Prisoner

たける

文字の大きさ
上 下
64 / 75
第12章

4.

しおりを挟む
翌朝クレイズが目を覚ますと、カルロスの姿はなかった。慌ててノートパソコンを開き、居場所を探知する。どうやらマフィア同士の会合に出席しているらしかった。
ほっと安堵しベッドから起き上がると、部屋の扉が開き、見知らぬ女が1人入って来た。
クレイズが探るような目で見ていると、女は忌ま忌ましい物を見るような、憎しみの篭った視線をクレイズに寄越した。

「貴女がクレイズね?」

刺々しい物言いに動じる事なく、クレイズは首を縦に振った。

「そう言うお前は、カルロスの愛人か?」

凛々しい瞳に、すっきりとした鼻筋。見るからに綺麗な女だった。

「えぇ、そうよ」

そう答えると、女は部屋を見回した。そしてため息をつくと、再びクレイズを睨んだ。

「最近、私達の相手をしてくれないと思ったら、貴女みたいな牝豚が別宅に押しかけていたのね」

腕を組み、まだ寝起きのクレイズにそう言った。

「オレが押しかけてる?それは誤解だ。カルロスがオレをここに連れて来た」

そう、それは真実だった。だが女はそう言ったクレイズの言葉を聞くなり、怒りをあらわにした。

「カルロスが貴女みたいな牝豚を、好んで連れて来る筈ないでしょ?図々しいにも程があるわ!」

牝豚と罵られ、些かクレイズも怒りを感じた。だが、まともに相手をしても疲れるだけだと考え直し、ベッドから立ち上がった。
女の戯れ言を聞いているより、早くゲイナーの見舞いに行きたい。

「ふん、なんとでも言え、このブス」

そうクレイズが言い返すと、女は歯ぎしりをしながら腕を解いた。

「まぁ……!何てムカつく!いいこと?さっさと別宅から出て行きなさいよ?」

捨て台詞を吐くと、女は大股で部屋を出て行った。窓から外を覗くと車に乗り込み、走り去るところだった。
まったく、言い掛かりもいい加減にして欲しいものだ。そう思っていると、また別の女が部屋にやって来た。
また、同じ問答を繰り返すのだろうな、と思いながらも、クレイズは手際よく着替えた。





結局、見舞いに来るまでに4人の女が同じ文句をクレイズに怒鳴り、勝手に帰って行った。
カルロスが帰宅したら文句を言ってやらないと気が済まない。そう心に決め、安らぎを求めるように病室に入った。

