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あなたの隣に立つために
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フィオナを見て、ルーカスは微かに表情を緩めた。
それは本当にわずかな変化で、彼をよく知る者でなければ気付かないほどのものだろう。
その変化に、フィオナは気づいた。そして、それが安堵によるものだということにも。
(わたくしが、おかしな態度を取ったから)
執務室を出ていく彼女が、よほど情緒不安定に見えたに違いない。だから彼は、心配して捜しに来てくれたのだ。
そんなふうに、ルーカスはいつだってフィオナのことを気遣ってくれる。それは出会った時からそうで、三年を経た今でも変わらない。
(そう、少しも)
ひっそりと、フィオナはため息をこぼした。
ルーカスが自分に心を割いてくれることは、嬉しい。けれども同時に、フィオナは小さな痛みも覚える。彼の中にあるものが、同情と哀れみでしかないことが嫌というほど判っているから。
(ルーカスさんにとって、わたくしはいつまで経っても頼りない、守らなければいけない存在でしかないの?)
自問して、うなだれる。
我が身を振り返ってみれば自明なこと、それ以外に、何があるというのだろう。
胸の中でそう嗤い、膝の上で両手を固く握り締める。
フィオナが情けなさで漏れそうになる嗚咽を堪えたとき、ハッと息を呑む気配が伝わってきた。と思ったら、高い足音と共に大股でルーカスが歩み寄ってくる。
数歩で辿り着いた彼はフィオナの横にひざまずき、彼女の眼を覗き込んできた。
「大丈夫かい?」
そうしてチラリとフィオナの拳に目を走らせ、痛ましそうに顔を歪ませる。
ルーカスはほんの一瞬ためらうような素振りを見せてから、フィオナの手を取った。
ケイティの小さくて柔らかな手と違って彼のその手は大きくて、フィオナの拳など完全に包み込んでしまう。すらりと優美なのに、鍛錬を繰り返している手のひらは硬い。フィオナの手が冷え切っているせいか、彼がくれる温もりは熱いくらいに感じられた。
「隊長も、もう少し段階を踏んで進めたらいいのに……驚いただろう?」
滑らかな眉間にしわを刻んでブラッドを責め、一転、ルーカスはその銀灰色の瞳に思いやりの色を溢れさせる。けれどフィオナの意識は握られている手だけに奪われていて、彼のその台詞は耳から耳へと素通りしていってしまう。
こんなふうにルーカスに触れられるのは久しぶりだと、フィオナはぼんやりと思った。
以前は夜更けに目覚めて泣いている彼女を抱き締めてくれることすらあったのに、いつしか距離を置かれるようになっていたのだ。
優しい言葉や気遣いを向けてくれるのは変わっていないけれども、微笑みが、少し変わった。穏やかで温もりだけが満ちていたものに、ふと気づくと、時々、戸惑うような――困惑のような、そんなものが混じるようになった。
その変化は、当初のルーカスの気遣いが憐れみからだったということの証に他ならない。
何くれと気にかけてくれたのは、帰る場所がないフィオナに同情してくれていたからだ。いつからかよそよそしさを漂わせるようになったのは、きっと、彼女がここに慣れ、気遣う必要がなくなったからだ。あるいは、もう三年も経って、幼い子どもではなくなっているというのに未だに頼りないままの彼女を、持て余してしまっているのかもしれない。笑顔に混ざる困惑は、どうしていつまで経っても変わらないのだろう、という気持ちからのものなのだろう。
そんなふうに呆れながらも。
(ルーカスさんは、優しいから)
見放そうにも見放せないのだ。
そんなふうに物思いにふけっていたから、フィオナは呼びかけられていることに、しばらく気づけなかった。
「――ナ、フィオナ?」
ハタと我に返ると、さっきよりも深々と眉根を寄せて、ルーカスがフィオナの顔を覗き込んでいる。
前髪が触れ合いそうなその距離に、彼女は目をしばたたかせた。
「ッ……ごめんなさい」
何に対してなのかもはっきりしないまま謝罪の言葉を口にしたフィオナに、ルーカスの顔が曇る。
「そんなに気が進まないなら、記憶が戻るまで待ったらいい」
「え?」
「君の家族のことだよ。覚えていないのだし、他人同然だろう? 会いたくないと思うのも当然だ」
