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第98話 それなりの理由がある筈

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 ゾンビに噛まれると、同じくゾンビになるのは、物語としては定番である。
 
『空き缶が噛まれたら、どうなるかって? ゾンビの口に挟まった状態で、唾液まみれのゾンビ缶になるだろうね』
 
「凄く嫌カァアアアアン!?」 
 
『そんなわざとらしく嫌がらなくても、わかってるよ? カンが、ゾンビに噛まれた際の自分の陥る状況に、実は〝ゾンビに噛まれるって、なんか新しい扉を開きそう〟とかと悶々と考えてるんでしょ?』
 
「どんな扉カァン!?」

 そんな時、廃屋の外から多数の呻き声が聞こえ始めた。

「マスターカン! この小屋の、扉が開きます!?」 
 
「えぇ!? 普通に開いちゃうの!? 鍵は!?
 
「壊れてました!」
 
「それ大事なことカァアァン!? もっと先に言わなきゃ駄目カァアァアアン!?」
 
 廃屋の扉が、ゆっくりと軋みながら開き始めた。

 そして、開いた隙間から見えた腕は、明らかに生きているとは思えぬ、見間違える事のない程に、立派なゾンビの腕だった。
 
「嫌ぁああぁああ!? 唾液まみれの口で、我を噛まないでほしいのカァアァアン!?」
 
〝なんか家の中にいるンビぃいい!?〟

 カンの悲鳴に反応するかのように、扉を開けて入ってきたゾンビが、思わず驚き後ずさった。
 
「……カァン?」
 
〝……ンビ?〟

 沈黙する一体と一缶。
 
「まさか、ゾンビにすら言葉が通じるカァアァン!?」
 
〝空き缶が喋ったンビ!?〟
 
「マスターカンが、物凄いゾンビみたいな唸り声をあげてる!?」
 
『カミペディア情報によると、廃屋だと思っていたその家は、どうやらゾンビのビンゾの家だったみたいね』
 
「ゾンビの名前がビンゾって、ややこしいカァアァン!」
 
〝なんでおいらの名前を知っているのかは置いておいて、初対面の者の名前を馬鹿にするとは、失礼な空き缶ンビ〟
 
「ゾンビに礼儀を注意されたカァン……すまぬ、我は空き缶のカンというものカァン」
 
〝空き缶で名前がカンて、適当ンビね。きっと愛される事なく、適当に名付けれたンビ。とても、可哀想ンビ〟
 
「やかましいカァアアァン!?」
 
「マスターカン? 一体、どうなっているのですか?」
 
 アミルは、廃屋に入ってきた一体のゾンビにナイフを構えながら、カンにこの状況を問いかけた。

 アミルの目には、ゾンビと空き缶が呻きあっているようにしか見えないため、空き缶が狂ったようにしか見えなかった。

 しかし、一応ドン引きしながらも、確認する為に、声を震わせながら勇敢に声をかけたのだった。
 
「めっちゃ声が震えておるカァン!? それにどんどん我を置いて、離れていくんじゃないカァン!?」

 カンがアミルに対して騒ぎ立ててる様子を、じっと観察していたゾンビのビンゾは、興味深そうにカンに問いかける。
 
〝そっちのおなごは、空き缶の仲間ンビか?〟
 
「そうなのだが、おなご?」
 
〝ンビ? 知らなかった系ンビか……ならば、今のは聞かなかったンビでよろしくンビ〟
 
「……ボクっ子だっただとぉおおお!?」
 
 生者の血肉を好むゾンビの特性により、ビンゾは一目でアミルが少年ではなく、少女であることを見抜いていた。

 そしてその事に、カンが全く気がついていなかったことを悟ると、気を遣って今の話を無かったことにしてくれようとしていた。
 
「初対面のゾンビに気を使われたカァアァン!?」

『身分を偽り、性別を偽り目的を成そうとする主人公は、正にお約束ではあるけれども、カンはどうするの?』
 
「どうするって……流れ的には、確認カァン?」
 
『なるほど。だからカンは、ゾンビのビンゾにアミルが女の子だと告げられてから、ジッといやらしい目線をアミルちゃんに向けてるんだね。空き缶の為、目線が分からないことを良いことにやりたい放題だね。ゲスいねぇ、実にゲスい』
 
「ひどい言われようカァン」
 
「どうしたのですか、マスターカン?」

 ゾンビとまるで会話しているかのように唸っていたカンが、今度はブツブツと独り言を言い始めたので、引きながらも勇気を持ってアミルは声をかけた。
 
「いや、このゾンビのビンゾが、おぬしの事を"おんなの……」
 
「マスターカン! 危ない!」  
 
 カンが、アミルにいきなり直接女の子かどうかを尋ねようとした為、ゾンビのビンゾがカンに向かって溶解液を口から吐き出した。

 アミルが声を掛けたおかげで、カンはさっとそれをかわすことが出来た。
 
「ひゃう!? 危なカァン!? 何をするカァアン!」

 突然攻撃されたカンは、激怒した。
 
〝それはこっちの台詞ンビ! 見るからに男の格好をしている相手に、おなごかどうか本人に聞くとは何事ンビ! 神経疑うンビ! しかも、おいらから聞いたと言ったら、おいらがバラしたみたいで、おいらに対しても誠意が感じられないンビ!〟

 そしてゾンビのビンゾに、カンは普通に怒られた。
 
「めっちゃ早口で、ゾンビに説教されたカァン!?」
 
「マスターカン! いきなりゾンビが怒り出しましたが、大丈夫ですか!」
 
「大丈夫カァン! ちょっと、説教くらっていただけカァン!」
 
 カンは大声ではっきりとアルミに状況を伝えたが、アミルはゾンビに怒られる空き缶という状況に、激しく困惑した。

『もう、アミルちゃんにとっては、これ以上ないカオスだね。気の毒に』
 
「混乱する気持ちは、分からなくもないカァン」
 
〝わかったような、雰囲気出してないで、早くおいらの家から出てってもらえないかンビ〟

 カンがイチカの言葉に、ぐうの音も出ないほどに納得していると、ゾンビのビンゾが呆れるように嘆息を吐いた。
 
「それは、悪かったカァン。だが、ただの疑問なんだが、ゾンビなのに生きている者を襲わぬのか?」
 
〝生者の肉が好物というだけで、特にそっちからおいらを攻撃しなけりゃ、今は腹も減ってないし何もしないンビ〟
 
「ゾンビのイメージと違うカァン」
 
〝おいら達が、ウォーキングしていると勝手に攻撃してくるから、こっちも応戦するしかなくなるだけンビ。健康の為にしていることを、邪魔しなければ良いだけンビ〟
 
「ウォーキングするゾンビ……ウォーキングデッド!?」
 
〝他にも、ジョギングや短距離走、中距離走の練習している時も、やめて欲しいンビ〟
 
「紛らわしい上に、割と見た目は地獄絵図カァン。では、普通に扉から出て行けば襲われぬのか?」
 
〝ここの廃墟のゾンビは、お節介焼きが多いンビ。生きている者は珍しいから、何事かとワラワラ寄ってくると思うンビけども、攻撃しなけりゃ……あ〟
 
「なんぞ?」
 
〝ただ、気をつけたほうが良いンビ。おいら達、興奮すると噛み癖があるンビ。噛まれたら、仲間になるンビ〟
 
「それ一番駄目なパターンカァン!?」
 
 なんやかんやとゾンビと長話する空き缶と、それを眺める少年の振りをする少女が、ゾンビの家に長居するという、極めておかしい空間となっていた。
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