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第九章
351 嫌がるだろうな
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フレスタとディスタは、既にそれぞれの王宮と縁が切れていると確信し、コウヤの申し出を了承した。
「私でお役に立てるのなら、是非お願いします」
「ご迷惑になる時が来たら、遠慮なく切り捨てていただいて構いません」
これが十五歳と十四歳の少年の言葉だ。さすが王子だと、変な所でコウヤは内心感心する。
「ふふっ。切り捨てたりしませんよ。あなた方をこの王宮から追い出すという時は、俺もこことの関係を断つ時です。もちろん、その時は一緒に暮らしましょうね」
フレスタとディスタは、先程の涙がようやく乾いたのに、再び目を潤ませる。一緒に居てくれると言ってくれた者など、彼らには連れてきた老人しか、もはや居なかったからだ。
そんな中、ジルファスが過剰に反応した。耳聡いニールが平然とした顔をしているのは、その時は自分もと思っているからだ。彼は、国よりコウヤを選ぶと既に心に決めている。
「っ、コウヤ、冗談でも止めてくれっ」
立ち上がり、机の上で組まれていたコウヤの腕を掴むジルファス。どこにも行くなと懇願する表情を浮かべていた。
それを見上げてコウヤは苦笑する。まさか、ここまで過剰反応されるとは思わなかったのだ。
「そんな顔しないでください。勝手に出ていったりしませんよ。そのつもりなら、この部屋も貰っていません」
「そ、そう……本当に?」
「ええ。でも、邪魔になったら……」
「っ、ならないよ! コウヤはっ、コウヤは私がどれだけ出会えて嬉しかったか……っ」
少しジルファスを怒らせたようだ。ふっと息を吐いてから謝っておく。
「すみません。分かってます。きちんと分かっていますよ。ジル父さん」
目を見てそう伝えれば、ジルファスは強張っていた肩の力を抜いた。そして、きつく逃がさないというように握ってしまっていたコウヤの手に気付いて、慌てて離す。
「……っ、すまない……取り乱した……」
「いいえ」
椅子にストンと座り、息を吐くジルファス。
これらを見ていたフレスタとディスタは、コウヤが大切にされているということを理解した。次に、そんな王子に付いて良いのだろうかと不安気に顔を見合わせる。涙もジルファスの剣幕に驚いて引っ込んでいた。
そこに、いままで黙って事の成り行きを見ていたアルキスがテーブルに片肘を突いて、コウヤに顔を向けてニヤリと笑う。
「コウヤが出てったら、半分以上の武官や文官が出てっちまうだろ。そっちのが一大事だぜ。あ、魔法師は丸っと抜けるな。あと第三の奴ら」
「確かに、それは困る」
「困りますねえ」
アビリス王がすかさず同意を示して頷き、ベルナディオも首を振る。
「この辺の奴らも、ちゃっかりついて行くんじゃね?」
目を向けられた近衛騎士やメイド達が、必死でその目から逃げるように、明後日の方に視線を向ける。
「……冗談だったんだが……マジか」
アルキスは目が合わないことに、ちょっと焦った。しかし、コウヤはその可能性に現実を見ていない。
「まさか。そんなことにはならないですよ」
普通に笑い飛ばすコウヤだが、近衛騎士やメイド達の視線は、相変わらず逃げていた。それを胡乱げに見て、アルキスはため息を吐き、小さく愚痴った。
「コウヤはいい加減、自分が思うより慕われてること、自覚すべきだと思うぞ……」
意味が分からないとコウヤは首を傾げた後、不安そうにするフレスタとディスタを見て、やるべきことを思い出す。
「あっ、お二人のことを引き取ると、お国へ伝えなくてはなりませんね。この場合は、俺が直接お手紙を書いて良いものですか?」
ニールへ確認する。すると、首を横に振られる。
「一筆お書きになるのは構いませんが、こちらへ来られた事情もありますので、国王からとすべきです」
「うむ。すぐにしたためよう」
「お願いします。お祖父様」
「ああ。任せなさい」
嬉しそうに破顔するアビリス王。しかし、確認することもあったと、すぐに思案顔になる。
「彼らが助けたいと言った者達はどうする」
彼らがここへ来た目的についてだ。これには、コウヤも色々と考えていた。何より、こうしてフレスタ達を動かせたことについても、気になっていたのだ。
