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第八章 学校と研修

291 潰れればいいんですよ!

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トルヴァランの王城では現在、急ピッチで進められていることがあった。今朝もその議題が主として上がっている。

大きな行事だ。急ピッチとはいえ、執り行われるのは三ヶ月先である。唐突に入った国の行事で、三ヶ月あるからと余裕ではいられないのが問題だ。

「国民への布告の準備は整いました! いつでもできます!」

かつて聞いたことないほどのはっきりした声で宣言するその人の目の下には、濃いクマがあった。多分、倒れる限界は近い。少し精神的にも危ないかもしれない。

しかし、だからといって休ませられない。この布告が終われば、彼には更なる仕事が降りかかることになるだろう。

「その……他国からの参加希望者が後を立たず、当初の予定人数を大幅に越えると予想されます……警備体制を今一度見直していただきたい……」

ここ数日で、外交担当のその人は一気に老けた。次代を寄せ付けないほど強気で、矍鑠かくしゃくとした頼りになる年長者は、もはや部下を叱り飛ばす気力もなかった。

「料理人達の大半が、パーティの前に短期の修行にユースールへ行きたいと訴えております。そうでなければ自分たちは満足な仕事ができないと……も、もちろん、困ると反対したのですが、ほ、包丁が……っ、包丁が飛んできました……っ」

料理人など、平民と変わらないからと以前まで歯牙にもかけなかったその人は『いい加減我慢出来るか!!』とキレた料理人たちにナイフやフォーク、包丁などを投げ付けられたらしい。

今まで下の文官たちに吐口を持ってきていた者は多く、思うように進まない仕事に苛立ち、普段は当たらなかった人にも苛立ちを向けるようになっていた。

彼もそうだ。今回は当たった人が悪かった。身分もあり、反撃など絶対にされないと思っていた彼は、その恐怖に怖気付いた。

それから毎日のように包丁を持って追いかけてくる料理人たちを夢で見るようで、最近は食事も恐怖で食べられなくなってきていた。今も思い出して涙目である。

「御衣装なのですが……素材からして拘りたいと……それも自分たちで見て購入すると言われまして……っ、さ、先ほど、ミラルファ様を先頭にカトレア様やイスリナ様をお連れになり、出て行かれましたぁぁぁっ」

椅子から立ち上がり、泣きそうになりながらその人は土下座した。

これにはさすがにアビリス王も目を丸くした。

「な、なに? カトレアやイスリナも? 護衛はつけているだろうな!?」
「ちょい待て。おい。義姉上あねうえの服装は? ドレスだったか? 冒険者仕様じゃねえだろうな!?」

アルキスが焦る。これはとっても重要だ。ジルファスもまさかと真っ青だった。

「っ……め、メイスを担いでおられました……」
「チッ、俺が行く!」

飛び出して行くアルキス。彼は途中で会った魔法師も連れてミラルファ達を追った。

そして、残された者たちは揃って椅子に深く身を預ける。大半は頭を抱えていた。

そんな様子を見て、宰相のベルナディオはクスクスと笑った。

「これはもう無理ですねえ。こんなグダグタになるとは、やはりあの子たちの抜けた穴は大きいようです」
「……笑い事か……まさか、あの領主補佐になると出て行った文官たちがこれほど影響力を持っていたとは思わんだろう……抜けたのは十人も居ないのだぞ……」

どれだけ準備期間が短いとはいっても、ここまで疲弊したりしないはずだった。侯爵の謀反による粛清により、人材不足であったが、それらの補充もかなりできていた。

しかし、誤算だったのは、貴族たちに頭を抑えられながらも仕事をしてくれていた平民出の文官たちが城を離れたことだ。

思えば、彼らも限界を感じていたのだろう。あの日、領主補佐についての話し合いをしていると、彼らは扉を守る騎士達を押し除けて飛び込んできた。

謀反かと慌てたアビリス王たちの前で、彼らは元気に手をあげた。



『はいはいはい! 我々が行きます!!』
『任せてください! 身分ばっかり前に出して口しか動かさないクズ共じゃなければどうとでもします!』
『尻を蹴っ飛ばして仕事させてみせますよ!』
『やっと! やっとここから出られる! ここじゃなければいいです! 島でも、迷宮内でも、どこででも仕事しますよ!』



ここまではまあ、売り込みだ。うんうん意気込み充分だねと聞いていたのだが、その後が酷かった。



『その間に、ちょっとでいいので、ウチの上司達に地獄を見せてやってください! ちょっとでいいですよ? あの人たち、絶対私ら下が逆らわないからっていい気になりやがってますが、精神はクソ弱いですからねー』
『潰れればいいんですよ! あ~、良かった。もう一日でもあそこに居たら、窓から突き落とすところでしたっ。クシャっと地面に叩き付けられる奴らの姿を想像して……ふはは……』
『それそれっ。それなっ。どこの階段から落としたら苦しみながら死ぬかって、もう階段見る度に考えちゃってさあ。どれくらいの力でどう押したら綺麗に落とせるかとか、考えて夜も眠れないんだよっ』



