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第十一章
437 プレゼントしたよ♪
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そこは、治療院というほどしっかりした場所ではないし、一軒家としては小さく微妙な広さだが、病気になった者たちが集められる場所だという。
そして、治療薬は、外の里に居たユキへ注文されていたらしい。
「それは……なぜそんなことに……?」
「加護がなくなったことで、やる気が低迷しまして……私が言うのもなんですが、どうも精神的に弱いんですよね。エルフ族って」
「……」
コウルリーヤの加護がなければできないと、多くの者が辞めてしまったらしいのだ。挫けたとも言う。
「いや、でも、困りますよね? 外との交流もないですし、わざわざユキさんに……というか、そんな状況で、なぜユキさんが追い出されたんです?」
「加護がないから出来ないとか、ウジウジし出したのが鬱陶しくて……あのバカ親父とも折り合いが悪く……少々暴れて、家を半壊しまして、その勢いであちらに」
「自分で……移り住んだってことですか?」
「はいっ。里人十号ぐらいでした!」
「……」
細々と、裏切り者たちを集めていた場所。そこをもう一つの里として整えていったのがユキらしい。
「薬師がいなくても、生命力はありますから、たいていは、寝てれば治るとも言われまして、カチンときた次第ですっ」
「……」
まさかの回答だった。
「もちろん、それでも薬が欲しけりゃ、それなりの物を寄越せと言って、優位には立っていました」
「そう……」
薬がなくては、中々治らないと言う場合は、さすがに薬を要求したようだ。それを利用して、里を住みやすくしていったらしい。逞しい人だ。
「……昔はエルフ全員が薬の知識を持ってたはずですよね? 他にも薬師として残る者もいたでしょうに」
かつて、薬学を極めることに躍起になっていたのがエルフで、難しい薬草の栽培も根気強く研究し、実現するような、そんな種族だったはずだ。
だが、今はユキ以外の薬師が居ないようにも聞こえた。まさかなと思っていたが、それは認識違いでもなかったようだ。
「……お恥ずかしながら、おりません。外の里には、何人か私の弟子がおりますが、この里で薬師を続ける者は、居なくなりました。私で最後だったのです……」
「そんな……確かに、里の外にも薬師として最近は出て来る者がいなかったようなので、もしかしてとは思いましたが……」
「はい……コウルリーヤ様が討たれてから、エルフの薬師は外に出ていません……」
かつて、『エルフの薬師』は、世界中を旅して研鑽を積み、多くの人々を救う存在だった。
「っ、待ってください……外に、外に出ていたエルフの薬師は……」
「その頃に外に出ていた薬師は、大半が戻って来て……その……復讐に取り憑かれまして……毒の実験で残らず……お亡くなりに……」
「……へ……?」
理解出来なかった。だが、手は動いている。転がっている者たちへ飲ませる薬を、コウヤは空いている棚の上に並べ始めていた。
しかし、さすがにしばらくして手が止まる。
「……毒の実験?」
「はい。その……人族を殲滅しようと、強力な毒をと研究し、その過程で気が狂っていたそうで……私の師匠が最後でした……」
「……その研究どうなったの? 研究書とか、書き残してるよね? そんな危ないの、どうしたの?」
エルフは、薬学書を残していることからも分かるように、きちんと記録として研究を残す。長く生きるからこそ、次の研究に打ち込めるように、資料として残し、弟子たちはそれを元にして更に研究をしていく。
師匠が直接教えなくても良いように、教科書を渡して、自習勉強をさせるのだ。
この傾向からいけば、必ずその毒の研究書も用意していたはずだ。
「怖かったので、ジンク様に渡しました」
「……っ、ジンクおじさん!!」
そう振り向いて叫んだ時、ジンクが呑気に笑ってやってきた。シーレス達が到着したようだ。
「なあに? 何かあった?」
「ありましたよっ。ユキさんから受け取った毒薬の資料どうしたんですか!!」
