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040 真の聖女とはなんです
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キリルは舞踏会のあったあの日。帰ってきたジルナリスから、第一王子の反応を聞いていた。
『まあ……何て言うの? ちょっと予想と違ったわ』
ジルナリスとしても意外だったのだ。王子の様子から考えれば考えるほど、想いは本気だったのかもしれないと。
『あの王子……イーサって……名前を覚えてたわよ』
一応報告はしたよと背を向けながら言われたこの言葉に、キリルは動揺した。恨むことで保っていた心がグラグラと揺れる。こんな不安な気持ちは、シルフィスカに好きに生きろと言われた時と同じだ。
立つ場所がどこか分からなくなる。そんな不安で、心が冷えていく。
父親である王子を見た時。心は最初、不気味なほど凪いでいた。こいつが母を殺したのだと、そう思うと許せないという気持ちも変わらず湧いてくる。けれど、何かが違う。
いつか絶望を味あわせてやると思っているのに、それより先に許してしまいそうになる自分がいることに気付いて焦った。
「君、君はまさかっ」
「っ……」
拳を握る。強く握り過ぎて手を傷付けても、何も感じない。
忘れてはダメだ。母の苦しみを忘れるなと、あの時の想いを思い出す。
見つめられる目が不快だ。けれど、こいつに自分の存在を知らしめることが母のため。近付いてくる王子に体が震える。それは怒りと不安と恐怖だ。
何も聞こえなくなっていることにも気付かないほど、キリルは酷く動揺していた。
そんなキリルに声が届いた。
「落ち着け、キリル」
「っ、シル……フィスカ……さま……っ」
息ができると思った。シルフィスカはそっとキリルが握り込んだ手を開き、傷を癒す。
「大丈夫だから、息をしろ」
「っ……っ、どうして……」
「ユジアが珍しく焦って呼びに来た。家に入る前で良かったよ。入っていたらユキトが絶対に取り継がなかっただろうからな」
「当たり前です。半人前の執事が一人廃人になろうと、主人の安眠の方が優先です」
「も、申し訳……っ」
ユキトはユジアを睨みながらそう告げる。ユジアはなぜか感動しているように見えるが、今はそれどころではない。
「気にするな。あれでユキトもお前を心配しているんだ」
「……からかわれてもコメントはいたしませんよ」
本当にこういう所が人っぽい。
「ふっ。ほらな? 強がってる。落ち着いたか?」
「っ……はい……ありがとうございます……」
「いいさ」
「っ!」
シルフィスカは子どもをあやすように笑みを浮かべてキリルの髪を梳いた。
「お前は昔から溜め込むからな。そういうところがイーサにそっくりだ。イーサも、そこは似なくて良いのにと笑っていたよ」
「っ……」
「言っただろキリル。アレはイーサの恨みだ。他の誰も肩代わりしてはいけない。本当に許せるのもイーサだけ。だからお前がイーサの思いを汲む必要はない。もちろん、相手の方の気持ちも無視して良い。お前自身がどうしたいかだ」
「……私が……」
母のために恨み続けること。キリルはいつの間にか、それが義務のような気がしていた。だから動揺した。
王子と母の間で行き違いがあったかもしれないと知って、許すべきではないかと。だが、それをしたら、母を裏切ることになる。その思いの狭間で、キリルは自分の心が分からなくなっていた。
「お前が無理にイーサに義理立てして恨み続けることも、真実を知って許せるのではないかと悩む必要もない。どんな答えを出しても、誰も責めないさ。誰も責める資格はないんだからな」
「っ……はい……少し……一人で考えてきます……」
「ああ。休んでおいで」
「はい……」
キリルは一人部屋を出て行った。
「さて、何か聞きたいことがあるとか」
シルフィスカは王へ目を向けた。
「っ、あ、ああ……その……その前に、先程の彼が……まさか……」
王は、キリルが出て行った方へ視線を投げる。
「そうですね。正直に申し上げるならば、そちらの第一王子と元王宮メイドのイーサとの間に生まれた子です。後を追うのは今はよしていただけますか?」
「わ、分かった……っ、それと、休むところをすまないっ。それに、呪解薬のこと……先日の舞踏会でのこと、本当に申し訳なかった!」
王は勢いよく頭を下げた。それをしばらく見つめ、ふっと息を吐いてシルフィスカは告げた。
