犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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クロだったときのこと2

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 ある日ユアンはいつものように庭の隅でくつろぎながらロイを待っていた。
 最低限の手入れしかしていないこの家の庭は警備ももちろん薄いので隠れる場所はたくさんある。

 「あ!クロいた!」

 聞き覚えのある声に反応すると、ロイが息を切らしながら駆け寄ってきた。ロイはいつしかユアンのことを「クロ」と呼ぶようになった。いつものようにロイの方にじゃれつくように飛び掛かるとロイは笑い声を上げながらユアンを撫でた。

 「今日はね、ロイにプレゼントを持ってきたんだ」

 そう言って小さな手のひらにあるものを見せてきたのは歪な形の赤いベルトのようなもの。ロイの手のひらにあるものを覗き込んで首を傾げているとロイはユアンを見て笑いかけた。

 「これね、僕が作ったんだあ」

 話によると使わなくなったベルトを縫い直して自分で作ったという。自分のために作ったと笑うロイを見ていると不意に人間の姿に戻って抱きしめたいとユアンは思った。「今人間に戻ったらロイはどんな顔をするだろうか」と考えると同時に獣人ということを知られるのが怖くなった。

 拒絶されたら怖い。

 ロイと一緒にいられなくなるのは嫌だ。

 けれどこのままじゃ自分は力のないただの子供だ。ロイを守れない。
 
 (このままでいいのだろうか)

 「どこにいてもユアンを見つけられるように」

 無邪気に笑いながら自分の首に作った首輪をつけるロイを見つめると何か感じ取ったのかロイは不安そうにユアンを覗き込んだ。

 「クロ、嬉しくなかった……?」

 すぐに顔を舐めてやるとくすぐったそうにして笑い声を上げるロイを愛しく思った。
 一瞬浮かんだ不安を頭の奥に追いやってもこのとき芽生えた感情は無意識にユアンの胸のうちに広がり続けた。
 

 一度浮かんだ考えは消えずユアンはロイとの未来を考えるようになる。
 なんの力もない孤児である自分にロイを守っていく術を身につけなければならない。
 いつまでもこの家にロイを置いていたくないのもある。

 そんなことを考えるようになったある日のことだった。


 「お前が最近うちの庭に住み着いている犬か」

 ロイをいつものように庭の隅で待っていると現れたのは怜悧な顔つきの少年だった。

 (気配がなかった……)

 はやる鼓動を感じながら相手を見上げると少年は年はロイよりもいくつか上だろうか眼差しは冷たく、ロイと顔立ちが似ていないがなんとなくこの少年がロイの義理の兄だというのがわかった。
 ユアンは威嚇のつもりで低い唸り声を上げるも、相手は怯むどころか嘲笑うかのような表情を向けた。

 「ふん、お前獣人だろう」

 自分の正体をあっさりと言い当てられてどきりとする。睨みつける視線をものともせずユアンを見下ろす。

 「この屋敷はガバガバなように見えて一応獣よけの魔導具が設置されている。それをかい潜れるのは獣人か位の高い魔物ぐらいだ。高価な魔導具なら全てに反応するらしいけど安物の魔導具が逆にお前の正体を見破ったってわけ」

 植え込みに咲いている花を葉ごとブチブチとむしりとりながら目の前の人物はユアンを見ずに手元むしり取った花を見ながら話す。

 「なんのつもりでに尻尾を振っているのか知らないけどアレに取り入っても得はない。そして俺は犬は嫌いだ。さっさと出ていけ」

 その瞬間衝撃が身体を襲ったかと思うと身体が宙に浮き、蹴り上げられたとわかったのは地面に着地したときだった。
 なんとか痛む身体を堪えて後退りすると少年は面白くなさそうな表情でこちらを見下ろす。目の前の少年を睨みつけながらもユアンはただの人間の蹴りに反応できないことがショックで頭の中はパニックになっていた。
 するとこちらの考えを見透かしたかのように少年は嘲笑った。

  「獣人ってもっと反応早いかと思ってたけどそうでもないんだな」

 頭を殴られたようにショックを受ける。身体を蹴られたときよりもその言葉はユアンに強い衝撃を与えた。
 
 ぬるま湯に浸かっていた自分を心のどこかでわかっていた。わかっていたつもりが現実を突きつけられ、獣人としての自分がダメになっていることを実感して尚更ショックを受けた。

 ──気がついたら走り出していた。

 (何が守るだ……!)

 走って走って、息切れして口の中が血の味がするほど走った。脳裏にロイの顔が浮かぶと足が余計速くなった。
 悔しくて涙が出るほど自分が情けなくてしょうがなかった。
 夜通し走り続けて、途中から人間の姿になって走った。ロイからもらった首輪をにぎりしめて何日間も走り続けたあと、とうとうユアンは空腹で倒れた。

 ステルク王国についたと知ったのはしばらくしてからだった。

 
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