瀧華国転生譚 美貌の悪役文官は病弱皇子を手懐けたい

飛鳥えん

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第3部(終章)

潜在願望

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「もしそうなら、この人たちのこと助けられるかも」

ぽつりと、はつりが口にした。

帯から下げた巾着から、ごそごそと何かを取り出している。
手の平に取り出したのは、灰色の石でできた……器? 
小さなすり鉢状の底に向かって嘴を向ける小鳥が彫られている。
ぱっと見、市場の古道具屋で二束三文でたたき売りされていそうな代物だ。

「なんだその、ガラクタ」
「ガラクタって言わない!これは、えっと、サンスイっていってね。蘇芳先生が言うには、神力を持った人間が使える特別な宝物で」
「……先生が?」
初耳だ。自分の与り知らぬところで、蘇芳がはつりに何かを託したというのか。胸の奥に黒い靄が広がった。

<カラミヒエカ>の名前が出ていたなら、花鶏もすぐに勘付いただろう。蘇芳がアジラヒムを脅し、もとい交渉して手に入れた宝物だと。しかし、はつりは花鶏とは逆に、<カラミヒエカ>の名も、カデンルラでの顛末も知らなかった。

「昏睡状態の人たちを助けるよう蘇芳先生に頼まれてたんだけど、沙羅さんを目覚めさせたら、どちらも叶うってことだよね」

花鶏はまだ懐疑的だ。
沙羅の願いが里を救うことなら、順番が逆な気がする。
しかも、昏睡状態の人々の中に本当の里の住人は、まとめ役の女ひとり。彼らを助けても、里を守ったことになるのか……?

(先生のいない今、憶測で動くべきじゃない)

「蘇芳先生は人助けのために<三觜>を使うのを怒らないと思う。それに、二の里の人たちをこのままにはできないし、沙羅さんも、助けてあげたい」
「それは、そうだが」
そう。蘇芳なら確かに怒らないだろう。むしろ褒めてくれるはずだ。

(なのになんだ……心臓が騒めくこの感じ)

<睡蓮>ははつりの肩越しに、物珍しそうに<三觜>を覗き込んでいた。

「話に聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだ。……優しいお嬢さん、それを私の妻のために使ってくれるというのかい?」

眉を下げて尋ねる<睡蓮>の顔は、はつりから見ても、蘇芳に似ているに違いない。
花鶏はほぞを嚙んだ。

(先生が誰彼構わず優しくするからですよ。もういっそ……どっかに閉じ込めて、珀も兄上も、早蕨も波瀬も、はつりにも……誰にも会わせないで、俺だけが先生を独占できればいいのに)

駄目だ。イルファーンと同じ思考になっている。蘇芳ならきっと呆れてこう言うだろう。
「相手の心を尊重できない人間は、いくら見た目が良くても屑同然」

(でも先生……どうして俺は、先生と恋人になれたのに、いつまでも嫉妬して、心が休まる時がないんだろう。先生が誰かに盗られるんじゃないかと、不安で気が狂いそうだ)

先生は悪くないのに、花鶏以外に優しくする先生が、時々とても憎い。そんな風に思う自分が悲しい。

(……離れてるから嫌な想像が膨らむんだ。俺たちはいつも一緒にいないといけないのに)
蘇芳が傍にいてくれさえすれば、不安は消えるはずだ。早く東雲が先生を連れて来てくれさえすれば……。

軽いめまいがして、額に手を当てた。自分の手だと大して意味がない。足の怪我も悪化したのか、痛みで集中力が切れかかる。はつりと<睡蓮>の気配が遠くなった。

「やってみますね。ええと、蘇芳先生は確かこうやって……あれ?動かない」
蘇芳が教えてくれたように、三羽のうち一羽を選んで、頭を下に押す。当然のように小鳥は動かない。
「石の彫刻なんだから当たり前だろう」
「ちょっと黙ってて。おかしいな」
<睡蓮>が横からおもむろに腕を伸ばして、はつりの手を取った。
「え?」
はつりの戸惑った声。花鶏も痛みを忘れて呆気に取られた。
<睡蓮>は何を思ってか、はつりの指を掬い上げると、薄く開いた口に含んだ。ちら、と覗いたのは、尖った犬歯だ。
「おいっ、何して」
花鶏の静止と同時に、はつりがビクッと肩を揺らした。
噛まれたのだ。
はつりの指先にぷくりと血の玉が浮かぶと、<睡蓮>はその手を逆さにして<三觜>の窪みに向けた。
ぽた、と血の雫が窪みに垂れる。さっき触れた一羽の小鳥が、羽を広げ、ゆっくり嘴を窪みに下ろした。お辞儀するような態勢で血に触れる。

「願いを口に出してみて」
<睡蓮>は喜色を浮かべて小鳥を見ている。蓮の色をした目が爛爛と輝いてるのを見て、花鶏はなにかがおかしいと感じた。

「はつり待て、せめて先生が来るまで」
「おや、先生はここに来るのか」
<睡蓮>が花鶏を見遣った。その瞬間、視界がぐらりと揺れ、花鶏はその場に蹲った。
揺らぐ視界の向こうで、ぼんやりと虚空を見つめるはつりの姿が見えた。
はつり、と声に出すが、はくはくと音が漏れるだけで届かない。
笑う気配がして上を向くと、<睡蓮>のまとう空気が揺らぎ、その姿形が変化していた。
濡れ羽色の髪は雪のように白くなり、顔は全くの別人だ。
もうどこにも、蘇芳の面影はない。
人の理から外れた麗しさながら、目の奥にうすら寒いものを湛えている。
それまでの儚げな雰囲気が立ち消えて、ぬらりと光る刃を当てられたように、全身の毛が逆立った。

(そうだ剣、俺の剣は……)
おかしい。頭に靄が掛かったように思考がまとまらない。花鶏は腕に爪を立てた。血がにじむまで強く食い込ませると、少しだけ意識がはっきりする。

「そんなことをしてはいけないよ」
<睡蓮>は歯ぎしりする花鶏の頭に手を置き、はつりの耳元に何かを囁いた。
はつりが夢見るように<三觜>に語りかけた。
「三觜、この人を……沙羅の魂を呼び起こして」

言い終えた瞬間、巨大な黒い塊が<睡蓮>に向けて体当たりした。

「花鶏!……え、はつり様もいたのですか」
駆け込んできた蘇芳は、真っ先に花鶏を見つけ安堵を浮かべたが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。
東雲が即座に攻撃した<睡蓮>がいた場所。そこに蹲る花鶏は焦点の合わない目で腕に爪を立てている。

はつりは<三觜>を手に持ったまま、蘇芳を見ようともせず、じっと俯いていた。
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