聖女に転生しました。殿下のアレを慰めるだけの簡単なお仕事みたいです

おりの まるる

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第四章 聖女は幸せになるようです

さよならの縁を結ぶ

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「熱が高いな……。自分に治癒をかけることはできるのでしょう?」

 ボルテクは天音の額に手を乗せる。エレノアのコンテナから脱走し、予定通り今は誰も住んでいない農村までやってきた。

 汚れて、濡れた服を着たまま極寒の森を駆け抜けて来たせいか、天音は体調を崩していた。
 使われていない農家に入った時、エレノアから逃げることができたことで緊張が緩み、あっという間に熱が上がってしまった。更に閉じかけていた額の傷が再び開いてしまい血が滲んでいた。
 
 農村の瘴気はオーガたちの近くにいれば、人族にも問題はないほど薄くなる。
 人族に対して毒になるものも、種族が違えば薬にもなる。瘴気により、オーガたちは復調しているようだった。
 外は暗いが、そろそろ朝になる。ボルテクは父親に鬼笛を吹き、居場所を連絡した。近くにいれば程なくやって来るだろうということだった。

 天音とエレノアの元侍女マリーノは、ソファーに座り、毛布に包まれていた。オーガにはなんということも無い寒さだったが、二人は外の寒さに低体温症になりかけていた。
 
「この位なら、魔法を使わなくても大丈夫です。ボルテクはお父様と合流したら、私を残して行ってください」
「聖女様はどうなさるのですか?」
「私は体調が戻り次第、オウロス城に帰ります」
「一人でここに残ることには、同意できません。またあの王女に捕まったら、どんな目に合うか。マリーノさんを見たでしょう? それにここにいても自然に体調が回復するとは思えません」

 その時、外にいたオーガが家の中に入ってくる。
 その背後には、レーラズ族族長のヘイムと仲間がいた。ヘイムはボルテクによく似ており、すぐに父親だと分かった。
 どうやら思っていた以上に、彼らは近くにいたようだった。

 身長が高く天井に頭がついてしまうので、オーガたちは少しだけ背中を丸めている。たちまち小さな民家は、オーガたちのむっちりとした小麦色の巨体で埋め尽くされた。
 
 ヘイムが入ってくるとボルテクは、「父が到着しましたので、ちょっと話をしてきます。とにかく安静にしていてください」とアマネをソファーにゆっくりと横にさせる。
 隣に座っているマリーノが心配そうに天音を見つめ、無言で天音の手を握る。

「父上、この度はご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
「いい。お前が悪いわけじゃない。こいつが諸悪の根源だろ」

 ヘイムは、どさっと持ってきた大きな麻袋をボルテクの前に置く。さっと紐を解くと、中には猿ぐつわをされ拘束されたエレノアが入っていた。ピンクブロンドの髪は、乱れ、部屋着のまま魔道具も携帯できない状態で外に連れ出されたようで、顔色が悪く凍えているように見えた。

「これは……? ミドルアースの王女?」
「そう。お前たちがいたコンテナは、既にもぬけの殻だったから、こいつだけ拉致してさっさとズラかった。よっぽど人望がなかったんだな。騎士たちも使用人たちも、遠目で見ているだけだったよ」

 その言葉に悔しそうにエレノアは眉をしかめる。
 天音とマリーノは「ですよね……」というように顔を見合わせる。
 ヘイムはご機嫌な様子で、これからの予定を告げる。
 
「帰りはゴブリンの縄張りを通るのが一番安全で近道なので、通行料として渡そうと思ってな」

 エレノアの顔色が更に青くなり、バタバタと動くが再び麻袋に入れられてしまう。あまりに激しく動くので「大人しくしないと、小屋の外へ放り出すぞ」とヘイムが怒鳴ると、動かなくなった。
 そしてヘイムは、天音とマリーノへボルテクより少し茶色っぽい金の目を向ける。

「それで、その人族の二人はどうするのだ、ボルテク?」
「マリーノさんは連れて行きます。ヤラルの子がお腹にいるから。子が生まれたら、ペルケレ様にマリーノさんは預けるつもりです。――聖女様はここに残るそうです」
「残るって言ったって、もう寿命が尽きてしまいそうではないか」

 ボルテクとヘイムは、同じ表情をしてじっと天音を見つめる。

「……あ、あのお構いなく」

 天音は聞き取れないような小さな声で答える。声を出すことも今の天音には辛かったが、これ以上ボルテクたちに迷惑をかけるわけにはいかない。
 
「息子たちを助けてくれた恩人をないがしろにはできないな。ボルテク、王城の側まで連れて行ってやれ。私たちはビフロストの道を行くから、送り届けたらすぐに追ってこい」
「分かりました」
「横槍が入る前にさっさとヴィエルガハに帰るぞ」

 ヘイム族長のその言葉と同時にオーガたちは、あっという間に外に出ていく。マリーノは、ヤラルに横抱きにされて最後に出て行く。去り際にマリーノが口を開く。

「聖女様、ベルーゲン城でのこと申し訳ございませんでした」
「気になさらないでください。昔のことですし、仕方のないことでした」
「謝罪しても償えない罪です。助けてもらったというのに、恩をあだで返すようなことをしてしまった……」
「もういいのです。どうかヤラルと生まれてくる子と幸せになってください」
「聖女様……。申し訳ございません。お元気でいらしてください。またいつかお会いしたいです」

