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039 許さないけど……手打ち
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ここ数日、ヒルセント国の国王と第一王子は走り回っていた。
シルフィスカのことを調べ、ベリスベリー伯爵家について知り、聖女とされるリンティスの実態を知った。
調べれば調べるほど酷い。因みに、王家直轄の暗部は頭だったミィアが抜けたことで再編中。使ったのは騎士団長のマリエス侯爵や魔法師長の家のものだ。本来ならば頼るべきではない裏のことだが、今回は急を要することと、彼らも知りたかったというのがあり、目を瞑ってもらった。
「……よくあの子は無事だったものだ……」
「生きていることすら不思議なくらいですね……普通の令嬢ならば無理です……」
出てきたのは、まったく貴族の令嬢とは思えないシルフィスカの暮らしぶり。
マリエス侯爵と魔法師長も言葉を失った。
「使用人達までも腐っているとは思いませんでした……あんな家が存在していたなど……っ」
拳を固く握りしめ、震えるマリエス侯爵。知れば知るほど許せないと思ったのだ。騎士としての高潔さを知るマリエス侯爵は報告を聞く度、不快で仕方がなかった。今すぐにでも騎士団を率いてベリスベリー伯爵家の関係者を全て捕らえようと考えるほどに。
「……私の方では、冒険者としてのシルフィスカ嬢……シルフィという特級冒険者の情報を調べました。知り合いの冒険者に頭を下げて事情を説明してなんとか手に入れたものです」
魔法師長は、懇意にしている上級の冒険者に頼み込んだ。たまたま、その冒険者パーティが挨拶に来てくれたのだ。上級ともなれば、貴族への対応もしっかりとできる者が多い。
ただし挨拶とは、この国ではもう仕事はしないというもの。決別の挨拶だった。上級だからこそ、特級冒険者へ対する国の仕打ちを許せるものではなく、義理は通すが、はっきりと別離の意思を伝えたのだ。
許すことは出来ないが、彼らがシルフィスカの情報を出したのは、自分たちの知るシルフィスカを正しく理解させるため。国がどれほど酷い仕打ちをしたのかを分からせるためでもあったようだ。
「治癒魔法の腕は間違いなく歴代のどの国の聖女よりも上。それも、正式に冒険者となる前からそうであったようです。その頃から、冒険者としての実力は密かに認められており、あれほどの治癒魔法を扱えるのならば、教会に保護してもらうことも可能であるはずと噂になっていたようです」
「実際に、どれほどの治癒魔法の力を持っているのだ」
この国の教会が聖女と認めるリンティスよりも上と聞いても、想像できない。王としては、知っておきたかった。この国の真の聖女の実力を。
「無詠唱。それも、仮に王城前広場に集まった三千人ほどの怪我人を数秒とせずに癒してしまえる腕前だそうです……その上、部分欠損さえ再生するとか……」
「っ!? そんっ、そんなことあり得ないだろう! 原初の聖女と同じことが……っ」
「事実だそうです。四年前、ヘスライル国で起きた鉱山の崩落事故で、実際に腕や足を失くした者達を助けたと」
一瞬で悪夢でも見ていたような、そんな呆然としている間に腕や足が再生されていったらしい。
「その救出の現場に居合わせた冒険者パーティの一つが話してくれた者たちです。嘘ではないでしょう」
「っ……そんなっ……そんな子を呪ったというのか!」
「はい……彼らも知っていました。あれほどの力を持って他人を癒すのに、自身が傷付いた時は自然治癒しかないということを……痛覚がないため、何年か前までは、深い傷に気付かないことが多かったようです……」
痛覚がないというのは、冒険者にとって致命的だろう。それでもやって来られたのは、シルフィスカを守ろうとする周りの冒険者たちの力と、何よりも彼女自身の実力が高いお陰だ。
「ならば尚更、聖女として守るべきではありませんか?」
第一王子がそう口にする。だが、マリエス侯爵と魔法師長は首を横に振った。
「この国の教会自体が、ベリスベリー伯爵家によって、俗物に成り下がってしまっているのです……なぜ、今まで目を向けなかったのか……」
「私もそうです。教会の現状を知ろうともしませんでした。冒険者に聞いて、初めておかしいのだと気付いたのです」
「……それはどういう……」
なんだか気持ちが悪い。おかしいと違和感を覚えることもなく、盲目的に教会は正しいと信じていた。聖女と認められたリンティスを見ていて、なぜ聖女だと自分たちも認めていたのか。
