犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

文字の大きさ
上 下
17 / 37

クロだったときのこと2

しおりを挟む
 ある日ユアンはいつものように庭の隅でくつろぎながらロイを待っていた。
 最低限の手入れしかしていないこの家の庭は警備ももちろん薄いので隠れる場所はたくさんある。

 「あ!クロいた!」

 聞き覚えのある声に反応すると、ロイが息を切らしながら駆け寄ってきた。ロイはいつしかユアンのことを「クロ」と呼ぶようになった。いつものようにロイの方にじゃれつくように飛び掛かるとロイは笑い声を上げながらユアンを撫でた。

 「今日はね、ロイにプレゼントを持ってきたんだ」

 そう言って小さな手のひらにあるものを見せてきたのは歪な形の赤いベルトのようなもの。ロイの手のひらにあるものを覗き込んで首を傾げているとロイはユアンを見て笑いかけた。

 「これね、僕が作ったんだあ」

 話によると使わなくなったベルトを縫い直して自分で作ったという。自分のために作ったと笑うロイを見ていると不意に人間の姿に戻って抱きしめたいとユアンは思った。「今人間に戻ったらロイはどんな顔をするだろうか」と考えると同時に獣人ということを知られるのが怖くなった。もうとっくに人間の姿に戻れるというのにユアンはずっと犬の姿で過ごしていた。

 拒絶されたら怖い。

 ロイと一緒にいられなくなるのは嫌だ。

 けれどこのままじゃ自分は力のないただの子供だ。ロイを守れない。
 
 (このままでいいのだろうか)

 「どこにいてもユアンを見つけられるように」

 無邪気に笑いながら自分の首に作った首輪をつけるロイを見つめると何か感じ取ったのかロイは不安そうにユアンを覗き込んだ。

 「クロ、嬉しくなかった……?」

 すぐに顔を舐めてやるとくすぐったそうにして笑い声を上げるロイを愛しく思った。
 一瞬浮かんだ不安を頭の奥に追いやってもこのとき芽生えた感情は無意識にユアンの胸のうちに広がり続けた。
 

 一度浮かんだ考えは消えずユアンはロイとの未来を考えるようになる。
 なんの力もない孤児である自分にロイを守っていく術を身につけなければならない。
 いつまでもこの家にロイを置いていたくないのもある。

 そんなことを考えるようになったある日のことだった。


 「お前が最近うちの庭に住み着いている犬か」

 ロイをいつものように庭の隅で待っていると現れたのは怜悧な顔つきの少年だった。

 (気配がなかった……)

 はやる鼓動を感じながら相手を見上げると少年は年はロイよりもいくつか上だろうか眼差しは冷たく、ロイと顔立ちが似ていないがなんとなくこの少年がロイの義理の兄だというのがわかった。
 ユアンは威嚇のつもりで低い唸り声を上げるも、相手は怯むどころか嘲笑うかのような表情を向けた。

 「ふん、お前獣人だろう」

 自分の正体をあっさりと言い当てられてどきりとする。睨みつける視線をものともせずユアンを見下ろす。

 「この屋敷はガバガバなように見えて一応獣よけの魔導具が設置されている。それをかい潜れるのは獣人か位の高い魔物ぐらいだ。高価な魔導具なら全てに反応するらしいけど安物の魔導具が逆にお前の正体を見破ったってわけ」

 植え込みに咲いている花を葉ごとブチブチとむしりとりながら目の前の人物はユアンを見ずに手元むしり取った花を見ながら話す。

 「なんのつもりでに尻尾を振っているのか知らないけどアレに取り入っても得はない。そして俺は犬は嫌いだ。さっさと出ていけ」

 その瞬間衝撃が身体を襲ったかと思うと身体が宙に浮き、蹴り上げられたとわかったのは地面に着地したときだった。
 なんとか痛む身体を堪えて後退りすると少年は面白くなさそうな表情でこちらを見下ろす。目の前の少年を睨みつけながらもユアンはただの人間の蹴りに反応できないことがショックで頭の中はパニックになっていた。
 するとこちらの考えを見透かしたかのように少年は嘲笑った。

  「獣人ってもっと反応早いかと思ってたけどそうでもないんだな」

 頭を殴られたようにショックを受ける。身体を蹴られたときよりもその言葉はユアンに強い衝撃を与えた。
 
 ぬるま湯に浸かっていた自分を心のどこかでわかっていた。わかっていたつもりが現実を突きつけられ、獣人としての自分がダメになっていることを実感して尚更ショックを受けた。

 ──気がついたら走り出していた。

 (何が守るだ……!)

 走って走って、息切れして口の中が血の味がするほど走った。脳裏にロイの顔が浮かぶと足が余計速くなった。
 悔しくて涙が出るほど自分が情けなくてしょうがなかった。
 夜通し走り続けて、途中から人間の姿になって走った。ロイからもらった首輪をにぎりしめて何日間も走り続けたあと、とうとうユアンは空腹で倒れた。
 森を通り抜け、道はずれの場所に転がり空を仰ぐと身体のあちこちが傷だらけなのも構わず声をあげて泣いた。

 不甲斐ない自分が情けなくて、無力だった。

 強くなりたい。ロイを守れるくらいに。

 固く決意をして涙を拭う。起き上がりまずは遠くに見えている人里をめざす。

 流れ着いたここが自分の父がいるステルク王国と知ったのはしばらくして何日かたってからだった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

処理中です...