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新婚旅行編
ミラー家の取り換えっ子(次男ガルラ視点)
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「ジル、はい、あーん」
「ばっ……おい止めろ! みんなの前でむぐっ」
「四の五の言わずにしっかり食べて怪我を治しなよ」
実家の食卓で繰り広げられる夫婦漫才をぼーっと眺めながら、ガルラは昔のことを思い出す。
今はガタイがよく、強面なガルラだが……かつてはヒョロっこい少年だった。
「やぁい、ミラーの『取り替えっ子』!」
父にも母にも似ていない髪と目の色。そのせいで、昔はよく、そういう風に揶揄われた。
でも、どうやって言い返したらいいのか分からなくて、そんな自分が情けなくて大嫌いで。悔しくて悲しくて、何度も泣きながら家に帰ったのを覚えている。
そんな時は、母が必ずガルラの焦茶の頭を撫でながら慰めてくれた。そして決まってこう言うのだ。
「ガルラはアタシがお腹を痛めて産んだ、自慢の息子だよ。それに、生まれたアンタはお父ちゃんが見張っててくれたんだからね! 取り替えられる暇もないってもんサ」
ガルラだって、きちんと分かってる。でも、何度それを話しても、周りのヤツらは揶揄うのを止めてくれない。
……まぁ今思えば、少し突っついただけでピィピィ泣くヒョロっ子のガルラは、『都合の良い玩具』扱いだったのだろう。今のガルラなら一睨みで追っ払えるけれど、あの頃は睨むより先に泣いていたから。
兄の髪は母譲り、瞳は父譲りで赤い。
弟なんか両方、なんなら顔付きも母に似ている。
なのに、どちらにも似てない自分は……本当に、この家の子どもなのだろうか。
「……ガルラ。また苛められたのか」
「………」
近所の子に誘われて若いタギ苺を採りにいった帰り道。泣きながらトボトボと歩くガルラの背に、声がかかる。
振り向くと、父が厳つい顔をさらに顰めて、ガルラをじっと見下ろしていた。仕事帰りだからか、紙に包んだ肉の塊を小脇に抱えている。
「今日は、タギ苺狩りに行くっつってたな。……さては、ぶん取られたか」
「………う」
タギ苺が大好きな母の為に、一生懸命採ってきたのだ。
でも、結局サボって遊んでいた他の子に籠ごと取られてしまって、せめて残ったタギ苺を数粒だけ、端切れに包んで帰るしか出来なかった。おまけに一番美味しい柔らかなタギ苺は皆に取られてしまっていたから、残ったのは完熟直前の固くなったものばかり。
情けなくて、悔しくて、母にも申し訳なくて……ガルラの黒い瞳から大粒の涙がボタボタとこぼれ落ちる。
「………おれ、が」
「あ?」
「おれが、『取り替えっ子』だから、ダメなのかな」
母に似た、優しい色の髪が欲しかった。
父に似た、朝焼け色の瞳が欲しかった。
どっちでもガルラは嬉しかったし、そうしたらガルラは自分を大好きになれる筈だった。
でも自分にあるのは焦茶の髪に黒い瞳で、親兄弟と似ていない自分をどう頑張っても好きになれない。
「――もう、消えたい」
地面に黒い染みが増えてゆく。それが自分の瞳の色と重なって、もっと悲しくて涙が止まらない。
俯いて動けなくなったガルラの頭に、温かくて大きな何かが乗せられた。
「お前は、ダメなんかじゃねぇよ」
「……え?」
見上げれば、夕焼けを背に父がガルラを見下ろしている。その瞳は、夕暮れの空よりも赤く……鋭くて、何だかいつもより怖い。
「ガルラは誰より優しい奴だ。そんなお前を苛める奴らの方がダメな屑に決まってる」
「……く、くず」
「そうだ、屑だ。優しいお前を苛めてそれを娯楽にする奴らなんざ、ダメを通り越して屑なゴミだ」
「…………ごみ……」
朝焼け色の瞳に炎が燃えている。厳つい顔がさらに怖くなって、ガルラは思わず震えてしまった。父が予想外の、しかも悪い方向に突っ走りそうな予感がする。
ひとまず、どうにか、宥めないと……ご近所が何だか大変なことになりそうだ。
「と、父さん。おれ、自分で何とかする。だから……何もしないで」
「だがよ、ガルラ。どうやって何とかするんだ?」
「ん………」
ガルラはじっと父を見上げる。筋肉のついた大きな体に、厳つい顔。山の獣を踏みつぶせる太い足に、硬い拳はきっと岩をも砕くに違いない。
――もし、おれが、父さんみたいに大きくて、強い男になれたら?
