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第8章 ありがとう、セスティナ彗星
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そして、10年後の、2031年、7月5日。中学3年生だったひかりは、24歳になりました。
「今日の天気です。日本の南海上にある台風12号からの湿った空気の影響により、全国的に大気が非常に不安定になる見込みです。朝から晴れる館林、熊谷では39℃、川崎、鳴海でも38℃まで気温が上がるでしょう。朝から晴れる地域でも、夕方以降には急な雷雨がある見込みです。」
「急な雷雨か…。まあ、講義昼までだし、バイト、今日はないから、大丈夫かな。」
ひかりは、鳴海市で有名な大学、桜花大学に進学し、今は大学に近い、守山区の春野台というところで一人暮らしをしているのでした。
「あ、そうだ。大学終わったら、川崎のシエスタで化粧品買おうっと。」
春野台の駅は、地下鉄有野台線とJR鳴海線が交わる要所の駅です。
「まもなく、2番線に、8時1分発、快速、鳴海行きが。10両で参ります。」
アナウンスと共に、鳴海線の快速電車が滑り込んできます、快速電車は、春野台を出ると、元住吉に止まり、途中、天白川と北道徳を通過し、乗換駅、堀北に着きます。このルートももう慣れたものです。
堀北駅は、新快速も止まる、大きな駅です。桜花ニュータウン方面から川崎に行くには、ここで乗換なので、いつもたくさんの人が駅を利用しています。
ひかりは、地下鉄乗換口から地下鉄桜花線に乗りました。
「まもなく、3番乗り場に、桜花中央行、桜花快速、桜花中央行、桜花快速が参ります。途中の停車駅は、桜花大学前、桜花台です。」
桜花快速だと、一駅で大学に着けるので、とても便利です。そして、眠くなりながらも長い長い講義を受け、ようやく講義が終わりました。
「よし、講義も終わったし、川崎、行こうっと。」
来た道を折り返し、堀北からはJR鳴海線に乗ります。
「本日も、JR中日本をご利用いただき、ありがとうございます。この電車は、新快速、川崎行です。途中の停車駅は、守山、杉本町、小杉台、赤羽、小岩美園、新川崎です。」
新快速はスピードを上げ、元住吉や最寄り駅の春野台を通過していきます。そして、守山、杉本町、小杉台、赤羽と止まり、川崎の少し手前の通過駅、紀尾井駅に差し掛かった時でした。
鳴海市と川崎市のちょうど間にある紀尾井駅は、利用者も少なく、トンネルばかりの場所にあります。ぼーっと外を眺めていると、ぱぁっと視界が明るくなり、トンネルの中に、なんだか懐かしい人の顔が映ったのです。いつの話でしょう。小学生、いや、中学生の頃でしょうか。咲希や海斗、自分の姿が見えます。それに、男の子の姿も。誰なのでしょうか。ひかりは中学生の頃の記憶があまりにもなく、仲良くしていた友達のことさえもつい最近まで忘れていました。なのできっと、昔仲良くしてくれた子なのでしょう。男の子は私に気が付いたのか、こっちを向いて、手を振ってくれました。私も手を振り返そうとすると、車掌のアナウンスが聞こえてきました。
「まもなく、終点の川崎、川崎です。」
いつ寝たのでしょうか。いいや、ずっと起きていたはずです。紀尾井駅の通過を見て、外を眺めていただけなのに…。疲れていたのでしょうか。不思議な夢だったなぁ。そう思って、川崎駅の改札を出ました。
川崎市は鳴海市の隣にある市で、鳴海市に次いで面積も広く、人口も多い市です。川崎駅からシエスタ川崎につながるペデストリアンデッキを渡り、シエスタに入っていきます。目指すは、1階の化粧品売り場です。
「あのー、すみません。」
「はい、何にいたしましょうか。」
「このアイブロウって売ってますか?」
「あー、こちらの品番ですね。いくつか残っていたと思うのですが…。あ、ありました!ラスト一個ですよ。お客様、ラッキーでございますね。」
「あ、良かったです。」