「あ……」
今この瞬間、記憶の彼方にいる家族のことなどフィオナの頭の中からすっかり消え去っていた。ルーカスは、そのことを心配してわざわざ追いかけて来てくれたというのに。
薄情な自分が恥ずかしくて何も言えずにいた彼女を見つめながら、ルーカスは理解溢れる眼差しで続ける。
「ゆっくり考えて、自分の中の気持ちが定まったら動けばいい。急ぐことはないから」
親身に案じてくれている彼に向かって違うことを考えていたとは言えなくて、その優しい言葉に対してフィオナはただ頷きだけを返した。そんな彼女に、ルーカスは励ますような温かな微笑みをくれる。
その笑顔に、フィオナの胸がキュッと締め付けられた。嬉しさと、そして苦しさで。
家族が見つかったと聞かされても嬉しいと思えない理由がルーカスにもあるのだと聞かされたら、彼はどう思うだろう。
(きっと、呆れられてしまう)
家族のことよりも恋心の方を優先させるなんて、薄情で利己的な娘だ、と。
押し黙ったままのフィオナに、ルーカスの顔が曇る。
「大丈夫、君がどんな道を選ぼうとも、私は君の選択を尊重するよ。君が不安だというのならいつでも手を伸ばして。私は、ずっと君の傍にいるから」
その気持ちを態度でも表そうとするかのように、フィオナの手を包む彼の手に力がこもった。
優しい、言葉――憐みからの。
かつては、ルーカスからの言葉であれば、どんなものでも嬉しかった。その裏にあるものなんて考えることなく、彼が気にかけてくれることが嬉しくて、何でも受け止めた。
(でも……)
今は。
同情は、嫌だった。
一方的に気遣われ、支えられるだけの存在でいるのは、嫌だった。
(ルーカスさんの、お傍にいたい)
見つかった家族が、本物であろうとなかろうと。
ブラッドにとってのケイティのように、ルーカスに必要とされて傍にいて、叶うことなら彼に支えられるだけでなく彼を支える存在になりたかった。
(でも、まだこの想いを知られたくない)
今のように守られるだけの自分ではなく、ちゃんと独りで立てる自分になってから、告げたい。そうしなければ、きっとまた、同情でうなずかれてしまうから。
フィオナは目を上げ、ルーカスを見る。
(もっと、強くなりたい)
包み込むような眼差しを返してくれる彼に、フィオナはそう願った。心の底から。
(どうしたら、そうなれる……?)
強い自分に。
確かな、自分に。
自分の中の空洞を埋めることができれば、過去という土台を取り戻せば、フィオナの方から彼の前に立つ勇気を持てるようになるのだろうか。
フィオナは一度唇を噛み、それからその口を開く。
「会ってみたい、です。わたくしの家族に」
彼女の台詞に、ルーカスがほんの微かに目を見開いた。まるで不意打ちを喰らったかのように。けれどそれは一瞬で消え失せ、フィオナが訝しく思うより先に優しい微笑みに取って代わる。
「じゃあ、隊長にそう伝えよう。あの人からは許可をもらっているが、正式に休暇を申請しないとならないから、受理されるまで数日待って欲しい。長旅になるだろうから、その間に色々と準備を整えようか」
つらつらとそんなふうに言ったルーカスに、フィオナは目をしばたたかせる。彼の台詞が、半分以上、理解できなかった。
まるで、フィオナがフランジナに行くためにルーカスに休暇が必要だと言っているように聞こえる。
その疑問をそのまま言葉にしたら、眉をひそめられた。
「私は仮にも警邏隊の副官だからね、長期の休みを取るには結構手間暇がかかるよ」
「そうではなくて、どうして、わたくしが行くのにルーカスさんのお休みが必要なのですか?」
問いに対して返されたのは、訝しそうな眼差しだ。
「もちろん、私もフランジナに行くからだが?」
至極当然、という風情で彼が言った。訊かれることが心外だと言わんばかりに。
「夕飯の買い物でもあるまいし、君を一人で行かせるわけがないだろう」
「でも、もっと他の……たとえば、アレンさんとか……」
送ってくれるにしても、副官であるルーカスでなくてもいいというか、むしろ、それで良いのか、というか。
そんな思いから出たフィオナの言葉に、ルーカスの顔から表情が消えたような気がした。
「あ、の?」
「君は、アレンについて行って欲しいのかい?」
そう言った彼の口元は微笑んでいるけれど、目が笑っていない。
(わたくし、何かいけないことを言ってしまったの?)
