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041 卑怯でも……私は……っ
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レイルはずっと自身の不甲斐なさを感じていた。
知れば知るほどに、シルフィスカが遠い存在になっていく。惹かれているのに、夫という立場を使っても隣に居ることが叶わない。
この場に居るのは、これ以上離されるわけにはいかないと思うからだ。
何年分もシルフィスカの弟子達には遅れを取っている。だから、彼らが話を聞くべきだと思ったことは聞き逃すべきではない。それは全てシルフィスカに関係あることなのだから。
呪術王の話が終わると、サクラは一礼する。
「以上が呪術王についてお話できることです。それでは、失礼いたします」
「あ、ちょっ、ちょっと待っ……」
王が手を伸ばして引き留めようとしても、サクラは構わず部屋を出て行った。誰も動かなかったのは、サクラが古代兵器だと分かったからだ。
マリエス侯爵が頭を下げる。
「申し訳ありません陛下。アレに手を出すのは……」
「ああ…….わかっている……国をすぐにでも滅ぼせる存在だ……手を出してはならん」
「はい……」
たとえ国に後がなくとも、その時を早めることになってしまうのは避けるべきだと、誰もが判断した。
「呪術王のことは、どうにもできぬということが分かっただけ良しとしよう」
これに、魔法師長が頷く。
「はい。相手が神に匹敵するとなれば、我々でできることはありますまい……せめて、ベリスベリーを何とかいたしましょう」
「ああ。教会を私物化されていては困る。そこは正さねば……民達にも被害は出ていただろうからな……」
そうだと誰もが同意する。治癒魔法を行使できる者の居る場所が教会だ。そこがあのがめついベリスベリー家の介入を受けていたとなれば、きっと本来治療されるべき者がそれを受けられず、受けられても対価とも呼べない多くの何かを要求されただろう。
そして、王はベルタ・ゼスタートに真っ直ぐ目を向ける。
「ベルタ……国に留まってはもらえまいか」
「……」
国王は、何よりもこれが言いたかったのだろうと、レイル達は感じていた。
「お前達もだミィア……私は愚かな間違いを犯した。彼女を傷付けた。だが……これからは私も彼女を守ると誓おう。だから、戻ってきて欲しいっ」
レイルは予想していた。恐らく、未だ王はこのゼスタート家の事を公表していない。その準備さえしてはいないだろう。
切り捨てるにはあまりにもゼスタート家の力は大きい。ベルタも使用人たちくらいにしか話していないはず。王が公表するのを待っているのだ。無用な混乱を避けるため、せめて少しでも王家への批判を減らそうと考えたためだ。
ゼスタートに近しい者たちは無理でも、関わりのない者たちに王家が一方的に悪いのだと決めつけさせないため。
騎士団の者たちにはありのまま伝える。きっと多くの者はついて来たがるだろう。だが、何人かは国に同情して残ってくれるはずだ。
ただし、レイル達は忘れていた。冒険者ギルドが既にこの国に見切りをつけていることを。
関わりがなかったため、レイルもベルタもすっかりそこが抜けていたのだ。
結果的に、現在既に多くの者が王家への不信感を抱いている。
マリエス侯爵や魔法師長が何とか戻ってきてくれとビスラ達に頭を下げている。これに、ようやくビスラが答えた。
「俺やフランは、どのみちあんたらに実力を示せたことで、この国への興味は失せてんだよ。お袋達の無念も晴らせたからな」
「っ……それはどうゆうことだ?」
レイルもビスラとフランへ目を向けた。そして、ここで彼らが強さを求めた理由を知った。
「無能なガキを産んだと捨てられて死んだお袋達のために、俺らは自分たちの価値を示した。それができたなら、もう自由だ。そう、お袋達の墓の前で誓った」
「母達に感謝して欲しいですね。私たちが居なければ、きっとあの彼の母親のように、呪術を願ったかもしれません。命拾いしているのですから、母達に詫びるくらいのことはして欲しいものです」
「「っ……」」
マリエス侯爵と魔法師長は真っ青だ。きっと、シルフィスカとのことがなければ、彼らは怒りを向けていただろう。
もちろん、ビスラとフランが勲章を得るほどの実力を示したことも大きい。正しく精進した結果が今出ている。それが、レイルには羨ましかった。