ラッキー、か。果たして、自分の人生はラッキー、だったのでしょうか。そういえば、彼氏になってくれそうな人がいた気がします。中学生くらいの頃でしょうか。やっぱり、いなかったでしょうか。いたのでしょうか。急にこんな話を思い出すなんて、不思議です。
「お客様、ただいま、シエスタ川崎では、夏の大抽選会を実施しておりまして、中央のメインゲートで抽選が出来ますので。ぜひ、一回分回してみてくださいね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
化粧品売り場の女性は、笑顔で抽選券を手渡してきました。
「別に回さなくてもいいんだけどなぁ。」
回さなくてもいいのですが、せっかくもらったものだし…なんて考えていると、抽選場の係員に呼ばれてしまいました。
「次の方、こちらへどうぞ。」
「は、はい。」
抽選会なんていつぶりでしょうか。ガラガラという音が何となく懐かしく感じます。
「おめでとうございます!1等です!」
「あ、ありがとうございます。」
「1等の商品は、シエスタ全店で使える10000円分の商品券と、銀河ペアネックレスです!」
「銀河…ペアネックレス?」
「はい!三島天文台であるメニューをカップルで注文しないと手に入らない幻のネックレスで、お二人で身に着けると、永遠の愛を誓えるというものです!」
金色のチェーンに、小さな青色のモチーフがあります。その中には銀河のような小さなアクセサリーが入っている、綺麗なネックレスが二つ、入っていました。
「このネックレス、見たことある…。」
何故でしょう。青色のネックレスが片方だけ、家にあったような気がします。しかし、彼氏もできたことがない私が、カップルで注文しないと手に入らない幻のネックレスを片方だけ持っているなんて、おかしな話です。きっと、見間違いか、他のネックレスだったのでしょう。
「さてと、夕方から雨みたいだし、早く帰ろっと。」
「皆様に、お知らせいたします。JR鳴海線は、大雨の影響により、小岩美園駅と守山駅の間で運転を見合わせております。鳴海方面お越しの方は、鳴海鉄道線をご利用ください。」
「仕方ないな、時間かかるけど、鳴電で帰るか。」
中学生時代や高校生時代は毎日使っていた鳴海鉄道ですが、そういえば、大学生になってからは一度も使っていませんでした。
外に出ると、傘が役に立たないような雨が降っています。屋根のあるペデストリアンデッキでさえも、撥ねた雨がかかるほどです。鳴海鉄道の川崎駅は、JRの川崎駅より少し小ぶりな感じで、歴史のある駅舎が目立ちます。改札に入ると、懐かしい赤色の電車がホームに止まっています。[直特 鳴海]と表示されたその電車は、まるでひかりを迎え入れているかのように、雨の中、優しい光を出して、止まっていました。
「久しぶりだな、鳴電。」
「この電車は、直通特急、鳴海行きです。まもなく発車します。」
駅に発車ベルが鳴り響き、電車のドアが閉まりました。激しい雨の中でも、負けぬように電車は進んでいきます。雨の降る外をボーっと眺めていると、なんだかまた眠たくなってきました。
「まもなく、左京山、左京山です。」
車掌のアナウンスで起きたのは、左京山駅に着く手前でした。外を見てみると、すっかり雨は上がって、橙色の西日が空を照らし出しています。ひかりは、何かに誘われたかのように、直通特急を降り、急行電車に乗り換えていきました。
「まもなく、4番乗り場に、急行、鳴海行きが、8両で参ります。途中の停車駅は、二ツ杁、県立清洲体育館、前後区プール前…」
アナウンスを合図に、急行電車がホームに滑り込んできました。ラッシュ間際だからでしょうか、電車はかなり混雑しています。なぜか、ひかりは急行に乗ってしまったのです。わざわざ特急を降りてまで。急行電車はたくさんの人を乗せて、左京山駅を発車していきます。
そして、中学、高校時代には毎日使っていた、県立清洲体育館駅に差し掛かった、その時でした。ひかりは、突然思い出したのです。なぜでしょうか。今まで悩んでいたことが全て解決するような気がしました。
数十分後。ひかりがいたのは、神有川駅でした。