「最低限の休息は取れていますし、過去のことで許せないのは伯爵家の者だけです。お気になさらず。ですが申し訳ありません。この屋敷では、私も招かれた者です。あまり長居はできません」
「それはどうゆう……」
「こちらの事情です。お聞きになりたいことは何でしょうか」
シルフィスカは先を促す。早く終えないと先ほどからユキトの視線が剣呑なものになってきているのだ。城塞執事が暴れたらどうなるかと気が気でない。普通に王など殺しそうなのだ。
「呪術王について知らないだろうか」
「……なるほど……その名まで出るようになったのならば、そろそろこの国から追い出せそうですね」
「っ、やはり知っているのか!」
王は少し前のめりになりながら目を大きく見開いた。
「それについては……サクラ。説明を任せてもいいか」
「はい。ですので、主様はお休みください」
「分かった、分かった。ユジア、キリルが戻って来たら少しついていてやってくれ」
「承知しました」
そうして、そろそろ本気で危ない空気を出し始めたユキトを宥めながら、シルフィスカは屋敷を出て行った。
残された面々は様々な様子を見せる。
「うお~……マジでなんなんだあのユキトとかいう執事……勝てる気が全くしねえ……」
「なんですか、あれ……あの気配は人ではないような……それに、魔力も相当なものです」
「……ああ、人ではなさそうだな」
「じゃあ、なんなんだよ……」
ビスラとフラン、ミィアが息をついて考える。強者であるからこそ、分かるのだ。ユキトが只者ではないと。
ケルストは、弟子の中でも長くシルフィスカと付き合いがあったこともあり、その存在について推測ができた。
「……あれが……『城塞執事』……それで、君が……『戦闘機』?」
「よくお分かりになりましたね。その通りです」
サクラへ確認した答えは、正しかったと証明された。
「っ、おいおいっ。それって古代の……っ。マジかよ。師匠……なんてもんを側に……っ」
「古代兵器……機械人形なんて……人にしか見えない……」
「……どおりで気配がおかしいはずだ……」
ビスラ達は驚きながらも納得した。シルフィスカならば、そんなものを所有していても不思議ではないと。動けるようにしていてもおかしくはないと思えた。
だが、王達は混乱中だ。そして、ゆっくりと理解して真っ青になっていた。とはいえ、誰もそんなことは気にしない。そして、サクラも彼らなど特にどうでも良かった。
「わたくしのことはお気になさらず。呪術王についてご説明するのが主様のご命令ですので」
「……ん……俺も知りたい……師匠が昔……もし関わっても、手を出すなって……言われた」
ケルストをはじめ、弟子達にはそう話していたのだ。
「そういや、聞いたことあるかも」
「私もです。あまり口にするのも何だからとも」
「噂を聞いても許可なく調べるなと言われたな……」
ビスラ達も、きちんと聞いていたのだ。まず関わるなと。
「賢明でしょう。あれは、人が安易に関わっていいものではありません。呪術王と呼ばれているのは、神子と呼ばれた者であり、神の弟子であり、堕ちた神であると記録されています」
「……神……」
「はい。現代で原初の聖女と呼ばれるフィアーナ姫と共に育ったのが、現在呪術王と呼ばれる神子です」
神子とは、聖女のように治癒魔法の才が特に高い男性のこと。特異なほどの才を持つのは女が多く、神子はほとんど現れない。
「治癒魔法の腕だけでなく、ほとんどの魔法や武術に精通していたともいわれています。それらが神との邂逅により得たものであったと」
彼は、シルフィスカ同様に神と言葉を交わすだけでなく、精神を神界へと渡らせるほどの力を有する者だった。
「そして、神の弟子であったことで、死した後に神となられました。ですが、その死の真相を知ったことで、闇に堕ちた…….それが呪術王と呼ばれるものです」
闇に堕ちた彼は、呪術を生み出した。
「あれは、同じ苦しみを持つ者の前に惹かれて現れます。神であることを忘れてもいない。傲慢で、非情で、異常であり、最早、神さえも手を出せない地上での王とされました」
だから王と呼ばれる。地上を支配することさえ可能な力を持っているのだから。
「その地の守護者である聖女を守ることが呪術王を退ける鍵だと言われております。真の聖女が居れば国は助かると。ですが、それを誤れば絶望が絶望を呼び、死を呼び込みます。国は滅びるでしょう」
「っ、では、どうすればいい! 我が国はもう……っ」
「っ、父上っ」
王が力なく座り込む。顔を上げ、サクラに問いかけたのは第一王子だった。
「っ……彼女が……シルフィスカ嬢が真の聖女なのではありませんか?」