「俺らは戻らねえよ。それが死んだお袋達へのせめてもの手向けだ。そんで、俺らのためでもある」
「師匠が言っていたでしょう。恨みは本人のものです。いつまでも引きずっていいものではありません。これが私達のけじめです」
シルフィスカから何度も聞いた。恨みは本人のもの。他人が肩代わりするものではない。
だが、それならばビスラ達のこれは母親達の恨みの肩代わりなのではないか。そうレイルが考えた時、同じように第一王子も考えたようだ。
「君たちは母親の恨みを代わりに晴らしたことにならないか?」
「なりませんよ。結果的にそうでも。私達にとっても折り合いをつけるために必要なことでした。だから、母達のための最初で最後の親孝行としたのです」
「あのキリルってやつもなあ。その折り合いがきちんと付けられれば、悩まんでもいいんだが……まだちょい経験が足りんか」
彼らもシルフィスカに諭されていたのだと、ここで気付いた。
「私たちは、鍛えることで余計な邪念を発散していた所もありますからね。何より、強くなるという、目標が立てやすかったというのもあります」
「あ~、確かに。それに俺らは二人だったしな。師匠に、きちんと折り合いをつけて、落とし所を決めておけって言われてめちゃくちゃ話し合ったぜ」
マリエス侯爵や魔法師長には、ビスラとフランが話し合ってというのが中々思い浮かばなかったようだ。無意味に二人で目配せ合っていた。
「決めるまで師匠に会えないというのも大きかったですね。何徹しましたっけ」
「五日くらいか?」
「気絶してその後二日くらい寝ましたよね。それで会う日を逃したと絶望したのも懐かしいです」
「あったなそういうこと……」
「……」
レイルは何となく想像できてしまった。話しを聞いていると、二人がシルフィスカに会えるのは、数日に一回だったようだ。修行をしていた頃なのだろう。
シルフィスカのことだ。その折り合いを付けるまで稽古はお預けということにしたのだろう。それで必死に話し合い、答えを出した時には、その一回の日を逃していた。悔しかっただろう。それこそ、絶望するくらい。
今のレイルは、理由がなければ次に会うことが出来ない。恐らく、大した用でなければあのユキトが処理して終わりだ。顔を見ることすら出来ないだろう。
誓約を破棄したなら、それこそ会う理由がなくなる。今はまだ夫としての立場を利用することも出来るだろう。今でさえ難しいのだ。この先など絶望的だった。
「レイル? 顔色悪いわよ? 休んでくる?」
ジルナリスが気付き、声をかけてきた。
「あ、いえ……その……」
「休んできなさい。ここはいいわ」
「……はい。失礼します……」
レイルはそっと部屋を抜け出した。王はベルタを国に引き留めようと必死だし、マリエス侯爵と魔法師長は何を言ったらいいのか息子たちを前に混乱中。
いつの間にかこの場にミィアとケルストの姿がなかった。
ならばとレイルは一旦執務室の方へ向かった。
迎えてくれたのは、補佐たち。少しだけほっとした。
「お帰りなさいませレイル様」
「レイル様……あの、シルフィスカ様はお帰りに?」
「ああ。今は休んでいる」
「っ、そうですかっ。では、謝罪に……」
「行っても追い返されるだけだ」
「っ……そこまで怒っておられるのですか?」
補佐たちは、ユキトについて誤解していた。もちろん、メイドたちや使用人たちもだ。若い男を連れ込んだということで、シルフィスカに対して色々と思うところがあったらしい。
だが、ジルナリスとベルタによってそれが誤解であると知り、彼らは反省した。ベリスベリーの娘という印象だけで当たったことを反省したはずなのに、同じように知らない内に男を引き入れたことに勝手に失望していたのだ。
ここ数日、彼らは中々眠れなかったらしい。顔色も良くなかった。
「いや、ほとんど休んでいなかったことで、強制的に休ませることになった。主人の安眠を妨害することを、あの執事は許さない」
「っ、そうでしたか……では、改めて謝罪させていただきます」
「そう……だな……彼女は気にするなと笑うだろうが……」
「……我々もそんな気がしております……本当に、ベリスベリーの血を引いているとは思えない方です……その……ご不在であった間に、あの方について調べさせていただきました」
出してきたのは、シルフィスカについての調査書類。これを、シルフィスカと出会う前に手にしておくべきだったと、今ならば心から思う。
「生きておられるのが不思議なくらいです……これほどの劣悪な環境で育って、どうしてあのように笑えるのか……」
