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第九章
364 師匠に連絡する!!
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コウヤは何度もノックしたのだが、気付いてもらえなくて困っていた。
中から漏れ聞こえてくる声を聞く限り、どうやら立て込んでいるらしい。それも、いつもは穏やかで、人当たりも良いラーバが、怒っているようだ。感情がドア越しにコウヤには感じ取れた。淡々と話しながら、ルナッカーダを完全に言い負かしている。
トントントンっ
何度目かのノック。それでも気付いてもらえなかった。コウヤはため息をつく。この執務室のドアは、少し厚めなのだ。真剣に執務をしていたり、言い合いをしていると、中々音や声に気付いてもらえない。
普段は弱めだが、ドアに埋め込まれた防音を付与した魔石の効果もある。この魔石に意図的に魔力を込めることで、完全に内からも外からも声が漏れないようにすることもできる。
しかし、多くのギルドマスター達は気配察知のスキルを持っているため、普通のノックや声かけ以前に気付いた。
今回は、完全に話に夢中なようだ。気付けるはずのルナッカーダに余裕がないのだろう。仕事も一気に増えたため、未だに皆が戸惑っているのだ。ギルドマスターに集まる書類の量も半端な増量ではない。中の声が漏れ聞こえていることから、完全に防音にはなっていないのは確かだった。
「……この気付いてもらえない感じ……ちょっと懐かしい気もする……」
嫌な思い出ではあるが、ユースールの前ギルドマスターや幹部達が執務室でダラダラと過ごしていた頃は、こうして外からしつこく呼んでも、ほとんど気付いてもらえなかった。
タリスになってからは、ほとんどドアに近付くだけでエルテが気付いて、ノックと同時に開けてもらえる。例え防音状態になっていても同じだ。この差に、最初の頃は、コウヤだけでなく、他の職員達も感動したほどだった。
最低と最高の反応しか知らなかったコウヤも、この王都のギルドで普通を知った。だから、今回もノックすれば気付いてもらえるはずだったのだが、話に夢中になるとそうもいかないようだ。また新しいパターンを知れたと前向きに考えることにする。
「こういう場合は……少し開けるしかないね」
少しだけドアを開けて、声をかけるしかないと判断する。鍵はかかっていないので、重要な会議中というわけではないようだ。
「あの~……」
ほんの五センチほど開けた隙間から試しに声をかける。
その時、はっきりとサブマスのラーバが告げた。
「よくも雇ってくれたなと」
「ごめんなさい!」
「本心も隠せないバカを、受付に座らせるとか、乱闘騒ぎでも起こしたいのかと」
「申し訳ありません!」
「……」
これだけの会話で、コウヤは誰のことを指しているのかを察した。
浮かんだのは不満顔のソルマの姿。コウヤに絡んで来ることはなくなったが、未だに視線は感じる。内心では、コウヤの存在を心良くは思っていないようだ。それでも、関わって来ないだけ成長したと思うしかない。
タリスが居る場所でも、遠慮なく突っかかって来るような人だ。彼は貴族らしい性格をしている。反論出来る時はすかさず口にすること。それは貴族には大事なことだ。黙っていれば、あっという間に不本意な噂が広がるのだから。口喧嘩で勝てなければ、立場的に死ぬことを知っている。
それは、貴族にとっては致命的なこと。ある意味、冒険者よりも口汚いことだって口にする。その上、貴族は偽証も上手い。質が悪かった。いつだって自分が優位に立てるよう、他人の粗を探す日々。そんな中で暮らしていたのだ。素直に何かを認めるなんてことが出来なくなっているのは仕方がない。
「これは、冒険者達に始末させる気なのかと、一時期本気で考えました」
コウヤも彼を一時的にでも受付に置いていたことがあると聞いて思った。よく死ななかったものだ。彼は多分、その危機の中にあったことを、今でも知らないだろう。
「っ、よ、よかった……ほんと……ありがとうございました!!」
思わず立ち上がって深く頭を下げるルナッカーダ。それを見て、分かりやすくため息をついて見せるラーバ。
「えっと……どういう状況?」
教育方針が合わなくて話し合う、夫婦のようなやり取りだったなと、少し笑ってしまった。
隙間は十センチ。ここでようやく、ラーバがコウヤに気付いた。