狼狽しながら今の短い遣り取りを思い出してみたけれど、ごく当たり前の疑問を口にしただけだ。
もちろん、ルーカスと旅をできるのならばそれ以上に嬉しいことはないし、家族との対面の時に彼がいてくれるならば何よりも心強い。ただ、ルーカスの立場を考えたらそんなに長い間ここを留守にしてもいいものなのかと思ったのだ。
「そういう、訳では――」
口ごもりながら答えたフィオナに、ルーカスの笑みが晴れる。
「女の子の一人旅なんてできるはずがないからね、誰かがついていくのは絶対だ。まあ、確かにアレンでもいいのかもしれないけれど、私は伯爵家の者だし、私自身が子爵の位を持っているからね。あちらの国でもそういう身分が何かの役には立つだろう」
(そういう、こと)
もちろん、ルーカスが望んでフィオナに同行するなんて、あるわけがない。
義務感と合理性からのその理由を訊いて納得するけれど、やっぱり、少し、寂しい。
結局ルーカスの手を煩わせてしまうことにもなってしまって気持ち肩を落としたフィオナに、横から明るい声がかかる。
「良かったね、フィオナ。ルーカスさんがついていってくれるなら、安心でしょ?」
どうやら、彼の同行に疑問を抱いているのはフィオナだけらしい。
(でも、本当に、いいの……?)
もう一度ルーカスを見上げると、彼は否とは言わせない笑みを投げてよこした。
それは本当にわずかな変化で、彼をよく知る者でなければ気付かないほどのものだろう。
その変化に、フィオナは気づいた。そして、それが安堵によるものだということにも。
(わたくしが、おかしな態度を取ったから)
執務室を出ていく彼女が、よほど情緒不安定に見えたに違いない。だから彼は、心配して捜しに来てくれたのだ。
そんなふうに、ルーカスはいつだってフィオナのことを気遣ってくれる。それは出会った時からそうで、三年を経た今でも変わらない。
(そう、少しも)
ひっそりと、フィオナはため息をこぼした。
ルーカスが自分に心を割いてくれることは、嬉しい。けれども同時に、フィオナは小さな痛みも覚える。彼の中にあるものが、同情と哀れみでしかないことが嫌というほど判っているから。
(ルーカスさんにとって、わたくしはいつまで経っても頼りない、守らなければいけない存在でしかないの?)
