彗星電車

星崎 楓

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第7章 二人の時間

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 ドアが開くと、一斉に人が出てきました。いつもなら朝でも数人しかいないホームですが、今日は話が違うようです。

「ひかりちゃん、こっちこっち。」
「春樹くん、どこで見るの?」
「ないしょ。特等席があるんだ。」
「特等席?」

 春樹は山の中へと歩いていきます。春樹の手を握りしめながら、おそるおそるついていくと、急に視界が開け、広場に出ました。

「ここは…」
「神有山星見広場だよ。星見広場っていう名前なのに意外とここ、穴場でさ。あ、そうだ。晩御飯、食べようよ。」
「ご飯!?まさか、作って持ってきたの?」
「えへへ、実はね、ひかりちゃんに内緒で作って持ってきたんだ。」
「ありがとう、すっごく嬉しいよ。」
「よかった、そう言ってもらえて。」
「でも、ベンチもどこにあるかわかんないし、暗いから、なんだか怖いな。」
「ちょっと待ってね。」

 春樹は奥の茂みの方に入っていきます。すると、急に暗かった広場に明かりが灯り、おしゃれに飾られた椅子やテーブルが姿を表しました。

「うわぁ、すごいね、春樹くん。」
「神有山は代々うちの祖先が信仰の対象としていた山でね、今も天野家が管理してるんだ。」
「もしかしてこれ、一人でやったの!?」
「ピンポーン、大正解。父さんに場所を借りることだけ伝えて、他は全部僕がやったよ。」
「じゃあ、もしかして、さっき出そうとしてた、ご飯とかも?」
「料理はちょっと母さんにも手伝ってもらったけどね。」
「すごい、春樹くん!」
「全然だよ、こんなの。さ、はやくご飯食べよう。」
「うん!」

 春樹とひかりは、彗星の明かりを眺めながら、春樹の作った夕食を食べました。

「このサンドウィッチも、サラダもすっごく美味しい!」
「本当?嬉しいな。」
「ねえ春樹くん。」
「なに?」
「私、春樹くんと付き合えてほんとに良かったよ。だって、いつも私のためにサプライズも考えてくれるし、何するのも文句一つなくやってくれるし、もうほんとに感謝しかないよ。私みたいなあんまりパッとしない子でも、こうやって見てもらえてるんだって思うと、すっごい嬉しいし。」
「ひかりちゃん…」
「だからこれからも、ずっと私のそばにいてね、約束だよ?」
「う、うん!いつでもそばにいるよ!」

 七夕の夜。どこか遠くの空からやってきた彗星は、この、鳴海の空に大きく、白い線を出して輝いています。肩を寄せ合う二人を照らすように、最接近を迎えた彗星は輝くのでした。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。それはこの二人においても同じことでした。

