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1章

37.研修合宿その5【仕事は最後まで気を抜くな】

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 風呂覗きを阻止するための戦い――。

「やっぱ…………アニキは…………パない……スね……」

 最後の一人、カマセイ君がそう言い残し、前のめりにドサリと倒れた。
 それを見届けた俺は「ふぅ」と息を吐きながら、周囲に倒れている研修生たちを見回す。
 
「…………これ俺がやったんだよな」

 全部で19人。
 最高ランクがDとはいえ、1対19という構図。
 これほどの大人数を相手にしたというのに、俺は傷一つなく息も上がっていない。

「戦い方をちょっと覚えるだけで、ここまでやれるようになるのか……」

 正直増援を呼ばれると厳しいと思っていたのだが、結果はこれだ。
 リースとの研修で得た経験が目に見えた成果になっている。しかしそれと同時に、自分の能力をまだまだ活かしきれていないという実感も湧いてくる。この先もっと多くの仕事をこなすためにも、まだまだ自己啓発に励まないと。

「ま、とりあえず今はこの現状をどうにかするのが先か」

 その辺りに気絶している人達が転がっている訳だが、このまま野ざらしにしておくという訳にもいかない。シエラさんに仕事完了の報告をする時に人を寄越して貰うように伝えよう。

「この位置からだと……目的地から行ったほうが早いな」

 頭の中に叩き込んだ地図を思い出しながらルートを設定する。
 覗きスポットとして設定していた目的地から、入浴施設経由で宿舎へと戻る道が最短距離になる。
 色々と手間取ったのでとっくにシエラさん達女性陣の入浴も終わっている筈だ。
 今度は後続の為の道を作ってやる必要もない。――入浴施設にはすぐに辿り着いた。
 天然の露天風呂。少しばかり森からの草木が紛れ込んでいるのはご愛嬌だが、昨日入った限りでは疲れが吹っ飛ぶぐらいにいい湯加減をしていた。

「…………やっぱり誰もいないか」

 入浴施設は時間での男女交代制となっており、先に女性で後から男性という割り振りだ。男の入浴時間が近付いているであろうこの時間帯に露天風呂に浸かっている者はいなかった。
 普段であれば少し残念な気持ちも抱いただろうが今の俺は報告に向かう途中。つまりは仕事中だ。心置きなく最短距離を行けることを喜ぼう。
 この施設を出るには脱衣所を経由していかなければならない。俺は勢いよく脱衣所の扉を開き――。


「ほへ?」
「え?」


 言葉を失った。
 それはどうやら、相手のシエラさんとリースも同じようで。


「「「…………」」」


 三者とも無言で、視線が交錯する。
 とにもかくにも、目の前に居るのは間違いなく、シエラさんとリース、その2人だった。
 ちなみに付け加えるのなら、二人の髪は濡れていて、湯上りに火照った肌には水滴が浮かんでいて、何より着衣の類は身に着けておらず、唯一の守りはタオル1枚という出で立ちだ。
 つまりはそう――2人は湯上がりで着替え中だった。



 ――昔、前世のことだ。
 広告の制作会社が杜撰な仕事をして、クオリティの低い広告を納品されたことがあった。まぁ予算がなかっただとか、発注から納期までが短すぎただとか理由はあったがそれでも酷いモノだった。案の定広告主様は大激怒。担当であった竹中さんが謝罪に向かうことになった。
 最終的には広告を作り直すこともなく広告主様が「いい出来だ。満足した」と手のひらをくるりと返すことになったのだが、その時に竹中さんが使った手は至って単純。

 ただ褒める。

 この広告のどの辺りが凄いだとか、これから来る流行りをいち早く取り入れているだとか、とにかく褒める。褒めて褒めて褒めまくる。褒めるのを繰り返すことで「あれ? 実は結構これいいんじゃないか」と錯覚させ、広告主様の意見を見事に変えさせたのだ。

 だから俺も竹中さんに倣い、褒めることでこの場を切り抜ける。
 しかしただ褒めるだけでは適当に言っているだけだと思われてしまう。大事なのは『意味が同じでも同じ言葉は使わないこと』と『内容の具体性』と最後は『勢い』だ。
 だからまずはこの湯上がりの状態にふさわしい、具体的な褒め言葉から始めよう。


「凄いな。これは水も滴る良いおん――」


「リースさん。処理をお願い致しますわ」
「おっけー身体と記憶をぶっとばすねー」

 言っている途中で物騒な台詞が聞こえ、リースがこちらへ猛スピードで向かってくるのが見えた。
 これまで全く見えなかったリースのスピードを捉えられていることから考えて、訓練を経た俺なら躱すことも防ぐこともそう難しくはない。
 けれども褒め殺し作戦の暇すら与えられないこの状況。応戦してしまえば更に面倒なことになるのは間違いない。
 というわけで”とりあえずふっ飛ばされて気絶しておくこと”が今度の関係を含めて一番丸く収まる方法になるだろう。相手を立てる為にこちらが我慢や被害を被るのは前世でもよくやっていたことで、社会人には必須のスキルでもある。
 だから俺は敢えて躱しもせず、防御態勢を取るわけでもなく。代わりに研修生達を回収して貰うためにルートが書き込んである地図をその辺に投げ捨てる為に残りの時間を使って。

「ぶぼぁっ!?」

 脱衣所の扉と一緒に、露天風呂までふっ飛ばされることを選んだのだった。


 あぁ……ほんと、仕事は報告まで気を抜いてはいけないな……。
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