「っ、あ、コウヤ様っ、おはようございます!」
「おはようございます、ラーバさん。すみません、何度かノックしても気付いていただけなかったので、開けてしまいました」
「あ、す、すみません! 大したことではないんです! ちょっと、子どもの教育方針について話し合っていただけですのでっ」
いつものラーバに戻ったなと感じた。
「ふふっ。それは熱が入ってしまいますよね」
「はいっ」
「ああ……本当に……」
ラーバは自信満々に、ルナッカーダは疲れたように椅子に座り直した。
「それで、コウヤ様。どうされました?」
コウヤは苦笑する。ラーバは最初から『コウヤ様』呼びだ。彼は年齢よりも実績重視らしいので、これは諦めたが、どうしても変な表情になってしまう。
気を取り直して報告を始めた。
「はい……現在、各地の商業ギルドや一部の商家が、純血種の方々に抗議を受けています」
「純血種……獣人族やエルフ族ですか? なぜ里から……」
一般的に純血種といえば、人族以外のものを指す。純血か混血を差別するのは彼らの考え方だ。その考え方が、人族に影響を与えることもある。それが、まさに少し前の第一王子派と第二王子派の争いだった。それくらいしか、第二王子派は優位に立てるものがなかったのだ。
他国でも、同じように貴族の中でも王族の血を引いているのが純血だとか、主張する者がいるらしい。
この考え方は、本当に厄介だ。
「分かりません。ただ、町に来ている方々の言い分は、奴隷として彼らの仲間を使った分の報酬を出せというものらしいです」
「……商業ギルドには確かに……荷運びなどで獣人の方を多く雇い入れていますね。ただ……例え純血の方でも、里抜けして行き場をなくした者ばかりのはずですが……」
奴隷として買われた者でも、商家の中には、自分を買い戻せるようにしている所は多い。商業ギルドもそうだ。慈善事業ではないので、全てのそうした奴隷を購入することはしないが、有能なスキル持ちならば購入し、何十年かの契約で解放する。もちろん、そこでの暮らししか知らない者達は、そのまま残る場合もあるようだ。
中には、扱いが悪い所もあるし、奴隷狩りに加担している所もある。だが、概ねはそうして平和的に雇っているのだ。
「その事情、彼らは知らないのかもしれません。ただ、使える口実というだけの可能性もあります。何より……里抜けした者も、人との間に生まれた方も、純血を重んじる彼らにとっては、処分の対象です」
「っ、そうだよ! お、おい。避難だっ。所属している者たちにっ」
「えっ、あっ、そ、そうですね!」
さすがに元冒険者をしていただけあり、ルナッカーダは知っている。ラーバの方は、実感は薄いようだ。そんな二人を、コウヤは手で押し留める。
「大丈夫です。他の冒険者の方々が、既に教会へ避難させてくれていました。町の住民の方にも、親老会が対応済みです」
「そ、そうか……っ」
「ですが、どうやら職員の方たちもこの事情を良く知らない方が多いようですね。他のギルドの方も心配です。一応警告というか、この機会に純血種の事実を広めるべきだと思います」
「……職員達が知らない……?」
「た、確かに、事情を詳しく説明されることなど……ないですよね……」
ルナッカーダとラーバはゆっくりと顔を見合わせて、顔を青ざめさせる。冒険者であったルナッカーダは当然、友人から聞いているし、冒険者の中では有名な話だ。
ラーバも冒険者の友人を持っているようなので、知っているようだ。しかし、やはり誰もが当たり前に知っていることではない。
聞いたことがあっても、現実味のない、ただの噂話程度の認識の方が当たり前なのだろう。
「この国ならば、教会で保護できます。ですが、他の国は、ギルドが保護するしかありません。それなのに、真っ先に今回の騒動に気付ける受付けの職員が知らないのは……」
「マズイ! すっ、すぐに連絡する! あ、いや、師匠だ! 師匠に連絡する!!」
ルナッカーダは慌てて連絡の魔導具に向かった。一方、ラーバはコウヤに向き直る。
「コウヤ様。このギルドでも情報を周知させる必要がありますよね」
「はい。少しでも理不尽に手を出される方を減らせるようにすべきです」
「では、今から職員達を集めます」
「わかりました」
そうして、ルナッカーダに連絡を任せ、職員達を集めた。
ラーバの説明を聞いて、多くの者が青ざめる。理不尽な事情に怒る者もいる。友人なのに頼られなかったのかと落ち込む者もいた。