「シルフィスカ嬢のことについてもそうです。唐突に……本当に突然情報が出てきました。まるで、誰かの手によって情報を意図的に認識できないようにされていたような……」
「それで思い出しました。かつて、真の聖女を冤罪で捕らえ、処刑した国の話です……『呪術王によって滅ぼされた大国』……そんな話がありました」
御伽噺の一つだ。『だから聖女は大切なのです』ということを教えたいらしいが、魔法師長には、昔からこれがとても奇妙な話のように思えてならなかった。
「教会が教える御伽噺の一つですが……この教訓は恐らく聖女を敬えというわけではなく……『国を滅ぼせるほどの呪術王と呼ばれる者が存在する』ということではないかと」
「……呪術王……それは……まさか、呪術を教えるという……」
「ええ。恐らくそうでしょう。深い恨みと絶望を持つ者に呪術を教える者。呪術師達もそれを教えた者を覚えていない……そんな人物ならば、このおかしな状況も作れるかもしれません」
「呪術王……」
それこそ御伽噺の世界の人物だ。存在するとは思えない。だが、実際に呪術を他人に教えることが出来ないのも確からしい。『師を知らず、師になれないもの』というのが呪術師なのだ。
「……そんな者が相手では、手が出せんぞ……」
「はい。ですが、運良く……といいますか、幸いなことに、真の聖女と思えるシルフィスカ嬢は無事です。ただ……どう国が滅んだのかが分からないのが不安ではありますが……」
「なるほど……ならばまだ間に合うかもしれん」
王は立ち上がった。
「父上?」
「彼女に会いに行く。謝りたい。それに、彼女ならば呪術王についても知っているやもしれん」
続いてマリエス侯爵が一歩前に出る。
「っ、お供致します! そして、ゼスタート卿に国に残るよう話を」
「では、私もお連れください。未だ聖女と名乗るリンティス嬢は見つかっていません。またシルフィスカ嬢に手を出す可能性があります。そう忠告し、屋敷に結界を張らせていただきます。ゼスタート家の方々を人質に取られることになってはいけません」
魔法師長はこの場の誰よりも恐れていた。直感とでもいうのだろうか。絶対にシルフィスカを失ってはならないと感じるのだ。
「私も行きます。全ては私が……私の目の前で彼女は傷付けられたのです。それに……もっと謝らねばならないこともありますから」
「王子……」
「……」
マリエス侯爵も、魔法師長も第一王子が抱えていた想いを知っていた。二人は王と共に見守る態勢を取ってしまったのだ。必ず折り合いを付けると信じていた。
「行きましょう。この国を守るためでもあります」
「そうだな……」
そうして、王と第一王子は、マリエス侯爵と魔法師長だけを連れてゼスタート侯爵家へやって来た。
◆ ◆ ◆
出迎えたユジアは、そのまま王達を部屋に通した。ケルスト達も集まるその部屋へ。間違いなくワザとだ。
「……王……」
「っ、邪魔をしてすまない。どうしてもきちんと謝罪をしたかったのだ……」
「……そのような……」
もちろん謝罪はあって然るべきだとベルタ・ゼスタートも思っている。ベルタはこの先一生をかけてシルフィスカに償って行くつもりでいる。
一生をかけてさえも、呪解石を手に入れる苦労に見合うだけの償いが出来るかどうかも分からない。それでも、そうすべきだと思った。
ベルタは王を見つめる。一応の謝罪だけで許されたいと思っているのではないか。おかしな冤罪をかぶせておいて、それだけで済ます気ではないかと厳しい目で見る。
きっと、シルフィスカならばその一度の『すまなかった』という言葉だけで許してしまうと思うのだ。それで済ませてはいけないのに。
これでシルフィスカに会わせていいものかと判断に悩む。だが、ここで口を開いたのは、シルフィスカの一番弟子であるケルストだった。
「謝って……それでなかったことにするなら……帰って。師匠は気にしないけど……俺や……他の弟子達は許さない……許せない……」
「っ……そんなつもりはないっ」
「っ、私もです! 謝って終わりにする気はありませんっ。でも、それならどう償えば……っ」
第一王子の様子に、ジルナリスとベルタは驚いた。女遊びをするだけだった普段の彼とは、全く違う目をしていたのだ。改めて見るとまるで別人のようだった。
「……忘れないこと……謝罪をした後も……一生忘れないこと。傷付いた方が忘れても、きちんと覚えていること……自分が傷付けてしまったことを忘れてはいけない……そう、俺は師匠に教えられた」
「「っ……」」
謝ったのだから良いだろうと思って忘れてはいけない。
「二度と……誰かを傷付けないように……誤ちを、なかったことに……しないこと。それで……手打ち」
