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恋した女と愛する男※

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 ポルカの小さな体は軽々と持ち上げられ、力の入らないつま先が視界の外で揺れ……揺れる度に、突き上げられる快感で腰が震えて甘い声が上がる。

「……誰にも! やらねぇ……ッてめぇは!俺の!嫁なんだから、なぁ!」
「あっ! あっ! ジルぅ……!」

 あぁ、胸が熱い。好きで好きで愛おしくて胸が熱い。
 何でジルがこんなに怒ってるのかさっぱり分からないけれど、それでも一番大事なことだけは否が応にも伝わってくる。

「あ、アタシっ……はぁ、あっ……ホントのホントに、ジルの、お嫁さん、なんだね?」
「あ゛? 何、当たり前の事……ッ!?」

 灰色の目からボロボロと涙が溢れだして止まらない。胸が熱くて苦しくて、それなのに嬉しくて嬉しくて。

「うれしぃ……うれしいよぅ」


 思えば、ポルカはずっと、それこそ下界に居た頃からずぅっと嘘をついてきた。ジルに、ではない。自分の心に。

 “側にいられるだけで幸せ”
 “抱いてもらえるだけで幸せ”
 “捨てられるまで一緒にいられるなら、報復だって悪くない”
 何度も何度も自分自身にそう言い聞かせ、納得して諦めてきた。そのつもりだった。


 だって、恋は一人で出来る。
 だけど、愛はそうもいかない。

 だから、恋はしても愛は求めないように、ポルカは何十年も頑張ってきた。恋していられる今が幸せだとずっと思い込んできた。けれど、ああ、けれど――

「あっ、アタシ!ずっと、ずっと、ジルの―――に、なりたかったッ!」

 白状してしまえばこれ程までに呆気無い。本当に、間抜けなほどに、心の底ではずっと、愚かなポルカは惚れた男からの“愛”を求めていたのだ。

 “恋した人に愛されたい”
 “報復なしでも抱いてほしい”
 “捨てないで、今度こそずっと一緒に”

 綺麗な嘘で隠していた粘着く本音はどこまでも貪欲に、愛しい男に絡みついてゆく。先程のジルを笑えない。執着度合いで言えば……ポルカだって負けていないから。

 ――何せ、アタシは手に届かない男を一時だけでも手に入れるために、帰り道大事な羽を奪った女。

「すき、すきぃ……っじるぅ、ずっと愛してるよぅ。お願い、ずっと捨てないで」
「あ、ぁッ!? 俺ぁ女房を捨てるクズじゃねぇよっ……ぐぅ!」
「ホントに? ホントに絶対捨てない? アタシのこと、すき?」
「き、ききき嫌いな奴を女房にするわきゃねぇだろうが!! 分かれそれくらい!」
「分かんないヨ、アタシが頭良くないの知ってんだろ?ねぇすき? ジル、アタシのことすき……? ぁんっ!」
「……~~~~~~~~~ッ」
「アッ!?あ、あぁああぁあン!!!」

 涙目で見上げると、ジルの眉間のシワが一層深く刻まれていた。あそこまで深くなると、元に戻すのも大変だろう。そんな考えも、襲い来る快感の波に紛れて消えていった。
 そうしてしばし、無言でガツガツと腰を振りたくり、ポルカの一番奥で震えた後。


「好き、じゃ足んねぇよ……愛、してるんだ」


 およそ大きな図体に似合わない、小さな声がポルカの耳に届いた。

 あんまりか細くて擽ったいものだから、ポルカは小さく笑ってしまった。








 因みに後日、ポルカは何故ジルとここまですれ違ってしまったのかお役所で知ることとなる。
 下界と妖精の国では、基本的にガルグ語が広く根付き今日に至っている。だから妖精の国から落っこちてきたジルとも基本的な会話で不自由したことはなかった。

 ……しかし、そこに落とし穴が隠れていたのだ。

 同じ言語だからといってその言葉が“全く同じ”意味で使用されているとは限らない。長く使われていく内にゆっくりと変わり、根本は同じでありながらほとんど違う意味合いで使われる言葉も少なくないのだ。

「下界から妖精の国へ転生してきた方は、言葉の意味合いの違いに戸惑われることが多いのです。はい」

 役所の窓口に座った妖精は、ジルの鬼のような形相と視線に冷や汗を垂らしながら使い古したパンフレットを差し出した。『妖精国の生活言語~すれ違いをなくそう~』とカラフルな文字で描かれたそれをめくれば、下界と妖精の国の言葉と意味の早見表がある。

「そりゃ、国も種族も違うんだ。意味も変わるだろうけど」

 『報復』という言葉の欄を指でつつく。この言葉にすっかり騙されて、ジルの心遣いやら愛情を変に捻じ曲げてしまっていたとは――まぁ別れ方もアレだったし、強面で不器用なジルのせいもあるけれど。

「アタシよりよっぽど嘘つきだね、言葉ってやつは!」

 ポルカは小さく笑って、隣でしょぼくれてしまった夫の背中をポンポンと叩いてやったのだった。
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