元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南

文字の大きさ
上 下
259 / 476
第九章

364 師匠に連絡する!!

しおりを挟む
コウヤは何度もノックしたのだが、気付いてもらえなくて困っていた。

中から漏れ聞こえてくる声を聞く限り、どうやら立て込んでいるらしい。それも、いつもは穏やかで、人当たりも良いラーバが、怒っているようだ。感情がドア越しにコウヤには感じ取れた。淡々と話しながら、ルナッカーダを完全に言い負かしている。


トントントンっ


何度目かのノック。それでも気付いてもらえなかった。コウヤはため息をつく。この執務室のドアは、少し厚めなのだ。真剣に執務をしていたり、言い合いをしていると、中々音や声に気付いてもらえない。

普段は弱めだが、ドアに埋め込まれた防音を付与した魔石の効果もある。この魔石に意図的に魔力を込めることで、完全に内からも外からも声が漏れないようにすることもできる。

しかし、多くのギルドマスター達は気配察知のスキルを持っているため、普通のノックや声かけ以前に気付いた。

今回は、完全に話に夢中なようだ。気付けるはずのルナッカーダに余裕がないのだろう。仕事も一気に増えたため、未だに皆が戸惑っているのだ。ギルドマスターに集まる書類の量も半端な増量ではない。中の声が漏れ聞こえていることから、完全に防音にはなっていないのは確かだった。

「……この気付いてもらえない感じ……ちょっと懐かしい気もする……」

嫌な思い出ではあるが、ユースールの前ギルドマスターや幹部達が執務室でダラダラと過ごしていた頃は、こうして外からしつこく呼んでも、ほとんど気付いてもらえなかった。

タリスになってからは、ほとんどドアに近付くだけでエルテが気付いて、ノックと同時に開けてもらえる。例え防音状態になっていても同じだ。この差に、最初の頃は、コウヤだけでなく、他の職員達も感動したほどだった。

最低と最高の反応しか知らなかったコウヤも、この王都のギルドで普通を知った。だから、今回もノックすれば気付いてもらえるはずだったのだが、話に夢中になるとそうもいかないようだ。また新しいパターンを知れたと前向きに考えることにする。

「こういう場合は……少し開けるしかないね」

少しだけドアを開けて、声をかけるしかないと判断する。鍵はかかっていないので、重要な会議中というわけではないようだ。

「あの~……」

ほんの五センチほど開けた隙間から試しに声をかける。

その時、はっきりとサブマスのラーバが告げた。

「よくも雇ってくれたなと」
「ごめんなさい!」
「本心も隠せないバカを、受付に座らせるとか、乱闘騒ぎでも起こしたいのかと」
「申し訳ありません!」
「……」

これだけの会話で、コウヤは誰のことを指しているのかを察した。

浮かんだのは不満顔のソルマの姿。コウヤに絡んで来ることはなくなったが、未だに視線は感じる。内心では、コウヤの存在を心良くは思っていないようだ。それでも、関わって来ないだけ成長したと思うしかない。

タリスが居る場所でも、遠慮なく突っかかって来るような人だ。彼は貴族らしい性格をしている。反論出来る時はすかさず口にすること。それは貴族には大事なことだ。黙っていれば、あっという間に不本意な噂が広がるのだから。口喧嘩で勝てなければ、立場的に死ぬことを知っている。

それは、貴族にとっては致命的なこと。ある意味、冒険者よりも口汚いことだって口にする。その上、貴族は偽証も上手い。質が悪かった。いつだって自分が優位に立てるよう、他人の粗を探す日々。そんな中で暮らしていたのだ。素直に何かを認めるなんてことが出来なくなっているのは仕方がない。

「これは、冒険者達に始末させる気なのかと、一時期本気で考えました」

コウヤも彼を一時的にでも受付に置いていたことがあると聞いて思った。よく死ななかったものだ。彼は多分、その危機の中にあったことを、今でも知らないだろう。

「っ、よ、よかった……ほんと……ありがとうございました!!」

思わず立ち上がって深く頭を下げるルナッカーダ。それを見て、分かりやすくため息をついて見せるラーバ。

「えっと……どういう状況?」

教育方針が合わなくて話し合う、夫婦のようなやり取りだったなと、少し笑ってしまった。

隙間は十センチ。ここでようやく、ラーバがコウヤに気付いた。

「っ、あ、コウヤ様っ、おはようございます!」
「おはようございます、ラーバさん。すみません、何度かノックしても気付いていただけなかったので、開けてしまいました」
「あ、す、すみません! 大したことではないんです! ちょっと、子どもの教育方針について話し合っていただけですのでっ」

