精霊娘 いつの世も精霊の悪戯には敵いません

神栖 蒼華

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13 親しみのある

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「やあ、こんにちは」
「こんにちは」

 突然話しかけられて、行く手を塞いだ人を見上げる。
 初めて見る人だ。

「そんなに警戒しないで。僕はカイネルス・セルズ。君のご主人様の従兄弟になる者だよ」

 侍女リリのご主人様とは姫様、シャンリリール・レギナンのことを示している。
 ということは、従兄弟とはシャンリリール側の従兄弟ではなく、エぺルト国王陛下の従兄弟ということだろう。
 名前だけは知っていた。確か母方の従兄弟だったはず。
 年はシャンリリールより3歳上の21歳。
 ニコリと笑う淡い紫色の瞳は優しく、茶色の髪の毛は柔らかく波打って印象をより柔らかく見せていた。

「お初にお目にかかります。シャンリリール様の侍女のリリと申します」

 まさか通路の真ん中で挨拶することになるとは思わなかったけれど、スカートを摘まんでお辞儀する。

「君はえらいね」

 感心したように見つめられる。

「まだ幼いのに、しっかりとしていて、自分のするべきことがちゃんとわかっている。すごいよ。君は」

 手放しで褒められる。
 気恥ずかしくて、そして懐かしかった。
 この感覚は久しぶりで、兄様のことが思い浮かぶ。
 レギナン国の第1王子セルジュ。
 シャンリリールを猫可愛がってくれたセルジュ兄様。
 セルジュ兄様を思い出したことで淋しさが膨らんだ。
 もう毎日会うことはできない。それはわかっていたことなのに、今実感してしまった。
 淋しい……。

「君は可愛いね」

 そう言って髪の毛がボサボサになるくくらいに頭を撫で回される。
 突然のことに呆然としてカイネルスを見上げると、優しい目で見つめていた。
 その目は知っていた。
 セルジュ兄様がシャンリリールを慰めるときにも同じ目をしていたから。
 カイネルスは慰めてくれているのか。シャンリリールが淋しくなったことを感じ取って。
 その優しさに淋しさが薄れた。

「本当に可愛い。妹とはこんな感じなのかな?」

 よしよしと優しく撫で続ける手を受け入れつつ、シャンリリールはカイネルスに親しみを感じ始めていた。
 単純かもしれないけれど、セルジュ兄様と似ていると思ったときから、もう兄様のように感じてしまっていた。
 カイネルスは撫でるのに満足したのか、やっと手を止めて乱れた髪の毛を整えたあと、覗き込む。

「これからどこに行くのかな?」
「食器を戻しに行くところでございます」
「ああ、そうだね。愚問だったね」

 シャンリリールが押しているカートを見て、苦笑する。

「じゃあ、行こうか?」
「どちらまででしょうか」
「調理場まで」
「お食事を受け取りに行かれるのでしょうか?」

 食事を取りに行くのは侍女や侍従の仕事だったはずだけれど。

「違う違う。人の仕事を奪ったりはしないよ。君は……君のことはリリと呼んでいいかな? それから僕のことはネルスと呼んで、ね?」

 人懐っこい笑顔で覗き込まれ、いつの間にか頷いていた。

「ありがとう。嬉しいな。ああ、それでリリは食器を返しに行くところだろう? リリともう少し話したいから、一緒に行こうと思って」
「そうですか。わたくしもネルス様とお話しできるのは嬉しく思います」
「かたいよ、リリ。もう僕の妹でしょう?」
「それは違うと思われます」
「違わない。もう妹同然なんだから、堅苦しいのは禁止。わかった?」
「……わかりました。……わかったわ」

 どうして国王陛下もネルスも敬語を嫌がるのかな?
 そういう血筋なの?
 シャンリリールがため口で答えたことに満足そうに笑うネルスを見たあと、周囲に視線を向ける。
 ネルスとのやり取りを見てはいても、拒否感や嫌悪感はなさそうだ。
 どうやらネルスに対してため口でも問題はなさそうで安心する。

「じゃあ、行こうか?」
「はい」
「リリ、貸して」
「それはダメ」

 危うくカートを奪われそうになって、慌ててしっかりと握りしめる。

「これはわたしの仕事です。奪わないでください」
「そうだね。ごめん」

 素直に手を引くと、調理場へと歩き出した。
 道すがらネルスに質問され、それに答えるということを繰り返しているうちに、調理場に辿り着いた。
 返却口にカートを戻すと、側に立っていた女性に声をかける。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「おや、それは良かった。……あなたは確かシャンリリール様のところの侍女だね。お気に召していただけたようで良かったよ」
「はい。姫様も大変美味しいと仰っておりました」
「それは良かった」

 女性の視線が、シャンリリールの後ろに立っていたネルスに移る。

「おやまあ、カイネルス様。こちらにはどういった御用でしょうか。つまみ食いですか?」
「ははっ、違うよ。リリについてきただけ」
「リリ? ああ、こちらの侍女さんのことかい。いくら可愛い子だからって、いくらなんでも手が早すぎですよ」
「誤解だよ。妹のように可愛いなとは思っているけれど」
「本当ですか?」
「本当だよ。───そうだ。リリ、お菓子が好きだと言っていたよね。マルタ、渡せるお菓子とかあるかな?」
「お菓子はございますけれどね。……リリはお菓子が好きなのかい?」
「はい。大好きです」

 反射で答えていた。
 シャンリリールの答えに、マルタはとびっきりの笑顔を浮かべる。

「そうかい。待ってな。とびきり美味しいの持ってくるよ」

 楽しそうにお菓子を物色し始めたマルタの背中を困ったようにネルスが見つめていた。

「もう、参ったなー。リリ、誤解だからね?」
「わかっているよ。ネルスは大人の女の人が好きなんだよね?」
「いやー、間違ってはいないけど、誰彼構わずとかじゃないからね?」
「わかっているよ?」

 弱り切った顔で困っているネルスを見ながら、本当にそんな人だとは思っていないのにと心の中で呟く。

「お待たせ」

 そう言って戻ってきたマルタは、いっぱいにお菓子が詰まった袋をシャンリリールの手の上に乗せた。

「わあ、ありがとうございます」
「嬉しそうだね」
「嬉しいですから」

 親しくなれた証をもらえたようで嬉しくてニコニコと笑っていると、マルタがより嬉しい提案をしてくれた。

「じゃあ、今度から食事以外にもお菓子を用意しておくよ」
「ありがとうございます」
「そういえば、シャンリリール様はお菓子はお好きかい?」
「あっ、姫様も大好きです」

 侍女リリとして来ていることをすっかり忘れていたシャンリリールは、慌てて補うように答える。

「そうかい。シャンリリール様もリリと同じくらい好きなんだね。楽しみにしておいで」
「ありがとうございます。楽しみにしています」

 ネルスのおかげでマルタと話すきっかけができた。それに次にも話す繋がりができたことにシャンリリールはネルスに感謝した。



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