「っ……」
読み進めるほどに、ベリスベリーへの殺意が湧いてくる。それでも折れずに在るシルフィスカが同じくらい愛おしいと思った。そばに居たいのだと自身の気持ちを強く思い知った。
読み終わり、静かに目を閉じる。補佐たちは先にこれに目を通していたのだろう。レイルの思いを察して部屋から出て行っていた。
「……そばに……居るにはどうすればいい……」
自分はきっと、ビスラたちに勝てない。力も立場も弱すぎる。
思いは本物だと伝えた所で何が変わるのか。
そして思った。
まだ出会って日の浅い自分がこれほど傍に居たいと願うのだ。シルフィスカの弟子達の思いはどれほどだろう。
「集まって来るんだろうな……」
シルフィスカの話ぶりから、弟子はまだまだ居るはずだ。その弟子達は誰もがかなりの実力者。ならばきっと、自分は更に近付けなくなってしまう。
「っ……」
今でさえ、ユキトに毛嫌いされているのだ。夫という立場があるから許されている部分も多い。ならば、ただの一人の男に戻ったならばどうなるか。
「っ……ダメだ……」
顔を覆った。そこで目に入ったのは誓約の指輪。それはシルフィスカとレイルを唯一繋ぐものだ。
「っ……卑怯でも……私は……っ」
結婚時に成された誓約の破棄には二つの道がある。
一つは完全な決別。離婚だ。子どもが居た場合は女性の方が引き取ることになる。持ち物については、確実にそちらのものと分かる場合は引き取り、無理な場合は協議の結果にもよるが、三日以上揉めた場合、教会か国への寄付という形で取り上げられる。
もう一つは誓約の完全な書き換え。
この場合は夫婦としての関係が続行できる。
「……っ」
レイルは部屋に掲げてある誓約書を手に取り、それを机に置く。その隣に紙を置いて書きつけ始めた。
書き換える内容は、今度は自分がどれだけ不利でもいい。
せめて仮でもいいから夫でありたいと正直に話そう。そうして許されたのなら、きちんと並び立てるように努力しよう。そう決意し、レイルは書き進めていく。
こんなもので縛らなくては、シルフィスカの傍に居られないのだと思い知りながらも、深夜までかけて内容の書き換えを模索し続けた。
しかし、当のシルフィスカは、三日経っても目覚めなかったのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
一週空けさせていただきます。
次回、25日の予定です!
よろしくお願いします◎
知れば知るほどに、シルフィスカが遠い存在になっていく。惹かれているのに、夫という立場を使っても隣に居ることが叶わない。
この場に居るのは、これ以上離されるわけにはいかないと思うからだ。
何年分もシルフィスカの弟子達には遅れを取っている。だから、彼らが話を聞くべきだと思ったことは聞き逃すべきではない。それは全てシルフィスカに関係あることなのだから。
呪術王の話が終わると、サクラは一礼する。
「以上が呪術王についてお話できることです。それでは、失礼いたします」
「あ、ちょっ、ちょっと待っ……」
王が手を伸ばして引き留めようとしても、サクラは構わず部屋を出て行った。誰も動かなかったのは、サクラが古代兵器だと分かったからだ。
マリエス侯爵が頭を下げる。
「申し訳ありません陛下。アレに手を出すのは……」
「ああ…….わかっている……国をすぐにでも滅ぼせる存在だ……手を出してはならん」
「はい……」
たとえ国に後がなくとも、その時を早めることになってしまうのは避けるべきだと、誰もが判断した。
「呪術王のことは、どうにもできぬということが分かっただけ良しとしよう」
これに、魔法師長が頷く。
「はい。相手が神に匹敵するとなれば、我々でできることはありますまい……せめて、ベリスベリーを何とかいたしましょう」
「ああ。教会を私物化されていては困る。そこは正さねば……民達にも被害は出ていただろうからな……」
そうだと誰もが同意する。治癒魔法を行使できる者の居る場所が教会だ。そこがあのがめついベリスベリー家の介入を受けていたとなれば、きっと本来治療されるべき者がそれを受けられず、受けられても対価とも呼べない多くの何かを要求されただろう。
そして、王はベルタ・ゼスタートに真っ直ぐ目を向ける。
「ベルタ……国に留まってはもらえまいか」
「……」
国王は、何よりもこれが言いたかったのだろうと、レイル達は感じていた。
「お前達もだミィア……私は愚かな間違いを犯した。彼女を傷付けた。だが……これからは私も彼女を守ると誓おう。だから、戻ってきて欲しいっ」