そんな物騒なもの、当然処分したよねと期待を込めて問い詰める。しかし、ジンクはすぐに思い当たらない。少しの間があり、あれかと手を打った。
「……ん? 毒薬……ああ、怖いから持っててってユキが泣きながら押しつけてきたやつ? それなら、ベニちゃんにプレゼントしたよ♪」
「ベニばあさま……っ」
コウヤの近くまで来ていたと知り、肩を落とす。プレゼントとしても最悪だ。
「そんなのプレゼントしてどうするの……」
「いやあ、無駄に凝った表装のしっかりした本だったもんだから、内容はともかく、宝石もついてて凄かったんだよ」
「へえ……でも毒薬の……ん? 宝石もついた……無駄に凝った表装の本……?」
コウヤの中で、それが頭に浮かんだ。
そして、おもむろに亜空間からやたら重そうなソレを取り出した。
「まさか、コレ?」
出したのは、真っ黒な光沢の皮に、銀の装飾と赤や青、黄の宝石が散りばめられた背表紙が二十センチ近くある重たい本だ。
「あ、ソレ」
「ソレです」
「コレかあ」
変な所に行っていなくて安心したと、コウヤは胸を撫で下ろす。人族を殲滅しようとさえ思って書かれた殺意増し増しの研究書だ。世に出てたら危なかった。
「よかった~。おかしな人の手に渡らなくて」
これが神教国にでも渡っていたらと思うとゾッとする。
心底安心と、コウヤは重たいソレを、とりあえず棚に立て掛けてから、患者に薬を飲まそうと並べた薬瓶に手をかける。
そこでユキとジンクがはっとした。
「「なんで持ってるの!?」」
「ん? プレゼントでばばさま達にもらったから? でも、読むのは成人してからだよって言われたけど」
お陰で何の本か今日まで分からなかった。だが、毒薬の研究書をプレゼントされるというのは、改めて思うと斬新だ。
「成人になるの楽しみにしてたけど、そっか、毒薬の研究書かあ」
うんうんと頷きながら、患者に薬を飲ませ始めるコウヤ。
「「……」」
ユキとジンクの思考は、この時停止していた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
次回は書籍化連動の番外編の予定です。
よろしくお願いします◎
そして、治療薬は、外の里に居たユキへ注文されていたらしい。
「それは……なぜそんなことに……?」
「加護がなくなったことで、やる気が低迷しまして……私が言うのもなんですが、どうも精神的に弱いんですよね。エルフ族って」
「……」
コウルリーヤの加護がなければできないと、多くの者が辞めてしまったらしいのだ。挫けたとも言う。
「いや、でも、困りますよね? 外との交流もないですし、わざわざユキさんに……というか、そんな状況で、なぜユキさんが追い出されたんです?」
「加護がないから出来ないとか、ウジウジし出したのが鬱陶しくて……あのバカ親父とも折り合いが悪く……少々暴れて、家を半壊しまして、その勢いであちらに」
「自分で……移り住んだってことですか?」
「はいっ。里人十号ぐらいでした!」
「……」
細々と、裏切り者たちを集めていた場所。そこをもう一つの里として整えていったのがユキらしい。
「薬師がいなくても、生命力はありますから、たいていは、寝てれば治るとも言われまして、カチンときた次第ですっ」
「……」
まさかの回答だった。
「もちろん、それでも薬が欲しけりゃ、それなりの物を寄越せと言って、優位には立っていました」
「そう……」
薬がなくては、中々治らないと言う場合は、さすがに薬を要求したようだ。それを利用して、里を住みやすくしていったらしい。逞しい人だ。
「……昔はエルフ全員が薬の知識を持ってたはずですよね? 他にも薬師として残る者もいたでしょうに」
かつて、薬学を極めることに躍起になっていたのがエルフで、難しい薬草の栽培も根気強く研究し、実現するような、そんな種族だったはずだ。
だが、今はユキ以外の薬師が居ないようにも聞こえた。まさかなと思っていたが、それは認識違いでもなかったようだ。
「……お恥ずかしながら、おりません。外の里には、何人か私の弟子がおりますが、この里で薬師を続ける者は、居なくなりました。私で最後だったのです……」
