Prisoner

たける

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第12章

5.

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翌日、昼を過ぎたぐらいにカルロスは思い立ったように出かけて来る、と言い出した。

「何処へ行くんだ?」

そう尋ねると、カルロスは微笑みながら、問いに答える事なく家を出て行った。
カルロスは嘘はつかないが、平気で隠し事はするらしい。もしかしたら、リリの所へ向かったのかも知れない。そう思ったクレイズは、ドーズに連絡すべく携帯を取り出した。その時、不意にリビングの扉が開き、1人の女が入って来た。昨日来た愛人達とはまた違う美しさで、まるで人形のようだった。

「カルロスの愛人か?だったら奴は出かけていない」

そう言うと、女はひっそりと笑った。

「カルロスはいないの?なのに何故貴女はここにいるの?」

落ち着いた丁寧な物言いに、クレイズは疑いながら女を見遣った。もしかしたら特別な愛人なのかも知れない。そう思い、ノートパソコンを開いた。

「カルロスが、ここにいろと言ったんだ。押しかけて来た訳じゃない」

そう言うと、女はゆっくりと瞬きをした。動作がいちいち仰々しい。まるでお嬢様、と言ったたたずまいだった。

「違うの?」

女は不思議そうに首を傾げた。
そう言えば昨日来た愛人達は、一様にクレイズを淫乱だと罵った。自分達は、愛人になっても抱いてくれないと、歎きにも似た訴えをしていた。そんな事、自分に言われても仕方がない。クレイズはそう思っていた。だが、この人形のような女は、そんな事は口にしなかった。ならば、と思い、クレイズは逆に嫌味を言ってみる事にした。

「お前も愛人だったら、カルロスと寝たのか?」

そう意地悪く聞いてみたが、女は微笑んだままだった。
パソコン画面に、女の写真がゆっくりと開いて行く。名はダリア。そしてその経歴には、どこかのマフィアの娘だった、と言う事と、現在はカルロスの妻、と言う事が書かれてあった。

「お前、カルロスの妻か」

そう尋ねると、ダリアは優しい微笑みを見せた。

「えぇ、そうよ。貴女、クレイズね?愛人達から、貴女の噂は聞いているわ」

ダリアは、ゆったりと歩み寄って来た。クレイズは僅かに警戒し、ダリアを見ていた。

「どうせ、ろくでもない噂なんだろう」

そう言って、ダリアと距離を取ろうとソファから立ち上がった時、ダリアはふと窓の外を眺めた。

「ここへは滅多に呼んでくれないの。どうしてかしら?」
「さぁ?知らないな」

そうクレイズが答えた途端、ダリアはそっと隠し持っていた手の平ぐらいの銃を取り出し、クレイズへその銃口を向けた。

「撃てるのか?」

試すつもりはなかったが、きっとこの女は撃てないだろうと思い込んでいた。
ダリアはすっと笑顔をどこかにやると、手早く安全装置を外した。クレイズは息を飲みながらダリアから目を逸らさないでいた。

「私が貴女を撃てない筈がないでしょう?」

そう言うと、ダリアは躊躇なく引き金を引いた。銃口から放たれた弾丸はクレイズの右肩を掠め、壁に減り込んだ。

「ぐっ……!」

熱い痛みに肩を押さえながら睨むと、ダリアは2発目を撃つ事はなく、銃を床に放り出した。そしておもむろに懐から刃渡りの長いナイフを取り出すと──柄を強く握りしめ──クレイズへと更に近付いて来た。
クレイズは慌てて後方に逃げようと体を翻したが、それは遅く、ダリアに足を引っかけられ、ぶざまに床へ倒れ込んだ。
俯せに倒れたクレイズを仰向けに転がすと、ダリアはそのまま馬乗りに跨がった。

「さっきの質問だけど、何回も寝た、よ」

そう言うと、ダリアは勢いよくクレイズの腹部へナイフを振り下ろした。刃が腹部へ深く刺し込まれると、クレイズは痛みに顔を歪ませた。以前はどれだけ殴られようと、何ともなかった筈だった。だが今は銃で撃たれても、ナイフで刺されても、激しい痛みがクレイズを襲った。

「ぐぁっ……!あっ……!」

何度も何度も突き立てられるナイフは、赤黒い液体で妖しく光り、それでも尚、ダリアは腹部を刺している。
あまりにも回数が多いので、クレイズは子供でも出来ていると、ダリアが勘違いをしているのではないか、と、疑った。

「子供なぞ、出来て……ないぞ……?ぐぁっ!」

ダリアは無言だった。だがその刃には、明らかな憎しみが篭っている。
やがて疲れたのか、ダリアはナイフを床へ放り出すと、すっと立ち上がった。そしてクレイズに一瞥をくれると、そのまま部屋を出て行った。
残されたクレイズは、自身の血の海に倒れたまま、天井を見つめていた。息が上がっている。迂闊だったのかも知れない。まさかカルロスの妻が、あのような行動に出ようとは予想もしていなかった。
小さく舌打ちをすると、車が家の前で停車する音がした。
どうやらカルロスが帰宅したらしい。ドーズからは連絡がなかったから、取り敢えずリリは無事なんだろうと思う。

「く……そ」

余力を振り絞ってなんとか体を起こすと、クレイズは血の海をテーブルにあったタオルで綺麗に拭いた。そして立ち上がり、震える足で汚れたタオルをキッチンのごみ箱に捨てると、今度は自分の怪我を治療しようと、救急箱を探した。
その時、玄関の扉が開く音が聞こえた。
タイムアウトだ。
間に合わない。そう思ったクレイズは、咄嗟に腹ばいになって床に倒れた。そして、目の前にノートパソコンを引き寄せると、急いでダリアの映っていた画面の上に新たな画面を開いた。

「何だ、床に転がって」

そう言って、リビングへとカルロスが入って来た。間一髪だった。
何故、自分が怪我の事を隠そうとしているのか、今のクレイズには自己分析する事は出来なかった。刺された腹部が痛み、カルロスに顔さえ向けられないでいた。嫌な汗が額を流れ、それがいつカルロスにバレやしないかと、そればかりが気になっている。まるで、悪戯を見つかるのを恐れている子供のような心境だ。クレイズはそう思った。
だがそんな気持ちとは裏腹に、カルロスは異変に気付いたのか、部屋を見回した。

「誰か、怪我でもしたのか?」

ひやりとする。

「どうしてだ?」
「血の臭いがする」

クレイズは唇を噛んだ。

「気の、せいじゃないのか?オレには、ちっとも、臭わない」

痛い。痛い。苦しい。

「何だ、顔色が悪いな。どこか悪いのか?」

カルロスが近付いて来る。もう隠しては、いられない。

「クレイズ?」

カルロスがそっとクレイズの腕に触れた。手に、べっとりと血がつき、カルロスは目を丸くする。

「怪我をしているのは、お前じゃないか」

そう言ってクレイズを抱き起こすと、無数に刺され、血が溢れている腹部に目を細めた。

「誰にやられたんだ?」

クレイズを小脇に抱いたまま家を出ると、カルロスは手早く後部座席にクレイズを寝かせた。

「女が……また、来たんだ」

クレイズの隣にカルロスも乗り込むと、車は勢いよく発進した。運転しているのは、部下の1人らしい。
「女……?肩も撃たれてる」

そう言ってクレイズを見遣ったカルロスは、妻が来たのか?と尋ねて来た。

「さ……あ、知らない」

何故か隠した。それを察知したのか、カルロスは不敵な笑みを浮かべた。

「そうか、妻が……な」




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