レイルは予想していた。恐らく、未だ王はこのゼスタート家の事を公表していない。その準備さえしてはいないだろう。
切り捨てるにはあまりにもゼスタート家の力は大きい。ベルタも使用人たちくらいにしか話していないはず。王が公表するのを待っているのだ。無用な混乱を避けるため、せめて少しでも王家への批判を減らそうと考えたためだ。
ゼスタートに近しい者たちは無理でも、関わりのない者たちに王家が一方的に悪いのだと決めつけさせないため。
騎士団の者たちにはありのまま伝える。きっと多くの者はついて来たがるだろう。だが、何人かは国に同情して残ってくれるはずだ。
ただし、レイル達は忘れていた。冒険者ギルドが既にこの国に見切りをつけていることを。
関わりがなかったため、レイルもベルタもすっかりそこが抜けていたのだ。
結果的に、現在既に多くの者が王家への不信感を抱いている。
マリエス侯爵や魔法師長が何とか戻ってきてくれとビスラ達に頭を下げている。これに、ようやくビスラが答えた。
「俺やフランは、どのみちあんたらに実力を示せたことで、この国への興味は失せてんだよ。お袋達の無念も晴らせたからな」
「っ……それはどうゆうことだ?」
レイルもビスラとフランへ目を向けた。そして、ここで彼らが強さを求めた理由を知った。
「無能なガキを産んだと捨てられて死んだお袋達のために、俺らは自分たちの価値を示した。それができたなら、もう自由だ。そう、お袋達の墓の前で誓った」
「母達に感謝して欲しいですね。私たちが居なければ、きっとあの彼の母親のように、呪術を願ったかもしれません。命拾いしているのですから、母達に詫びるくらいのことはして欲しいものです」
「「っ……」」
マリエス侯爵と魔法師長は真っ青だ。きっと、シルフィスカとのことがなければ、彼らは怒りを向けていただろう。
もちろん、ビスラとフランが勲章を得るほどの実力を示したことも大きい。正しく精進した結果が今出ている。それが、レイルには羨ましかった。
「俺らは戻らねえよ。それが死んだお袋達へのせめてもの手向けだ。そんで、俺らのためでもある」
「師匠が言っていたでしょう。恨みは本人のものです。いつまでも引きずっていいものではありません。これが私達のけじめです」
シルフィスカから何度も聞いた。恨みは本人のもの。他人が肩代わりするものではない。
だが、それならばビスラ達のこれは母親達の恨みの肩代わりなのではないか。そうレイルが考えた時、同じように第一王子も考えたようだ。
「君たちは母親の恨みを代わりに晴らしたことにならないか?」
「なりませんよ。結果的にそうでも。私達にとっても折り合いをつけるために必要なことでした。だから、母達のための最初で最後の親孝行としたのです」
「あのキリルってやつもなあ。その折り合いがきちんと付けられれば、悩まんでもいいんだが……まだちょい経験が足りんか」
彼らもシルフィスカに諭されていたのだと、ここで気付いた。
「私たちは、鍛えることで余計な邪念を発散していた所もありますからね。何より、強くなるという、目標が立てやすかったというのもあります」
「あ~、確かに。それに俺らは二人だったしな。師匠に、きちんと折り合いをつけて、落とし所を決めておけって言われてめちゃくちゃ話し合ったぜ」
マリエス侯爵や魔法師長には、ビスラとフランが話し合ってというのが中々思い浮かばなかったようだ。無意味に二人で目配せ合っていた。
「決めるまで師匠に会えないというのも大きかったですね。何徹しましたっけ」
「五日くらいか?」
「気絶してその後二日くらい寝ましたよね。それで会う日を逃したと絶望したのも懐かしいです」
「あったなそういうこと……」
「……」
レイルは何となく想像できてしまった。話しを聞いていると、二人がシルフィスカに会えるのは、数日に一回だったようだ。修行をしていた頃なのだろう。
シルフィスカのことだ。その折り合いを付けるまで稽古はお預けということにしたのだろう。それで必死に話し合い、答えを出した時には、その一回の日を逃していた。悔しかっただろう。それこそ、絶望するくらい。
今のレイルは、理由がなければ次に会うことが出来ない。恐らく、大した用でなければあのユキトが処理して終わりだ。顔を見ることすら出来ないだろう。
誓約を破棄したなら、それこそ会う理由がなくなる。今はまだ夫としての立場を利用することも出来るだろう。今でさえ難しいのだ。この先など絶望的だった。