「それなんですけど、もし、仮に彼らが治療薬を持って帰ったとしたら、どうなっていたんでしょう。政治的な意味で」
交易をすることはほとんど商業ギルドに頼っている状態。国が主導してということは少なかった。その方が、余計な軋轢も生まれない。政治的な駆け引きを、極力避けてきたのだ。
しかし、今回の場合は違う。
その可能性に真っ先気付いたのは、ベルナディオ宰相だった。
「なるほど……成功していれば、我が国へ、少なからぬ恩を返さなくてはならなくなります。特にこれで、神教国からの干渉を避けられるのですし、治療法は唯一と言えるもの。あちら側は、大きな借りを作ることになりましょう」
ここまで聞けば、アビリス王も苦い顔になっていた。
「それは、国としては嫌がるだろうな……ということは……最初から両方切り捨てるつもりだったか」
病に倒れている者も、フレスタ達も、両方をここで断つつもりでいる可能性が高い。
これは、早急に確認すべきだ。
「ルー君。どこまで調べられる?」
コウヤ達のいるテーブルからは少し離れた小さなテーブルで、ルディエはベニと向かい合って紅茶を飲んでいた。
呼ばれてゆっくりコウヤの方へ顔を向ける。
「今居る場所と、現在の扱いを調べればいいの」
「うん。あと、彼らのも」
立ち場的にどんな扱いになっているか。そして、フレスタ達が本当に彼らが言った通りに王宮を追い出されたことになっているのかどうかを確認したかった。
「場所は確認済みだけど……すぐに知りたいなら、その辺に居る詳しそうなのを捕まえるよ」
「なら、すぐにお願い」
「うん」
ルディエが上を向く。
「聞こえたな? 捕まえろ」
その指示から十秒と掛からず、部屋の外で待機している近衛騎士から声がかかった。
「し、神官様っ、サーナ様が参りました!」
「入ってもらって」
そして、入って来たのはサーナと白夜部隊の一人の男性。彼らは、二人ずつ両腕に人を引き摺って現れた。気絶しているらしい男たちは、首の後ろの服を引っ張られ、苦しそうだった。
この場で、この光景に驚いているのは、フレスタとディスタ、そして、お付きの老人三人だけ。もはや、アビリス王達はそれほど動揺したりはしない。
サーナが優雅に礼をして報告した。
「ご要望の内情を知っている密偵を連れて参りました」
果たして、笑顔で告げられて良い内容なのか迷う所だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
「私でお役に立てるのなら、是非お願いします」
「ご迷惑になる時が来たら、遠慮なく切り捨てていただいて構いません」
これが十五歳と十四歳の少年の言葉だ。さすが王子だと、変な所でコウヤは内心感心する。
「ふふっ。切り捨てたりしませんよ。あなた方をこの王宮から追い出すという時は、俺もこことの関係を断つ時です。もちろん、その時は一緒に暮らしましょうね」
フレスタとディスタは、先程の涙がようやく乾いたのに、再び目を潤ませる。一緒に居てくれると言ってくれた者など、彼らには連れてきた老人しか、もはや居なかったからだ。
そんな中、ジルファスが過剰に反応した。耳聡いニールが平然とした顔をしているのは、その時は自分もと思っているからだ。彼は、国よりコウヤを選ぶと既に心に決めている。
「っ、コウヤ、冗談でも止めてくれっ」
立ち上がり、机の上で組まれていたコウヤの腕を掴むジルファス。どこにも行くなと懇願する表情を浮かべていた。
それを見上げてコウヤは苦笑する。まさか、ここまで過剰反応されるとは思わなかったのだ。
「そんな顔しないでください。勝手に出ていったりしませんよ。そのつもりなら、この部屋も貰っていません」
「そ、そう……本当に?」
「ええ。でも、邪魔になったら……」
「っ、ならないよ! コウヤはっ、コウヤは私がどれだけ出会えて嬉しかったか……っ」
少しジルファスを怒らせたようだ。ふっと息を吐いてから謝っておく。
「すみません。分かってます。きちんと分かっていますよ。ジル父さん」
目を見てそう伝えれば、ジルファスは強張っていた肩の力を抜いた。そして、きつく逃がさないというように握ってしまっていたコウヤの手に気付いて、慌てて離す。
「……っ、すまない……取り乱した……」
「いいえ」
椅子にストンと座り、息を吐くジルファス。