「それにお答えすることはできません」
「っ……」
サクラは表情を変えない。だが、きっとそれが答えなのだろう。とはいえ、シルフィスカをこれ以上引っ張り出せば、サクラは確実に敵に回る。そう感じるからこそ、王子は口を噤んだ。
それでも聞かなくてはならないのが、騎士というものだ。国を守るために必要なことだと、マリエス侯爵が一歩前に出てサクラに尋ねた。
「では、真の聖女とはなんです」
「その土地の守護を約束された唯一無二の存在。生まれながらにして神との対話さえ可能とする素質を秘めた存在だといわれています」
それを聞いて魔法師長が考えを巡らせる。
「神との対話……呪術王と同じことができる者ということですか?」
「本来の聖女、神子とはそういうものです。ただし、素質があるだけで、努力は必要です。その過程も、そこへ至るための資格を得るに必要なことだと記録されています」
「……ではやはり、それが答えですね……」
「……」
サクラは決して、シルフィスカが真の聖女だと明言しない。この場の誰もがシルフィスカであると認識しても、それだけはできないのだ。
ならば、弟子達が確認したいのは一つだけ。
「……真の聖女は……呪術王を……倒せる?」
「……」
ケルストの問いかけに、サクラの瞳が一瞬揺れた。
「……神となることが約束されるほどの聖女ならば……とお答えいたします」
「……分かった……」
弟子達は理解した。シルフィスカがそうであると。
感じるのは、さすがは師匠だという誇り。だが、同時に自分たちは共に在れないのだという思いが湧き上がる。けれど、だからといって悲観したりはしないのがシルフィスカの弟子達だ。
「……俺たちは変わらなくていい……このまま上を目指す……それなら……大丈夫」
「そうっすね! よし、俺らも早いとこ特級になろうぜ」
「それがいいですね。そこは目標にしておかなくてはなりません」
「国に固執して出遅れたからな」
「無駄だったっすね~」
「無駄でしたね」
「ああ」
無駄、無駄言われることに腹を立ててもいいはずの王やビスラとフランの元上司達は静かだ。見れば、普通に落ち込んでいた。
そして、この場でもう一人。
自身に力が足りないことを冷静に理解し、落ち込む者がいた。
レイルである。
************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、11日の予定です。
よろしくお願いします◎
『まあ……何て言うの? ちょっと予想と違ったわ』
ジルナリスとしても意外だったのだ。王子の様子から考えれば考えるほど、想いは本気だったのかもしれないと。
『あの王子……イーサって……名前を覚えてたわよ』
一応報告はしたよと背を向けながら言われたこの言葉に、キリルは動揺した。恨むことで保っていた心がグラグラと揺れる。こんな不安な気持ちは、シルフィスカに好きに生きろと言われた時と同じだ。
立つ場所がどこか分からなくなる。そんな不安で、心が冷えていく。
父親である王子を見た時。心は最初、不気味なほど凪いでいた。こいつが母を殺したのだと、そう思うと許せないという気持ちも変わらず湧いてくる。けれど、何かが違う。
いつか絶望を味あわせてやると思っているのに、それより先に許してしまいそうになる自分がいることに気付いて焦った。
「君、君はまさかっ」
「っ……」
拳を握る。強く握り過ぎて手を傷付けても、何も感じない。
忘れてはダメだ。母の苦しみを忘れるなと、あの時の想いを思い出す。
見つめられる目が不快だ。けれど、こいつに自分の存在を知らしめることが母のため。近付いてくる王子に体が震える。それは怒りと不安と恐怖だ。
何も聞こえなくなっていることにも気付かないほど、キリルは酷く動揺していた。
そんなキリルに声が届いた。
「落ち着け、キリル」
「っ、シル……フィスカ……さま……っ」
息ができると思った。シルフィスカはそっとキリルが握り込んだ手を開き、傷を癒す。
「大丈夫だから、息をしろ」
「っ……っ、どうして……」
「ユジアが珍しく焦って呼びに来た。家に入る前で良かったよ。入っていたらユキトが絶対に取り継がなかっただろうからな」
「当たり前です。半人前の執事が一人廃人になろうと、主人の安眠の方が優先です」
「も、申し訳……っ」
ユキトはユジアを睨みながらそう告げる。ユジアはなぜか感動しているように見えるが、今はそれどころではない。
「気にするな。あれでユキトもお前を心配しているんだ」
