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クロだったときのこと
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くったりと気絶したように意識を失ったロイに気づいたユアンは、腕の中のロイを思わず見ると気を失っただけと気づいて安堵の息を吐いた。
自身の膝を枕にして横に寝かせると程なくしてすうすうと寝息が聞こえてくる。
ロイの白い頬を撫で、栗色の髪を梳いてやる。睫毛に溜まった涙がこぼれ指で拭ってやると自分の腕につけた擦り切れた赤い首輪だったものがふと目に入り、少しだけ自分の中の罪悪感に苛まれた。
無理矢理だったかもしれない。順序を踏んで少しずつ進めるつもりがロイの香りを嗅いだ途端抑えが効かなくなった。少しばかり自分の自制心のなさに呆れながらロイの寝顔を眺める。
(寝顔は変わらないな)
ロイの寝顔を見ていると幼い頃を思い出す。
あまり人の手が入っていない庭の隅でしくしくと泣く小さな背中。駆け寄ってこぼれ落ちる涙を舌で舐めてやると、余計泣いて自分の身体に顔を押し当てて声を殺して泣いていた。
しばらくすると泣き疲れて自分の身体を抱きしめながら眠ったロイ。
痩せて顔色の悪い少年のロイは無邪気で、弱った自分の元へ食べ物を運んで励ましてくれた。ロイも母がおらず、家族とは言えない人間と同居し苦痛に耐え難い毎日を送っているのは衣服から除く細い手足にあるいくつものアザで容易に想像できた。
会うと今日教わった勉強を繰り返し自分の前で唱えては「ぼく、できそこないだから」とへにゃっと笑ってできたばかりの傷をさする姿に怒りを覚えたこともあった。
孤児院で喧嘩が絶えなかった自分はやられたままのロイがわからなかった。自分だったら危害を加えるやつには殴り返してやるのにと。
半獣である自分は生まれたときから母から呪いの言葉を吐かれていた。
──「お前なんか産むんじゃなかった」
貴族令嬢だった母は外遊先のステルク王国で獣人の男と恋に落ち、国に帰って身籠ったことがわかると家から勘当され平民になった。
お嬢様だった母はもちろん稼ぐ力もなく、実家からもらった手切金がなくなるとユアンを産み程なくして身体を売って生計を立てるようになった。
現実から背けるように母は常に酒に溺れ、ユアンに手を上げて鬱憤を晴らすようになる。
ユアンは母から耳や尾を掴み引き摺り回されても幼いユアンはただ、身を縮こませることしかできなかった。そんな母も流行病で寝込むようになり、生活はより貧しくなった。
ユアンがどこからか盗んできた食べ物を食べさせようとするも母はそれを拒否した。無理矢理口に入れても吐く始末でただ空を眺めて上の空の母はどこか早く死が訪れるのを待っているかのようだった。
とうとうある日、死ぬ間際に伏せってからはまともに口も聞かなかった母がユアンに初めて父について語った。
一夜限りの恋だった。
叶うなら共に生きたかった。
涙をこぼしながら語る勝手な告白にユアンは怒りが湧いた。
勝手に半獣として産み落とされ、呪いの言葉を吐かれ、何より死ぬ間際に自分ではなく父という男を未だ愛していると呟く母に怒りを覚えた。
──自分は死ぬ間際ですら愛の言葉をもらえないのか。
母が亡くなったあと程なくして孤児院に入るがそこでもユアンは獣人の血が入っていることでいわれのない差別を受けるようになる。
ユアンはたがが外れたように凶暴になり、自分に害するものがいれば容赦なく殴りかかった。
問題を起こさなくてもいつしか獣人用の力を吸い取られる鎖をつけられるようになり、大人子供関係なく人間から暴力を受けるようになる。
目に入る全てが憎い。
ある日いつものように孤児院の職員が酒を飲みながらユアンに暴力を振るった後、酔ってそのまま近くのテーブルで寝たことがあった。
鎖で繋がれた状態のユアンは寝ている職員から鍵を盗むも途中で起きた職員に抵抗され、勢いでそのまま腕に噛みついた。
今まで自分の獣人としての力は使うことがなかった。自分の牙によって腕から血を流して呻き声を上げる大人を見てユアンは思った。
(なんだ、最初からこうすればよかったんだ)
そのまま孤児院から逃げ出すも身体が弱った状態で獣人の力を使った影響で獣化して子犬のような姿になってしまったユアンが迷い込んだ先がロイの住んでいた屋敷だった。
ロイは弱っていたユアンを子犬だと思って看病し、可愛がった。いつ気が変わるかもしれないロイを疑いながらも行くあてがなかったユアンはロイの屋敷に住み着いた。無邪気なロイに「何にも苦労知らずのくせに」と苛立ちを覚えたがすぐに屋敷でのロイの置かれている状況が使用人たちの噂話で知ることになった。
置かれている立場は決して優しいものではないのに自分にお気に入りの本を読み聞かせ、一緒に冒険に行こうと笑いかけた。
あるとき母が亡くなったことを知ったロイは今ままでにないくらいに泣いた。それでも声を殺して泣くことが癖になっているのか唇を噛み締めたまま声を漏らさまいと大粒の涙を流しながら泣く姿に今までにない感情がユアンを駆け巡った。
気がついたらロイの涙を舌で舐めとっていた。驚いた顔を一瞬見せたのちロイはこう言った。
「ずっと一緒にいてくれる?」
不安げな表情で問いかけてくるロイにユアンは答えの代わりにロイの頬を舐めてやるとロイはユアンを抱きしめた。
