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夢オチ……じゃない!

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「…………ん、ん?」

 うつ伏せに眠っていたポルカは、やけに肌触りの良いシーツの上で目を覚ました。
 身を起こして見渡せば、そこは何処だか知らない部屋の、広い寝台の上である。部屋の大きさは少し広めといったところか。言うなれば『ちょっと裕福な家の寝室』くらいの広さだ。長男の嫁――商家の娘さんだった彼女のご実家を思い出し、何だか懐かしい気分に浸るポルカである。

「アタシ、老衰で死んだんじゃなかったっけ」

 試しに手足をバタバタと動かしてみるも、生前のように関節が音を立てることも痛むこともない。おまけに、枯れ木のようだった肌は瑞々しさを取り戻しツヤツヤしている。まるで今は遠い昔……そう、十代後半の、一番綺麗だった時期のお肌のよう。
 摩訶不思議な状況にひたすら首を傾げていると、彫り物が施された両開きの扉が派手な音を立てて開く。
 そして、扉の向こう側から現れた――赤毛の、大柄な男を凝視して、ポルカは吃驚して目を丸くした。

「…………じっ……ジルぅうぅう!!!?」

 そこには、数十年も前に離別したかつての妖精――ジルが、過去見た事もない程に苦々しい顔をして立っていたのであった。
 眉間のシワなど、新婚旅行で観光に立ち寄ったマニマム谷よりも深い。

「何で!? 何でジルがこんな……アタシの目の前にいるのさ?」

 ポルカは赤毛の男をまじまじと見つめつつ、一人納得して頷いた。
 だって、ジルは嘘つきなポルカに愛想を尽かして消えたのだ。ポルカの顔など金輪際見たくもないに違いない。苦虫を数十匹噛み潰したような顔をしながらでも、ポルカの前に再び現れるなど普通はあり得ないのだ。

 となれば、ポルカが出す答えは一つ。

「さてはコレ夢だね? あの世に逝く前に見るっていうアレだ。そうだ、そうに違いないよ」

 夢と分かれば怖いものなど何もない。急に若返ったのも、恐らく夢特有の何か都合の良い展開だろう。
 ポルカは小柄な体をうーんと伸ばし、ぴょんと寝台から飛び降りて久方振りに再会した夫の幻影っぽいものへ駆け寄った。

「ジル、あれから元気にしてたかい? アタシは婆になる位には長生きしたよ! それにしても夢とはいえアンタ変わらないねぇ。カッコイイ体つきも、エレファンチアモレギスを目線で殺せそうな位の目つきの悪さも……全然変わんないや」

 苦渋を滲ませた朝焼け色の瞳を下から無遠慮に覗き込む。
 ……ああ、この色を見るのも本当に久しぶりだ。気が遠くなるほどに。

「はー、相変わらず綺麗な色の目だねぇ。あの世に逝く前にもう一度見たいなって思ってたから、また会えてホント嬉しいや。それにしても若返った姿にしてくれるなんてあの世も粋なことをなさる! 何たってアタシ、死ぬ時はシワシワの婆になっちゃってたからね! 流石に婆の姿で男前なアンタの前に立つのは恥ずかしいっていうか……むぐっ!?」
 
 大きな掌が伸びてきて、ポルカの口を塞ぐ。些か乱暴ながらも温かい手のひらに、ポルカは何だかじんわり泣きたくなってきた。
 ……ジルは、体温も変わらない。匂いも、不機嫌そうな低い声も、瞳の色も何もかも。

「……いい加減小煩い口を閉じろ」

 驚いた、声も寸分違わずそっくりそのままだ。
 まさか声まで再現してくるとは、末期の夢とはいえあの世も何て気前がいい……!
 口を塞がれたままもう一度見上げれば、やはり苦虫を噛み潰した顔をしたジルがこちらを見下ろしている。

「まずここは夢じゃねぇし、あの世でもねぇよ」
「んンんッ!!!!?」

 ポルカが灰色の目を見開く。

 夢でもあの世でもない。
 ならば此処はどこで、何故ポルカはこんな姿をしているのか?
 頭の悪いポルカには皆目見当もつかない。

 口を塞がれたまま硬直したポルカを半ば呆れた眼差しで見下ろし……目の前のジルは続ける。

「これは現実だ。此処は妖精の国俺の故郷で、俺の家だ」

 ますます意味がわからない。
 ここが妖精の国だというのなら、ポルカは何故ここにいるのか。
 ポルカは眉間に皺を寄せ、首をひねる。そんな彼女の耳に、低い声が響いた。


「俺が連れてきたんだよ。……嘘つき女のお前に、報復する為にな」


 そして、この時の彼の言葉は、ポルカの平坦な胸にストンと落ちてきたのだった。
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