「……そう……だな……次があってはならない。胸に刻もう」
「私も……全部、一生忘れません」
第一王子の口にした全部には、キリルの母であったイーサのことも含まれている。それが、なんとなく静かに部屋の隅に控えていたキリルには伝わってきた。
「なら、俺たちも……許さないけど……手打ち。もう責めない……忘れないから」
ケルスト達も忘れない。許さなかったことを忘れない。
「あの……シルフィスカ嬢は……」
「休んでる……ずっと……ほとんど寝てないと思う……だから、起こすのはダメ」
「まさか、あれからずっと?」
スタンピードだと聞いていたはずだ。ヘスライル国王から抗議の手紙も届いていた。発生してたった二日で全ての処理が終わったと。そんな英雄をよくも傷付けてくれたなと。戦争も辞さないという内容のものだった。
ビスラが椅子の背もたれに体重を預けながら面倒くさそうに答える。
「その前からだろ。兆候を感じてから、師匠ならほぼ毎日確認してただろうからな。そういや、商業ギルドがえらく感謝してたよな」
「街道が崖崩れで通れなくなったのを、どうにかしてくれと師匠に泣きついたみたいです。サクラさんが開通させたとか」
「すげえな……けど、師匠に頼る商業ギルドもどうなんだよ。まあ、騎士や兵達は出払ってたけどな」
「頼り過ぎですよね」
「問題ない。一応、クギは刺しておいた」
「おっ、さすが兄貴!」
そんな会話を聞いて、シルフィスカの凄さを改めて認識する王達。だが、最も大事なことを伝えなくてはならないと思い出す。
「その……謝罪もそうなのだが、一つ気になるとことがあって伝えにきたのだ。『呪術王』というのを知っているか?」
「っ!」
これを聞いて反応したのは、キリルだけだった。気付いたユジアが声をかける。これもワザとだ。王子にキリルを認識させようとしていた。ユジアはキリルの上司として、全ての事情を知っていたのだ。
「キリル。何か知っているのですかな?」
「あ、はい……シルフィ様から以前お聞きしました。母に……母に呪術を教えた者を知りたくて……」
第一王子は目を見開いた。キリルの姿をはっきりと認識したのだ。
「呪術を……っ、君、君はまさかっ」
「っ……」
キリルも王子をまっすぐに見つめた。
************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、4日の予定です。
よろしくお願いします◎
シルフィスカのことを調べ、ベリスベリー伯爵家について知り、聖女とされるリンティスの実態を知った。
調べれば調べるほど酷い。因みに、王家直轄の暗部は頭だったミィアが抜けたことで再編中。使ったのは騎士団長のマリエス侯爵や魔法師長の家のものだ。本来ならば頼るべきではない裏のことだが、今回は急を要することと、彼らも知りたかったというのがあり、目を瞑ってもらった。
「……よくあの子は無事だったものだ……」
「生きていることすら不思議なくらいですね……普通の令嬢ならば無理です……」
出てきたのは、まったく貴族の令嬢とは思えないシルフィスカの暮らしぶり。
マリエス侯爵と魔法師長も言葉を失った。
「使用人達までも腐っているとは思いませんでした……あんな家が存在していたなど……っ」
拳を固く握りしめ、震えるマリエス侯爵。知れば知るほど許せないと思ったのだ。騎士としての高潔さを知るマリエス侯爵は報告を聞く度、不快で仕方がなかった。今すぐにでも騎士団を率いてベリスベリー伯爵家の関係者を全て捕らえようと考えるほどに。
「……私の方では、冒険者としてのシルフィスカ嬢……シルフィという特級冒険者の情報を調べました。知り合いの冒険者に頭を下げて事情を説明してなんとか手に入れたものです」
魔法師長は、懇意にしている上級の冒険者に頼み込んだ。たまたま、その冒険者パーティが挨拶に来てくれたのだ。上級ともなれば、貴族への対応もしっかりとできる者が多い。
ただし挨拶とは、この国ではもう仕事はしないというもの。決別の挨拶だった。上級だからこそ、特級冒険者へ対する国の仕打ちを許せるものではなく、義理は通すが、はっきりと別離の意思を伝えたのだ。
許すことは出来ないが、彼らがシルフィスカの情報を出したのは、自分たちの知るシルフィスカを正しく理解させるため。国がどれほど酷い仕打ちをしたのかを分からせるためでもあったようだ。
「治癒魔法の腕は間違いなく歴代のどの国の聖女よりも上。それも、正式に冒険者となる前からそうであったようです。その頃から、冒険者としての実力は密かに認められており、あれほどの治癒魔法を扱えるのならば、教会に保護してもらうことも可能であるはずと噂になっていたようです」