「そんな……確かに、里の外にも薬師として最近は出て来る者がいなかったようなので、もしかしてとは思いましたが……」
「はい……コウルリーヤ様が討たれてから、エルフの薬師は外に出ていません……」
かつて、『エルフの薬師』は、世界中を旅して研鑽を積み、多くの人々を救う存在だった。
「っ、待ってください……外に、外に出ていたエルフの薬師は……」
「その頃に外に出ていた薬師は、大半が戻って来て……その……復讐に取り憑かれまして……毒の実験で残らず……お亡くなりに……」
「……へ……?」
理解出来なかった。だが、手は動いている。転がっている者たちへ飲ませる薬を、コウヤは空いている棚の上に並べ始めていた。
しかし、さすがにしばらくして手が止まる。
「……毒の実験?」
「はい。その……人族を殲滅しようと、強力な毒をと研究し、その過程で気が狂っていたそうで……私の師匠が最後でした……」
「……その研究どうなったの? 研究書とか、書き残してるよね? そんな危ないの、どうしたの?」
エルフは、薬学書を残していることからも分かるように、きちんと記録として研究を残す。長く生きるからこそ、次の研究に打ち込めるように、資料として残し、弟子たちはそれを元にして更に研究をしていく。
師匠が直接教えなくても良いように、教科書を渡して、自習勉強をさせるのだ。
この傾向からいけば、必ずその毒の研究書も用意していたはずだ。
「怖かったので、ジンク様に渡しました」
「……っ、ジンクおじさん!!」
そう振り向いて叫んだ時、ジンクが呑気に笑ってやってきた。シーレス達が到着したようだ。
「なあに? 何かあった?」
「ありましたよっ。ユキさんから受け取った毒薬の資料どうしたんですか!!」
そんな物騒なもの、当然処分したよねと期待を込めて問い詰める。しかし、ジンクはすぐに思い当たらない。少しの間があり、あれかと手を打った。
「……ん? 毒薬……ああ、怖いから持っててってユキが泣きながら押しつけてきたやつ? それなら、ベニちゃんにプレゼントしたよ♪」
「ベニばあさま……っ」
コウヤの近くまで来ていたと知り、肩を落とす。プレゼントとしても最悪だ。
「そんなのプレゼントしてどうするの……」
「いやあ、無駄に凝った表装のしっかりした本だったもんだから、内容はともかく、宝石もついてて凄かったんだよ」
「へえ……でも毒薬の……ん? 宝石もついた……無駄に凝った表装の本……?」
コウヤの中で、それが頭に浮かんだ。
そして、おもむろに亜空間からやたら重そうなソレを取り出した。
「まさか、コレ?」
出したのは、真っ黒な光沢の皮に、銀の装飾と赤や青、黄の宝石が散りばめられた背表紙が二十センチ近くある重たい本だ。
「あ、ソレ」
「ソレです」
「コレかあ」
変な所に行っていなくて安心したと、コウヤは胸を撫で下ろす。人族を殲滅しようとさえ思って書かれた殺意増し増しの研究書だ。世に出てたら危なかった。
「よかった~。おかしな人の手に渡らなくて」
これが神教国にでも渡っていたらと思うとゾッとする。
心底安心と、コウヤは重たいソレを、とりあえず棚に立て掛けてから、患者に薬を飲まそうと並べた薬瓶に手をかける。
そこでユキとジンクがはっとした。
「「なんで持ってるの!?」」
「ん? プレゼントでばばさま達にもらったから? でも、読むのは成人してからだよって言われたけど」
お陰で何の本か今日まで分からなかった。だが、毒薬の研究書をプレゼントされるというのは、改めて思うと斬新だ。
「成人になるの楽しみにしてたけど、そっか、毒薬の研究書かあ」
うんうんと頷きながら、患者に薬を飲ませ始めるコウヤ。
「「……」」
ユキとジンクの思考は、この時停止していた。
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読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
次回は書籍化連動の番外編の予定です。
よろしくお願いします◎
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