そんな中で、ソルマがカタカタと震え出すのが見えた。それに気付いたマイルズがそっと声をかけていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
中から漏れ聞こえてくる声を聞く限り、どうやら立て込んでいるらしい。それも、いつもは穏やかで、人当たりも良いラーバが、怒っているようだ。感情がドア越しにコウヤには感じ取れた。淡々と話しながら、ルナッカーダを完全に言い負かしている。
トントントンっ
何度目かのノック。それでも気付いてもらえなかった。コウヤはため息をつく。この執務室のドアは、少し厚めなのだ。真剣に執務をしていたり、言い合いをしていると、中々音や声に気付いてもらえない。
普段は弱めだが、ドアに埋め込まれた防音を付与した魔石の効果もある。この魔石に意図的に魔力を込めることで、完全に内からも外からも声が漏れないようにすることもできる。
しかし、多くのギルドマスター達は気配察知のスキルを持っているため、普通のノックや声かけ以前に気付いた。
今回は、完全に話に夢中なようだ。気付けるはずのルナッカーダに余裕がないのだろう。仕事も一気に増えたため、未だに皆が戸惑っているのだ。ギルドマスターに集まる書類の量も半端な増量ではない。中の声が漏れ聞こえていることから、完全に防音にはなっていないのは確かだった。
「……この気付いてもらえない感じ……ちょっと懐かしい気もする……」
嫌な思い出ではあるが、ユースールの前ギルドマスターや幹部達が執務室でダラダラと過ごしていた頃は、こうして外からしつこく呼んでも、ほとんど気付いてもらえなかった。
タリスになってからは、ほとんどドアに近付くだけでエルテが気付いて、ノックと同時に開けてもらえる。例え防音状態になっていても同じだ。この差に、最初の頃は、コウヤだけでなく、他の職員達も感動したほどだった。
最低と最高の反応しか知らなかったコウヤも、この王都のギルドで普通を知った。だから、今回もノックすれば気付いてもらえるはずだったのだが、話に夢中になるとそうもいかないようだ。また新しいパターンを知れたと前向きに考えることにする。
「こういう場合は……少し開けるしかないね」
少しだけドアを開けて、声をかけるしかないと判断する。鍵はかかっていないので、重要な会議中というわけではないようだ。
「あの~……」
ほんの五センチほど開けた隙間から試しに声をかける。
その時、はっきりとサブマスのラーバが告げた。
「よくも雇ってくれたなと」
「ごめんなさい!」
「本心も隠せないバカを、受付に座らせるとか、乱闘騒ぎでも起こしたいのかと」
「申し訳ありません!」
「……」
これだけの会話で、コウヤは誰のことを指しているのかを察した。
浮かんだのは不満顔のソルマの姿。コウヤに絡んで来ることはなくなったが、未だに視線は感じる。内心では、コウヤの存在を心良くは思っていないようだ。それでも、関わって来ないだけ成長したと思うしかない。
タリスが居る場所でも、遠慮なく突っかかって来るような人だ。彼は貴族らしい性格をしている。反論出来る時はすかさず口にすること。それは貴族には大事なことだ。黙っていれば、あっという間に不本意な噂が広がるのだから。口喧嘩で勝てなければ、立場的に死ぬことを知っている。
それは、貴族にとっては致命的なこと。ある意味、冒険者よりも口汚いことだって口にする。その上、貴族は偽証も上手い。質が悪かった。いつだって自分が優位に立てるよう、他人の粗を探す日々。そんな中で暮らしていたのだ。素直に何かを認めるなんてことが出来なくなっているのは仕方がない。
「これは、冒険者達に始末させる気なのかと、一時期本気で考えました」
コウヤも彼を一時的にでも受付に置いていたことがあると聞いて思った。よく死ななかったものだ。彼は多分、その危機の中にあったことを、今でも知らないだろう。
「っ、よ、よかった……ほんと……ありがとうございました!!」
思わず立ち上がって深く頭を下げるルナッカーダ。それを見て、分かりやすくため息をついて見せるラーバ。
「えっと……どういう状況?」
教育方針が合わなくて話し合う、夫婦のようなやり取りだったなと、少し笑ってしまった。
隙間は十センチ。ここでようやく、ラーバがコウヤに気付いた。
「っ、あ、コウヤ様っ、おはようございます!」
「おはようございます、ラーバさん。すみません、何度かノックしても気付いていただけなかったので、開けてしまいました」
