菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

1 今回のメンバーは

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◆◆◆◆◆

「うわー馬を置いてきて正解だったな」

 湿地帯に掛かる木道を歩きながら、カレルは一番後ろを行くレネを振り返る。
 メストから東へ、依頼があったクレノット村まで丸一日かけて馬で移動した。

 今回の依頼は、クレノットからある遺跡まで村人たちを護衛するという内容だ。
 村へ着くと村人から『先へ行くには馬は置いて行った方がいい』と教えられ、リーパの護衛六人と村人三名の計九名は、それぞれの荷物を背負って徒歩の旅となった。

「馬も入れない道の先に遺跡があるなんて信じられないな……」

 レネは遠くに霞んで見える低い山々を眺めた。
 秋も深まり紅葉が進んでいる。
 村長の話ではあの山の奥に目的地である古代の遺跡があるらしい。

「昔あった堤防が壊れて、氾濫した川の水で湿地帯ができたんだ。本来はちゃんとした道があったんだ。現にこの先には遺跡と同じ時代に作られたと言われている立派な石橋が残っている」

 村長の息子であるダヴィドが説明する。
 いかにも人の好さそうな男らしい顔をしていた。

「今では猟師か、神事の時しか通らないからな。因みに冬は凍った湿原を犬ぞりで進むから楽だと猟師が言ってた」

 もう一人の村の青年ヨナターンが話を続ける。
 黒髪に薄い灰色の瞳をした少し神経質そうな青年だ。

「夏は蚊がたくさんいて大変よ」

 黒髪に深緑の瞳が印象的な巫女のテレザが、思い出したかのように顔を顰める。
 村人三人の中では二十代半ばのこの女が最年長者だ。
 額には巫女の証である刺青が入っている。
 聞いた話によると巫女は生涯独身を貫くようだ。

 クレノット村の巫女は年に一度、大きな神事を行う。
 村から歩いて四日ほどかかる古代遺跡に、空からズスターヴァという神が降りて来る。それに合わせて、村に代々伝わる神から授かった宝珠を遺跡の祭壇に捧げ、力を珠に注いでもらうのだ。

 宝珠は神から村人に託されたものでこの地上には存在しない貴重なものだ。売れば途方もない金額になる。
 一度、欲に目のくらんだ領主が村人から宝珠を取り上げて、宝石商に売ろうとした。すると屋敷に雷が落ちて、領主と宝石商は黒焦げになって命を落したという。
 それからというもの、宝珠はずっとクレノット村で大切に守られてきた。

 慣例では村の代表者と、遺跡の結界を解くことのできる巫女だけが行っていたのだが、今年はいつもとわけが違った。
 他所から討伐を逃れてきた盗賊団が、遺跡の近くの巨石群に住み着いていた。
 神事の前に遺跡の様子を見に行った村人数名が襲撃に遭い、一人が命を落とした。

 襲撃の時にも同行していたヨナターンの話によると、盗賊団は宝珠の存在を知っていて、宝珠を遺跡に運んでいると思い襲って来たらしい。
 宝珠が村にある時は村の祠の結界に護られているので、盗難の恐れもない。
 年に一度、結界から出して、遺跡を行き来する間が最も危険な時だ。
 盗賊団が狙っているとなればなおさらだ。

 そこで今回、リーパ団に護衛の依頼がきた。
 あまり大人数で行くのも目立って逆効果なので、護衛は六人に決まった。
 団員たちはそれぞれ手持ちの武器が違う。

 ・ヤン   戦斧《バトルアックス》
 ・カレル  槍
 ・ゼラ   ロングソード
 ・レネ   サーベル
 ・ベドジフ 弓
 ・ボリス  ブロードソード 

 菩提樹のエンブレムの入った松葉色のサーコートは、リーパのトレードマークだ。敵への牽制と敵味方を見分ける目印になるので、集団で護衛する時はたいていこのサーコートを着用している。
 前回レネは休暇の途中での急な任務で、丸腰のまま元傭兵たちと対峙し武器を奪って戦ったが、負傷して意識を失った。やはり自分の使い慣れた剣でないと上手くいかない。
 今回は帯剣して半袖のチェーンメイルを装着している。
 前を行くヤン、カレル、ゼラはもう少し重装備だが、身軽さが売りのレネはできるだけ軽装で済ませるようにした。

