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新婚旅行編

ジルベルトの胸の内③

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「じゃあ、何ですぐ帰ってこなかったんだよ」

 すかさず、ジャンの低く、唸るような詰問が飛ぶ。朱色の目は、あの頃を思い出したのか見たことが無いくらい険しくギラついていた。
 一方、ジルはその視線を受け……強面を、苦しそうに歪ませた。

「帰るに帰れなくなっちまったんだ。俺の魔力がデカ過ぎて、お前らの側に寄ったらどうなるか、分からなかった」

 強い効果のある薬は、ほんの少しなら体を助けてくれる。しかし、沢山飲んだらそれは毒だ。強い魔力だって同じこと。
 帰りたいのに、帰れなかった。その時の気持ちを思うと、ポルカの胸がぎゅっと苦しくなる。

「……じゃあ」

 ぽつり、と。こぼすように。
 大きな図体に似合わないくらい小さな声で、ガルラが呟いた。

「父さんは……俺、たちを 捨てたんじゃ、無かったんだな」
「……ッ、当たり前だろうが!!」

 ポルカを抱く腕に、力がこもる。ただでさえ怖い顔がさらに怖くなり、目を見開いて唸るその姿は鬼(オーガ)も逃げ出す勢いだ。
 けれど、血を吐くように叫んだジルの顔にも声にも嘘は感じられない。本当の本当に、事情があって帰ってこれなかった。決して家族を捨てたわけじゃあ、なかったのだ。

 家族会議の緊迫した空気が、ほんの少し緩んだ……その時だった。

「――俺ぁ、納得できねぇよ」

 低く、凄みのある声に、ポルカの肩がビクッと跳ねる。
 緩み始めた家族の中でたった一人。朝焼け色の瞳を持つ男が、父を睨みつけていた。

「んな御大層な魔法ってモンがあるんなら、連絡くらい寄越せただろうが!!」

 地を這うようなその声はほんの少し湿って、震えている。覗き込む度、ジルを思い出すくらい良く似た朱色の瞳は暗く陰り、その奥には恨み、憎しみ、悲しみがドロドロと渦巻いている。

「何で、俺らに一度も連絡寄越さなかった」

 ジャンはおもむろに立ち上がると、ドカドカと足音を立てポルカ達の方へ向かってくる。びっくりして固まったポルカをそっと隣の席へ下ろし、立ち上がると、ジルは長男に真正面で向き合った。ジャンもかなりの背丈だが、立ち上がって向き合うとやはりジルの方が大きい。

「何でたった一通、たった一言もなしに何年も何十年も放って置いたんだよ!! ンなの蒸発したのと同じだろうが糞親父!!!!」

 しかし背丈の差などものともせず、ジルの胸倉を掴むと、ジャンは思い切り自分側へ引き寄せた!

 ゴッッッ!!

 火花が散るような勢いで、ジャンとジルの額がぶつかった。頭突きは見事に決まり、気持ちいいくらい派手な音が居間に響いた。
 ぶつけた額をさらにぐぐっと押し付けながら、ジャンは朝焼け色の瞳を燃やし、今までにないほど間近で父を睨みつける。息を呑むような静寂が、居間を包んだ後――

「……すまねぇ」

 ぽつん、と、最初に落ちる雨粒のように。

「……怖、かったんだ。お前らに、家族に……面と向かって、嫌われるのが」

 小さく情けない声が、父の口から零れ落ちた。
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