あのとき、ひかりは思い出したのです。神有川の扉伝説を。
~銀の満月の日に、霧の立つ神有川に星が流れれば、思いは蘇り、扉が開く。~
いつの日か、約束したのです。誰かと。あの時、親しかった誰かと。
神有川駅から出て、河川敷とは反対の方向に歩き、小さな登山口から少し上った高台にある、神有山星見広場。あの人との最後も、ここだった気がします。名前の分からない、あの人。だけども、いたのです。たしかに、ここに。
西の空に日が沈みかけています。東の空には、ちょうど、満月が姿を表し、不意に河川敷を見ると、なんと、霧が立っているではありませんか。あとは、霧が立っている間に星が流れるのを待つだけです。しかし、どんどんと時間は過ぎていきます。川にかかる川霧は、限られた気象条件でしか発生せず、特に平地でできる川霧はとても珍しいものでした。時間が過ぎていくにつれて、霧は薄くなり、まもなく消えそうになった時でした。
突然、北の空にまぶしいほどに明るい光が見えます。すごいスピードでこちらに向かってくる光は、白く尾を引き、まるで彗星のようにも見えます。
「ひかりちゃん。」
とても、とても懐かしい、男の子の声です。
「誰?」
「僕だよ。わかるかな。」
「そう、そうだ!思い出した!あなたの名前は…。」
「春樹くん!天野、春樹くん!」
「ありがとう、思い出してくれて。」
「ねえ、春樹くん、どこにいるの?」
「すぐ、そばにいるはずなんだけどね。声だけしか聞こえない。」
「私も、声しか聞こえないよ。」
「あのね、ひかりちゃん。」
「どうしたの?」
「きっと、あと少しで霧が消えて、僕らはまた、元の世界に帰ってしまう。」
「それって…」
「伝説の終わり。すなわち、扉が閉じるってことだよ。」
「もう会えないってことだよね。」
「そう、なるね。」
「あのね、春樹くん。ずっと伝えたかったことがあるんだ。」
「僕も、ずっとひかりちゃんに伝えたかったことがあるんだ。」
「私は」
「僕は」
「あなたに会えて、良かった。」
霧の消えた後、神有川はまるで何事もなかったかのように、また静かに流れていきます。
「ありがとう、セスティナ彗星。」
見上げた空には、一番星が輝いていました。
「今日の天気です。日本の南海上にある台風12号からの湿った空気の影響により、全国的に大気が非常に不安定になる見込みです。朝から晴れる館林、熊谷では39℃、川崎、鳴海でも38℃まで気温が上がるでしょう。朝から晴れる地域でも、夕方以降には急な雷雨がある見込みです。」
「急な雷雨か…。まあ、講義昼までだし、バイト、今日はないから、大丈夫かな。」
ひかりは、鳴海市で有名な大学、桜花大学に進学し、今は大学に近い、守山区の春野台というところで一人暮らしをしているのでした。
「あ、そうだ。大学終わったら、川崎のシエスタで化粧品買おうっと。」
春野台の駅は、地下鉄有野台線とJR鳴海線が交わる要所の駅です。
「まもなく、2番線に、8時1分発、快速、鳴海行きが。10両で参ります。」
アナウンスと共に、鳴海線の快速電車が滑り込んできます、快速電車は、春野台を出ると、元住吉に止まり、途中、天白川と北道徳を通過し、乗換駅、堀北に着きます。このルートももう慣れたものです。
堀北駅は、新快速も止まる、大きな駅です。桜花ニュータウン方面から川崎に行くには、ここで乗換なので、いつもたくさんの人が駅を利用しています。
ひかりは、地下鉄乗換口から地下鉄桜花線に乗りました。
「まもなく、3番乗り場に、桜花中央行、桜花快速、桜花中央行、桜花快速が参ります。途中の停車駅は、桜花大学前、桜花台です。」
桜花快速だと、一駅で大学に着けるので、とても便利です。そして、眠くなりながらも長い長い講義を受け、ようやく講義が終わりました。
「よし、講義も終わったし、川崎、行こうっと。」
来た道を折り返し、堀北からはJR鳴海線に乗ります。
「本日も、JR中日本をご利用いただき、ありがとうございます。この電車は、新快速、川崎行です。途中の停車駅は、守山、杉本町、小杉台、赤羽、小岩美園、新川崎です。」
