菩提樹の猫

無一物

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1章 伯爵令息を護衛せよ

3 突然の依頼者

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◆◆◆◆◆
 
 半日ほど前のできごと。

「——どうします?」

 依頼人が帰った後も応接室に残ったルカーシュは、バルナバーシュの難しい顔を覗き込む。

「今こっちにいるのは誰だ?」

「カレルとロランドですね」

「他は休暇中か……間が悪いな」

 バルナバーシュは椅子から立ち上がると、窓から見える中庭の菩提樹を眺めた。
 夏が終わり、葉が薄っすらと黄色く色付いてきている。

 ここは、王都メストにある護衛専門の傭兵団、リーパ護衛団の本部だ。
 リーパとは古代語で菩提樹の意味で、本部に根をおろす菩提樹の大樹に因み、創設者である先代が付けた名前だ。
 護衛専門の傭兵団はドロステアでもここだけで、商隊の護衛から貴族のお忍びの外出まで、多岐にわたって依頼を受けている。

 王国の治安維持にあたる騎士団が請け負わないような、私的な依頼が殆どだ。
 現在の団長であるバルナバーシュは副団長のルカーシュと、先ほど舞い込んできた緊急の依頼に頭を悩ませていた。

 リンブルク伯爵自らこの応接室にやって来て、『ポリスタブに向かった、息子の護衛をお願いしたい』と依頼があった。
 なんでも馬車が途中で賊に襲われ、生き延びて戻ってきた御者によると、お付きの騎士と子息は上手く逃げ出したそうだが、いまだに行方がわかっていないと言うのだ。

「——まったく……どうしろって言うんだ……」

 バルナバーシュは発作的にボリボリと頭を掻きむしる。

「それも、息子にだけは護衛とは気付かれないようにって……難しいですね。旅人の振りでもして近付くしかないんでしょうか」

 ルカーシュまでも柳眉をひそませ溜息をつく。
 旅人を装っての護衛となると、なかなか厄介だ。帯剣はできたとしても、防具を着けた厳めしい格好ができない分、戦闘となった時も危険が伴う。

「とにかく急ぐしかない。カレルとロランドを向かわせろ」

「チェスタの手前で襲撃されたそうなので、その辺りをあたって行くといいかもしれませんね」

 バルナバーシュはなにかを思い出したかのように考え込む。

「——そういえば……あいつもそこら辺をうろちょろしてるかもしれんな……」

 この窮地を乗り越えるためならば、バルナバーシュはなんでも利用するつもりだ。

「ああ、見つけ次第合流させるように二人に伝えておきますか」

 さっそく二人と打ち合わせするためにルカーシュは立ち上がる。

「残念ながらあいつの休暇は後回しだな……」

 猫の手も借りたいとはまさにこの事態だと、一人になった応接間でバルナバーシュは苦笑いした。


◆◆◆◆◆


「兄ちゃん遠慮せずにもっと飲めよ!」

 宿の一階部分の食堂兼居酒屋では、旅人たちが旅の疲れを癒すべく美味い酒に酔いしれていた。
 その中でも異様に盛り上がっている一角がある。

(こんなつもりじゃなかったのにな……)

 レネは一人でひっそり食事をしようとしていたのに、酔っ払い客たちから半強制的に大人数のテーブル席へ居場所を移されていた。
 目の前には頼んでもいないのに次々と料理が回ってくる。

「オレ酒は強くないんで、料理だけ頂きます」

 酔っ払いの勧めを断ろうものなら、よけい面倒なことになるので、レネは遠慮なく料理を自分の皿に取り分けて食べた。

「その鴨、脂が乗ってて美味いだろ?」

 隣の男が肩を抱いて同意を求めるようブンブンと揺すってくる。

「ちょっ、そんなに揺らしたら食べれないって」

 レネは苦笑いすると隣の男をいさめた。

「ああ、すまんすまん」

 謝りながらも手は肩に置いたままだ。
 周りの男たちもレネが料理を食べるのを固唾を飲んで見守っている。

「あ、ホントだ。脂が甘い」

 レネの瞳が美味しさに見開かれると、周りの男たちもニコニコと「そうだろ。そうだろ」と嬉しそうに頷く。

「ところで兄ちゃんは一人旅なのかい?」

「ええ……まあ」

 アンドレイたちのことを喋ると面倒なことになりそうなのでレネは曖昧に答えると、酔っ払いたちは途端心配そうな顔をする。

「おいおい、そんなんで一人旅なんて物騒だな。途中危ない目に遭わなかったか?」

 斜め向かいの男が心配そうに訊いてくる。
 女の一人旅じゃないのにそこまで心配されるのは心外だ。しかしメストから離れるほどに、整備された街道と言っても危険は増してくる。

「危ない目って言えば……メストからここに着く手前で馬車が襲われてませんでした?」

「ああ、あれかい。俺も見たけど、御者は無事で馬でメストまで引き返したみたいだよ。王都の近くで賊が出るなんて物騒だねぇ」

 御者も上手く逃げたということは……アンドレイたちのことも家の人にちゃんと伝わってる可能性が高い。
 いまごろきっと家族は心配してるだろう。
 デニスからはまったく信用されていないが、やはり放ってはおけない。
 こちらが二人におせっかいを焼いている状態なのに、なぜか目の前の男たちからはレネを心配する声が上がる。

「どこまで行くか知らんけど、秋は盗賊たちの動きも活発になってくる季節だから、兄ちゃんも気を付けろよ」

 他の男たちもうんうんと頷きながらレネの顔を凝視してくる。

(いったいなんなんだよ……)

 レネは酔っ払いたちの過剰な心配に、どう応えていいのかわかりかねてまた苦笑いをする。

 
 まだ食っていけと勧めてくる男たちを置いて、やっとのことで食堂から逃げてきた。
 帰ってくるのが遅かったので、部屋で話し合っていた二人はなにかあったのかとレネのことを心配していたようだ。

「この辺りも物騒みたいだからな。ジェゼロに行くんだったらお前も一緒について来い。一人より三人の方がいいだろ?」

 部屋に帰って開口一番のデニスの申し出に、レネはポカンと口を開けて固まる。

「え?」

「デニスは強いから用心棒がわりになるよ」

 アンドレイも同行を勧めてくる。

「でも、オレ……デニスさんに信用されてないんじゃ?」

 レネは驚いた顔で褐色の肌をした男を見る。
 二人を見ているとなんだか放っておけなくて、誘われなくともしばらく一緒にいるつもりだったから都合がいい。しかしどうして信用ならぬ人物と、一緒に行動しようと思ったのか疑問だ。

「お前みたいな奴がもし襲ってきても、俺がすぐ斬り捨てるから心配ない」

 憮然とした態度でおっかないことを言われ、レネの顔が引き攣る。
 怪しい奴は近くで監視した方がいいとでも思ったのかもしれない。

「なんかあんまり嬉しくないな……」

 素直に口にすると、デニスがぎろりと睨んでくる。

「ひっ⁉」

 レネは少し大げさに驚いたふりをする。

「デニス、本当はレネのことが心配なのに怖がらせてどうするの」

 アンドレイから注意されると、面白くなさそうにデニスは舌を鳴らす。

「というわけでよろしく、レネ」

 少年から満面の笑みで手を差し出され、戸惑いながらもその手を握り返す。
 人当たりのいいアンドレイと、愛想の悪いデニスはもしかしたらいいコンビなのかもしれない。気が付けばすっかり相手のペースに乗せられている。

「は……はい、こちらこそ」

 少年のアンドレイに押し切られる形となり、レネはジェゼロに着くまで行動を共にすることになった。

 
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