「あ、す、すみません! 大したことではないんです! ちょっと、子どもの教育方針について話し合っていただけですのでっ」
いつものラーバに戻ったなと感じた。
「ふふっ。それは熱が入ってしまいますよね」
「はいっ」
「ああ……本当に……」
ラーバは自信満々に、ルナッカーダは疲れたように椅子に座り直した。
「それで、コウヤ様。どうされました?」
コウヤは苦笑する。ラーバは最初から『コウヤ様』呼びだ。彼は年齢よりも実績重視らしいので、これは諦めたが、どうしても変な表情になってしまう。
気を取り直して報告を始めた。
「はい……現在、各地の商業ギルドや一部の商家が、純血種の方々に抗議を受けています」
「純血種……獣人族やエルフ族ですか? なぜ里から……」
一般的に純血種といえば、人族以外のものを指す。純血か混血を差別するのは彼らの考え方だ。その考え方が、人族に影響を与えることもある。それが、まさに少し前の第一王子派と第二王子派の争いだった。それくらいしか、第二王子派は優位に立てるものがなかったのだ。
他国でも、同じように貴族の中でも王族の血を引いているのが純血だとか、主張する者がいるらしい。
この考え方は、本当に厄介だ。
「分かりません。ただ、町に来ている方々の言い分は、奴隷として彼らの仲間を使った分の報酬を出せというものらしいです」
「……商業ギルドには確かに……荷運びなどで獣人の方を多く雇い入れていますね。ただ……例え純血の方でも、里抜けして行き場をなくした者ばかりのはずですが……」
奴隷として買われた者でも、商家の中には、自分を買い戻せるようにしている所は多い。商業ギルドもそうだ。慈善事業ではないので、全てのそうした奴隷を購入することはしないが、有能なスキル持ちならば購入し、何十年かの契約で解放する。もちろん、そこでの暮らししか知らない者達は、そのまま残る場合もあるようだ。
中には、扱いが悪い所もあるし、奴隷狩りに加担している所もある。だが、概ねはそうして平和的に雇っているのだ。
「その事情、彼らは知らないのかもしれません。ただ、使える口実というだけの可能性もあります。何より……里抜けした者も、人との間に生まれた方も、純血を重んじる彼らにとっては、処分の対象です」
「っ、そうだよ! お、おい。避難だっ。所属している者たちにっ」
「えっ、あっ、そ、そうですね!」
さすがに元冒険者をしていただけあり、ルナッカーダは知っている。ラーバの方は、実感は薄いようだ。そんな二人を、コウヤは手で押し留める。
「大丈夫です。他の冒険者の方々が、既に教会へ避難させてくれていました。町の住民の方にも、親老会が対応済みです」
「そ、そうか……っ」
「ですが、どうやら職員の方たちもこの事情を良く知らない方が多いようですね。他のギルドの方も心配です。一応警告というか、この機会に純血種の事実を広めるべきだと思います」
「……職員達が知らない……?」
「た、確かに、事情を詳しく説明されることなど……ないですよね……」
ルナッカーダとラーバはゆっくりと顔を見合わせて、顔を青ざめさせる。冒険者であったルナッカーダは当然、友人から聞いているし、冒険者の中では有名な話だ。
ラーバも冒険者の友人を持っているようなので、知っているようだ。しかし、やはり誰もが当たり前に知っていることではない。
聞いたことがあっても、現実味のない、ただの噂話程度の認識の方が当たり前なのだろう。
「この国ならば、教会で保護できます。ですが、他の国は、ギルドが保護するしかありません。それなのに、真っ先に今回の騒動に気付ける受付けの職員が知らないのは……」
「マズイ! すっ、すぐに連絡する! あ、いや、師匠だ! 師匠に連絡する!!」
ルナッカーダは慌てて連絡の魔導具に向かった。一方、ラーバはコウヤに向き直る。
「コウヤ様。このギルドでも情報を周知させる必要がありますよね」
「はい。少しでも理不尽に手を出される方を減らせるようにすべきです」
「では、今から職員達を集めます」
「わかりました」
そうして、ルナッカーダに連絡を任せ、職員達を集めた。
ラーバの説明を聞いて、多くの者が青ざめる。理不尽な事情に怒る者もいる。友人なのに頼られなかったのかと落ち込む者もいた。
そんな中で、ソルマがカタカタと震え出すのが見えた。それに気付いたマイルズがそっと声をかけていた。
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