異世界に転生して社畜生活から抜け出せたのに、染み付いた社畜精神がスローライフを許してくれない

草ノ助

文字の大きさ
36 / 70
1章

36.研修合宿その4【2つの仕事】

しおりを挟む
 とあるルートから入手した地図と俺の入念な下見を元に作成した進軍ルート。
 重大なトラブルもなく、予定の変更もなく、俺達はとても順調に森の中を進んでいた。

「完璧なルート選択ッスね……何も起こらないッス」
「これもイトーさんの作戦があってこそ、ですね」

 カマセイ君の呟きに、同じ部隊の男が反応する。
 彼の言う通りこれは前準備があってこその結果。これだけスムーズに事が運べていれば、計画や作戦の重要性というのも理解してくれたことだろう。

「お陰でもう少しで着きそうだぜ」

 研修生たちの言う通り、目的地までそう遠くはない位置まで来ている。
 後続の為に草木をかき分け、足元を踏み固めながら進んでいる分歩みは遅いがそれでもあと10分もすれば目的地である覗きスポットに辿り着くだろう。
 いや…………俺の立場からだと辿、という表現の方が的確か。
 そう、辿り着いてしまうのだ。
 だからここが限界のライン。俺は足を止め、後ろへと振り返る。

「どうしたんですか? いきなり立ち止まったりして」
「もしかして何かあったんスか?」

 先頭を歩く俺が突然立ち止まったことで、同じ部隊の全員が足を止める。

「別にトラブルではないが……ここから先に進むのは禁止だ」
「……え?」
「進むなって……目的地はすぐそこなんですよ?」
「ああわかっている。だからこの先には進ませない」

 なぜなら。


「女風呂への覗きを防ぐ――それが俺の請けただからな」


 そう言った瞬間、4人の表情が驚愕の色に染まった。

「なっ、何を言って……」
「……それはつまりオレ達を裏切ったってことスか?」

 研修生たちの問いに俺は首を振り。

「いいや裏切りじゃない。そもそもこの依頼をシエラさんから受けたのは研修が始まる前だからな」

 シエラさん曰く、なんでも毎回……とは言わずとも高頻度で男共による女風呂への覗き計画は起こっていることらしい。いつもであれば見張りをしている数人のBランク女性冒険者に蹴散らされて失敗……となるところだが今回は講師として俺がいる。
 リースとの一件で俺の能力と仕事に対する情熱を知ってしまったシエラさんは”覗きの協力を仕事として頼まれたら協力してしまうのではないか”と懸念し、その結果「覗きを阻止して欲しい」との依頼を出し先手を打ったのだ。みんなに見せた地図もそのときにシエラさんから貰い受けたものだ。

「だったらなんで俺達に協力したんだよっ!?」

 怒号のような問いかけ。
 確かに彼の言う通り最初から覗きを阻止する目的を持っていながら、覗きに協力をした俺の行動は不可解なものだろう。

「もしかして俺達を一網打尽にする為の罠……? いやでもそれなら計画をリースさんに伝えるだけで良い筈だ……ここまで回りくどいことをする必要は……」

 そして彼の言う通り罠でもない。
 俺が協力した理由は。


「これも研修の一環だ。共にこのを乗り越えてみせろ」


 難しいことを仲間と共に挑戦することで得られる連帯感や仲間意識。俺自らが障害となることで、それを感じ取ってもらう為だ。
 覗き行為の阻止という仕事。そして講師としての仕事。
 この2つの仕事を同時にこなすため、俺はこの状況を用意した。

「お、俺達との約束よりも仕事を取るんですか……」
「当然だ。俺にとって仕事は何よりも優先される」

 そう言い切った瞬間、他の研修生の目つきが変わった。完全に俺を”敵”として認識しているような、そんな目だ。

「くそっ、こうなったらやるしかない……!」
「けど……俺達で勝てるのか? あのイトーさんに」

 向こうは4人とはいえ、カマセイ君が最高戦力。リースとの模擬戦を見ていた者や噂を聞いていた者が弱気になってしまうのは仕方のないことだろう。

「アニキは強いッス。けどこういう手でいけば――ッス」
「ふむ……なるほど、そんな手が」
「そうだな……今はその手に賭けるしかないな」

 カマセイ君を中心に何か策を練ったらしい。あちらの4人も揃って戦闘態勢を取る。
 お互い準備は整った。ではそろそろ始めると――。

「アースバインド!」

 って合図もなしにいきなりか!?
 だがカマセイ君の拘束魔術はルミエナほど強力ではない。少し気合いを入れただけで解ける。

「はあっ!」

 よし、これで動けるようになった。
 先手は取られたが今度はこっちから――。

「ってあぶなっ!?」

 動き出そうとしたところ、すぐ目の前に火の球みたいなのが迫っていたのを間一髪で避ける。すると今度は別角度から氷の塊みたいなのが飛んできたのでまた避ける。

「その調子ッス! 今のアニキは魔術が使えないッスから遠距離でチクチク攻めるッス!」

 今の俺はルミエナ特製の魔術陣が描かれた手甲を付けていない。観察力があるかどうか、そして見抜いた上でどんな作戦を取るかを見るために敢えて外していたのだが、見事に見破ってくれている。