いつものラーバに戻ったなと感じた。

「ふふっ。それは熱が入ってしまいますよね」
「はいっ」
「ああ……本当に……」

ラーバは自信満々に、ルナッカーダは疲れたように椅子に座り直した。

「それで、コウヤ様。どうされました?」

コウヤは苦笑する。ラーバは最初から『コウヤ様』呼びだ。彼は年齢よりも実績重視らしいので、これは諦めたが、どうしても変な表情になってしまう。

気を取り直して報告を始めた。

「はい……現在、各地の商業ギルドや一部の商家が、純血種の方々に抗議を受けています」
「純血種……獣人族やエルフ族ですか? なぜ里から……」

一般的に純血種といえば、人族以外のものを指す。純血か混血を差別するのは彼らの考え方だ。その考え方が、人族に影響を与えることもある。それが、まさに少し前の第一王子派と第二王子派の争いだった。それくらいしか、第二王子派は優位に立てるものがなかったのだ。

他国でも、同じように貴族の中でも王族の血を引いているのが純血だとか、主張する者がいるらしい。

この考え方は、本当に厄介だ。

「分かりません。ただ、町に来ている方々の言い分は、奴隷として彼らの仲間を使った分の報酬を出せというものらしいです」
「……商業ギルドには確かに……荷運びなどで獣人の方を多く雇い入れていますね。ただ……例え純血の方でも、里抜けして行き場をなくした者ばかりのはずですが……」

奴隷として買われた者でも、商家の中には、自分を買い戻せるようにしている所は多い。商業ギルドもそうだ。慈善事業ではないので、全てのそうした奴隷を購入することはしないが、有能なスキル持ちならば購入し、何十年かの契約で解放する。もちろん、そこでの暮らししか知らない者達は、そのまま残る場合もあるようだ。

中には、扱いが悪い所もあるし、奴隷狩りに加担している所もある。だが、概ねはそうして平和的に雇っているのだ。

「その事情、彼らは知らないのかもしれません。ただ、使える口実というだけの可能性もあります。何より……里抜けした者も、人との間に生まれた方も、純血を重んじる彼らにとっては、処分の対象です」
「っ、そうだよ! お、おい。避難だっ。所属している者たちにっ」
「えっ、あっ、そ、そうですね!」

さすがに元冒険者をしていただけあり、ルナッカーダは知っている。ラーバの方は、実感は薄いようだ。そんな二人を、コウヤは手で押し留める。

「大丈夫です。他の冒険者の方々が、既に教会へ避難させてくれていました。町の住民の方にも、親老会が対応済みです」
「そ、そうか……っ」
「ですが、どうやら職員の方たちもこの事情を良く知らない方が多いようですね。他のギルドの方も心配です。一応警告というか、この機会に純血種の事実を広めるべきだと思います」
「……職員達が知らない……?」
「た、確かに、事情を詳しく説明されることなど……ないですよね……」

ルナッカーダとラーバはゆっくりと顔を見合わせて、顔を青ざめさせる。冒険者であったルナッカーダは当然、友人から聞いているし、冒険者の中では有名な話だ。

ラーバも冒険者の友人を持っているようなので、知っているようだ。しかし、やはり誰もが当たり前に知っていることではない。

聞いたことがあっても、現実味のない、ただの噂話程度の認識の方が当たり前なのだろう。

「この国ならば、教会で保護できます。ですが、他の国は、ギルドが保護するしかありません。それなのに、真っ先に今回の騒動に気付ける受付けの職員が知らないのは……」
「マズイ! すっ、すぐに連絡する! あ、いや、師匠だ! 師匠に連絡する!!」

ルナッカーダは慌てて連絡の魔導具に向かった。一方、ラーバはコウヤに向き直る。

「コウヤ様。このギルドでも情報を周知させる必要がありますよね」
「はい。少しでも理不尽に手を出される方を減らせるようにすべきです」
「では、今から職員達を集めます」
「わかりました」

そうして、ルナッカーダに連絡を任せ、職員達を集めた。

ラーバの説明を聞いて、多くの者が青ざめる。理不尽な事情に怒る者もいる。友人なのに頼られなかったのかと落ち込む者もいた。

そんな中で、ソルマがカタカタと震え出すのが見えた。それに気付いたマイルズがそっと声をかけていた。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 2,781

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。