自問して、うなだれる。
我が身を振り返ってみれば自明なこと、それ以外に、何があるというのだろう。
胸の中でそう嗤い、膝の上で両手を固く握り締める。
フィオナが情けなさで漏れそうになる嗚咽を堪えたとき、ハッと息を呑む気配が伝わってきた。と思ったら、高い足音と共に大股でルーカスが歩み寄ってくる。
数歩で辿り着いた彼はフィオナの横にひざまずき、彼女の眼を覗き込んできた。
「大丈夫かい?」
そうしてチラリとフィオナの拳に目を走らせ、痛ましそうに顔を歪ませる。
ルーカスはほんの一瞬ためらうような素振りを見せてから、フィオナの手を取った。
ケイティの小さくて柔らかな手と違って彼のその手は大きくて、フィオナの拳など完全に包み込んでしまう。すらりと優美なのに、鍛錬を繰り返している手のひらは硬い。フィオナの手が冷え切っているせいか、彼がくれる温もりは熱いくらいに感じられた。
「隊長も、もう少し段階を踏んで進めたらいいのに……驚いただろう?」
滑らかな眉間にしわを刻んでブラッドを責め、一転、ルーカスはその銀灰色の瞳に思いやりの色を溢れさせる。けれどフィオナの意識は握られている手だけに奪われていて、彼のその台詞は耳から耳へと素通りしていってしまう。
こんなふうにルーカスに触れられるのは久しぶりだと、フィオナはぼんやりと思った。
以前は夜更けに目覚めて泣いている彼女を抱き締めてくれることすらあったのに、いつしか距離を置かれるようになっていたのだ。
優しい言葉や気遣いを向けてくれるのは変わっていないけれども、微笑みが、少し変わった。穏やかで温もりだけが満ちていたものに、ふと気づくと、時々、戸惑うような――困惑のような、そんなものが混じるようになった。
その変化は、当初のルーカスの気遣いが憐れみからだったということの証に他ならない。
何くれと気にかけてくれたのは、帰る場所がないフィオナに同情してくれていたからだ。いつからかよそよそしさを漂わせるようになったのは、きっと、彼女がここに慣れ、気遣う必要がなくなったからだ。あるいは、もう三年も経って、幼い子どもではなくなっているというのに未だに頼りないままの彼女を、持て余してしまっているのかもしれない。笑顔に混ざる困惑は、どうしていつまで経っても変わらないのだろう、という気持ちからのものなのだろう。
そんなふうに呆れながらも。
(ルーカスさんは、優しいから)
見放そうにも見放せないのだ。
そんなふうに物思いにふけっていたから、フィオナは呼びかけられていることに、しばらく気づけなかった。
「――ナ、フィオナ?」
ハタと我に返ると、さっきよりも深々と眉根を寄せて、ルーカスがフィオナの顔を覗き込んでいる。
前髪が触れ合いそうなその距離に、彼女は目をしばたたかせた。
「ッ……ごめんなさい」
何に対してなのかもはっきりしないまま謝罪の言葉を口にしたフィオナに、ルーカスの顔が曇る。
「そんなに気が進まないなら、記憶が戻るまで待ったらいい」
「え?」
「君の家族のことだよ。覚えていないのだし、他人同然だろう? 会いたくないと思うのも当然だ」
「あ……」
今この瞬間、記憶の彼方にいる家族のことなどフィオナの頭の中からすっかり消え去っていた。ルーカスは、そのことを心配してわざわざ追いかけて来てくれたというのに。
薄情な自分が恥ずかしくて何も言えずにいた彼女を見つめながら、ルーカスは理解溢れる眼差しで続ける。
「ゆっくり考えて、自分の中の気持ちが定まったら動けばいい。急ぐことはないから」
親身に案じてくれている彼に向かって違うことを考えていたとは言えなくて、その優しい言葉に対してフィオナはただ頷きだけを返した。そんな彼女に、ルーカスは励ますような温かな微笑みをくれる。
その笑顔に、フィオナの胸がキュッと締め付けられた。嬉しさと、そして苦しさで。
家族が見つかったと聞かされても嬉しいと思えない理由がルーカスにもあるのだと聞かされたら、彼はどう思うだろう。
(きっと、呆れられてしまう)
家族のことよりも恋心の方を優先させるなんて、薄情で利己的な娘だ、と。
押し黙ったままのフィオナに、ルーカスの顔が曇る。
「大丈夫、君がどんな道を選ぼうとも、私は君の選択を尊重するよ。君が不安だというのならいつでも手を伸ばして。私は、ずっと君の傍にいるから」
その気持ちを態度でも表そうとするかのように、フィオナの手を包む彼の手に力がこもった。
優しい、言葉――憐みからの。
かつては、ルーカスからの言葉であれば、どんなものでも嬉しかった。その裏にあるものなんて考えることなく、彼が気にかけてくれることが嬉しくて、何でも受け止めた。
(でも……)
今は。
同情は、嫌だった。
一方的に気遣われ、支えられるだけの存在でいるのは、嫌だった。
(ルーカスさんの、お傍にいたい)
見つかった家族が、本物であろうとなかろうと。
ブラッドにとってのケイティのように、ルーカスに必要とされて傍にいて、叶うことなら彼に支えられるだけでなく彼を支える存在になりたかった。
(でも、まだこの想いを知られたくない)
今のように守られるだけの自分ではなく、ちゃんと独りで立てる自分になってから、告げたい。そうしなければ、きっとまた、同情でうなずかれてしまうから。
フィオナは目を上げ、ルーカスを見る。
(もっと、強くなりたい)
包み込むような眼差しを返してくれる彼に、フィオナはそう願った。心の底から。
(どうしたら、そうなれる……?)