「今、何時だろう。」

 ふと、我に返ったひかりは、スマホで時間を確認します。

「うそ、もう8時半?帰らないと…。」
「待って、ひかりちゃん。」
「え?でも…」
「あと、少しだけ待って。」
「う、うん…。」

 5分、10分と時間は過ぎていきます。ひかりが声を出そうとした、その時でした。

「ねえ、ひかりちゃん。」
「どうしたの?」
「こっち、向いて。」
「え…?」

 夢だったのでしょう、きっと。あの温かい感覚は。ほほに当たった、温かい唇の感触。

「ごめんね、ひかりちゃん。」
「な、な、なんで謝るの?」
「僕、もう、お別れなんだ。」
「お別れ…?」
「うん…」
「あ、わかった。引っ越しだね!鳴海市のどこか?それとも、栄市?川崎市?」
「ううん…」
「じゃあ、結構、遠いところなんだ。次はいつ会えるの?」
「たぶん、1200年後。」
「ちょっと、もう、春樹くん!冗談はいいからさ、ほんとのこと言ってよ。私これからも春樹くんと会いたいし。」
「…。」
「は、春樹くん?」
「嘘も言ってないし、間違ってないよ。次、地球に来るのは1200年後だよ。」
「地球に来るって…」
「僕、人間じゃないんだ。」
「人間…じゃ、ない…」
「僕は、1200年に一度の周期でこの太陽系を巡ってる、セスティナ彗星の王子、ニルヴァーナ・セスティーン19世。僕は、1200年前、天の川銀河の太陽系に、すごくすごく美しい、水の惑星があることを知ったんだ。」
「じゃあ、1200年前にもここに来たってこと?」
「そう。西暦821年の話。ちょうど来たばかりの時は、空海がいた頃だった。」
「空海って、浄土真宗の?」
「うん。その時も、僕は地球に降り立って、ここ、神有山に来た。」
「ここに、来たんだ…」
「だけれども、誰も相手をしてくれなかった。なぜなら、鳴海の地には人が住んでいたかったから。僕らセスティナの目的は、地球人から愛や恋を学ぶこと。誰の近くに行こうか、すごく迷った。今回は、前回よりも技術が発達しているし、人口だって多い。すごく豊かな街になった鳴海を、よく見たかったしね。そこで僕は、電車というものに乗ってみることにした。そして、僕が降り立った神有川から、電車に乗った。令和らしい、中学生の姿でね。」
「…」
「それで、あの日の朝、僕は君を見つけた。なんだか、君はとても悲しそうで。僕は直感で、ひかりちゃんが星好きってわかったけど、それを隠してしまおうとしているように見えたんだ。だから、ひかりちゃんにどうしても伝えたいことがあって、ひかりちゃんを選んだ。」
「伝えたい事って…?」
「たくさんの星たちを、その知識を、忘れないでほしいってこと。たとえ一人でも、夜空の星はいつもひかりちゃんの味方だってこと。」
「春樹くん…じゃないんだよね…」
「いいよ、春樹のままで。僕は、最後まで、ひかりちゃんに春樹くんって呼んでいてほしい。」
「春樹くん、私ね、春樹くんに言ってなかったことがあってさ。実はね、ずっともう、星なんて忘れようと思ってたんだ。学校行っても、星のことなんかで誰も相手してくれないし、星好きっていうカテゴリ-だけじゃ、ちっとも楽しくなかったんだ。でも、春樹くんと出会って、毎朝私と星の話してくれて、思い出したんだ。隠す必要なんて、なかったんだって。私は、学校でいじめられたり、仲間外れにされたりしないように、みんなに合わせよう、合わせようって、そればっかり思ってた。でもそれって、いらない努力だったんだなって分かったの。私は、私のままいれば良かったんだって、思い出せたの。」
「ひかりちゃん…」
「初デートの時、好きな職業聞いてくれた時も、あの時、空に関する仕事がしたいって言えたのは、春樹くんに出会えたおかげだと思ってる。今まで、わたしに恋したフリをしてくれて…」
「待って。はじめは、恋したフリをするつもりだった。相手が自分に恋する気持ちを調査して終わるはずだった。でもね、ひかりちゃんに、恋してたんだよ。」
「え…」
「僕も、君に恋をした。恋、してたんだ。僕も、君に出会えて、よかった…」
「春樹くん…」
「あと2分で9時だね。9時になったら、僕は彗星に帰る。僕が帰ったら、僕に関する記憶は、全部、消えてなくなる。」
「待って、春樹くん、私、絶対誰にも言わないから!」
「ひかりちゃん、ごめん。これだけは、ダメなんだ。」
「出会った日のことも、デートのことも、一緒に笑い合ったことも、お話したことも、今日のことだって全部、全部消えちゃうんでしょ?そんなの嫌だよ!ひどいよ!」
「ごめん、ごめんね、ひかりちゃん…」
「私、忘れてやらないんだから!絶対、絶対、死んでも忘れないんだから!」
「もう、行かなきゃ。」
「待って、春樹くん、ずっと、ずっと地球にいて!」
「最後に、ひかりちゃん。神有川の伝説は、忘れないでね…」
「待って、待って!!」

 2021年7月7日、午後9時0分0秒。一瞬、あたりが昼間のように光りました。ひかりの足元には、銀河ペアネックレスが一つ、落ちていました。
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