【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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第3部(終章)

俺に何か隠してる?

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蘇芳は花鶏に駆け寄り、慌てて自傷行為を止めさせた。

「花鶏!貴方、足を怪我してるじゃないですか、腕も……やめなさい、血が出てる、もういいいから」
「はつりの様子も変なんです、それに先生、信じてくれないかもしれないけど、姉上にそっくりな女が水の中にいて」

意識がはっきりしないのか、出てくる言葉は断片的で要領を得ない。

(姉上?……やっぱり、花雲と関係あったのか)
蘇芳はつりの手元を見た。

<三觜>に変わった様子はない。ただの石の器だ。

「花鶏、はつり様は<三觜>に願い事をしたんですか? 何を願ったんです?」
「沙羅の魂を呼び起こせ、と」
「……それだけ?」

花鶏は頷く。

(沙羅は<睡蓮>の封じた方法を知ってて、しかも奴を恨んでる。これって俺たちにとっては有利……だよな?)

はつりを唆したのは<睡蓮>で間違いないだろうが、まさか自分を封じた相手を蘇らそうとするなんて。

「先生?」

蘇芳の顔に浮かんだ無意識の笑みを、花鶏が訝しんだ。

ツイてる。
地上にいると思われたはつりが花鶏と一緒にいた時は驚いたが、まさか雨月ルートにない<三觜>が、こんな使われ方をされるなんて。手っ取り早く封じ込めたかったが、沙羅が味方に付いてくれれば、おのずとそうなるだろう。

「沙羅が目覚めたら一時的に<睡蓮>の封じは解けますが、彼女は生前、完全な封じ込めに成功してるんです。味方に付ければ<睡蓮>を退治できるはずです」

蘇芳は花鶏の顔に浮かぶ困惑に気付いた。

(この感じだと、もう何か吹き込まれてるな)

「<睡蓮>に何か言われたんですね?……信じないでください、奴は嘘吐きですよ」
「嘘?」
「どうせ沙羅と自分は相思相愛だとか言ったんでしょうが、沙羅には愛した人が別にいたんです。全部<睡蓮>の妄想ですよ」
「先生がそう言うならそうなんだろうけど……ああ、やっと眩暈がおさまってきた。先生ずぶ濡れじゃないか。怪我はない?」

やっと様子が元に戻った花鶏に安堵の息を吐く。どうやら<睡蓮>の術中から抜けたようだ。
ふいに花鶏に強く抱きしめられて、蘇芳は目を丸くした。

「殿下?」

花鶏は深く蘇芳の匂いを吸い込んでから、すぐに離れた。

「何でもありません。もう大丈夫。はつりの様子も見てあげて」

東雲が岩盤にぶつかった。地響きが洞窟全体を振動させる。
目視で確認できないが<睡蓮>とやりあっているのは明白だ。

岩陰からへっぴり腰で走って来た波瀬が、はつりの肩を揺すると、大きな目がぱちりと瞬く。

「蘇芳先生!?あれ、あたし……これ」
手に持った<三觜>を見下ろすと、そわそわと蘇芳を伺う。悪戯を見つかった子供のようだ。勝手に使ったことに気が咎めているのだろう。

「大丈夫ですよ、運よく良い使い方をしたようですから」

その時、波瀬が何かに反応し水溜まりを見つめた。
蘇芳もそちらを見る。さざ波一つない水面に浮かぶ睡蓮の花が、ゆっくりと花弁を閉じていく。
まるで一斉に眠りにつくように。

「……見て来てくれるか?」
「嫌ですけど!?」

波瀬は得体の知れない化け物を思い出して叫んだ。上司の命令とて、今あの水辺に近寄るのは絶対にご免だ。

仕方なく蘇芳は水辺に近寄ったが、あとをついてくる花鶏に気付くと、その肩を押さえた。

「怪我をしているでしょう、そこにいなさい」
「先生だけ行かせられません……それに、さっき言いましたよね。先生も彼女を見たら驚くはずだ」
「彼女?……まさか、いるんですか?沙羅がここに?」
(え、水死体ってこと? 嘘だろ。いや、百年前なら白骨遺体か。でも花鶏の言い方だとまるで)

疑問はすぐに解決した。
睡蓮の花を手で避けると、蘇芳はまじまじとその顔を眺める。花鶏が驚くのも無理ない。

(花雲と似てるな……正確には俺の描いた花雲の成長した姿に)

「見てください、先生の描いた絵にそっくりだ。こんな事、偶然で起こりますか? それに月代の里は昔、俺の祖父が失脚する前治めていた領地のひとつだったんです。<睡蓮>の言葉を信じるならですけど」
「十五年前の贈賄事件? 貴方のお爺様が捕まって、貴方たち姉弟が、その」
「うん、俺と姉上は母上に見捨てられて、花雲はろくな看病もされず病気で死んだ」

蘇芳は花鶏の手を握った。花鶏は大丈夫だと微笑む。

「沙羅の子孫たちが月代を逃げ出したのも十五年前だそうです。妙に偶然が重なりますね」

蘇芳は何も言わなかった。すると、花鶏がじっと顔を覗き込んでくる。

「先生、もしかして俺に何か隠してる?」
「……どうしてそう思うんです」

隠してる。自分が本当の蘇芳ではないこと。この世界の住人ではないこと。
花鶏を保険扱いして自分だけ助かろうとしたことも、まして最初の頃は花鶏をゲームの登場キャラにしか思っていなかったなんて、死んでも花鶏にだけは知られたくない。

花鶏に失望されたり嫌われるくらいなら、秘密は墓場まで持っていく。

「先生は時々、誰も知らないようなことを知っていたりする。珀の名前、アジラヒム……サンスイや、姉上のことも。<睡蓮>のことだって、先生だけが最初から疑ってた。ただの小説なのに、まるで初めから実在してると知ってたみたいだ。巫術師だって、ここまで先見は出来ない」

黙り込んだ蘇芳を前に、花鶏はふっと表情を緩めた。安心させるように、握った手に力を籠める。

「そんな顔しないで先生。先生が俺のために行動してるのは知ってる。だから」

力が強くなった。ぎり、と骨が軋むほど強く握られる。

「っ、花鶏」
「だから、これだけは約束して。先生にどんな考えがあろうとも、俺から離れることだけはしないで。死ぬまで俺のそばにいて」

それさえ約束してくれたら、何も聞かないから。
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