いつの間にかロイと共に過ごす日々は何ものにも代え難くなっていった。そうしてユアンは人間の姿に戻ることができるほど回復して子犬の姿も元通りの大きさに戻っていた。
自身の膝を枕にして横に寝かせると程なくしてすうすうと寝息が聞こえてくる。
ロイの白い頬を撫で、栗色の髪を梳いてやる。睫毛に溜まった涙がこぼれ指で拭ってやると自分の腕につけた擦り切れた赤い首輪だったものがふと目に入り、少しだけ自分の中の罪悪感に苛まれた。
無理矢理だったかもしれない。順序を踏んで少しずつ進めるつもりがロイの香りを嗅いだ途端抑えが効かなくなった。少しばかり自分の自制心のなさに呆れながらロイの寝顔を眺める。
(寝顔は変わらないな)
ロイの寝顔を見ていると幼い頃を思い出す。
あまり人の手が入っていない庭の隅でしくしくと泣く小さな背中。駆け寄ってこぼれ落ちる涙を舌で舐めてやると、余計泣いて自分の身体に顔を押し当てて声を殺して泣いていた。
しばらくすると泣き疲れて自分の身体を抱きしめながら眠ったロイ。
痩せて顔色の悪い少年のロイは無邪気で、弱った自分の元へ食べ物を運んで励ましてくれた。ロイも母がおらず、家族とは言えない人間と同居し苦痛に耐え難い毎日を送っているのは衣服から除く細い手足にあるいくつものアザで容易に想像できた。
会うと今日教わった勉強を繰り返し自分の前で唱えては「ぼく、できそこないだから」とへにゃっと笑ってできたばかりの傷をさする姿に怒りを覚えたこともあった。
孤児院で喧嘩が絶えなかった自分はやられたままのロイがわからなかった。自分だったら危害を加えるやつには殴り返してやるのにと。
半獣である自分は生まれたときから母から呪いの言葉を吐かれていた。
──「お前なんか産むんじゃなかった」
貴族令嬢だった母は外遊先のステルク王国で獣人の男と恋に落ち、国に帰って身籠ったことがわかると家から勘当され平民になった。
お嬢様だった母はもちろん稼ぐ力もなく、実家からもらった手切金がなくなるとユアンを産み程なくして身体を売って生計を立てるようになった。
現実から背けるように母は常に酒に溺れ、ユアンに手を上げて鬱憤を晴らすようになる。
ユアンは母から耳や尾を掴み引き摺り回されても幼いユアンはただ、身を縮こませることしかできなかった。そんな母も流行病で寝込むようになり、生活はより貧しくなった。
ユアンがどこからか盗んできた食べ物を食べさせようとするも母はそれを拒否した。無理矢理口に入れても吐く始末でただ空を眺めて上の空の母はどこか早く死が訪れるのを待っているかのようだった。
とうとうある日、死ぬ間際に伏せってからはまともに口も聞かなかった母がユアンに初めて父について語った。
一夜限りの恋だった。
叶うなら共に生きたかった。
涙をこぼしながら語る勝手な告白にユアンは怒りが湧いた。
勝手に半獣として産み落とされ、呪いの言葉を吐かれ、何より死ぬ間際に自分ではなく父という男を未だ愛していると呟く母に怒りを覚えた。
──自分は死ぬ間際ですら愛の言葉をもらえないのか。
母が亡くなったあと程なくして孤児院に入るがそこでもユアンは獣人の血が入っていることでいわれのない差別を受けるようになる。
ユアンはたがが外れたように凶暴になり、自分に害するものがいれば容赦なく殴りかかった。
問題を起こさなくてもいつしか獣人用の力を吸い取られる鎖をつけられるようになり、大人子供関係なく人間から暴力を受けるようになる。
目に入る全てが憎い。
ある日いつものように孤児院の職員が酒を飲みながらユアンに暴力を振るった後、酔ってそのまま近くのテーブルで寝たことがあった。
鎖で繋がれた状態のユアンは寝ている職員から鍵を盗むも途中で起きた職員に抵抗され、勢いでそのまま腕に噛みついた。
今まで自分の獣人としての力は使うことがなかった。自分の牙によって腕から血を流して呻き声を上げる大人を見てユアンは思った。
(なんだ、最初からこうすればよかったんだ)
そのまま孤児院から逃げ出すも身体が弱った状態で獣人の力を使った影響で獣化して子犬のような姿になってしまったユアンが迷い込んだ先がロイの住んでいた屋敷だった。
ロイは弱っていたユアンを子犬だと思って看病し、可愛がった。いつ気が変わるかもしれないロイを疑いながらも行くあてがなかったユアンはロイの屋敷に住み着いた。無邪気なロイに「何にも苦労知らずのくせに」と苛立ちを覚えたがすぐに屋敷でのロイの置かれている状況が使用人たちの噂話で知ることになった。
置かれている立場は決して優しいものではないのに自分にお気に入りの本を読み聞かせ、一緒に冒険に行こうと笑いかけた。
あるとき母が亡くなったことを知ったロイは今ままでにないくらいに泣いた。それでも声を殺して泣くことが癖になっているのか唇を噛み締めたまま声を漏らさまいと大粒の涙を流しながら泣く姿に今までにない感情がユアンを駆け巡った。
気がついたらロイの涙を舌で舐めとっていた。驚いた顔を一瞬見せたのちロイはこう言った。
「ずっと一緒にいてくれる?」
不安げな表情で問いかけてくるロイにユアンは答えの代わりにロイの頬を舐めてやるとロイはユアンを抱きしめた。
いつの間にかロイと共に過ごす日々は何ものにも代え難くなっていった。そうしてユアンは人間の姿に戻ることができるほど回復して子犬の姿も元通りの大きさに戻っていた。
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