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001 プロローグ

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カサカサと微かな音だけを響かせて、大人びた少女が山の中を駆けていた。

「……」

息を殺し、少女の索敵に引っかかった獲物が近付いてくるのを木々や草花の間に身を潜めて待つ。

トントンと重そうな四足歩行独特の足音が近づいてくる。その進路上に唐突に飛び出し、少女は手にしていた剣で斬り伏せた。

声も上げることなく倒されたのは、大きな猪だ。

「ふぅ、って感じで最後は仕留めてちょうだい」

振り返った少女の後ろには、同じように身を潜ませてついてきていた二十歳前後の青年達がいた。

「はいっ」
「やっぱすごい」
「あんなに姿勢を低くしてなんで早く走れるんだろう」
「……追いついたと思ったらもう終わってるし……」
「が、がんばるぞっ」

戸惑いを見せる者、称賛する者、憧れる者。けれど、少女の力や能力に忌避する様子は見えなかった。

誰もがいずれは自分もできるようになるんだという決意を持っているからだ。

「気配を読むのと気配を消すのは何度もやって、経験しないと身に付かないわ。感覚を掴むまでに個人差もあるけど、諦めないで」

そう告げながら、少女は仕留めた獲物を素早く血抜きし、運びやすいように縛っていく。

「あとは足腰を鍛えることと、体幹を鍛えていくように」

適当な長さと太さの枝にくくりつけ、運びやすいようにした。

「あ、俺らが持ちます」
「いいの? 別に持てるけど」
「いやいや、これを一人で持て……っ、持ってるっ!?」

普通に肩に担いだ。その猪は、血抜きをしたとしても重さは確実に少女の数十倍はあった。

「これも身体強化って魔術の一種だから、いずれ出来るようにね?」
「……はい……」

よろめくこともなく、少女は先頭に立って山を降りていく。

その時、不意にメイドが現れた。

「お嬢様」
「「「「「ひっ」」」」」

気配も感じず、音もさせずに現れたメイドに、後ろにいた青年達は息を詰まらせる。

「どうしたの、エリス」
「お嬢様に王都からの呼び出しです」
「ようやくね」

上空には、太陽を遮る黒い雲。昼間だというのにその日の光を遮るようになってどれだけの月日が過ぎただろう。

原因となるものを排除しなくてはならないのはわかっていた。そのための呼び出しであることも察していた。

「またあのバカ王子のお相手をするために呼び出したとはお考えにならないのですか?」

全く躊躇も見せず、このメイドは自国の王子をバカ王子と称する。間違いではないので特に訂正はしないが、後ろにいる青年達には心臓に悪い。

「お守り役ではあるんでしょうね。きっと行くと言うわよ。異世界から来られた聖女様が行くでしょうからね」
「あのクソバカ、エロガキ王子……お嬢様のような婚約者がいながら……っ、やはり今すぐにでも暗殺いたしましょう」

このメイドの口癖が出た。

「すぐエリスは暗殺したがるわね。ダメよ。あれでも次期国王なのだから。そろそろ本気で私も教育に当たることにするわ」

王子を次期国王にするため、婚約者である少女は教育係のような立場でもある。

「しっかりさせないと、私がのんびりと老後を送れなさそうだものね。快適な隠居生活のためにも頑張るわよ」
「お嬢様……今から老後の話ですか……」
「そうよ。きっちり仕事して、その分隠居してからはのんびりするのが夢なの」

今のように常に先の事までを考えて過ごすのではなく、周りを気にせず悠々自適に暮らすのが目標なのだ。

「でしたら、わがままで無能な姑は処理した方がよろしいです。すぐにあのグズ王妃を暗殺処理して参ります」
「やめなさい。いいのよ。いずれは投獄してやるんだから。国費を食い潰される前になんとかするわ」

そんな話を聞かされる青年達は、必死で聞こえない振りをしていた。

「王都へは私一人で行く。ちょっと大変な仕事になりそうだし、エリスには万が一のためにもお父様とお兄様をここで支えていて欲しいの」
「そんなっ、邪魔な者は全て暗殺してみせますっ。お嬢様のためならば私は……っ」

物騒な気配が膨らむ。これは殺気だ。青年達はピタリと足を止めた。動けないのだ。

「エリス落ち着いてちょうだい。あなたがここを守ってくれると思えば、やれることも多いわ。お願いよ」

真摯に見つめ、願えば頷いてくれた。

「お嬢様のためならば、国さえ亡ぼしてみせるのですが……お望みならば完璧にこの地を守ってみせます」

猪を担いだ少女とメイドの様子は奇妙ではあったが、神聖な誓いのように見えた。
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