「やぁ、ゲイナー。怪我の具合はいかがかな?」

そう声をかけると、ベッドの上で半身を起こし、窓の外を見ていたゲイナーが振り返った。

「クレイズ、来てくれてありがとう」

そう言ってゲイナーが笑いかけてきた。それだけで、さっきまでの嫌な気分が払拭されるようだ。
クレイズも笑みを返すと、パイプ椅子を引き寄せ、ゲイナーの傍らに座った。

「まだ退院は先だな」

そう言うと、ゲイナーは辛そうに微笑んだ。

「そうだな……それより、君はどうなんだ?昨日、カルロスと一緒に」
「あぁ、あれな」

言いにくそうなゲイナーの言葉を遮ると、クレイズは足を組んだ。

「今、カルロスの別宅にいる」
「何だって?」

ゲイナーは眼鏡の奥の目を剥いて驚いた。

「どうしてそんな事に?ドーズが黙っていないだろう?」

ゲイナーがそう言って見つめて来る。クレイズは視線を合わさず、俯いたまま口を開いた。

「ハッキリとは言わなかったんだが、カルロスは、自分の家にオレを住まわせるつもりだ」
「何故……?カルロスは、君を」
「好きだ、と以前言っていた」

クレイズが答えると、ゲイナーは押し黙ってしまった。

「オレとしても、そう長くはカルロスの家に住むつもりはない。ただ、カルロスの動きを探るのに都合がいいと思っただけだ」

そう説明すると、ゲイナーはいくらか安堵の様子を見せた。

「そ……うか。君がそんな目的があって、同意の上で一緒にいるなら構わない。だが、その事はドーズは知っているのか?」

ずれた眼鏡を人差し指で持ち上げながら、ゲイナーが尋ねて来た。
それに対し、クレイズは首を横に振った。ドーズはまだ、仕事の片手間にリリの監視を続けているだろう。

「いいや、まだ話していない。話す必要はない、と思ってる」

そう言うと、ゲイナーは顔を曇らせた。

「君達はもう夫婦だ。ドーズにだって、教えておくべきだと思うぞ……?」

ゲイナーにそう言われ、クレイズは、そうだな、と、短い返事をした。その時、クレイズの携帯が鳴った。慌てて携帯を取り出すと、ドーズからの着信だった。
ゲイナーを横目に見ながら、クレイズは電話に出た。

「どうかしたのか?」

もしや、リリに何か動きでもあったのかと推測する。

『いや、リリはずっと1人で家にいるよ。誰からも、連絡もない』

半ば、事務的にドーズが報告する。その声は少し苛立ちを含んでいた。

「そうか、それならいい」
『クレイズ』
「何だ?」

電話を切ろうとしたクレイズだったが、ドーズに呼ばれて返事をする。

『僕はいつまでリリの監視を続ければいいの?』

確かにそうだ。いつまで?クレイズは考える。もう、リリを利用する必要はないのではないだろうか?だとしたら、近々リリを消す為に動くだろう。

「そうだな。だが、もう少し監視を頼む」

そうクレイズが言うと、ドーズは分かったよ、と返事をした。

『クレイズ』

再び呼ばれ、クレイズは電話を切ろうとした指を止めた。

「何だ?」
『愛してる』
「ドーズ、オレもだ」

そう言って、クレイズは電話を切った。
ドーズは、名前で呼ばないクレイズを咎める事はしない。何故咎めないのか、その理由は知らないが、きっとドーズはマイクと呼んで欲しいだろう。そう思うものの、呼び慣れた名前を急に変えるのは難しく、気恥ずかしい為、クレイズはまだドーズ、と呼んでいた。ふと、ゲイナーの視線を感じ、携帯を仕舞いながらそちらに目を遣る。

「大丈夫だ。リリは必ず守る」





帰宅したのは既に夕方になり、太陽が半ば沈みかけている頃だった。カルロスはもう帰宅していて、リビングでくつろいでいた。暖炉の近くに揺り椅子を置き、そこへ腰掛けている。

「遅かったな」

そう言って読んでいた書籍から視線を上げると、眼鏡を外した。普段カルロスは眼鏡をしていない。歳が歳だけに、字を読むのが困難なのだろう。

「あぁ、ゲイナーの見舞いに行ってたんだ」

正直にそう言うと、カルロスはやはりな、と、小さな声で呟いた。

「それよりも、カルロス」

思い出したかのように、クレイズははっとしてソファに腰掛けると、カルロスを意地悪く睨んだ。

「何だ……?」

読書の続きはせず──目頭を摘みながら立ち上がり──クレイズの隣に移動してきた。揺り椅子が小さく揺れ、そしてソファが歪む。カルロスの腕が背もたれに回り、クレイズは妙な緊張を覚えた。

「今日、お前が言うところの、滅多に来ない愛人共」

カルロスはそんなクレイズを見遣り、小さく頷きながら相槌を打っている。

「別々に4人も来たんだぞ?しかもカルロスの家に押しかけるな、図々しい、だとか、牝豚だとか、勝手な事を言ってやがった」

その時の感情を思い出し、クレイズは目付きを悪くさせた。

「そう怒るな。言いたい奴には言わせておけばいいだろ」

そう言われたら、もともこもない。クレイズはふて腐れた態度を取ると、カルロスに背中を向けた。

「お前に妬いているんだろう」

そう囁くと、カルロスは背もたれに回した腕をクレイズの肩へ伸ばし、自身の方へ振り向かせた。

「暫くはここにいてやるが、長くいるつもりはないからな」

真っ直ぐにカルロスを見据え、クレイズは言った。カルロスはただ微笑むばかりで、それに対しての返事はしなかった。代わりに、クレイズに唇を重ねた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

処理中です...