新快速はスピードを上げ、元住吉や最寄り駅の春野台を通過していきます。そして、守山、杉本町、小杉台、赤羽と止まり、川崎の少し手前の通過駅、紀尾井駅に差し掛かった時でした。
鳴海市と川崎市のちょうど間にある紀尾井駅は、利用者も少なく、トンネルばかりの場所にあります。ぼーっと外を眺めていると、ぱぁっと視界が明るくなり、トンネルの中に、なんだか懐かしい人の顔が映ったのです。いつの話でしょう。小学生、いや、中学生の頃でしょうか。咲希や海斗、自分の姿が見えます。それに、男の子の姿も。誰なのでしょうか。ひかりは中学生の頃の記憶があまりにもなく、仲良くしていた友達のことさえもつい最近まで忘れていました。なのできっと、昔仲良くしてくれた子なのでしょう。男の子は私に気が付いたのか、こっちを向いて、手を振ってくれました。私も手を振り返そうとすると、車掌のアナウンスが聞こえてきました。
「まもなく、終点の川崎、川崎です。」
いつ寝たのでしょうか。いいや、ずっと起きていたはずです。紀尾井駅の通過を見て、外を眺めていただけなのに…。疲れていたのでしょうか。不思議な夢だったなぁ。そう思って、川崎駅の改札を出ました。
川崎市は鳴海市の隣にある市で、鳴海市に次いで面積も広く、人口も多い市です。川崎駅からシエスタ川崎につながるペデストリアンデッキを渡り、シエスタに入っていきます。目指すは、1階の化粧品売り場です。
「あのー、すみません。」
「はい、何にいたしましょうか。」
「このアイブロウって売ってますか?」
「あー、こちらの品番ですね。いくつか残っていたと思うのですが…。あ、ありました!ラスト一個ですよ。お客様、ラッキーでございますね。」
「あ、良かったです。」
ラッキー、か。果たして、自分の人生はラッキー、だったのでしょうか。そういえば、彼氏になってくれそうな人がいた気がします。中学生くらいの頃でしょうか。やっぱり、いなかったでしょうか。いたのでしょうか。急にこんな話を思い出すなんて、不思議です。
「お客様、ただいま、シエスタ川崎では、夏の大抽選会を実施しておりまして、中央のメインゲートで抽選が出来ますので。ぜひ、一回分回してみてくださいね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
化粧品売り場の女性は、笑顔で抽選券を手渡してきました。
「別に回さなくてもいいんだけどなぁ。」
回さなくてもいいのですが、せっかくもらったものだし…なんて考えていると、抽選場の係員に呼ばれてしまいました。
「次の方、こちらへどうぞ。」
「は、はい。」
抽選会なんていつぶりでしょうか。ガラガラという音が何となく懐かしく感じます。
「おめでとうございます!1等です!」
「あ、ありがとうございます。」
「1等の商品は、シエスタ全店で使える10000円分の商品券と、銀河ペアネックレスです!」
「銀河…ペアネックレス?」
「はい!三島天文台であるメニューをカップルで注文しないと手に入らない幻のネックレスで、お二人で身に着けると、永遠の愛を誓えるというものです!」
金色のチェーンに、小さな青色のモチーフがあります。その中には銀河のような小さなアクセサリーが入っている、綺麗なネックレスが二つ、入っていました。
「このネックレス、見たことある…。」
何故でしょう。青色のネックレスが片方だけ、家にあったような気がします。しかし、彼氏もできたことがない私が、カップルで注文しないと手に入らない幻のネックレスを片方だけ持っているなんて、おかしな話です。きっと、見間違いか、他のネックレスだったのでしょう。
「さてと、夕方から雨みたいだし、早く帰ろっと。」
「皆様に、お知らせいたします。JR鳴海線は、大雨の影響により、小岩美園駅と守山駅の間で運転を見合わせております。鳴海方面お越しの方は、鳴海鉄道線をご利用ください。」
「仕方ないな、時間かかるけど、鳴電で帰るか。」
中学生時代や高校生時代は毎日使っていた鳴海鉄道ですが、そういえば、大学生になってからは一度も使っていませんでした。