強い自分に。
確かな、自分に。
自分の中の空洞を埋めることができれば、過去という土台を取り戻せば、フィオナの方から彼の前に立つ勇気を持てるようになるのだろうか。
フィオナは一度唇を噛み、それからその口を開く。
「会ってみたい、です。わたくしの家族に」
彼女の台詞に、ルーカスがほんの微かに目を見開いた。まるで不意打ちを喰らったかのように。けれどそれは一瞬で消え失せ、フィオナが訝しく思うより先に優しい微笑みに取って代わる。
「じゃあ、隊長にそう伝えよう。あの人からは許可をもらっているが、正式に休暇を申請しないとならないから、受理されるまで数日待って欲しい。長旅になるだろうから、その間に色々と準備を整えようか」
つらつらとそんなふうに言ったルーカスに、フィオナは目をしばたたかせる。彼の台詞が、半分以上、理解できなかった。
まるで、フィオナがフランジナに行くためにルーカスに休暇が必要だと言っているように聞こえる。
その疑問をそのまま言葉にしたら、眉をひそめられた。
「私は仮にも警邏隊の副官だからね、長期の休みを取るには結構手間暇がかかるよ」
「そうではなくて、どうして、わたくしが行くのにルーカスさんのお休みが必要なのですか?」
問いに対して返されたのは、訝しそうな眼差しだ。
「もちろん、私もフランジナに行くからだが?」
至極当然、という風情で彼が言った。訊かれることが心外だと言わんばかりに。
「夕飯の買い物でもあるまいし、君を一人で行かせるわけがないだろう」
「でも、もっと他の……たとえば、アレンさんとか……」
送ってくれるにしても、副官であるルーカスでなくてもいいというか、むしろ、それで良いのか、というか。
そんな思いから出たフィオナの言葉に、ルーカスの顔から表情が消えたような気がした。
「あ、の?」
「君は、アレンについて行って欲しいのかい?」
そう言った彼の口元は微笑んでいるけれど、目が笑っていない。
(わたくし、何かいけないことを言ってしまったの?)
狼狽しながら今の短い遣り取りを思い出してみたけれど、ごく当たり前の疑問を口にしただけだ。
もちろん、ルーカスと旅をできるのならばそれ以上に嬉しいことはないし、家族との対面の時に彼がいてくれるならば何よりも心強い。ただ、ルーカスの立場を考えたらそんなに長い間ここを留守にしてもいいものなのかと思ったのだ。
「そういう、訳では――」
口ごもりながら答えたフィオナに、ルーカスの笑みが晴れる。
「女の子の一人旅なんてできるはずがないからね、誰かがついていくのは絶対だ。まあ、確かにアレンでもいいのかもしれないけれど、私は伯爵家の者だし、私自身が子爵の位を持っているからね。あちらの国でもそういう身分が何かの役には立つだろう」
(そういう、こと)
もちろん、ルーカスが望んでフィオナに同行するなんて、あるわけがない。
義務感と合理性からのその理由を訊いて納得するけれど、やっぱり、少し、寂しい。
結局ルーカスの手を煩わせてしまうことにもなってしまって気持ち肩を落としたフィオナに、横から明るい声がかかる。
「良かったね、フィオナ。ルーカスさんがついていってくれるなら、安心でしょ?」
どうやら、彼の同行に疑問を抱いているのはフィオナだけらしい。
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