潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第十五章 晩餐にて

乾杯

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「では、こちらに」
おじ様が、短辺の席を、瑶にすすめた。瑶は、おじ様のひいてくれた椅子に座った。座面の革が、しっとりと瑶の腿の裏側に張り付いた。気持ちいい。それだけで、また、感じてしまった。瑶は、手でそっと、前を隠そうとした。
「だめだよ。食事前に、そんなところに触れたら」
潤が薄く笑いながら言った。
「あ、手を洗うの忘れてた」
瑶は、顔を熱くさせながら、椅子を引いて立ち上がりダイニングルームを出ようとすると、
「俺も」
と潤は言って、瑶についてきた。
「ねえ、僕の服どこに置いたの?」
瑶が聞くと、
「リビングのソファーに放り投げておいたよ」
と潤は答えた。瑶は、服を着た潤を見て、うらめしく思った。
 瑶がトイレから出てくると、潤がトイレのドアのすぐ外にいた。
「逃げたら、だめだよ?」
潤はそう言ってトイレに入った。逃げる? どこから? この館から? 服も着てないのに? そうか、服を逃がされたのは、僕が逃げないため? 僕が大洗家の秘密を、いろいろ知ってしまったから。瑶は、ぐるぐる考えながら、手を洗った。
 銀色の洗面ボウルに水しぶきが散った。鏡に、自分の裸の肩が映っていた。少し腫れぼったく赤味を帯びた目の縁が、なんだかいやらしかった。逃げるだなんて、できやしない。
 瑶が手を拭き終わると、潤がトイレから出てきて、手を洗った。白いしなやかなシャツの生地が、潤の、肉付きのない、華奢ではあるが、少し男っぽい骨格の肩を包んでいた。
「何を見ているの?」
手を拭き終わった潤が、妖艶に微笑んだ。
「いや、きれいだと思って」
瑶が言うと、潤は、
「瑤が脱がせてくれるんだよね?」
「手を洗ったのに?」
「手を洗ったからいいんだよ。俺は供物なんだから」
「供物?」
瑶は、聞き返した。
「俺は、十字架に掛けられて死ぬんだよ」
「何それ。クリスチャンを敵にまわす発言だね」
瑶は、返答に困って言った。
「比喩だよ。本当にそんなことするわけじゃないから、安心して」
「当たり前だよ」
「おじ様は、たぶん、祖父や曽祖父の敬虔さが窮屈になって、逸脱し始めたんじゃないかと思うんだけど、よく知らない。異端とか、神話とか研究している、宗教学とか文化人類学の分野の学者だからね。いろいろ取り入れたり、試したり、実践して、カオスなことになってるんだ。だいぶ趣味に走ってる気がするけど。瑤みたいな、真面目な人には申し訳ないね」
「いや、そうでもないから、いいよ別に」
瑶と潤は、ダイニングに戻った。
 ダイニングに戻ると、おじ様と譲が、食卓に、料理と飲み物を並べていた。
 譲が、瑶を見て、驚いた顔をした。
「ヨウ君……なんで裸なの?」
「え? だって、おじ様が……」
「なんで潤の友達まで巻きこむんだよ」
譲は、おじ様の方を向いて非難するような強い口調で言った。
「君の、森での行為は、棚に上げるんだな」
おじ様は、潤に似た皮肉な笑いを浮かべた。
「それは……」
譲は言いよどんだ。
「あのさ、ヨウ君……そんな、裸で……」
譲が、瑶の方を向いて言いかかると、
「大丈夫だよ。兄さん」
と潤がさえぎるように言った。
 ポンと、はじけるような音がした。おじ様がワインのコルクを抜いた音だった。二脚のワイングラスに、赤ワインが注がれた。おじ様が、譲にワイングラスを渡した。
「楽しみたまえ」
おじ様はバッカスのように言った。おじ様がグラスを揺らすと、血のような赤が、透明なクリスタルの中で輝き、葡萄とアルコールの香りが辺りに広がった。
 おじ様は、ふっと笑った。
「美しい肉体に乾杯」
「子どもたちに葡萄ジュースをつぐから、待ってよ……」
譲は、動揺したように、おじ様から顔を背けて言った。
「叔父様、譲に浮気したら、いや」
潤が、おじ様に身体をくっつけた。
「まさか。何を言ってるんだ、潤。譲は、私の息子じゃないか」
おじ様は、声をたてて笑い、グラスを食卓に戻し、椅子に座りなおした。
「瑶の前だからって、ごまかさないで。俺、知ってるんだから」
潤が言った。
 瑶と潤のグラスに、葡萄ジュースがつがれた。
「潤」
潤が、うながされて、自分の席についた。
「美しい肉体と生け贄に乾杯」
瑶たちは葡萄の芳醇な香りを鼻腔に吸い込み、少し苦味のある甘い汁を口に含んだ。
「そのジュースも、ワインを作る種類の葡萄だから美味しいはずだよ。ワイナリーから取り寄せたものだから」
譲の言葉に、
「はい、美味しいです」
と瑶は答えた。
 潤は、グラスを置いて、また、叔父様の膝に乗った。
「こら、潤」
叔父様は、グラスのワインを口に含むと、潤に口づけした。
「ん、んん」
潤の口の端から、血のように赤い液体が流れた。
 おじ様が、それを舐めとった。
「親父、未成年に飲ませるなよ」
譲が言った。
「キスしただけだ」
おじ様が言った。
「だけって言われても、それ自体おかしいんだけど」
譲が、恥ずかしそうに言った。
「潤も、降りろよ。お前、自分がいくつだと思ってんの? 中学生だって、親父の膝になんか乗らないぞ?」
「違うの。これは、恋人として乗ってるんだから、いいの」
潤が、甘えた声で言った。
「あっ、そう。でも、見てる俺が恥ずかしいから、やめて」
譲が、スープを各自のスープ皿につぎながら言った。
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