「レイル? 顔色悪いわよ? 休んでくる?」
ジルナリスが気付き、声をかけてきた。
「あ、いえ……その……」
「休んできなさい。ここはいいわ」
「……はい。失礼します……」
レイルはそっと部屋を抜け出した。王はベルタを国に引き留めようと必死だし、マリエス侯爵と魔法師長は何を言ったらいいのか息子たちを前に混乱中。
いつの間にかこの場にミィアとケルストの姿がなかった。
ならばとレイルは一旦執務室の方へ向かった。
迎えてくれたのは、補佐たち。少しだけほっとした。
「お帰りなさいませレイル様」
「レイル様……あの、シルフィスカ様はお帰りに?」
「ああ。今は休んでいる」
「っ、そうですかっ。では、謝罪に……」
「行っても追い返されるだけだ」
「っ……そこまで怒っておられるのですか?」
補佐たちは、ユキトについて誤解していた。もちろん、メイドたちや使用人たちもだ。若い男を連れ込んだということで、シルフィスカに対して色々と思うところがあったらしい。
だが、ジルナリスとベルタによってそれが誤解であると知り、彼らは反省した。ベリスベリーの娘という印象だけで当たったことを反省したはずなのに、同じように知らない内に男を引き入れたことに勝手に失望していたのだ。
ここ数日、彼らは中々眠れなかったらしい。顔色も良くなかった。
「いや、ほとんど休んでいなかったことで、強制的に休ませることになった。主人の安眠を妨害することを、あの執事は許さない」
「っ、そうでしたか……では、改めて謝罪させていただきます」
「そう……だな……彼女は気にするなと笑うだろうが……」
「……我々もそんな気がしております……本当に、ベリスベリーの血を引いているとは思えない方です……その……ご不在であった間に、あの方について調べさせていただきました」
出してきたのは、シルフィスカについての調査書類。これを、シルフィスカと出会う前に手にしておくべきだったと、今ならば心から思う。
「生きておられるのが不思議なくらいです……これほどの劣悪な環境で育って、どうしてあのように笑えるのか……」
「っ……」
読み進めるほどに、ベリスベリーへの殺意が湧いてくる。それでも折れずに在るシルフィスカが同じくらい愛おしいと思った。そばに居たいのだと自身の気持ちを強く思い知った。
読み終わり、静かに目を閉じる。補佐たちは先にこれに目を通していたのだろう。レイルの思いを察して部屋から出て行っていた。
「……そばに……居るにはどうすればいい……」
自分はきっと、ビスラたちに勝てない。力も立場も弱すぎる。
思いは本物だと伝えた所で何が変わるのか。
そして思った。
まだ出会って日の浅い自分がこれほど傍に居たいと願うのだ。シルフィスカの弟子達の思いはどれほどだろう。
「集まって来るんだろうな……」
シルフィスカの話ぶりから、弟子はまだまだ居るはずだ。その弟子達は誰もがかなりの実力者。ならばきっと、自分は更に近付けなくなってしまう。
「っ……」
今でさえ、ユキトに毛嫌いされているのだ。夫という立場があるから許されている部分も多い。ならば、ただの一人の男に戻ったならばどうなるか。
「っ……ダメだ……」
顔を覆った。そこで目に入ったのは誓約の指輪。それはシルフィスカとレイルを唯一繋ぐものだ。
「っ……卑怯でも……私は……っ」
結婚時に成された誓約の破棄には二つの道がある。
一つは完全な決別。離婚だ。子どもが居た場合は女性の方が引き取ることになる。持ち物については、確実にそちらのものと分かる場合は引き取り、無理な場合は協議の結果にもよるが、三日以上揉めた場合、教会か国への寄付という形で取り上げられる。
もう一つは誓約の完全な書き換え。
この場合は夫婦としての関係が続行できる。
「……っ」
レイルは部屋に掲げてある誓約書を手に取り、それを机に置く。その隣に紙を置いて書きつけ始めた。
書き換える内容は、今度は自分がどれだけ不利でもいい。
せめて仮でもいいから夫でありたいと正直に話そう。そうして許されたのなら、きちんと並び立てるように努力しよう。そう決意し、レイルは書き進めていく。
こんなもので縛らなくては、シルフィスカの傍に居られないのだと思い知りながらも、深夜までかけて内容の書き換えを模索し続けた。
しかし、当のシルフィスカは、三日経っても目覚めなかったのだ。
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