「実際に、どれほどの治癒魔法の力を持っているのだ」
この国の教会が聖女と認めるリンティスよりも上と聞いても、想像できない。王としては、知っておきたかった。この国の真の聖女の実力を。
「無詠唱。それも、仮に王城前広場に集まった三千人ほどの怪我人を数秒とせずに癒してしまえる腕前だそうです……その上、部分欠損さえ再生するとか……」
「っ!? そんっ、そんなことあり得ないだろう! 原初の聖女と同じことが……っ」
「事実だそうです。四年前、ヘスライル国で起きた鉱山の崩落事故で、実際に腕や足を失くした者達を助けたと」
一瞬で悪夢でも見ていたような、そんな呆然としている間に腕や足が再生されていったらしい。
「その救出の現場に居合わせた冒険者パーティの一つが話してくれた者たちです。嘘ではないでしょう」
「っ……そんなっ……そんな子を呪ったというのか!」
「はい……彼らも知っていました。あれほどの力を持って他人を癒すのに、自身が傷付いた時は自然治癒しかないということを……痛覚がないため、何年か前までは、深い傷に気付かないことが多かったようです……」
痛覚がないというのは、冒険者にとって致命的だろう。それでもやって来られたのは、シルフィスカを守ろうとする周りの冒険者たちの力と、何よりも彼女自身の実力が高いお陰だ。
「ならば尚更、聖女として守るべきではありませんか?」
第一王子がそう口にする。だが、マリエス侯爵と魔法師長は首を横に振った。
「この国の教会自体が、ベリスベリー伯爵家によって、俗物に成り下がってしまっているのです……なぜ、今まで目を向けなかったのか……」
「私もそうです。教会の現状を知ろうともしませんでした。冒険者に聞いて、初めておかしいのだと気付いたのです」
「……それはどういう……」
なんだか気持ちが悪い。おかしいと違和感を覚えることもなく、盲目的に教会は正しいと信じていた。聖女と認められたリンティスを見ていて、なぜ聖女だと自分たちも認めていたのか。
「シルフィスカ嬢のことについてもそうです。唐突に……本当に突然情報が出てきました。まるで、誰かの手によって情報を意図的に認識できないようにされていたような……」
「それで思い出しました。かつて、真の聖女を冤罪で捕らえ、処刑した国の話です……『呪術王によって滅ぼされた大国』……そんな話がありました」
御伽噺の一つだ。『だから聖女は大切なのです』ということを教えたいらしいが、魔法師長には、昔からこれがとても奇妙な話のように思えてならなかった。
「教会が教える御伽噺の一つですが……この教訓は恐らく聖女を敬えというわけではなく……『国を滅ぼせるほどの呪術王と呼ばれる者が存在する』ということではないかと」
「……呪術王……それは……まさか、呪術を教えるという……」
「ええ。恐らくそうでしょう。深い恨みと絶望を持つ者に呪術を教える者。呪術師達もそれを教えた者を覚えていない……そんな人物ならば、このおかしな状況も作れるかもしれません」
「呪術王……」
それこそ御伽噺の世界の人物だ。存在するとは思えない。だが、実際に呪術を他人に教えることが出来ないのも確からしい。『師を知らず、師になれないもの』というのが呪術師なのだ。
「……そんな者が相手では、手が出せんぞ……」
「はい。ですが、運良く……といいますか、幸いなことに、真の聖女と思えるシルフィスカ嬢は無事です。ただ……どう国が滅んだのかが分からないのが不安ではありますが……」
「なるほど……ならばまだ間に合うかもしれん」
王は立ち上がった。
「父上?」
「彼女に会いに行く。謝りたい。それに、彼女ならば呪術王についても知っているやもしれん」
続いてマリエス侯爵が一歩前に出る。
「っ、お供致します! そして、ゼスタート卿に国に残るよう話を」
「では、私もお連れください。未だ聖女と名乗るリンティス嬢は見つかっていません。またシルフィスカ嬢に手を出す可能性があります。そう忠告し、屋敷に結界を張らせていただきます。ゼスタート家の方々を人質に取られることになってはいけません」
魔法師長はこの場の誰よりも恐れていた。直感とでもいうのだろうか。絶対にシルフィスカを失ってはならないと感じるのだ。
「私も行きます。全ては私が……私の目の前で彼女は傷付けられたのです。それに……もっと謝らねばならないこともありますから」
「王子……」
「……」
マリエス侯爵も、魔法師長も第一王子が抱えていた想いを知っていた。二人は王と共に見守る態勢を取ってしまったのだ。必ず折り合いを付けると信じていた。