そうしたら、例え髪や目の色が似ていなくても、苛める奴はいなくなるんじゃないか。それにこれだけ見かけも中身も強かったら、きっとイジメっ子だって苛めにくいに違いない。
ガルラにはそれが、何だかとても良い案に思えてきた。だから、父を見上げてこう言ったのだ。
「おれ……強くなりたい。父さんくらい、でっかくて、強い男になりたい」
「ガルラ……本気か?」
「うん」
「父さん、おれを、きたえてくれないかな」
この時こう言った事を、ガルラはその後ほんのちょっとだけ後悔することになる。
「ばっ……おい止めろ! みんなの前でむぐっ」
「四の五の言わずにしっかり食べて怪我を治しなよ」
実家の食卓で繰り広げられる夫婦漫才をぼーっと眺めながら、ガルラは昔のことを思い出す。
今はガタイがよく、強面なガルラだが……かつてはヒョロっこい少年だった。
「やぁい、ミラーの『取り替えっ子』!」
父にも母にも似ていない髪と目の色。そのせいで、昔はよく、そういう風に揶揄われた。
でも、どうやって言い返したらいいのか分からなくて、そんな自分が情けなくて大嫌いで。悔しくて悲しくて、何度も泣きながら家に帰ったのを覚えている。
そんな時は、母が必ずガルラの焦茶の頭を撫でながら慰めてくれた。そして決まってこう言うのだ。
「ガルラはアタシがお腹を痛めて産んだ、自慢の息子だよ。それに、生まれたアンタはお父ちゃんが見張っててくれたんだからね! 取り替えられる暇もないってもんサ」
ガルラだって、きちんと分かってる。でも、何度それを話しても、周りのヤツらは揶揄うのを止めてくれない。
……まぁ今思えば、少し突っついただけでピィピィ泣くヒョロっ子のガルラは、『都合の良い玩具』扱いだったのだろう。今のガルラなら一睨みで追っ払えるけれど、あの頃は睨むより先に泣いていたから。
兄の髪は母譲り、瞳は父譲りで赤い。
弟なんか両方、なんなら顔付きも母に似ている。
なのに、どちらにも似てない自分は……本当に、この家の子どもなのだろうか。
「……ガルラ。また苛められたのか」
「………」
近所の子に誘われて若いタギ苺を採りにいった帰り道。泣きながらトボトボと歩くガルラの背に、声がかかる。
振り向くと、父が厳つい顔をさらに顰めて、ガルラをじっと見下ろしていた。仕事帰りだからか、紙に包んだ肉の塊を小脇に抱えている。
「今日は、タギ苺狩りに行くっつってたな。……さては、ぶん取られたか」
「………う」
タギ苺が大好きな母の為に、一生懸命採ってきたのだ。
でも、結局サボって遊んでいた他の子に籠ごと取られてしまって、せめて残ったタギ苺を数粒だけ、端切れに包んで帰るしか出来なかった。おまけに一番美味しい柔らかなタギ苺は皆に取られてしまっていたから、残ったのは完熟直前の固くなったものばかり。
情けなくて、悔しくて、母にも申し訳なくて……ガルラの黒い瞳から大粒の涙がボタボタとこぼれ落ちる。
「………おれ、が」
「あ?」
「おれが、『取り替えっ子』だから、ダメなのかな」
母に似た、優しい色の髪が欲しかった。
父に似た、朝焼け色の瞳が欲しかった。
どっちでもガルラは嬉しかったし、そうしたらガルラは自分を大好きになれる筈だった。
でも自分にあるのは焦茶の髪に黒い瞳で、親兄弟と似ていない自分をどう頑張っても好きになれない。
「――もう、消えたい」
地面に黒い染みが増えてゆく。それが自分の瞳の色と重なって、もっと悲しくて涙が止まらない。
俯いて動けなくなったガルラの頭に、温かくて大きな何かが乗せられた。
「お前は、ダメなんかじゃねぇよ」
「……え?」
見上げれば、夕焼けを背に父がガルラを見下ろしている。その瞳は、夕暮れの空よりも赤く……鋭くて、何だかいつもより怖い。
「ガルラは誰より優しい奴だ。そんなお前を苛める奴らの方がダメな屑に決まってる」
「……く、くず」
「そうだ、屑だ。優しいお前を苛めてそれを娯楽にする奴らなんざ、ダメを通り越して屑なゴミだ」
「…………ごみ……」
朝焼け色の瞳に炎が燃えている。厳つい顔がさらに怖くなって、ガルラは思わず震えてしまった。父が予想外の、しかも悪い方向に突っ走りそうな予感がする。
ひとまず、どうにか、宥めないと……ご近所が何だか大変なことになりそうだ。
「と、父さん。おれ、自分で何とかする。だから……何もしないで」
「だがよ、ガルラ。どうやって何とかするんだ?」
「ん………」
ガルラはじっと父を見上げる。筋肉のついた大きな体に、厳つい顔。山の獣を踏みつぶせる太い足に、硬い拳はきっと岩をも砕くに違いない。
――もし、おれが、父さんみたいに大きくて、強い男になれたら?
そうしたら、例え髪や目の色が似ていなくても、苛める奴はいなくなるんじゃないか。それにこれだけ見かけも中身も強かったら、きっとイジメっ子だって苛めにくいに違いない。
ガルラにはそれが、何だかとても良い案に思えてきた。だから、父を見上げてこう言ったのだ。
「おれ……強くなりたい。父さんくらい、でっかくて、強い男になりたい」
「ガルラ……本気か?」
「うん」
「父さん、おれを、きたえてくれないかな」
この時こう言った事を、ガルラはその後ほんのちょっとだけ後悔することになる。
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