「だが――」

 俺は敢えて飛んできた攻撃魔術を避けずに全て受け止める。見た目の派手さほどの痛みはない、チクリとする程度の痛さだ。

「この通り、そんな魔術じゃ俺は倒せないぞ?」

 魔術の発動には体力を消耗する。既にカマセイ君以外の術者である2人が肩で息をしているのを見る限り俺に与えるダメージよりも消費体力の方が大きいのだろう。塵も積もれば山となるというが、塵を積もらせる前に力尽きてしまっては意味がない。

「そッスね。けど……そもそもこの戦力でアニキを倒そうなんて大それたこと、思ってないッスよ」

 カマセイ君がニヤリと笑った。
 一体何を企んで……いや、待て。
 カマセイ君以外の術者は2人? ……あと1人はどこへ――そうかっ!

「伝令役かっ!」

 視線をカマセイ君達よりも奥へと移すと、戦闘に参加していない1人が森の入口のある方向へと駆けていく姿が見えた。おそらくは後続の部隊に増援を求めに行くのだろう。

「イトーのアニキは攻撃力も防御力も上級ランク冒険者並ッスけど、速さや技術は微妙ッスからね。そこを突かせて貰ったッス」
「なるほど……耳に痛い話だな……」
「試験の日、アニキに負けた時からずっとどうやったらアニキに勝てるかって考えてたッスからね。弱点を突くのは当然ッス」

 魔術で足止めをしての増援。
 確かに俺に対してとても有効な手であることは間違いなかった。
 俺のことをよく見ていた。作戦にも間違いはなかった。
 そう、どちらも過去形。以前の俺ならこの状況に持ってきた時点で詰んでいたと思う。

「だが――今の俺にはその作戦も通じないぞ」

 そう言って俺はイメージする。この距離から伝令役に追いつくイメージを。
 そして一歩踏み出した瞬間。

「――は?」

 伝令役として走り続けていた研修生の目の前に到着した。
 目が点になるというのはこういうことだろう。予想だにしなかったであろう俺の登場に、伝令役の男は口をぽかんと開けている。

「悪いな。応援呼ばれるのはさすがに困るんだ」

 リースとの研修のお陰でそれなりの戦闘技術は身に付けたと自負出来るが、まだ多人数との戦闘をこなせるほどの技量はないので増援を呼ばれると面倒なことになる。
 俺は一言謝ったあと、伝令役に攻撃を繰り出しカマセイ君達の方向へとふっ飛ばした。

「さて……どうする? これで頼みの増援は期待出来なくなったぞ」
「やっぱアニキはパないすね…………けど、増援は来てくれるッスよ」
「何を言っているんだ? 伝令役はこの手で止めた。いくらルートが同じとはいえ次が来るまでは時間がある」

 大人数での行動を避ける為の時間差を作っての出発。間隔はおよそ10分以上空けているので、増援が来る前に残りの3人を片付けるぐらいは余裕で可能だ。

「いやすぐに来るッスよ。だってほら、音がしてるじゃないスか」

 耳を済ませてみる。
 確かに遠くから話し声のようなものと、複数の足音が聞こえてきた。

「な、なぜだっ! 出発時間から考えればまだここまで来れる時間じゃない筈だ!」

 出発時間を勝手に早めた? それとも俺の知らない合図が使われていた? ……わからない。一体どうしてこんなに早く追いついてきたのか、考えてみてもわからない。

「後からくる人達はオレ達がある程度通りやすくした道を通ってくるッスからね。単にその分速さにも差がでるッス」

 な、なんてことだ。言われてみれば当然のことを想定していなかった。
 くそっ。俺が前世で始発と終電の時刻と予期せぬトラブルで動かなくなることを想定しておくことさえ抑えておけば、朝のラッシュ帯の混雑率200%超えでもほぼほぼ定刻通りに着く電車通勤ではなく、常に渋滞などの道路状況を加味しなければならない車通勤であれば、移動時間の差も想定しておけたのに……!
 しかし悔いても仕方がない。増援が避けられない以上、俺も気合いを入れて臨まなければならない。
 小さく深呼吸をし、再び構え直し。

「よし、お前達全員でこの困難を乗り越えてみせろ――」

 仕事を全うするため、地を蹴った。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...