謀反より危険だと判断した。

早急に対処すべきだと。だから、一も二もなく決定した。

それを言い渡した時に本気で拝まれたのは狂気じみていて怖かった。

日に日に彼らが抜けた穴は意識せざるを得なくなり、更に予定になかった国の行事が入ることにより、本格的に首が回らなくなった。

それとは別にここに来て、この行事へのやる気をみなぎらせるコウヤファンの者たちが増え、誤魔化しが利かないほど統率が乱れ出している。

ベルナディオはこの変化に最も早く気付いた。それからおかしくて仕方がない。どれだけあの文官たちが支えてくれていたのかと、見せつけられて愉快でたまらなかった。

精神的に一番ヤバいのはこのベルナディオだ。

忙しくなるほど、追い詰められるほど笑っているのだから。

「それだけあの子たちが支えてくれていたのですよ。ふふふ。頭を下げたら戻って来るでしょうか? 補佐の仕事を終えたら、きっぱり辞めてユースールに行きますと言いそうですねえ。ふふふふふ」
「さ、宰相様……?」
「べ、ベルナディオ? だ、大丈夫か?」

ジルファスがここでようやく、ベルナディオの様子に気付いた。アビリス王もここ数日、ヤバいなとは思っていたが、いよいよもってこれはと不安顔だ。

そしてベルナディオはぶっちゃけだした。

「何ですか? 問題ありませんよ。ふふふ。だって、コウヤ様が王子として認められれば、あの子たちだって、この国を見捨てたりしません。ええ。もうコウヤ様がいらっしゃればどうとでもなります。あの第三騎士団さえ手懐けたコウヤ様なら、口先だけで仕事ができないバカどもも使えるようにしてくださいますよ。楽しみですねえ。きっと静かになりますねえ。ふふふふふ……」
「……」
「ち、父上……これはちょっと……お披露目まで保たない気がします……」

そう。進めているのは、コウヤの王子としてのお披露目の儀だ。

本来ならば、王族の仲間入りということで、十才の時に行う。他国の王族も招き、大々的に顔見せを行うのだ。

次にある十五才で行う貴族の成人の儀で合わせてでも良いのではないかという意見もあったが、圧倒的多数により、十三才の今でもお披露目の儀をきちんと行うべきだと決定した。一刻も早く、コウヤを王族として広く知らしめたいということもあった。

しかし、この壊れ具合はよろしくない。先頭に立つベルナディオがおかしくなってきているのだ。最低限、この人だけでも正気に戻さねばとアビリス王とジルファスは方法を考える。

シクシク泣く声と、真っ白になりかけている虚な雰囲気。鬱々と沈んだ空気。かつてない会議の様子に、見守る騎士たちも気が気でない。

そこに、宰相付きの第三書記官であるニールが温かいお茶を煎れて入ってきた。

「失礼いたします」

侍従もびっくりなほど流れるように自然に用意されたお茶に、王たちはもう無意識で手を伸ばした。

「っ……美味しい……」
「恐れ入ります」

誰もがほっと息を吐いた。

ベルナディオも狂気さえ宿っていた目に、知性的な光が戻ってくる。

「おや。これは珍しいお茶ですねえ? 香ばしくてとても落ち着きます」
「はい。ユースールの新しい特産だそうです。焙じ茶と呼ばれております。コウヤ様が是非にと先日お持ちになりました」

緑茶よりは馴染みやすいかなとコウヤがニールへ託していたのだ。

「それと、コウヤ様が現状をオスロー様からお聞きになったらしく『それならばレンス様に一度人員の派遣をお願いしてみましょうか』とご提案いただきました」
「そ、それはっ。できるのでしょうか……」
「確認しましたところ。実にやり甲斐のありそうな状況だと、三分の一ほどお貸しいただけるそうです」
「さ、三分の一!? い、いいのでしょうか!? そ、それではお願いしましょう!」

ベルナディオが迎えに行くと言って部屋を飛び出して行った。

やはり、かなりヤバかったらしい。

「……そ、その……ニールといったか。ベルナディオを頼む」
「承知しました」

ゆったりとした足取りで追いかけていくニール。コウヤだけでなく、神官達も認める実力者と聞いているので、アビリス王もジルファスも安心して任せることにした。

「それにしても……これでどうにかなるか?」

アビリス王は少し肩の力が抜けた。しかし、ジルファスはそうではなかった。考え込むように顎を撫でる。アビリス王が目を瞬かせる。

「どうした?」
「いえ……あのユースールの文官ですし……大丈夫だとは思いますが……いえ。精神的に強くなりそうでいいですね」
「んん?」

ジルファスは諦めた。なるようにしかならない。それが例え、鬼教官一斉派遣の様相を見せたとしても。

「楽しみです」

少しずつコウヤに毒されてきているというのに、気付いていないジルファスだった。

そして、その足音は刻一刻と近付いてきていた。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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