 マリーノはほろほろと涙を流す。自分だって大変だったはずなのにと天音は持っていた最後の聖水晶を使い治癒をかける。

「マリーノさんも、お元気で」

 ヤラルは無言で天音に頭を下げると、マリーノを抱えて外へ出る。

 どうか皆が幸せになれますようにとオーガたちとマリーノを見て、心の中で祈る。

 ボルテク以外のものたちが去った後、身体が重くぐったりとなる。
 このまま眠ってしまいたい。
 自分の中の神聖力が少しずつゼロに近づいているのを感じる。身体機能が徐々に落ちているのだろう。

「立てますか?」

 ボルテクが心配そうに天音の顔を覗き込む。天音は、ゆっくりと立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。

「ごめんなさい。もう身体に力が入らないみたいです」

 その様子を悲しげに見たボルテクは、天音を抱き上げる。

「私の首に手を回して、しっかり捕まっていてください。急ぎましょう。こんな場所であなたは一人で死んでいっていい人ではない」

 ボルテクは、暗い森をまるで全てが見えているかのように駆け抜けて行く。身体の感覚が鋭いのか、森の木々もゴロゴロとした石も関係なく、安定感を保ったまま、王城へ一直線に向かう。
 天音はふと空を見上げる。
 空にはベルーゲンでアルテアと見たような神々しい緑のオーロラが輝いていた。

(ああ、シグナイ様が迎えに来てくれたのね)

 天音はそう思うと重い瞼を下ろし、瞳を閉じた。ボルテクは、その様子に気付き天音に声をかける。

「聖女様、まだ眠ってはいけません。もう少しで着きますから、頑張って起きていて下さい」
 
 ボルテクは、走る速度を上げようと前方を見る。灯りが見える。

「――あれは叔父上と人族?」

 天音がその言葉にうっすらと瞳を開く。

 前から灯りを持ったオーガが走ってくる。そしてその後ろには、最期に一目会いたいと願った、アルテアがいた。アルテアは天音を見つけると声を上げる。

「アマネ!」

(……アルテア? 私は幻覚でも見ているのかな?)

「ボルテク、良かった。族長には会えたのか?」

 ムダルがボルテクに話しかける。
 
「はい。先に他のものたちとビフロストへ向かいました。そこからヴィエルガハ領へ戻るそうなので、聖女様を王城に送ってから追うつもりでした」

 そう言いながら、ボルテクは天音をアルテアの元へ下ろす。ボルテクは、アルテアに向かって話す。

「アルテア殿下ですよね? ミドルアースの王女によってコンテナ内に監禁されていたのですが、聖女様のお力を借りて逃げることができました。けれど聖女様の具合がとても悪いのです。ご自身で治癒魔法をかけることを拒絶されまして、私たちには何もできませんでした……」
「ありがとう。連れてきてくれたのですね」

 アルテアは、わずかにほほ笑むと天音をぎゅっと抱きしめる。その身体の熱さに驚いたのか、一瞬眉根を寄せる。
 
「お力が尽きてしまいそうにお見受けします……」

 ボルテクが言うと、アルテアの顔が泣きそうに歪む。
  
「感謝します。アマネ、帰りましょう? また無理をして」
「……ちょっと力を使い過ぎてしまったみたいです? 約束守れなくてごめんなさい」

 ごまかすように明るい口調で話す。
 天音はアルテアの疲れた顔、こけてしまった頬や乱れたプラチナブロンドの長髪、暗い森の中急いで追ってきたせいで破れてしまった服を見て、涙が流れる。
 心地よいアルテアの声に、死を覚悟したはずなのに、死にたくないと心が揺れる。

「アルテア、最期に会えて嬉しかった。こんなにボロボロになって。大変だったでしょう?」

 天音は自分に残された最後の神聖力を使って、アルテアに治癒をかける。
 アルテアが驚いたように瞳を見開く。

「アマネ、ダメだ。それは自分に使ってください。あなたの方が重症です。あなたを幸せにすると約束したのに」
「幸せ……、私は幸せでしたよ。お義父様、お義母様にダメな王太子妃で申し訳ないと謝罪をお願いします。あとシリウスをお願いしますね?」
「もう話すな。城に戻ろう。何も問題はないから。少し療養して、夏になったらまた旅行へ行こう。見せたい場所がたくさんあるのだ」
「フィヨルドの美しい景色、巨岩遺跡、様々なスターヴ教会、見たかったなあ」

 天音は、本で見たメイオールの美しい街並みと自然を思い浮かべる。最期は笑っていたいのに、涙が溢れて止まらない。

「シリウスの成長する様子も見たかったです。あなたとおじいさんとおばあさんになるまで一緒にいたかった」
「セスに最優先で治療してもらおう。今は王城にいるから」

 アルテアの瞳からも熱い涙が流れ、天音の頬に落ちる。天音は既に耳が聞こえなくなっているのか、アルテアと会話がかみ合わない。
 
「アルテア、愛しています。私のことは忘れて、どうか幸せになってください」
「――ダメだ。アマネ、アマネ、いかないで」

 泥で汚れた細く冷たい指先がアルテアの頬に力なく触れる。アルテアがその指を握り、自分の頬につける。

「アルテア、本当に大好きでした」
「アマネ、嘘だよね? どうして、こんなに弱っているの? 私を置いていかないで」

 天音は少しだけ口角を上げる。ペリドット色の瞳が瞼に隠れる。頭がこくりとアルテアの胸に力なく寄りかかる。

「嘘だ。なぜだ――。どうしてアマネが私を置いて、逝ってしまうのだ」
 
 アルテアの慟哭が暗い森に響き渡った。
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