瀧華国転生譚 美貌の悪役文官は病弱皇子を手懐けたい

飛鳥えん

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第3部(終章)

蘇芳side 生贄

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「さっきは八つ当たりしてすまない」

前を向いたままの蘇芳の言葉に、波瀬はきょとんとした。すぐに、ああさっきのことか、と思い至る。
肩を落としているようにも見える蘇芳は、足取りだけはずんずんと力強く、闇深い洞窟通路を青い松明を頼りに進んでいく。

松明があるということは、誰かが出入りしているのだろう。まさか住んでるなんてことはあるまい。
水中での出来事を思い出して、波瀬はぶんぶん頭を振ってその考えを打ち消した。

「いいんですよそんなの。殿下のことが心配なんでしょう。きっとご無事ですって」
「うん。東雲もついているから、きっと大丈夫だ」

蘇芳はその言葉がお守りであるかのように、何度も東雲がいるから、と口に出していた。本当に不安なのだろう。自分ではなく、花鶏のことが。

(昔から蘇芳殿は殿下にべったりだったが……まさかなぁ)

節操のない冗談のつもりで揶揄っていたら、ふたを開けて見ればそれが真実だったとは。事実は小説より奇なりだ。

(だからって、どうこう言う気はないが)

蘇芳が権力だとか、金だとか、そんな物のために花鶏殿下とそういう関係になったわけではないのは見ていればすぐに分かる。

むしろ花鶏殿下なんて、蘇芳さえ隣にいれば地位はそこらの犬にでもくれてやりそうだ。

(何度か蘇芳殿へ見合いの話が来たことがあったが、不思議と本人のとこに来る前に立ち消えてたんだよな)



官職、年齢、地方貴族、そして容姿……今まで婚姻歴がない方がおかしいくらいなのだが、本人は至って飄々としているので、年嵩連中は何やかやと世話を焼きだがる。いわくつきとはいえ、第三皇子の側近というのも、また大きい。方々で我が娘を、うちの孫を、なんて話はよく聞くのに、不思議とその先に進展しない。

(まさか花鶏殿下が手を回して?……いやいや、当時はまだ子供だったし)

ないない、と言いたいところだが、この間のあれを見聞きしてしまっては……。
あの時の波瀬は、本当に心臓が飛び出さんばかりで、途中からは逃げたくともできず、泣き出したかった。

それでも、もし万が一、花鶏が立場を利用して蘇芳に無理やり迫っているようなら、同僚として友人として、蘇芳を助ける心積もりがあったのだ。

(全く、そんなんじゃなかったな……)



他人様の色事を覗いて喜ぶ変態じゃあるまいし。まして仲良くしている上司と、そのご主人様のあれやそれ……途中からは鼾の演技をしながら耳を塞いでいた。

それでも漏れ聞こえてしまうものはしょうがない。

優勢だった花鶏が最後の方では蘇芳に虐められているような、意味が分からない展開になった時は別の意味で仰天したが。

あろうことか花鶏殿下の口を塞いだらしい蘇芳の気配と、くぐもったすすり泣きまで聞こえて、本気で焦った。

(いやもう不敬とかそういう問題じゃねえぞ!)

おまけに蘇芳は蘇芳で何が楽しいのか、合間合間に小さな声で花鶏殿下をあやしながら、泣いている相手にくすくす笑っている始末。むしろ花鶏殿下を助けてやるべきなのかと思ったくらいだ。

(……純情な若者が百戦錬磨の婀娜っぽい女に虐められてるみてぇだった)
まさか蘇芳に対してそんなことを思う日が来ようとは。


「だから一の里のあの空き家は……って、おい、聞いてるのか?」
「え?は、はい、空き家ね、聞いてますよ。二十年前に住民が出て行ったていう、俺たちの仮宿ですね」

蘇芳は松明を振って道の先を確認しながら、波瀬を振り返った。ぼう、っと青白く照らされた白い顔は、端正だが疲れが滲んでいる。

「百年ほども前だ。当時はまだ里は六つあって、それぞれが下から順に一、二、と序列にちなんで呼ばれていたという話はしたな? 一の里の序列は、一番下位、今と真逆だ」

波瀬は頷いた。地上で聞いた説明だ。なんでそんなことまで調べてあるのか、そんな疑問を置きざりに、蘇芳はつらつらと歩きながら語る。

「今は禁止されているが、当時は災害が起こると人柱を立てて土地の神に祈ったらしい。今は皇族を神と比肩して奉るから、そういう土着信仰が残っていた最後の時代だったんだろうな。ーともかく、大規模な干ばつと蝗害が立て続けに起きたその年、里長たちが話し合って人柱を立てることにした。割を食うのはどこか、言うまでもないな」

「一の里? ひでぇ話だ。そんなんで災害がおさまるわけないってのに」
「里が全滅するかどうかの瀬戸際だったんだろう。気の毒だが、生贄を出すことになった家の者達はもっと悲惨だ」
「あ、もしかして今の里長のご先祖の誰かが」
「違う」

蘇芳が即座に否定した。こういう時、真っ先に責を負うのは里長だろうと、思ったのだが。

「私たちが宿にしていた家は、はつり姫が言ったように大きく頑丈だった。荒れる前はもっと立派な家だっただろう」

波瀬ははたと思いついた。

「もしかして生贄を出した家っていうのはあの空き家に住んでた連中、いや、方達か。きっと里長の次に有力な一族が……ん?」

何かが引っかかる。蘇芳はさっき、当時の序列は今と真逆だと言っていた。
蘇芳はちら、と波瀬を肩越しに見遣った。

「そう、不自然なんだよ。なぜ下手したら里長の家より立派な家に住んでいたのか。答えは簡単だ。突発的な富や優遇には理由がつきもの。この場合の理由とは」
「……生贄を自分たちの身内から出したから? あれ、なんかこの話、最近どっかで聞いたような」
「『月代恋月記』の冒頭で、主人公の乙女は華鏡湖に身投げする。正確には木でできた棺桶に釘を打たれて放り込まれるんだ。そこで彼女は、ある人物と遭遇する」

蘇芳はそこまで言って、嫌そうに顔をしかめた。

「くそ、行き止まりだ。来た道を戻って分岐を探さないと」

乱暴な口調で吐き捨てたその時、ドン、と岩盤が揺れた。

「うわ、なんだっ」

ふたりして顔を見合わせた。多分同じことを考えいてる。こんな場所で岩盤が崩れでもしたら……。
息を詰めたその時、頭上の岩壁に、ビシリ、と亀裂が生じた。
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