「行きましょう。この国を守るためでもあります」
「そうだな……」
そうして、王と第一王子は、マリエス侯爵と魔法師長だけを連れてゼスタート侯爵家へやって来た。
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出迎えたユジアは、そのまま王達を部屋に通した。ケルスト達も集まるその部屋へ。間違いなくワザとだ。
「……王……」
「っ、邪魔をしてすまない。どうしてもきちんと謝罪をしたかったのだ……」
「……そのような……」
もちろん謝罪はあって然るべきだとベルタ・ゼスタートも思っている。ベルタはこの先一生をかけてシルフィスカに償って行くつもりでいる。
一生をかけてさえも、呪解石を手に入れる苦労に見合うだけの償いが出来るかどうかも分からない。それでも、そうすべきだと思った。
ベルタは王を見つめる。一応の謝罪だけで許されたいと思っているのではないか。おかしな冤罪をかぶせておいて、それだけで済ます気ではないかと厳しい目で見る。
きっと、シルフィスカならばその一度の『すまなかった』という言葉だけで許してしまうと思うのだ。それで済ませてはいけないのに。
これでシルフィスカに会わせていいものかと判断に悩む。だが、ここで口を開いたのは、シルフィスカの一番弟子であるケルストだった。
「謝って……それでなかったことにするなら……帰って。師匠は気にしないけど……俺や……他の弟子達は許さない……許せない……」
「っ……そんなつもりはないっ」
「っ、私もです! 謝って終わりにする気はありませんっ。でも、それならどう償えば……っ」
第一王子の様子に、ジルナリスとベルタは驚いた。女遊びをするだけだった普段の彼とは、全く違う目をしていたのだ。改めて見るとまるで別人のようだった。
「……忘れないこと……謝罪をした後も……一生忘れないこと。傷付いた方が忘れても、きちんと覚えていること……自分が傷付けてしまったことを忘れてはいけない……そう、俺は師匠に教えられた」
「「っ……」」
謝ったのだから良いだろうと思って忘れてはいけない。
「二度と……誰かを傷付けないように……誤ちを、なかったことに……しないこと。それで……手打ち」
「……そう……だな……次があってはならない。胸に刻もう」
「私も……全部、一生忘れません」
第一王子の口にした全部には、キリルの母であったイーサのことも含まれている。それが、なんとなく静かに部屋の隅に控えていたキリルには伝わってきた。
「なら、俺たちも……許さないけど……手打ち。もう責めない……忘れないから」
ケルスト達も忘れない。許さなかったことを忘れない。
「あの……シルフィスカ嬢は……」
「休んでる……ずっと……ほとんど寝てないと思う……だから、起こすのはダメ」
「まさか、あれからずっと?」
スタンピードだと聞いていたはずだ。ヘスライル国王から抗議の手紙も届いていた。発生してたった二日で全ての処理が終わったと。そんな英雄をよくも傷付けてくれたなと。戦争も辞さないという内容のものだった。
ビスラが椅子の背もたれに体重を預けながら面倒くさそうに答える。
「その前からだろ。兆候を感じてから、師匠ならほぼ毎日確認してただろうからな。そういや、商業ギルドがえらく感謝してたよな」
「街道が崖崩れで通れなくなったのを、どうにかしてくれと師匠に泣きついたみたいです。サクラさんが開通させたとか」
「すげえな……けど、師匠に頼る商業ギルドもどうなんだよ。まあ、騎士や兵達は出払ってたけどな」
「頼り過ぎですよね」
「問題ない。一応、クギは刺しておいた」
「おっ、さすが兄貴!」
そんな会話を聞いて、シルフィスカの凄さを改めて認識する王達。だが、最も大事なことを伝えなくてはならないと思い出す。
「その……謝罪もそうなのだが、一つ気になるとことがあって伝えにきたのだ。『呪術王』というのを知っているか?」
「っ!」
これを聞いて反応したのは、キリルだけだった。気付いたユジアが声をかける。これもワザとだ。王子にキリルを認識させようとしていた。ユジアはキリルの上司として、全ての事情を知っていたのだ。
「キリル。何か知っているのですかな?」
「あ、はい……シルフィ様から以前お聞きしました。母に……母に呪術を教えた者を知りたくて……」
第一王子は目を見開いた。キリルの姿をはっきりと認識したのだ。
「呪術を……っ、君、君はまさかっ」
「っ……」
キリルも王子をまっすぐに見つめた。
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