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第四章 聖女は幸せになるようです

極夜の朝は明けてもなお暗く

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 キャリッジを装着した、スレイプニルは夜空をぐんぐんと駆け抜けていく。アルテアは仮眠を取ろうと瞳を閉じるが、アマネのことばかりが頭に浮かぶ。身体は疲れているというのに全く寝付けなかった。
 
 オウロス城に到着した時には、時計で確認すると既に朝の時間になっていた。依然として極夜のシーズンなので、陽が昇らないため辺りは暗いままであった。
 皆を下ろすと、ペルケレは「外交問題となる前に国へ帰る」とヴィエルガハへ帰っていった。
 
 アルテアは急ぎ王城の中に入り、国王の執務室へ向かう。早朝だというのに城内は、人々であふれていた。王城に努めているものや騎士たちは、慌ただしく行き交っている。避難してきた人々は、一様に不安げに身を寄せ合っていた。

 執務室の扉を開くとその中も国王の側近たちで、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
 父も母も慌ただしく動き回っている。

「陛下、オーガの襲撃があったと聞き、急ぎ戻って来ました」
「アルテア、王城内部は問題ない。アマネ様の結界には彼らは入って来ることができなかったので、中の者たちは無事だ。問題は、結界の外の別邸だな」
 
 アルテアはキョロキョロと周りを見回し、久々に会う亜麻色の髪の愛してやまない自分の妻を探す。

「あの、それでアマネ様はどこに……?」

 執務室内の雰囲気が、アルテアの話で一瞬静かになる。
 
「――アマネ様は、二日前から行方不明だ。セス神官長にエレノア王女殿下の元に行くと連絡をしたまま、戻ってきていない」
「――っ」
「すまない。私たちもアマネ様とほとんど会えておらず、状況把握に遅れた。お前にも連絡したのだが、すれ違ってしまったようだな」
「城のものは一体何をしていたのですか! ここは彼女にとって一番安全である場所でなければならないのに!」

 今まで観たことがないアルテアの剣幕に、ベアーグの執務室内の人々は固まる。驚いて言葉を失ったベアーグだったが、すぐに我に返り、アルテアに向き合う。

「本当にすまない。私たちも自分たちの無力さに言い訳もできない。今、セス神官長が別邸を調べている。状況は彼に聞くといい」

 力なく言うベアーグに背を向け、アルテアは無言で執務室から出ると、まっすぐに別邸へ向かう。オウロス城の誰のせいでもないのかもしれない、けれどどうしてアマネが一人エレノアの別邸へ向かわなくてならなかったのか。
 彼女をそこまでさせたのは、自分たちの不甲斐なさが原因なのではないのか。
   
 王城の外でフードを目深にかぶったムダルが、すっとアルテアに近づく。

「今さっき、父の鬼笛が聞えた。あの建物の先の森の方角に向かっている」

 ムダルが指さしているのは、エレノアがいる別邸だった。
 
「分かった。少しだけ時間をくれ。私も一緒に行く」

 ムダルはうなずくとひっそりと森の方へ向かった。
 別邸も大騒ぎだった。

 オーガは別邸を襲撃をしたが、使用人は怪我をしているだけで、ナルヴィク侯爵邸で見たように無残に死んでいるものはいなかった。その様子にアルテアは、少しだけほっとした。
 裏庭に出て、コンテナの置いてある場所にたどり着くと、セスがそこで呆然と立ち尽くしていた。

「セス、状況はどうだ?」
「……アル、戻ってきたのか。私は、聖女様から連絡をもらっていたというのに……気づくのがあまりにも遅かった。ここの使用人によれば、聖女様はオーガが入っていたコンテナの檻に監禁されていたということだった」
「それで、コンテナの中は今どうなっている」

 セスは憔悴した顔をアルテアに向ける。その顔はひどくやつれており、目だけがぎょろぎょろと落ち着きなく動いている。目の下の黒々としたクマが、彼のこの二日間の心労を語っていた。

 セスは、アルテアを促すようにしながら奥のコンテナへ向かう。手前のコンテナを通り過ぎる時、ナルヴィク侯爵邸の小屋で見た、拘束具のついた椅子があった。やはりここでも魔水晶を作っていたのだ。
 拳をぎゅっと握りしめる。後悔が渦になってアルテアの心を乱す。

「ここが聖女様の監禁されていたコンテナだ」
 
 檻の中は既にもぬけの殻で、何も残されていなかった。中はひどい環境で、糞尿の臭いが鼻をつく。とても清潔とは言えない劣悪な場所に監禁されていたなんて。

「こんな場所に……。アマネが……」
「これだけが落ちていた」

 アルテアは、閉じ込められたアマネのことを考えると、胸が締め付けられる。幸せにすると誓ったのに。
 セスは、破かれた布をアルテアに渡す。

「聖女様の侍女に聞いたところ、間違いなく聖女様の着ていたものだそうだ」

 セスが、絶望のあまり肩を落とす。
 
「分かった。お前は引き続き調査を頼む。私はアマネを探しに行く」
「でも、オーガの檻に入れられていたんだ……。とてもご無事だとは思えない」
「大丈夫だ。レーラズ族以外だったら、危なかったかもしれないが」

 アルテアがセスの肩を励ますようにポンと叩く。
 
「え?」
「何でもない。とにかく引き続き調査を頼む。エレノアを追い出す理由を作らなければ」

 アルテアはひっそりと木の陰にいるムダルをチラリと見る。ムダルは、大丈夫だというように頷く。

「アル、エレノア王女は襲撃してきたオーガに連れ去られたそうだよ」
「それは、追い出す手間が省けて良かったと言わざるをえないな。トウライアムウル連合国と交渉できるカードを増やしたい。セス、ここは任せた」
「分かった。聖女様を頼む。聖女様は行方不明になる前、額に深い傷を負っている。最近、身体の具合も良くなかった」
「それでは早く救出に向かわないとな」

 セスにその場を引き続き任せると、アルテアは数人の騎士を引き連れて、暗い森へと入っていく。
 森は、依然として瘴気が漂っていたが、人口魔水晶の製造が止まったせいか、進めないほど濃い瘴気ではなかった。
 
 暗い森を急ぎ足で進む。冷えた空気が肌に痛い。寒さに慣れているアルテアでさえ、命の危機を感じる。
 この中をアマネは逃げていったのかと思うと心配でならない。怪我をしていると言っていたな。他人ばかり気を付けて、自分のことはいつも後回しなのだ。

 アマネの誰にも頼らず、他人を優先する行動は、自分たちと一線を引いているような気がして悲しい気持ちになる。

 (そうだ、いつもそうだった。人のことばかり気にして、自分のことを蔑ろにする。今度は絶対に私の側から離さない)
 
 森を駆け抜けるムダルの足は早く、アルテアも騎士たちも追いついていくのが一苦労だった。ベルーゲンからヴィエルガハへ向かった時の疲労が抜けきらないままであったが、アマネのことを考えると休もうとは思えなかった。

「アルテア様、甥のボルテクの吹いた鬼笛が聞こえました。もうすぐです。父もいるはずです。そしてきっと聖女様もそちらにいらっしゃるかと思います」
「分かった」

 暗い空をふと見上げると、アマネがこちらに来た時と同じエメラルドグリーンの美しいオーロラが北の空いっぱいにはためいていた。

 こんな朝方に……珍しいな。
 アルテアは嫌な予感がして走る速度を速めた。
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