋』も始末するつもりなんだな。カシュパルを殺したのもパソバニの領主に間違いないな」

 ドプラヴセを挟んで背中合わせに護るように他の二人が囲んで、剣を抜いた。

「あの剣はっ!?」

 今朝見せてもらったばかりの、あのコジャーツカ族の反りの強い剣だった。
 外套のフードがハラリと落ちて、灰色の髪と美しい素顔が露わになる。

「——レネっ……」

「どうしてここに……」

 そして信じられないことに、レネは恐ろしく強かった。
 勇猛果敢と恐れられたコジャーツカ族の戦士もきっと、こんな戦い方をするのだろう。
 
 儚げな美青年の器から、剣を振るう度に、雄々しい内面が収まりきれずに溢れ出てきている。
 二つの相反するものが醸しだす、なんともいえぬアンバランスな美しさに、コンラートは目が離せなくなっていく。

(カマキリを殺したのもレネだ……)

 今まで頑なに認めたくなかったものを、認めるしかない。
 
 もう一人の漆黒の肌を持つ長身の男も、凄まじい剣捌きで敵を倒していく。
 まだすべてを出し切っていない、そんな得体の知れない恐ろしさがあった。
 騎士の戦い方とはまた違う、実戦に特化された動きは、見ているだけでもゾッとする。
 それはレネにも共通している。

 もう一人の男も目を凝らしてみると、レネとは方向性が違うが美しい姿をしていた。
 対照的な二人は、まるで創造神が誂えた対の闘神のようで、コンラートはますます混乱していく。

(この二人はいったい何者なんだ!?)
 
 領主が差し向けた私兵たちを、いとも簡単に倒し終え、三人は崖の下へ向かって走り出す。
 
「待てっ!」

 コンラートは立ちはだかり、三人を制止する。

「これはこれは、鷹騎士団の隊長さんじゃないですか」

 ドプラヴセが余裕をかましてニヤリと笑う。
 もう、渡す物を渡して仕事を終わらせたからだ。
 コンラートにはどうしもうようもなかったが、せめて事情だけは聞いておきたかった。

「どうして返り討ちに遭うとわかって領主の所へ行ったんだ?」

「そんなことかい。そりゃあこっちも仕事だからだよ」

 ドプラヴセは当たり前だと言わんばかりに答える。

「レネ……誰かの愛人というのは嘘だったのか……カマキリを殺したのもお前だなっ!」

 レネは後ろめたいのか、俯いて唇を噛み締めている。
 間違いない。レネから聞いた話はすべて作り話だ。

「この二人は俺の護衛として雇った。びっくりするくらい強いだろ?」

 まるで絵に描いたような美青年の護衛二人を従え、自分のことのように自慢してくる。
 なんて憎たらしい男だ。

(——クソっ……)

 こうなったら、任務を遂行するしかない。
 当たって砕けろだ。

「密輸に加担したとして、お前たちの身柄を拘束する」

 コンラートとヒネクは剣を抜き、三人の行く手を阻む。

「あんた、見てたろ? あんたたちが勝てるとでも思ってるのか?」

 まるで馬鹿にしたかのように、ドプラヴセは鼻で笑った。

「私たちを殺したら、お前たちは王国を敵に回すことになるぞ」

 王国騎士団への手出しは、国へ背く行為とみなされる。

「——俺が王国に反逆だって? 笑わせんなよ。俺を誰だと思ってる?」

 ドプラヴセは不敵に笑い、胸からなにかを取り出す。
 手の平に収まるサイズの物は、コンラートたちも持っている騎士団の記章に似ているが、そこには国王個人の白獅子の紋章と、幻とされるドロステア山猫が合わさったデザインになっている。

「っ……!?」

 この記章が意味するものは——

 国王が飼っている、人前に姿を表さない幻の山猫。
 国王直属の捜査機関『ディヴォカ・コチカ』——通称『山猫』の記章。
 
 通常、騎士警察では入り込めない貴族の不正を暴き、国家反逆に繋がる芽を事前に摘みとる組織だ。
 滅多に表舞台には顔を出すことはない。
 コンラートもそのメンバーに出会ったのは初めてだ。

『王国を敵に回す』という言葉を聞いても、笑うはずだ。
 ドプラヴセ本人が王の勅命で動いているのだから。

「これは俺が追ってた事件ヤマだ。あんたたちにこれ以上捜査する権限はない。今日見たことは口外無用。背いたらそれこそ王への反逆とみなす。じゃあそういうわけで追手が付くと面倒なんでな、行くぞっ」

 そう言うと、初めて目にした『山猫』のメンバーは後の二人の護衛とともに、坂道を下って行った。


「…………」

 コンラートはまだ頭の中が整理できずに呆けていた。

「幻のドロステア山猫ですか……」

 ヒネクもあまりの出来事にポカンと口を開けたままだ。
 
 二人で来た道を帰りながら、少しずつ頭の中を整理する。

「あいつは、最初っから密輸のことをわかっていて、証拠を運んでいたんだな……」

「『運び屋』の命を狙っていたカマキリは、その護衛に殺されただけだったんですね……」

 そうだ。なんの不思議もない。

「まさかレネが『運び屋』の護衛だとはな……でもお前が言っていたリーパの団長が……——あっ!?」

 恥ずかしいことだが、コンラートは喋りながら自分で気付く。

「あの二人はリーパの団員だったのか! ドプラヴセに金で雇われた護衛か……でも本当にレネは団長の愛人なのか?」

「さあ……でも、愛おしそうに抱きかかえていたのは間違いありませんよ」

(——こんなことを考えるだけ不毛だ……)

「それよりも、結局私たちでは領主に手出しはできない。後は『山猫』に任せるしかないんだろうな」

「悔しいですが、相手は貴族ですからね」

「あの証拠がこちらの手に入っていたら違ってたんだろうがな……」

 今から、終わったことを悔やんでも仕方ない。
 だが、今までの努力をすべて横から掻っ攫われた気分だ。

「はぁ……」

 コンラートはがっくりと肩を落とした。


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