「……からかわれてもコメントはいたしませんよ」
本当にこういう所が人っぽい。
「ふっ。ほらな? 強がってる。落ち着いたか?」
「っ……はい……ありがとうございます……」
「いいさ」
「っ!」
シルフィスカは子どもをあやすように笑みを浮かべてキリルの髪を梳いた。
「お前は昔から溜め込むからな。そういうところがイーサにそっくりだ。イーサも、そこは似なくて良いのにと笑っていたよ」
「っ……」
「言っただろキリル。アレはイーサの恨みだ。他の誰も肩代わりしてはいけない。本当に許せるのもイーサだけ。だからお前がイーサの思いを汲む必要はない。もちろん、相手の方の気持ちも無視して良い。お前自身がどうしたいかだ」
「……私が……」
母のために恨み続けること。キリルはいつの間にか、それが義務のような気がしていた。だから動揺した。
王子と母の間で行き違いがあったかもしれないと知って、許すべきではないかと。だが、それをしたら、母を裏切ることになる。その思いの狭間で、キリルは自分の心が分からなくなっていた。
「お前が無理にイーサに義理立てして恨み続けることも、真実を知って許せるのではないかと悩む必要もない。どんな答えを出しても、誰も責めないさ。誰も責める資格はないんだからな」
「っ……はい……少し……一人で考えてきます……」
「ああ。休んでおいで」
「はい……」
キリルは一人部屋を出て行った。
「さて、何か聞きたいことがあるとか」
シルフィスカは王へ目を向けた。
「っ、あ、ああ……その……その前に、先程の彼が……まさか……」
王は、キリルが出て行った方へ視線を投げる。
「そうですね。正直に申し上げるならば、そちらの第一王子と元王宮メイドのイーサとの間に生まれた子です。後を追うのは今はよしていただけますか?」
「わ、分かった……っ、それと、休むところをすまないっ。それに、呪解薬のこと……先日の舞踏会でのこと、本当に申し訳なかった!」
王は勢いよく頭を下げた。それをしばらく見つめ、ふっと息を吐いてシルフィスカは告げた。
「最低限の休息は取れていますし、過去のことで許せないのは伯爵家の者だけです。お気になさらず。ですが申し訳ありません。この屋敷では、私も招かれた者です。あまり長居はできません」
「それはどうゆう……」
「こちらの事情です。お聞きになりたいことは何でしょうか」
シルフィスカは先を促す。早く終えないと先ほどからユキトの視線が剣呑なものになってきているのだ。城塞執事が暴れたらどうなるかと気が気でない。普通に王など殺しそうなのだ。
「呪術王について知らないだろうか」
「……なるほど……その名まで出るようになったのならば、そろそろこの国から追い出せそうですね」
「っ、やはり知っているのか!」
王は少し前のめりになりながら目を大きく見開いた。
「それについては……サクラ。説明を任せてもいいか」
「はい。ですので、主様はお休みください」
「分かった、分かった。ユジア、キリルが戻って来たら少しついていてやってくれ」
「承知しました」
そうして、そろそろ本気で危ない空気を出し始めたユキトを宥めながら、シルフィスカは屋敷を出て行った。
残された面々は様々な様子を見せる。
「うお~……マジでなんなんだあのユキトとかいう執事……勝てる気が全くしねえ……」
「なんですか、あれ……あの気配は人ではないような……それに、魔力も相当なものです」
「……ああ、人ではなさそうだな」
「じゃあ、なんなんだよ……」
ビスラとフラン、ミィアが息をついて考える。強者であるからこそ、分かるのだ。ユキトが只者ではないと。
ケルストは、弟子の中でも長くシルフィスカと付き合いがあったこともあり、その存在について推測ができた。
「……あれが……『城塞執事』……それで、君が……『戦闘機』?」
「よくお分かりになりましたね。その通りです」
サクラへ確認した答えは、正しかったと証明された。
「っ、おいおいっ。それって古代の……っ。マジかよ。師匠……なんてもんを側に……っ」
「古代兵器……機械人形なんて……人にしか見えない……」
「……どおりで気配がおかしいはずだ……」
ビスラ達は驚きながらも納得した。シルフィスカならば、そんなものを所有していても不思議ではないと。動けるようにしていてもおかしくはないと思えた。
だが、王達は混乱中だ。そして、ゆっくりと理解して真っ青になっていた。とはいえ、誰もそんなことは気にしない。そして、サクラも彼らなど特にどうでも良かった。
「わたくしのことはお気になさらず。呪術王についてご説明するのが主様のご命令ですので」
