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妖精夫は報復したい

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 『報復』
 それは仕返し、意趣返し、復讐と言い換えることも出来る言葉。簡単に言うと、相手に苦痛を味わわせてスカッとする意味で使うものだ。

「……」

 しばし、二人は無言で見つめ合う。
 太めの眉毛の間には深い皺が刻まれ、強面ながらも凛々しく整った顔立ちが台無しだ。その鋭い光を宿した朝焼け色の瞳には、口を塞がれ間抜けな顔をした嘘つきのポルカが映っていた。

「……んん、んんんんっ」

 口を塞いでいる手をてしてし叩くと、あっさり解放された。それを意外に思いつつ、ポルカは神妙な顔で再び口を開く。

「ぷはっ……ジル。アンタの気持ちは分かったよ。騙して傷つけた報いは受けるし、アタシは逃げも隠れもしない」
「へぇ? いやに潔いじゃ……ッ!?」

 ポルカの宣言に、ジルが酷薄な笑みを浮かべた瞬間。ポルカは、両手両足を投げ出して仰向けに寝そべった。
 天井に、というよりポルカを見下ろす彼に向かって大の字になる形である。


「さぁ!! 煮るなり焼くなり刻むなりなんなりするとイイよッ!!」

 これぞ、ポルカ式誠意の構え。
 『まな板の上のポルカ』である。

 この姿勢はまさに、腹を上に向け手足を脱力……全身で服従とか無抵抗の意思を示すポルカなりの謝罪方法である。生前ジル相手に何かやらかす度にこれを実践し、その度に「お前に矜持はねぇのか!?」と怒鳴られた因縁の体勢でもあった。
 ちなみに、ポルカに目立った矜持とかそういうものはない。そんなものではお腹も膨れないと思っている。

「またお前は床の上でそんな無様な姿を……!いい年してダラシねぇとは思わねぇのか!?」
「アタシに報復したいんだったら細かいことガタガタ言うんじゃないよッ! さぁ、やるならさっさとやりな!生爪剥ぐなり手足をぶつ切りにするなり焼鏝当てるなり!!」
「発想が血生臭ぇぞ! 何でだ!?」

 相変わらず口煩い妖精だ。ポルカが受け入れると言ったのだから、さっさと報復を始めれば良いのに……まぁ、そこが彼の憎めない、というか可愛い所でもあるのだが。
 その変わりない性格に、ポルカはやっぱり少し泣きたくなった。

「拷問じゃないなら、アンタはアタシにどんな報復するってんだい」
「……今から、する」
「そうかい。それじゃあさっさと――」

 やっとくれよ、という前に、ポルカは吹っ飛んだ。てっきり壁にブチ当たると思って身を固くしたが、背中に当たったのは柔らかな感触。
 ポルカを受け止め、ぼふん!と空気を吹き出したそれは……先程までポルカが寝転がっていた寝台の、布団であった。
 そして仰向けで呆然としたポルカの上に、ジルが覆い被さってくる。

「……………」

 頭の悪いポルカでも、流石にこの体勢で見下されれば悟らざるを得ない。なるほど、悪そうに見えても中身は性質の良い彼らしくないやり方だが、確かに一種の『報復』だ……しかし……。

「ね、ねぇジル。確認するけどさ、アンタ、嘘ついたアタシに愛想尽かして消えたんだよね? つまり、アタシを嫌って家を出たんだろ?」

 嫌いな阿婆擦れ女を手篭めにするのは、果たして『報復』と言えるのだろうか?
 むしろ手篭めにする側の方が嫌な思いをするのではないだろうか。
 それならば、いっその事他の者にそれをやらせた方が――いや、やらされる方も気の毒か。何せ、色気もへったくれも可愛げもないポルカである。きっと変な所で優しいジルは、その役目を誰かに押し付けることが出来なかったのだ。

 全くもって真面目で良い男だ。見かけによらず。

「……おいてめぇ、今失礼な事考えただろ」
「め、めめめ滅相もないヨ!それより、アンタ本当に……その……するのかい?」

 なにを、とは流石のポルカも恥ずかしさが勝って言えなかったが、ジルはその意味をしっかり把握してくれたようだ。ふん、と鼻を鳴らしながら、実に悪そうな笑みを浮かべた。
 元々厳つい顔だから、そういう笑みが大変様になる。

「その為にこの部屋へ連れてきたようなもんだ。……何だ、怖気づいたか?」
「う、うーん。いや、アンタがするつもりなら、止めはしないけど……」

 何せジルとは、偽装とはいえ結婚し子どもまで拵えた仲である。おまけにポルカは、彼に惚れ込んで嘘を吐き続けた前科のある女だ。
 むしろ、もう一度その逞しい身体に抱かれるなど『報復』にならない。只の『ご褒美』である。

 その事をわかっているのだろうか、この男は?

 しかし組み敷かれたまま黙り込んだポルカの様子に、何を勘違いしたのか。ジルはさらに凶悪そうな顔をして奥歯を噛み締め、唸るように言った。

「今更怖気づいても無駄だ。お前は人間の国では老衰で死んだことになっているし、そんな姿で帰っても身内は受け入れてはくれんだろう?」
「え、そうかな」
「そうとも。呪いだ祟りだ何だと難癖をつけられるか、不老長寿者扱いを受け研究者や宗教家に追い回されるのがオチだ。……お前の居場所なんざ、あそこにはない」

 ――ここ以外には、もう何処にも。

 耳元で囁かれたその一言は、ギルギ蜂蜜のような甘味を含んでねっとりとポルカの鼓膜を侵してきた。状況的には恨み節か脅迫をされている筈なのに、この甘さは一体何なのだろう?……惚れた弱みだろうか。

「うん、分かった。まぁ一回死んだようなモンだしね。アタシは逃げたりしないよ」
「……随分あっさり決めやがったが、逃げようとしたら足の腱を切ってやるからな」
「しないよ! っていうかやっぱり痛いことするんじゃないか! コッチにだって心の準備ってモンがあるんだからね!? やる時は予め三日前に言っといておくれ!」
「ちっ面倒くせえ……」

 何と言われようと心の準備は必要なのだから仕方ない。例えばここにビックリ箱があったとして、「ただの箱だと思って開ける」のと「ビックリ箱だと知っていて開ける」のでは吃驚度合いが段違いなのだ。
 そのことをさらに説明しようとしたのだが……。

「良いから黙って報復させろ嘘つき女」
「んっ……んんんぅううむぅぅぅ!!!!?」

 ポルカの口は、眼前にくっついた妖精の顔面と、湿った唇ですっかり塞がれてしまったのだった。
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