 レネは、両手剣を得意とするバルナバーシュから一通り教えを受けているが、本来の剣の師は体格の似た副団長のルカーシュだ。
 ルカーシュは東国の反りのある片手剣を得意とし、レイピアの様な直線的な突きの攻撃ではなく、あらゆる角度から攻撃を仕掛ける。
 これといった拘りはないが、レネも師に倣い同じような形状のサーベルを好んで使っている。

「——ボリスさんって男前よね。こんな時じゃなかったら口説いてるわ」

 今回の旅で紅一点の巫女のテレザが、ボリスへと身を摺り寄せる。

「うわーっ、巫女さん積極的」

 近くを歩くベドジフが茶々を入れる。
 ボリスが女にモテるのは今に始まったことではない。レネにとっては頭の痛い問題だが、今回は巫女だ。きっとなにかの冗談だろうと思いたい。

「テレザ、いくらなんでも護衛にまで手を出さないでくれ」

 ダヴィドが苦い顔をしてテレザを諫める。
 どうやらテレザにとってはいつものことらしい。

「て、手を出すって、巫女さんがそんなことしていいのかよ? 俺の中の巫女さん像がガラガラと崩れていく……」

 ヤンがびっくりして大きな身体を身震いさせる。

「巫女っていっても清い身体でいる必要はないのよ。生涯誰のものにもならずに独身を貫けばいいだけなの。ふふ、ボリスさんが一番好みだけど、赤毛の彼と黒い肌の彼も素敵だわ。リーパの護衛さんたちっていい男揃いなのね」

 前を行くカレルとゼラを指さし、テレザは肉食獣のような目をして二人を妖しく見つめる。

(なんだ、この人……)

 普段は男社会の中にいるので、女のことはよくわからないレネでさえ、テレザが異質の存在であることがわかった。

「でも、この子みたいに私より綺麗な男は嫌だわ。女の敵よ」

「あっち行け」と言わんばかりに手で追い払われると、流石に気が長い方のレネでもムッとする。
 心の中でどう思われようと構わないが、わざわざ口に出して言う必要はないだろう。
 初対面でまだなにかしたわけでもないのに悪意を向けられると、いくら護衛対象であろうとも心証が悪い。

「——おい、ヤン……綺麗だって文句言われる猫よりも、なにも触れられない俺たちの方が地味に傷付くよな……」

「そうだな……」

 ヤンの背中を叩くと、ベドジフがそっと肩を落とす。
 二人はテレザからまるで空気のように無視されている。
 一番大きなヤンと一番小さなベドジフの凸凹コンビはなぜか気が合うようで、いつも一緒にいた。
 二人のやりとりを見ていたレネまでも、なんだか同情してしまい、ムッとしていた気持ちなどどこかへ行ってしまった。

 問題のテレザはずっとボリスから離れようとしない。ボリスはボリスで護衛対象を無下にはできないし、手をこまねいているようだった。
 姉の恋人であるボリスが他の女とベタベタしている所を見るのは気分がよくない。
 レネはどうにかして牽制したいが、打開策を見いだせずにいた。

「猫ちゃーん、がんばれよー」

 この中で唯一、事情を知っているカレルが、前から間延びした声をかける。
 ボリスがレネの姉と付き合っていることを知らない他の人間には、カレルがなにを言っているのかもわからないだろう。
 護衛以外のことに気をとられるのは決していい状況ではない。しかし、任務に集中しようと思っても、最後尾を行くレネには、どうしてもボリスから離れないテレザが目に入ってしまうのだ。

(ああ……先が思いやられる……)
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