外に出ると、傘が役に立たないような雨が降っています。屋根のあるペデストリアンデッキでさえも、撥ねた雨がかかるほどです。鳴海鉄道の川崎駅は、JRの川崎駅より少し小ぶりな感じで、歴史のある駅舎が目立ちます。改札に入ると、懐かしい赤色の電車がホームに止まっています。[直特 鳴海]と表示されたその電車は、まるでひかりを迎え入れているかのように、雨の中、優しい光を出して、止まっていました。
「久しぶりだな、鳴電。」
「この電車は、直通特急、鳴海行きです。まもなく発車します。」
駅に発車ベルが鳴り響き、電車のドアが閉まりました。激しい雨の中でも、負けぬように電車は進んでいきます。雨の降る外をボーっと眺めていると、なんだかまた眠たくなってきました。
「まもなく、左京山、左京山です。」
車掌のアナウンスで起きたのは、左京山駅に着く手前でした。外を見てみると、すっかり雨は上がって、橙色の西日が空を照らし出しています。ひかりは、何かに誘われたかのように、直通特急を降り、急行電車に乗り換えていきました。
「まもなく、4番乗り場に、急行、鳴海行きが、8両で参ります。途中の停車駅は、二ツ杁、県立清洲体育館、前後区プール前…」
アナウンスを合図に、急行電車がホームに滑り込んできました。ラッシュ間際だからでしょうか、電車はかなり混雑しています。なぜか、ひかりは急行に乗ってしまったのです。わざわざ特急を降りてまで。急行電車はたくさんの人を乗せて、左京山駅を発車していきます。
そして、中学、高校時代には毎日使っていた、県立清洲体育館駅に差し掛かった、その時でした。ひかりは、突然思い出したのです。なぜでしょうか。今まで悩んでいたことが全て解決するような気がしました。
数十分後。ひかりがいたのは、神有川駅でした。
あのとき、ひかりは思い出したのです。神有川の扉伝説を。
~銀の満月の日に、霧の立つ神有川に星が流れれば、思いは蘇り、扉が開く。~
いつの日か、約束したのです。誰かと。あの時、親しかった誰かと。
神有川駅から出て、河川敷とは反対の方向に歩き、小さな登山口から少し上った高台にある、神有山星見広場。あの人との最後も、ここだった気がします。名前の分からない、あの人。だけども、いたのです。たしかに、ここに。
西の空に日が沈みかけています。東の空には、ちょうど、満月が姿を表し、不意に河川敷を見ると、なんと、霧が立っているではありませんか。あとは、霧が立っている間に星が流れるのを待つだけです。しかし、どんどんと時間は過ぎていきます。川にかかる川霧は、限られた気象条件でしか発生せず、特に平地でできる川霧はとても珍しいものでした。時間が過ぎていくにつれて、霧は薄くなり、まもなく消えそうになった時でした。
突然、北の空にまぶしいほどに明るい光が見えます。すごいスピードでこちらに向かってくる光は、白く尾を引き、まるで彗星のようにも見えます。
「ひかりちゃん。」
とても、とても懐かしい、男の子の声です。
「誰?」
「僕だよ。わかるかな。」
「そう、そうだ!思い出した!あなたの名前は…。」
「春樹くん!天野、春樹くん!」
「ありがとう、思い出してくれて。」
「ねえ、春樹くん、どこにいるの?」
「すぐ、そばにいるはずなんだけどね。声だけしか聞こえない。」
「私も、声しか聞こえないよ。」
「あのね、ひかりちゃん。」
「どうしたの?」
「きっと、あと少しで霧が消えて、僕らはまた、元の世界に帰ってしまう。」
「それって…」
「伝説の終わり。すなわち、扉が閉じるってことだよ。」
「もう会えないってことだよね。」
「そう、なるね。」
「あのね、春樹くん。ずっと伝えたかったことがあるんだ。」
「僕も、ずっとひかりちゃんに伝えたかったことがあるんだ。」
「私は」
「僕は」
「あなたに会えて、良かった。」
霧の消えた後、神有川はまるで何事もなかったかのように、また静かに流れていきます。
「ありがとう、セスティナ彗星。」
見上げた空には、一番星が輝いていました。
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