「……ん……俺も知りたい……師匠が昔……もし関わっても、手を出すなって……言われた」
ケルストをはじめ、弟子達にはそう話していたのだ。
「そういや、聞いたことあるかも」
「私もです。あまり口にするのも何だからとも」
「噂を聞いても許可なく調べるなと言われたな……」
ビスラ達も、きちんと聞いていたのだ。まず関わるなと。
「賢明でしょう。あれは、人が安易に関わっていいものではありません。呪術王と呼ばれているのは、神子と呼ばれた者であり、神の弟子であり、堕ちた神であると記録されています」
「……神……」
「はい。現代で原初の聖女と呼ばれるフィアーナ姫と共に育ったのが、現在呪術王と呼ばれる神子です」
神子とは、聖女のように治癒魔法の才が特に高い男性のこと。特異なほどの才を持つのは女が多く、神子はほとんど現れない。
「治癒魔法の腕だけでなく、ほとんどの魔法や武術に精通していたともいわれています。それらが神との邂逅により得たものであったと」
彼は、シルフィスカ同様に神と言葉を交わすだけでなく、精神を神界へと渡らせるほどの力を有する者だった。
「そして、神の弟子であったことで、死した後に神となられました。ですが、その死の真相を知ったことで、闇に堕ちた…….それが呪術王と呼ばれるものです」
闇に堕ちた彼は、呪術を生み出した。
「あれは、同じ苦しみを持つ者の前に惹かれて現れます。神であることを忘れてもいない。傲慢で、非情で、異常であり、最早、神さえも手を出せない地上での王とされました」
だから王と呼ばれる。地上を支配することさえ可能な力を持っているのだから。
「その地の守護者である聖女を守ることが呪術王を退ける鍵だと言われております。真の聖女が居れば国は助かると。ですが、それを誤れば絶望が絶望を呼び、死を呼び込みます。国は滅びるでしょう」
「っ、では、どうすればいい! 我が国はもう……っ」
「っ、父上っ」
王が力なく座り込む。顔を上げ、サクラに問いかけたのは第一王子だった。
「っ……彼女が……シルフィスカ嬢が真の聖女なのではありませんか?」
「それにお答えすることはできません」
「っ……」
サクラは表情を変えない。だが、きっとそれが答えなのだろう。とはいえ、シルフィスカをこれ以上引っ張り出せば、サクラは確実に敵に回る。そう感じるからこそ、王子は口を噤んだ。
それでも聞かなくてはならないのが、騎士というものだ。国を守るために必要なことだと、マリエス侯爵が一歩前に出てサクラに尋ねた。
「では、真の聖女とはなんです」
「その土地の守護を約束された唯一無二の存在。生まれながらにして神との対話さえ可能とする素質を秘めた存在だといわれています」
それを聞いて魔法師長が考えを巡らせる。
「神との対話……呪術王と同じことができる者ということですか?」
「本来の聖女、神子とはそういうものです。ただし、素質があるだけで、努力は必要です。その過程も、そこへ至るための資格を得るに必要なことだと記録されています」
「……ではやはり、それが答えですね……」
「……」
サクラは決して、シルフィスカが真の聖女だと明言しない。この場の誰もがシルフィスカであると認識しても、それだけはできないのだ。
ならば、弟子達が確認したいのは一つだけ。
「……真の聖女は……呪術王を……倒せる?」
「……」
ケルストの問いかけに、サクラの瞳が一瞬揺れた。
「……神となることが約束されるほどの聖女ならば……とお答えいたします」
「……分かった……」
弟子達は理解した。シルフィスカがそうであると。
感じるのは、さすがは師匠だという誇り。だが、同時に自分たちは共に在れないのだという思いが湧き上がる。けれど、だからといって悲観したりはしないのがシルフィスカの弟子達だ。
「……俺たちは変わらなくていい……このまま上を目指す……それなら……大丈夫」
「そうっすね! よし、俺らも早いとこ特級になろうぜ」
「それがいいですね。そこは目標にしておかなくてはなりません」
「国に固執して出遅れたからな」
「無駄だったっすね~」
「無駄でしたね」
「ああ」
無駄、無駄言われることに腹を立ててもいいはずの王やビスラとフランの元上司達は静かだ。見れば、普通に落ち込んでいた。
そして、この場でもう一人。
自身に力が足りないことを冷静に理解し、落ち込む者がいた。
レイルである。
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