潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第十五章 晩餐にて

階段、ダイニングルーム

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 階段の手すりに、潤が、所在なげに寄りかかっていた。潤は、それだけで絵になる、と瑶は思った。
 古い洋館の、木製の磨き込まれた焦茶色の手すり。踊り場の高い所にある明かり取りの小窓。踊り場から釣られている球形の灯り。壁の灯り。それらの黄色味がかった光が、潤の姿を、もの思わしげに照らしていた。
 家の壁紙はアイボリーに白抜きでアカンサスの葉がプリントされているものが基調になっていた。それに、ところどころ、銀色の葉が入ったもの、金色の葉が入ったもの、が使われていた。他にも、緑、青、濃い臙脂のような赤などの色違いバリエーションがあった。
 階段の壁紙は、それらとは柄が違っていて、いっそう華やかなものだった。薄いグリーンや濃いグリーンで森の木々の葉の茂みの重なりが表されていた。そして、ところどころに、極楽鳥が黄色と白の長い尾を垂らしてとまっていた。赤茶、緑、青の羽。熱帯の楽園のような、イメージだった。ゴーギャンがタヒチに抱いたような。無垢で奔放で人間性の解放された楽園のイメージを、大洗家の階段の壁紙は、かもしだしていた。
 まるで、大洗家そのものが、一種の楽園であると主張するように。
 それは薔薇園で感じた、閉ざされた庭=マリア、楽園=アダムとイブ、原罪前の無垢なる人間、のイメージの重なりとは、また違った楽園のイメージを醸成していた。

 瑶が、そんな思いをめぐらしていると、おじ様の声がして、瑶は、我にかえった。
「潤、まだ服を着たままじゃないか」
とおじ様の声が叱るように言い、瑶から脱がせた衣類を潤に渡していた。それを見て、瑶は自分が裸だったことに気づいて、イチジクの葉の一枚でもいいから欲しいと思った。潤は、瑶の服を受け取りながら、
「せっかく、きちんとした、おそろいの服だったのに、脱がしちゃうんだから」
と、不服そうに言った。
「ああ、白シャツに黒ズボン、制服のようで可愛いね」
おじ様は応えた。
「俺も叔父様に脱がせてもらうんだ」
潤が言った。
「妬いてるのか?」
おじ様は笑った。
「少しね」
おじ様は、潤の可嫉妬に、満足そうに微笑んだ。
「ストリップをしてくれてもいいんだよ?」
「瑤の前で? そんなこと、しないよ」
潤は、ぷいと顔をそむけて、瑶の服を持ったまま、階段をぷらぷらした足取りで降りていった。
「どんな風に脱がしてあげようか」
おじ様が、ゆったりした足取りで潤を追いかけながら、潤の背中に言った。
「うーん……ちょっと無理やり?」
潤は、立ちどまって振り向いた。おじ様は、微笑んで言った。
「また、服を破ってほしいのかい?」
「やっぱりやめておく。このシャツ気に入っているから」
そう言いながらも、潤は、その時のことを思い出しているようで、うっとりとした目つきになり、顔を紅潮させた。
「先週のプレイが、そんなに気に入ったのかい?」
おじ様は、潤に並ぶと、潤の肩に手をかけて抱きよせた。
「潤は、気が狂ったみたいに、悶えていたよね。潤が、あんなに感じるなんて、私も驚いてしまったよ」
おじ様が、潤の身体を撫でまわしながら、そう言うと、潤は、慌てたように反論した。
「そうじゃないよ。おじ様とすると、いつも感じてしまうんだ。ダメだと思うけど、もっとしてほしいって」
潤は、おじ様の手から逃れようとするかのように、身をくねらせながら、顔だけをおじ様の方に向けて見上げた。
「どうしてダメだと思うんだい?」
おじ様は、潤の手首をつかんで、せまった。
「だって、ダメだよ……瑶だって、みんなだって、こんなことしてないもん……」
潤は、瑶の方をうかがった。潤がそう言うと、おじ様は、潤の手首から手をはなした。

 おじ様が瑶を振り向いて言った。
「君は、潤のどんな姿がみたい? そうだ、君に脱がしてもらおうかな?」
「え、僕がですか」
二人の会話を聞いてどきどきしていた瑶は、急に話をふられて、めんくらった。
「そう、君も参加者だよ」
参加者……。仲間に入れてもらえた嬉しさと、それでいいのかという気持ちが、言われた瑶の中で、せめぎあった。

 三人は、階段をおりきって、大きな扉の前まで来た。おじ様が扉を開けると、中は、真っ暗だった。
 いや、真っ白なテーブル掛けでおおわれたダイニングテーブルの上には、銀の燭台がキラキラ輝いていた。燭台には、いくつもの蝋燭が灯っていた。蝋燭の光がちらちら揺れて、オフホワイトの壁に大きな影法師をゆらゆら作っていた。
 ダイニングルームの壁紙は、アイボリーに白抜きのアカンサス模様だった。ところどころ、金の葉と銀の葉が混じっていた。金の筋、銀の筋が入っている葉もあった。その金銀の部分が、時おり、きらっきらっと蝋燭の灯りを反射して光った。
 瑶は、それを見て、なぜか官能的に思え、どきどきした。
 リビングのアカンサスの一部は、血のような臙脂色に染まっていた。それが、飛び散った血痕のようにみえ、瑶は、ぞくりとした。
 美しい男に、鞭をふるわれる潤。いたぶられる、その姿。少し疲れた顔の中年男。押し倒され、服を乱暴にむしり取られ、あらがってシャツをびりびりに破かれ、興奮する潤の姿が脳裏に浮かんだ。
 毎週、妖しく美しい大洗家の館の内部で繰り広げられる、淫猥で淫蕩な行為。その生け贄の潤。しかし、今夜は、瑶も、裸なのだ。自分もそんな風にされるのだろうか? 瑶の身体が反応していた。瑶は、さらされて、剥き出しの身体の変化を見られまいとして腿をすり合わせた。
「どうしたんだい?」
おじ様の声が、瑶の肌を、撫でた。瑶は、優しく、いたぶられたときのように、ぞっとした。
 リビングの臙脂色が目に入り、瑶の息は、あがった。穏やかな茜色ではなく、コチニールの赤、カイガラムシの赤。サボテンにつく虫の色素。クリムソンレーキ、カーマイン。血のような赤。
 おじ様の手が、瑶の裸の肩を抱いた。
「君は、譲の隣だ。それとも、潤の隣がいいかい?」
ダイニングテーブルを、六脚の椅子が囲んでいた。長辺に二脚ずつ、短辺に一脚ずつが、向かい合わせに並んでいた。
「潤の隣で」
瑶は、そう申し出た。
 潤と離れたくないという思いが、急速に生じていた。その思いの強さに、圧倒された。
 潤に、反芻、とからかわれたが、実際、瑶はなんでも反芻するところがあった。特に、思考を反芻するので、めったに軽々しい行動をとることはなかった。瑶は、よくよく考えてから行動することが多かった。
 なのに、潤に関して、瑶は、ずいぶん軽はずみだった。潤に影響されている、潤の魔力が強すぎる、大洗家の魔力が強すぎる。そんな風にも思えた。
 そうではなくて、瑶の潤に対する思いが、瑶の慎重な思考を吹き飛ばすほど強かったせいだろうか。それとも、これが、身体を重ねたことの、結果だろうか? 瑶だけが一人、こんな感覚に、とらわれているのだろうか。瑶は不安をおぼえた。
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