これらを見ていたフレスタとディスタは、コウヤが大切にされているということを理解した。次に、そんな王子に付いて良いのだろうかと不安気に顔を見合わせる。涙もジルファスの剣幕に驚いて引っ込んでいた。
そこに、いままで黙って事の成り行きを見ていたアルキスがテーブルに片肘を突いて、コウヤに顔を向けてニヤリと笑う。
「コウヤが出てったら、半分以上の武官や文官が出てっちまうだろ。そっちのが一大事だぜ。あ、魔法師は丸っと抜けるな。あと第三の奴ら」
「確かに、それは困る」
「困りますねえ」
アビリス王がすかさず同意を示して頷き、ベルナディオも首を振る。
「この辺の奴らも、ちゃっかりついて行くんじゃね?」
目を向けられた近衛騎士やメイド達が、必死でその目から逃げるように、明後日の方に視線を向ける。
「……冗談だったんだが……マジか」
アルキスは目が合わないことに、ちょっと焦った。しかし、コウヤはその可能性に現実を見ていない。
「まさか。そんなことにはならないですよ」
普通に笑い飛ばすコウヤだが、近衛騎士やメイド達の視線は、相変わらず逃げていた。それを胡乱げに見て、アルキスはため息を吐き、小さく愚痴った。
「コウヤはいい加減、自分が思うより慕われてること、自覚すべきだと思うぞ……」
意味が分からないとコウヤは首を傾げた後、不安そうにするフレスタとディスタを見て、やるべきことを思い出す。
「あっ、お二人のことを引き取ると、お国へ伝えなくてはなりませんね。この場合は、俺が直接お手紙を書いて良いものですか?」
ニールへ確認する。すると、首を横に振られる。
「一筆お書きになるのは構いませんが、こちらへ来られた事情もありますので、国王からとすべきです」
「うむ。すぐにしたためよう」
「お願いします。お祖父様」
「ああ。任せなさい」
嬉しそうに破顔するアビリス王。しかし、確認することもあったと、すぐに思案顔になる。
「彼らが助けたいと言った者達はどうする」
彼らがここへ来た目的についてだ。これには、コウヤも色々と考えていた。何より、こうしてフレスタ達を動かせたことについても、気になっていたのだ。
「それなんですけど、もし、仮に彼らが治療薬を持って帰ったとしたら、どうなっていたんでしょう。政治的な意味で」
交易をすることはほとんど商業ギルドに頼っている状態。国が主導してということは少なかった。その方が、余計な軋轢も生まれない。政治的な駆け引きを、極力避けてきたのだ。
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その可能性に真っ先気付いたのは、ベルナディオ宰相だった。
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病に倒れている者も、フレスタ達も、両方をここで断つつもりでいる可能性が高い。
これは、早急に確認すべきだ。
「ルー君。どこまで調べられる?」
コウヤ達のいるテーブルからは少し離れた小さなテーブルで、ルディエはベニと向かい合って紅茶を飲んでいた。
呼ばれてゆっくりコウヤの方へ顔を向ける。
「今居る場所と、現在の扱いを調べればいいの」
「うん。あと、彼らのも」
立ち場的にどんな扱いになっているか。そして、フレスタ達が本当に彼らが言った通りに王宮を追い出されたことになっているのかどうかを確認したかった。
「場所は確認済みだけど……すぐに知りたいなら、その辺に居る詳しそうなのを捕まえるよ」
「なら、すぐにお願い」
「うん」
ルディエが上を向く。
「聞こえたな? 捕まえろ」
その指示から十秒と掛からず、部屋の外で待機している近衛騎士から声がかかった。
「し、神官様っ、サーナ様が参りました!」
「入ってもらって」
そして、入って来たのはサーナと白夜部隊の一人の男性。彼らは、二人ずつ両腕に人を引き摺って現れた。気絶しているらしい男たちは、首の後ろの服を引っ張られ、苦しそうだった。
この場で、この光景に驚いているのは、フレスタとディスタ、そして、お付きの老人三人だけ。もはや、アビリス王達はそれほど動揺したりはしない。
サーナが優雅に礼をして報告した。
「ご要望の内情を知っている密偵を連れて参りました」
果たして、笑顔で告げられて良い内容なのか迷う所だった。
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